記者コラム「見た 聞いた 思った」

2006年10月13日

人間は誰も変われる:村上久美子

 今季のセ・リーグは、142試合目で中日が優勝。すでに、パのプレーオフが開幕していた。8月末から43日間、23勝5敗1分と驚異の勝率でドラゴンズを追い上げたタイガースを見て、変われば変わるもんだ-と、感心した。

 きっかけは8月27日の巨人戦、甲子園での藤川の涙のお立ち台。前日まで5連敗とふがいない虎ナインに、痛烈なヤジが飛び、それへの悔し涙だった。あの涙で、虎は息を吹き返した。

 そんな話を阪神ファン仲間と語るうち、ある放送局の社員が「あの藤川と、今の藤川が同一人物とは思えない」と、しんみり言った言葉を思い出した。あの藤川? 藤川は98年、ドラフト1位で高知商から入団。松坂世代の逸材として虎党の期待も高かった。

 あの藤川…とは、ある番組のゲスト出演をめぐっての事だった。「2年目のオフだったですかね? 番組に出てもらおうと声を掛けていたのに、連絡がつかなかった」。つまり、番組をすっぽかしたわけ。忘れていたのだという。

 ただ、以前の藤川に闘争心を感じなかったのも事実だ。2年目には1軍登板していたが、素人ファンから見ても、無理…と。カーブはいいけど、直球はほとんど139キロ。線が細い。それに、マウンドでの「気」は皆無だった。

 その後、故障続きで解雇の危機。中継ぎに転向した04年、久々に見た藤川は、見違えるような「気」を持っていた。ストレートも目を見張った。今年、47回3分の2イニング連続無失点の記録を作り「待っていても打てないストレート」と絶賛されたが、ずっと見てきたファンにすれば、04年のニュー藤川の方がよっぽど驚いた。

 自信は大きい。変わる。昨年から続く清原との因縁対決を、直球勝負で制し「(成長は)清原さんのおかげ」と、憎いセリフ。別のインタビューでは「相手打者によって(リリースの)ポイントを変えている」とも語っていた。底からはい上がった男の強さを見た。
 藤川の変身に、タイガース終盤の粘りを重ねつつ、1人の落語家を思い出した。松鶴一門で鶴瓶の弟弟子、笑福亭小松(49)。頻繁に事件を起こし、派手な女遊び…どうしようもない男が、97年、進行性胃がんの末期で「余命3カ月」を宣告された。胃、ひ臓を全摘、すい臓の半分を摘出。命の限界を悟り、悪行を悔い、小学校低学年だった2人の子供を思い涙した。

 人生をリセットするかのように、4カ月以上かけて日本列島徒歩縦断の旅に出た。なぜか、がんの進行は止まっていた。

 98年ごろ、奈良の彼の家を訪ねた。「女はアクセサリーの1つ」とうそぶいていた男は、記者の前で男泣き。「いまさら…何言うても…信じてくれんかも…。でも、あと何年生きられるか分からんけど、もう恥ずかしいことしたない。子供に『ああ、お父さんの子でよかった』思われたい」。喫茶店で、駅まで送ってくれた車中で、彼がポロポロ流した涙は忘れられない。

 小松はすでに発症から5年を過ぎ、医師に完治と言われている。奇跡が起こった。現在は、講演会で全国を回り、自分がやんちゃだったこと、死の恐怖におびえたこと、第2の命を懸命に生きようと思う今を、包み隠さず話している。恥ずかしい過去もさらけ出せる強さは、底を知った男にしか持ち得ない宝だ。

October 13, 2006 09:14 AM