2006年10月11日
ばあちゃん「ごめん」 :村上秀明
何げなく見ていたテレビのバラエティー番組で、目頭が熱くなったのは初めてだった。
「ちょっといい話」という、ゲストが体験談を披露するコーナーだった。お笑いコンビ、ブラックマヨネーズの吉田敬が、祖母とのエピソードを語った。話が終わると涙する出演者もいて、会場全体が感動に包まれている雰囲気が十分に伝わってきた。自分も昼間からジーンとした。
テレビを見ていない方のために、記憶に残っている範囲で内容を要約すると次の通りだ。
幼少時の吉田は両親の事情で祖母に育てられた。そのうち、両親と住むようになり、祖母とは徐々に疎遠に。しばらくして、久しぶりに祖母に会いに行った時、自分の名前を間違えられ「2度と会いに来るか」と腹を立てた。その後、会うことはなく祖母が他界。葬式で親せきにこう告げられ、心が揺れた。「おばあちゃんはその日、名前を思い出せずにかわいそうなことをしたと泣き続けていた。最近は目が見えにくくなったが(吉田が出演する)テレビに向かって、あれはタカシだよねと繰り返していたよ」。
エピソードを話し終えた吉田は最後に、天国にいる祖母に「ごめんな。ありがとう」と声を大にした。短い言葉だったが、込み上げてくるものがあった。同じ気持ちになった。自分も天国へ旅立った2人の祖母に「ごめんね」と言いたかった。
3年前に他界した母方の祖母は晩年、痴呆症を患ってしまった。母や母の兄妹は「本当なら自分の家で見てあげたい」と強く願っていたが、やむを得ない事情で専門の施設で暮らしていた。自分が住む札幌市から車で2時間ほどの町にある施設で、社会人になってからも、家族とともに何回か会いに行った。
だが、まともな声を掛けてあげることができなかった。久々に会った時の祖母は、子どものように変わっていた。正直、ショックだった。昔は、遊びに行けば食事を作ってくれ、優しく接してくれた祖母が、別人になってしまったようだった。現実として受け止めることが難しかった。夢だと思いたかった。施設に何度か足を運んでも、真っ正面から受け止めることができなかった。
結局、優しい言葉を掛けてあげることができなかったように思う。最後まで対応に戸惑っていた。ベットの上で小さくなって息を引き取った祖母を見て、後悔の念がわいてきたのだけは、今でもはっきりと覚えている。父方の祖母が亡くなった時もそうだった。一緒に暮らした時期に優しくしてくれた祖母に「ありがとう」と言えれば…。
「後悔先に立たず」ということわざがある。人生は後悔だらけかもしれないが、ちょっとした勇気で減らせる気がする。先延ばしせず、悪いと思ったら「ごめんなさい」、感謝の気持ちがあれば「ありがとう」と素直に言いたいと思う。実家の一室で並んでいる2人の祖母がほほ笑む写真は、これからの生き方を教えてくれている。
October 11, 2006 12:06 PM
