2006年10月09日
途絶えた成長の記録:山内崇章
会えば必ずレンズを向けてくる。僕が小さかったころからずっと変わっていない。特に腕が優れているわけでもなければ、どこかで本格的に学んだことだってないはずだ。持っているカメラもおそらく2、3万円相当の一般的な代物なのだろう。久しぶりに上京して来たときも、僕が帰省したときもそう。母はいつだってカメラを携帯している。
「もういいだろう」。被写体になることへの恥じらいの気持ちは、とっくに通り越している。いまや中年オヤジの域に達している僕を収めて一体どうするのか。意図を尋ねてもまともな答えは返ってこない。「あんたなんか撮ってない。景色を撮ってるのよ」。母は笑ってごまかしてシャッターを押し続けるだけだ。
先日、その母から差し出された1枚の写真にハッとさせられた。35年前の色あせたプリント。生後数週間の赤子が泣きながら若い父親に抱かれていた。初めての子を授かった喜びに浸る父はまだ24歳。今の僕よりもずっと若く、あどけない顔をしている。僕が初めて病院から出た日の記念写真は、買ったばかりのカメラで母が撮ったものだった。
参った。鼻で笑っても納得せざるを得ない。「これ以上、撮ることへの干渉を許さない」とでも言いたかったのか。古い写真には強烈なメッセージが込められているようでもある。初めて見たものではない。幼いころにも目にした記憶がある。僕は決して突然大きくなったわけでもなく、この1枚から少しずつ歩を進めた。ここから始まった。当時の父以上の年齢になり、あらためて手にした貴重な一瞬に感謝したくなった。
◇ ◇ ◇
今春、横浜市の百貨店で開催されていた写真展に足を運んだ。幸せそうな親子の顔が並んでいた。ある日突然、卑劣な犯行によって平穏な日常が奪われた。あの日さえ無事に帰宅していれば、ごく普通の家族の思い出のスナップとして残っていただろう。会場には北朝鮮に拉致された横田めぐみさんの父、滋さんが13年間撮り続けた娘さんの成長過程が詰まっていた。家族みんなが振りまく笑顔が、一層寂しさをかき立てた。不意に憤りも覚えた。
わが子を被写体にシャッターを押し続けた楽しみは、どんな親とも変わらないものだっただろう。弟さんにキスをするめぐみさんの写真が、ひときわ印象に残っている。その瞬間を逃さなかったお父さんの心境が手に取るように伝わってきた。家族の記録は77年11月を境にプツリと途絶えてしまった。成長の記録はまだまだ、続くはずだった。
つながりが断ち切られて間もなく29年がたとうとしている。何によって断ち切られ、以来めぐみさんがどこにいたのかも分かっている。それでも横田さん夫妻の苦悩はいまだに解消されていない。政治的な話は聞き飽きている。横田さん夫妻の愛情の深さに見合う、人間として誠意ある解決策が1日も早く出されることを願わずにいられない。
写真の中に映し出された母・早紀江さんの髪は黒く、表情も生き生きとしていた。成長の記録、その連続性は、やがて自分よりも若い時代の父母との出会いにもつながるはずだった。大切に育ててくれたご両親に感謝する機会まで奪われているめぐみさんを思うと、胸が締め付けられる。
October 9, 2006 11:24 AM
