記者コラム「見た 聞いた 思った」

2006年10月04日

極悪犯罪から弱者守れ:井上真

 奈良の小学1年女児が04年11月の下校中に誘拐、殺害された事件で、奈良地裁は9月26日、小林薫被告(37)に死刑を言い渡した。

 女の子の絶望感と家族の悲しみは想像を超える。卑劣な、そして今後誰の回りでも起こり得る常軌を逸した極悪犯罪の可能性について考えさせられた。

 被告の育った環境は劣悪だったが、知れば知るほど「それがどうした」との思いが強くなる。事実を解明することは大切だが、殺すまでの詳細な背景を知っても脱力感が増す。なぜ防げなかった、なぜ救えなかったかに力点を置くべきだ。

 従って、彼が更生するかどうかなどに興味はない。もし仮に、自分の生活圏内で更生するなら、子供をその近くに行かせない。

 被告には強制わいせつ致傷罪の前科があった。鑑定により精神医学的に反社会性人格障害と診断された。そうした人間と、自分の身を自分の責任で守れない幼児や、狙われやすい若い女性が同じ生活圏で生きることは間違っている。

 反社会的な人間になるおのおのの理由はあり、小林被告は視力が弱くいじめに遭い、父親からも暴力を振るわれ、唯一の理解者である母を小学4年時に亡くした。その現実だけに目を向ければ確かに悲惨だ。この卑劣な犯罪と無縁であれば、社会の中で強く生き延びてほしいと願った。

 しかし、その不満を弱者に向けるのが反社会性人格障害者の特質で、科学的に証明されたなら、彼らは自分で自分を守れる人間と共同生活を送るべきだ。むしろ「更生の可能性」などときれいごとを言って、野に放つ側にも大きな責任がある。

 安倍首相は再生のチャンスがある日本にしたいと言った。それには賛成だが、幼児や性に関連した犯罪者は別だ。犯罪から立ち直り、更生を目指す人々にはつらいが、性犯罪と幼児を狙った犯罪者には、再犯を阻止するために24時間監視し、行動範囲も限定すべきだ。弱者を殺す前に救う道を確立するしかない。

 こうした凶悪犯罪のとき、判決文の中に「更生の可能性」という言葉を見る。どこかおかしい。犯罪者の基本的人権を考える前に、同様の犯罪を未然に防ぐ手だてを全力で考え、実行すべきだ。

 もはや、日本は安全な国ではない。己の不遇をこじつけ、人生を捨てて犯罪に突進する人間を止めるのは困難だ。異常者や、常習者も数え切れない。それを警察も地域住民も防げないでいる。さらに、困難を理由に傍観することや、犯罪者の人権を擁護する考えが犯罪者を助長させていく。

 こんなむごいことを決して起こさせないために、その可能性の芽を確実に摘むしかない。もう何度、こんなひどい死に方を子供がしたのだろう。守るためには非情になってでもやり抜くしかない。

October 4, 2006 09:37 AM