記者コラム「見た 聞いた 思った」

2006年09月29日

たかが運動会されど:山内崇章

 やっぱり行っておいて良かった。競技中に何度もあくびが出てきたし、午後に所用があることを考えると気まで重くなった。それでも、子供の顔を見れば意外に元気も出てくる。レジャーシートの上でおにぎりをほお張った4歳児が「みんなで食べるとおいしいね」と屈託ない表情を向けてくる。みんなで-。言われてみるとおいしいものだ。

 親になって初めて参加した運動会。昔、同じように校庭の脇に両親たちが座っていた。幾つかの家族が集まり、手作りの料理を分け合ったりするのもどこかで見た光景。親同士で子供の成長ぶりを褒め合うのも何となく聞いたことのある内容だ。たかが運動会、されど運動会。子供のころ、流し目で見てきた当たり前の風景の意義を思い浮かべた。

 昼食前の競技に親子で走る二人三脚があった。隣にいた親子が、あまり要領を得ていない様子で足に鉢巻きを締めていた。スタートの合図が鳴ってもしばらく走りだせず、道中も何やら2人で言い合っていた。最後にゴールし、子供の頭をなでたお父さんは、照れくさそうに話しかけてきた。「日本の運動会は活気がありますね。この子がもう少し元気を出して走ってくれたらいいのですが…」。

 朴永柱さん(39)は、夫人と2人の息子を連れて今年3月から東京での生活を始めた。韓国の商社に勤務し、2年の期限で日本に滞在することになった。二男ホジュン君(4)は、半年間お母さんと自宅で日本語を特訓し、この9月に幼稚園に入ってきたばかりだ。「日本語がうまくできず友達ができないようで…。幼稚園に行きたくないと言う日もあって、今日は仕事を休んで来てみました」。

 韓国でも、運動会は家族のきずなを確かめ合う大切なイベントだという。「家族が1つになって、勝った喜び、負けた悔しさを子供に感じさせる場。勇気づけるいい機会だと思って」。気合が入りすぎたお父さんは、お母さんから離れないホジュン君を怒鳴り上げたりもした。朝から園長先生や保育士さんに頭を下げて回った。昼食時にも、子供の手を引いて同じクラスの保護者に笑顔を振りまき、あいさつを繰り返していた。

 都内には韓国人だけの学校や幼稚園も多いが、あえて日本の環境にこだわった。「海外で暮らした自信はずっと残ると思います」。当然、親も厳しい環境に置かれる。仕事が手に付かない日は多い。長男が学校でけんかをして帰ってきたり、ホジュン君がお弁当を全部残してきた日もあった。どんなに胸が痛んでも「親も我慢です。親があきらめたら子供もあきらめることを覚えてしまいます」。子供の話をよく聞き、励まし続ける。父親ができる最低限の仕事だと朴さんは言う。

 帰り道、朴さん一家と街を歩いていると、無口だったホジュン君が日本語で問い掛けてきた。「いいにおい。何のにおい?」。朴さんたちも興味深そう。「キンモクセイだよ」。家族みんなで発音を繰り返した。「明日、友達に教えてあげる」。ホジュン君の顔がパッと明るくなった。うれしさも、痛みも、むずがゆい気分も、親子みんなで感じ合えたらいい。子供たちがはしゃぐグラウンドは、以前とは違った風景が広がっていた。されど運動会。親子たちのきずなはあちこちで深まっていたのだろう。

September 29, 2006 10:18 AM