記者コラム「見た 聞いた 思った」

2006年08月30日

元気くれた頑張る人:山内崇章

 ピーンと伸びた稲穂が、緑から黄色に変わりつつある。タクシーの窓から見る外は、山が連なり、川が流れ、実りの秋が近いことを思わせる田んぼの列が続く。運転手さんの声もやたらと気さくだ。「東京からですかぁ。仕事ですかぁ。あぁ~野球の取材ですかぁ。私も野球が好きで月1回、東京に行くんですよ。娘が4月に東京に嫁いでねぇ。野球見て娘の家に泊まるのが楽しみなんです」。

 高橋清さん(64)は、長野市のタクシードライバー1年生。地元の食品会社を定年退職して以来、ゴルフ場整備の仕事も兼務しながら第2の人生を必死に、いや高橋さんは「楽しく生きていますよぉ」と気の抜けた口調で話してくる。休日はほとんどない。ゆっくり休んでもいられないという。「昨年、家を建てて4000万もかかったの」。

 28歳の長女に続き、同居中の26歳の二女も、来年には新潟の長岡にいる彼氏のもとへ嫁ぐという。「娘たちはいずれ離れて行くもの。でも、これから孫を連れて来たりすることもあるし、娘の実家は守りたい。私たちがいなくなっても、家さえあれば娘も自分が生まれた長野のことをいつまでも考えられる。いろいろ計算してるんですよぉ」。

 長く伸びた黒髪を結わいて、威勢のいい声を上げるのは安由奈さん(19)。「タン塩1人前、カルビ1人前、特製サラダ1つ!」。行きつけの都内の焼き肉店。由奈さんは父が経営する店で週5日のアルバイトに出ている。最近の若い女の子とは少し違ってファッションや合コンには興味がないという。「彼氏も遊びもパスですね」。娘の話を聞いた調理場の大将は、少しだけ口元を緩めた。

 今年4月に理系の私立大学に合格した。「受験する前から学費の半分は自分で出すって約束していましたから。今は不景気でお店も苦しいし…。時給600円は安いけどお父さんのお店だから。いずれは研究者になって大学の先生になりたいです」。大将はおいしそうにたばこの煙をくゆらせた。「とんびがタカを産んだなぁ」。娘さんと2人で店にいる大将は、本当に幸せそうな顔をしている。

 いまや横浜の4番打者に成長した村田修一内野手(25)。今年2月に待望の長男が誕生した。「息子の存在はやっぱり力になります」。愛息は体調が思わしくなく、この夏まで入院していた。心配する村田に病院の先生が話してくれた言葉がある。「子供というのは、この親なら生まれても大丈夫、ちゃんと守ってくれると分かっているから君たちのところにくるものなんだよ」。小さな子供が必死に頑張っている。だからこそ自分がしっかりしないと。戦うモチベーションは、息子を守りたい、親としての責任感に尽きている。

 長野駅からオリンピックスタジアムまでの30分。到着間際、高橋さんに将来の夢を聞いた。「みんな仲良く、ときどき長野に帰ってきて…、それだけですよぉ」。高橋さんは上京のたびに畑で作ったりんごと桃を持っていく。初めて娘さんのマンションを訪れたときは泣かれたそうだ。今は笑って迎えてくれる。

 自分のため、大切な人のため。頑張っている人の話は生き生きしている。残暑の厳しい毎日が続く。その程度で負けてたまるか。元気をもらった8月だった。

August 30, 2006 08:49 AM