記者コラム「見た 聞いた 思った」

2006年08月20日

青森が「第2」の故郷:山内崇章

 夏休みの冒険だった。22年前、中学1年生だった僕は、寝台列車に乗って甲子園までの一人旅に出た。郷土の代表校、金足農が秋田県勢では19年ぶりに4強入りを果たした。準決勝の相手は桑田、清原のスーパー2年生コンビを擁するPL学園。どうしても生で見てみたかった。家には友人宅に泊まると告げ、深夜、日本海を走る臨時列車に胸をときめかせて乗り込んだ。

 金足農にスター選手はいなかった。堅実な守備とつなぎの打線で泥臭く勝ち進んだ。練習量の多さで強くなったことから「雑草軍団」とも呼ばれた。そんなチームがついにスター軍団を倒すときが来た。僕にとってはPLの「KKコンビ」以上に初出場だった金足農の大躍進が希望の光だった。田舎者だってやればできる。だからお前も頑張れよ。そう励まされているような勝手な思いもしていた。

 初めて見た甲子園は、想像していたものとは少し違った。アルプス席と選手の距離は、テレビで見るよりもずっと近い。広大かつコンパクトな劇空間。真正面の一塁側に浮き立つ「PL」の人文字は、その強さをまざまざと見せられているようだった。こんなに大勢のファンから一点に注目を浴びる選手、感動をスタンドと共有できる野球はすごい。誰もがこの場所を目指す気持ちがよく分かった。

 06年夏。22年ぶりに、三塁側アルプス席に座った。ベスト16、駒大苫小牧と青森山田の壮絶な打ち合い。ひと昔前なら注目も薄かろうカードでも、この日は超満員に膨れていた。たくさんの子供たちが目を輝かせて声援を送っていた。青森市の小学6年生は、一緒に来た父親と約束した。「今日負けた悔しさを僕が晴らしたい。絶対山田に入って甲子園に来たいです」。大阪のシニアで活躍する中学2年生の進路志望は青森への野球留学。「今は大阪のチームよりも強いんじゃないですか。レベルの高い高校でやりたいし、僕も実力を付けてここに来たい」。

 金足農はPL学園とがっぷり四つに組んで戦っていた。終盤8回表まで2-1でリードしていた。「もう優勝だ」の声が上がり始めたときだった。桑田の放った打球が、僕が座っていた三塁側アルプスへとどんどん近づいてきた。逆転2ラン。三塁側アルプスを除けば、球場全体がお祭り騒ぎだった。負けた。秋田のおじさんたちは声を出して泣いていた。「大阪のチーム相手に最高の試合をした」。誰かがそう叫んだときには僕も涙が出そうだった。

 22年もの間に、高校野球の勢力図は大きく塗り替えられた。ハイレベルな選手が多い関西の少年たちは、夢をつかもうと野球留学の道を果敢に選ぶようになった。試合後の取材エリアでは、選手同士が関西弁で話す声も聞こえてくる。素朴な疑問がわく人も多いと思う。青森、北海道の人はどう思っているのだろう。

 22年前の僕なら反発していたかもしれない。田舎者だけでも雑草のようにはい上がれる-。でも今は少し違う。「応援してくれた青森の人に感謝したい。胸を張って帰ります」。談話からは、純粋に甲子園を目指した少年の心が読み取れる。親元を遠く離れてまで、夢を追求した志の高さに感心させられる。「青森は第2の故郷です」と話す選手もいた。その気持ちをいつまでも持ち続けてほしい。

August 20, 2006 08:43 AM