記者コラム「見た 聞いた 思った」

2006年07月28日

門戸を開け!競馬界:岡山俊明

 ある日の午後、地上駅から地下鉄に乗り込むと、傍らをモンシロチョウがひらひらと追い抜いていった。車内に閉じ込められた愛らしい侵入者は、あちらへこちらへと飛び回った。乗客は読んでいた本をひざに置き、扇子の手を休め、おしゃべりをやめてほほ笑んだ。ところが、1人の上品そうな夫人の行動が周囲をしらけさせた。チョウが近くに来ると顔をしかめ、まるで蚊やハエに対するように追い払った。何度も何度も。和やかなムードは消え、車内はまた味気ない空間に戻った。チョウはいつの間にか、いなくなっていた。

 UAE(ドバイ首長国連邦)のシェイク・モハメド殿下が出資する日本法人ダーレー・ジャパン(株)が、中央競馬の馬主資格取得を目指している。今月上旬、馬主や識者で構成されるJRAの諮問機関で検討された結果、委員全員の反対で今年の承認は見送られた。却下された詳細な理由は明らかにされていないが、オイルマネーによる潤沢な資金力を脅威とする考え方が背景にある。

 海外から高馬を持ち込み大レースを軒並みかっさらう? 生産者は生活を脅かされる? 社台との2大勢力に席巻されて競馬がつまらなくなる? 参入した場合、果たして本当に好ましくない状況に陥り、日本にとってマイナスになるのだろうか。

 モハメド殿下は83年の第3回ジャパンCにハイホークを出走させた時に日本を訪れ、競馬の盛況ぶりに驚き感銘を受けた。それ以来、日本に高い関心を持ち、ダーレー・ジャパンの高橋力代表を通じてさまざまな形でかかわってきた。

 日本の厩舎スタッフを本場英国のニューマーケットに派遣する研修制度を設け、ホースマン育成に貢献した。また奨学制度では世界から選ばれた優秀な卵たちに高度な専門知識を取得する機会を与えている。地方船橋では馬主資格を認められて競走馬を所有。レースや表彰のスポンサーにもなっている。日高で売りに出されていた牧場を買い取って始めた生産、種牡馬事業も軌道に乗った。交通費補助など行き届いたサービスは、中小生産者を喜ばせている。

 また今年のセレクトセールでは、総額5億円余りを市場に落とした。購買しただけでなく生産馬6頭を売却。日本に融合し、世界競馬の発展にも寄与している。セールで3億円で落札したクロフネの弟は、ダーレーがこのまま馬主資格を取れない場合は売却するか、外国で走ることになってしまう。「中央の舞台を目指してやらないとかわいそう」。高橋代表の言葉は単に参入へのアピールだけではなく、日本のファンの前で走らせたい心からの叫びに他ならない。

 今春ハーツクライやユートピアが勝って手にしたドバイ国際競走の高額賞金も、殿下の拠出であることを忘れてはいけない。親日家の殿下は、今回の決定にさぞがっかりしているだろう。あのモンシロチョウが、ダーレーの立場を象徴しているように思えてならなかった。

July 28, 2006 08:48 AM