2006年07月05日
あきれた大はしゃぎ:桐越聡
何だかなあ。
この国のトップリーダーの振る舞いにガッカリした。開いた口がふさがらないというかあきれたというか。どんなにもてなされたからといって、あれほどまでに、はしゃがなくてはならないものなのだろうか。ちょっと調子に乗りすぎてはいなかっただろうか。
小泉首相は先週、米国を訪問した。日米首脳会談が、かすんでしまうぐらい強烈な印象を残したのは故エルビス・プレスリーの邸宅訪問。「ラブ・ミー・テンダー」を口ずさむぐらいなら、まだいいような気もするけれども、それだけでは終わらなかった。「アイ・ウォント・ユー」と歌い始めると、娘のリサ・マリーさんの肩に手を回し「きつく抱き締めたい」…。ブッシュ大統領が浮かべた笑みは困惑の苦笑いのように見えた。
小泉首相独特のパフォーマンスは今に始まったことではないのだから、めくじらを立てることではないのかもしれない。しかし、まだ外交も内政も難問は山積。やるべきことは残っているのではないか。いくら在任中最後になるからといって米国公式訪問がはしゃぐにふさわしいときであり、場所だったのだろうか。首をかしげずにはいられなかった。
ちょうど小泉政権が誕生したころ、五輪担当の記者だった。小泉首相はソルトレークシティー五輪の選手結団式に出席して「どうして皆さんの姿に多くの人が感動するのか。それは限界に挑戦する必死な姿に心を打たれるからだ」と話した。迫力があった。これまでの首相とは異質だ。なんかやってくれそうな気がする。そんなふうに思った記憶がある。
しかし、社内の人事異動によって部署が変わり、2年ほど前から国会を傍聴するようになると「人生いろいろ」なんて平然と口にする小泉首相を目の当たりにするようになった。誠実さに欠けるような議論を直接見聞きする機会が増えて、思うようになった。あの言動から受ける印象に引きずられて、過度に期待しすぎていたのではないか、と。パフォーマンスを真に受けていたのだと、何だか恥ずかしくなったぐらいだ。
そんな僕個人の思いとは裏腹に、国民の支持率は高く推移し、選挙によって小泉政権が揺らぐことはなかったけれども…。
小泉首相が米国ではしゃいでいた日、日本では橋本龍太郎元首相が亡くなった。「自民党をぶっ壊す」と登場した小泉首相が目の敵にしていたとされる「旧橋本派」がぶっ壊れて、今度は小泉政権が終わろうとしているときに、橋本元首相が亡くなるというのは、何と皮肉な巡り合わせなのだろうかと思ってしまった。
土日と亡くなった橋本氏に関する取材に回って、ある政治家のこんな言葉を耳にした。「橋本さんは財政再建のために消費税率を上げた。小泉さんは『在任中は上げる環境にない』と、かたくなに繰り返しただけ。どちらが難問と正面から向き合っていたのか」。この時期に橋本氏が亡くなったのは偶然にすぎないとはいえ、だから余計にプレスリーに大はしゃぎする小泉首相のパフォーマンスがむなしく見えたのかも知れない。
July 5, 2006 09:38 AM
