記者コラム「見た 聞いた 思った」

2006年06月26日

忘れず目そらさない:井上真

 日本が戦った12日から22日まで、思いっきり嫌な人間になっていた。性格がギスギスしていた気がする。人よりも気の利いたことを言おう、言おうとしていたのかもしれない。褒めることよりも、人が指摘しない際どいところを、さも、自分だけが見抜いているかのように、持論を展開することに酔っていた。

 W杯は不思議だなと感じた。本当は日本代表が好きなのに、非難したくなる。「きっと負けるだろう」とのよけいな予測があることで、評論家ばりの批評を加えたくなる。素直に応援できない。伝える側にいることで、無邪気に見入る心にブレーキがかかっている。

 それに気が付いたのは、意外な場所だった。検査の結果を聞きに訪れた病院のエレベーターでの医師と看護師の会話からだった。

 医師 昨日のブラジル戦、見ました?

 看護師 見てませんよ。寝ました。勝ちました?

 医師 いえ、負けました。1-4です。

 看護師 ああ、やっぱり。

 医師 でも、ブラジル相手に1点先に取りましたからね。立派ですよ。

 看護師 そうですよね。すごいですよね。

 普通の会話が、すんなり耳から脳みそに届いた。当然の会話が、まともに聞こえた。新聞社にいたら、こんな会話は成り立たないかもしれない。それは職種の違いよりも、置かれている環境の違いが大きいように思えた。

 病院は体に不安を抱える人が集まり、治す人が働く。常に、不安や絶望、心配や戸惑いがあり、安心したり、感謝する空気よりも、マイナスの空気が圧倒的に濃い。その中では、血気盛んなバリバリのサッカーファンとは、また違う価値観があった。

 いろんな見方がある。どうしても声の大きい人の意見が露出するが、みんながサッカー解説者になる必要はない。日本サッカーが立ち直るには、選手や関係者の反省と分析の日々になるだろう。だからと言って、受け手がみんな悲嘆に暮れると思い込むのは早計だろう。トータルの結果には納得できなくても、日本代表の一瞬のプレーを大切に胸にしまい込んだ人の存在は否定できない。そんな人は意外に多いかもしれない。

 日本代表を冷めた目で見てしまった分だけ、終わった今、本当に日本代表がどう戦い、どう負けたのかを、ありのまま味わえなかったことに戸惑いが残った。

 埼玉スタジアムや、スポーツバーで大声を出し、熱狂しながら見るW杯もあれば、静かに何の制約も、うんちくもなしに、1人フラットな気持ちで画面を見つめた人もいた。

 厳しい意見もあれば、その反対の思いもある。さまざまな感性の中で、それでもみんながあきらめず、忘れず、日本のサッカーを気に留めておく。失望しても目はそらさない。それができるか? 難しいことだけれど。

June 26, 2006 11:18 AM