2006年06月21日
2度ない夏を全力で:山内崇章
浅黒く日に焼けた3人の高校生が、ガラガラの電車に急ぎ足で駆け込んできた。重そうなバッグを床に落として席を確保すると、1日の疲れを吐き出すように深い息をついた。午後10時すぎ、海沿いを走る私鉄電車は都心に向かって走っていた。丸刈り頭に汚れた学生服。疲労感を顔ににじませ家路に就こうとしている姿は紛れもなく高校球児のいでたちだった。
1人がバッグからグラブを出して右手でポケットをたたいた。「このグラブがオレを助けてくれている」。パンをほお張っていた隣の学生は「だったらしっかり守ってくれよ」と辛口で応えた。たわいのない掛け合いを見ながら、何か懐かしい気分になった。同じような格好で街を歩いていた時期が自分にもあった。
普通の高校生が謳歌(おうか)する遊びや勉強とは無縁で、野球中心の生活サイクル。6月中旬のこの時期は、最終の強化期間だった。10日間の合宿生活では徹底的に体をいじめ抜いた記憶がある。うかつに教室で居眠りすると先生から嫌みを浴びせられた。「そこまでして野球をやる意味が理解できない。勉強していい大学に入ればもっと確実な将来が得られるじゃないか」。成績は万年下位。さげすむような冷ややかな先生の目は今も忘れられない。
実際にそうかもしれない。炎天下を走り込み、水を飲むことすら許されない非科学的な練習。上下関係も神経をすり減らすほど厳しかった。何のために、野球をやっていたのか。あのころの唯一の心の支えは「甲子園」という目標。頑張ればそこに行ける。そこで名を売れば、可能性はわずかでもプロだって夢じゃない。本気で夢を追っている間は、何でも耐えられた。
突然声を掛けて「変なおじさん」と警戒されるのも不本意だ。誤解を避けるために正面から名刺を出して会話に加わった。全国大会への出場経験もある名門校。目標はやはり甲子園だという。ただし3人とも夏のベンチ入りは厳しいと話す2年生。何のために野球をやっているのか。「自分の可能性を確かめたい」「練習は厳しい。1年の時は上が怖くて辞めたかったけど、辞めたら後悔すると思いました」「厳しい練習をしただけ、周りよりも強い人間になれると思う」。
17年前の高3の夏、地方大会の決勝戦。自分たちの高校は4回まで3-1でリードしていた。1死満塁、追加点のチャンスで自分に打席が回った。初球の真っすぐ。ジャストミートした打球は二塁正面のゴロとなった。併殺打。そこから流れが敵に傾いた。直後の5回に逆転され、そのまま負けた。長く引きずった。自分のせいで負けたと。あの打席の夢はつい最近まで見続けた。夢では追加点が入ることもあったのだが…。
球児たちは今、野球部での3年間で残るもの、この先の自分に何があるのかを知らない。甲子園もプロも、私の夢はかなわなかった。つらい思い出だけが残ったと落ち込んだ時期もあった。泥臭い練習に耐えて得られたものは、具体的な言葉で表現するのは難しい。ただ、あのつらい体験は、あのときにしかできなかったこと、あの瞬間は2度と再現できないことだけは確かだ。夏の予選が幕を開けた。2度と戻らない夏を全力で戦ってほしい。
June 21, 2006 10:28 AM
