2006年06月05日
上乗せ払いおかしい:桐越聡
サッカー日本代表のユニホームを着た女性が、しゃがみ込んでいた。アスファルトの地面を見つめたまま動かない。背中は小刻みに震えている。充血した目を見開くと、小さく声を絞り出した。「こんな間際に『中止しました』なんて言われて、どうしたらいいんですか? 選手と同じスタジアムで、選手と一緒にW杯を戦えると思って、待っていたんですよ」。
東京都内の旅行会社「マックスエアサービス」は5月31日、W杯ドイツ大会の観戦券が入手できなかったとして「観戦ツアー」の中止を発表した。被害者は約1000人。同社が入居するビルには、事情説明を求めるサポーター数十人が、押し掛けていた。
大会観戦のために会社を辞め、ツアー代金をやりくりするために自家用車まで売り払った20代の男性がいた。数年前に結婚して「新婚旅行の代わりに」と、半年前から観戦ツアーの参加を決めていた夫婦がいた。週5日、深夜から早朝にかけてコンビニのアルバイトを続けている大学生がいた。W杯ドイツ大会に向けて、それぞれがそれぞれの夢を描いていた。
しかし、突然、悪夢が訪れた。「心臓がバクバクして3日間まともに眠れなかった」と話す、都内在住のサポーターが振り返る。
転売された観戦券によるツアーだと分かっていた。98年フランス大会の騒動は知っているし、正直、疑っていた。心配だったから旅行会社には頻繁に電話連絡を入れるようにしていた。そのたびに「絶対に大丈夫ですよ」「信頼してください」と言われた。いろいろ相談に乗ってくれるし、説明は丁寧だ。だから、「この旅行会社なら間違いないだろう」と、何となく思うようになっていた。
しかし、突然の中止発表。インターネットで内容は知ったが、旅行会社から直接連絡はないし、何度電話しても通じない。それなのに、午後6時30分の営業時間が過ぎると留守番電話に切り替わる。どうなっているのか。いても立ってもいられなくなって、旅行会社に駆けつけた。
とにかく返金してもらいたい。お金さえ戻ればほかの会社に申し込むことができる。しかし、あんなに親身になってくれたはずの旅行会社は「今は返金できない」と、かたくなに繰り返すだけ。貯金はほとんどないから、他社に申し込みたくても動けなかった。
翌日になると旅行会社は「別のルートから観戦券を確保できるかもしれない。新たにお金を支払ってもらえれば日本戦を見られますよ」と言い始めた。そっちの都合で中止にしたのに、上乗せして払ったら観戦できるなんておかしい。返金が筋じゃないのかと詰め寄ると、「不公平な販売だとは分かっています。申し訳ありません」と平謝りするだけ。しかし、間違いなく観戦できるなら借金してでも…。頭が混乱した。
結局、新たに20万円以上支払うことにして観戦券を入手した。「目の前に観戦券を置かれただけで泣けてきた。冷静に判断することなんてできなかった」。
同じようなことが2度と繰り返されてはならないと思う。
June 5, 2006 12:19 PM
