記者コラム「見た 聞いた 思った」

2006年06月30日

行ってきます、南極に:小林千穂

 突然ですが、ご報告します。ちょっと先の話ですが、11月下旬から4カ月間、南極に行くことになりました! 第48次南極地域観測隊に同行取材するのです。今は、観光で行く人もいるくらいなので、果てしなく遠いイメージはなかったんですが、観測隊と一緒に行動するってことはこれから多分、一生ないだろう、と思っています。このコラムも今日を含めて、私の担当はあと2回。書き残したことはないか、というデスクの言葉に、自分のことを書かせてもらいます。

 南極行きが決定して、頭を悩ませていたことの1つは、岐阜の田舎で暮らす両親にどう伝えるかってこと。彼らにとっては、東京での仕事でさえ未知の部分がいっぱいなのに、南極なんて言ったら、どれほど心配するか。決まって1カ月半は言えずにいたのですが、ついに電話で報告しました。母は一瞬の沈黙の後「あなた、日焼けしちゃいけない年なのに…。和泉雅子みたいになるんでしょう」(←和泉さんに失礼な)。第一声がそれですか…。絶句。こちらの気も抜け、悩みの1つも解消しました。

 気も楽になったところで、先週5日間、長野・菅平で夏訓練というものに参加してきました。観測隊のオペレーションや生活に関する講義と会議、ジョギングに体育。合宿なんて、大学時代の部活以来。1人暮らしがすっかり楽になり、団体生活の雰囲気を忘れてしまった今、6人部屋と分かった時は「1人になりたい…」と、ちょっとぼう然としたのですが、向こうに行ったら、24時間誰かと一緒にいるわけですし、意外にも5日間で結構慣れるものです。取材のポイントもぼんやりと見えてきた合宿でした。

 観測隊員はそれぞれ、いろんな経歴を持ったスペシャリストの集団。研究者や建築、土木のプロ、医師に調理師。彼、彼女らの話を聞くのは、それはそれは楽しいものでした。未知の世界の話が面白くないわけがない。私は、言ってしまえば「タナボタ」的に取材という機会をもらったのですが、中には10年以上、南極に行きたいと言い続けてきた人や、ホームページの募集を見つけ、会社を辞めて応募してきた人もいたりと、キャラクターも志も濃いのです。南極という場所にも、隊員の活動にも、また、彼、彼女らにも興味津々です。

 私が南極に行くということを知った周囲の反応はさまざま。「ペンギンのみそ漬け買ってきて」(捕まりますよ)、「シロクマの写真撮ってきて」(いません)、「かわいそうに。そういう取材は後輩に行かせればいいのに」(立候補したのは私です…)などなど。それでも、最後には「いいなあ」という言葉を付け足してくれます。まだまだ知らないことがたくさんあって、それを見たい、経験したいというのは誰しも同じなようです。

 ということで、行ってきます、南極。出発までまだ、いやもう5カ月。読者の皆さんは南極にどんなイメージを持っているんでしょう。

June 30, 2006 09:31 AM

2006年06月29日

オシム監督発連鎖を:藤中栄二

 日本にJリーグが開幕した93年以降、サッカーW杯の優勝国と日本代表監督には偶然の「連鎖」がある。94年米国大会はブラジルが優勝したが、その直後、日本代表の監督には元ブラジル代表のロベルト・ファルカン氏が就任した。98年フランス大会でフランスが優勝すると、日本代表監督にはフィリップ・トルシエ氏が就いた。ブラジルが優勝した02年日韓大会もしかり。ジーコ監督が指揮を執った。日本サッカー協会はW杯期間前から代表監督の選考に動いており、単なる偶然が続いたと言っていい。しかし今回は4度目の偶然がなさそうだ。

 次期監督にはJ1千葉のイビチャ・オシム監督の就任が確実になった。オシム氏は旧ユーゴスラビア(ボスニア・ヘルツェゴビナ)出身。現在、ドイツで行われているW杯の決勝トーナメントどころか、出場32カ国にも入っていない。4度目の「連鎖」がなくなるであろうことが、心なしか寂しいと思う。ただオシム氏には心の底から日本代表の監督になって欲しいと思っている。90年イタリアW杯でユーゴスラビアを8強入りに導いた名将。欧州での実績も十分で、千葉で選手育成、チーム強化を証明しており、日本人のメンタリティーも熟知している。そして何と言っても現在65歳という高い年齢が好印象だ。

 現在、日本人は「高齢」という言葉に敏感に反応している。某生命保険会社は「50(歳)60(歳)、当たり前」というようなテレビCMを流し、高齢者を対象にした割安商品を展開する。最近、某コンビニチェーンは和菓子や白髪染めなど高齢者向けの商品を増やした新しいコンビニを出店することを発表した。煮物の和風弁当や日本茶などを扱い、店内にテーブルやマッサージチェアを用意し、飲食や会話を楽しめるスペースを設ける計画だという。20代、30代を対象としてきたコンビニが変わりつつある時代。53歳のジーコ監督よりも12歳も年上になるオシム氏は、今の日本社会を反映しているような監督とも見える。

 監督だけではない。選手にも同じことが言える。新しい若い選手が台頭してこなければ日本代表の未来はないが、今の代表の中心選手が4年後、さらにグレードアップして10年南アフリカW杯を目指して欲しい。小野、稲本、高原、中田浩ら黄金世代と言われる79年組は4年後、31歳になる。ドイツで学んだことを、次のW杯で生かすためにも彼らの経験が必ず必要になってくる。

 オシム監督が設定するスタミナと体力さえ若手と同じ、あるいは、それ以上であればいいだけだ。簡単に言えば動けるか、動けないか。心身ともに走ることさえ辞めなければいいのである。もし順調に10年南アフリカW杯まで指揮していれば、オシム監督は69歳になる。監督の高齢化が、選手にも「連鎖」反応することを希望したい。高齢化社会が叫ばれる日本のサッカー代表がベテランと言われる監督、選手が中心で戦っていてもおかしくはない。年齢通りに老け込む必要なんて全くないのだから。

June 29, 2006 11:44 AM

2006年06月28日

牝馬限定にしては?:岡山俊明

 宝塚記念は大方の予想通りディープインパクトが圧勝し、秋の凱旋門賞制覇に夢を膨らませた。馬券で大穴を取るのもいいが、強い馬の強い勝ち方に酔いしれるのも競馬の醍醐味(だいごみ)。その意味では、いいレースだった。

 しかし、宝塚記念のあり方については、大幅に見直す時期に来ている。3歳馬の参戦もなく、新鮮味に欠けた安売りG1に成り下がっている。「夏のグランプリ」「ドリームレース」のうたい文句とは裏腹に、売りとするファン投票は有名無実化している。

 毎年ダービー開催が終わると、3歳と4歳以上の古馬の混合戦が本格的に始まる。その年の皐月賞馬やダービー馬が宝塚記念で古馬に挑めば盛り上がりも違うだろうが、実際はなかなか実現しない。トップクラスの3歳馬はダービーが終わると秋に備えて休養に入ってしまうからだ。いくら負担重量を古馬より5キロ軽い53キロに設定して優遇していても、春のクラシック戦線で疲労した3歳馬の出走意欲はそそらない。68年から90年まで23回続けて古馬だけで争われた時期もある。91年以降の15年間で3歳勢の出走はたった8頭。クラシックホースが初めて参戦した03年は、2冠馬ネオユニヴァースが4着。秋は菊花賞3着で3冠を逃がし、3歳馬が宝塚記念を使うことに対してマイナスイメージが残ってしまった。今年、皐月賞とダービーを制したメイショウサムソンは早々に回避を決めた。過去47回、3歳馬が優勝した例もない。

 また、せっかくのファン投票は出走馬の選定に反映されない。出馬投票した中でファン投票上位10頭に優先出走権が与えられるが、毎年フルゲートに満たないから、出たい馬は全馬が出られる状況になっている。ファン投票はまったく機能していない。プロ野球のオールスター戦とは対照的。無意味なファン投票は廃止した方がいい。

 もしもドリームレースとして残すなら、控除率を大幅に引き下げてみてはどうだろうか。単勝、複勝は売り上げの約20%、枠連、馬連、馬単、ワイド、3連複、3連単は約25%が諸経費や国への上納金(正式には国庫納付金)として差し引かれる。そこを単複10%、その他15%程度にとどめて、配当1割増でファンに還元するのだ。年に1度のファン感謝セール。払い戻されていない的中馬券が昨年の場合130億円もあるのだから、それを払い戻しに繰り入れればいい。10円未満の端数切り捨て分(例えば払戻額が160円の1ケタ分はJRAの収入になる)も加えれば対応できる。売り上げが低迷しているとはいえ、JRAは昨年も2894億円余りを国庫に納めた優良特殊法人に変わりはない。国も理解してくれるのではないか。

 現実的な案なら、牝馬限定戦にリニューアル。牝馬は夏に強いし、牝馬重賞の充実を図るJRAの路線に合致する。「宝塚」のネーミングにもぴったり。

 いずれにしろ、現状で良しとは思えない。

June 28, 2006 09:16 AM

2006年06月27日

泥臭い男の登場願う:千葉修宏

 ヤンキースで一番頼りになる選手は、なんと言ってもジーターだと思います。とにかく勝負強い。得点圏打率は23日までで3割7分9厘をマーク。同じ状況で三振は11個しかしていません。打撃内容も、詰まりながら右前に落としたり、ファウルで粘って投手に球数を投げさせたり、ただではアウトにならないというしぶとさがあります。

 マライア・キャリーと浮名を流したり、有名人との交友関係の多さやCM出演などから、とかく派手なイメージが強調されがちなジーター。その半面、スタンドに飛び込んで顔面を強打してもファウルフライを捕るような“勝ちたい”という気持ちが前面に出た、とことん泥臭いプレーもできる。だから頼れるキャプテンと呼ばれるのでしょう。

 もう1人のヤ軍の看板打者、ロドリゲスの場合。得点圏打率はそれなりの3割1分3厘。ですが、同じ状況で三振はジーターの倍以上となる25個を記録しています。完全なヤマ張り打者なので、3球同じスイングをして、3回空振りしてベンチに帰ってきたり、2ストライクから平気で真ん中を見逃したりします。本当に勝とうと知恵を絞っているのかな? と疑問に思ったりもします。

 昨年も最終的には打率3割2分1厘、48本塁打、130打点という素晴らしい成績でMVPを獲得しました。でも彼はニューヨークでは、「どうしようもなくチャンスに弱い打者」というレッテルを張られてしまっています。勝敗の決まった試合終盤、走者のいない場面で本塁打を打ち、ファンから失笑される打者を、僕は初めて見ました。

 話は変わってサッカーW杯。ここ米国でも連日、テレビで生中継をやっています。もちろん日本代表の試合も見ることができました。残念でした。結果もさることながら、ジーターのように、見るからに勝ちに執着しているという雰囲気を醸し出している選手が、あまりいなかったように感じられてしまって。

 日本人って、文化の問題なのかもしれませんが、すごく「型」を大事にすると思うんです。でもあまりに型に固執しすぎると、自分のスイングを3回して、3回空振りして帰ってくるロドリゲスのようになりかねない。最高レベルの舞台では、自分の攻撃をさせてもらえないことの方が多いですから。

 例えばブラジルのように運動量も豊富で、技術も高いチームが相手の場合。中盤でボールをキープして、中田選手や中村選手からのスルーパスにFWが反応し、相手DFの裏へ走り込んでシュート、なんていうきれいな得点パターンは、ほとんどあり得ないですよね(玉田選手の得点は、そういう意味では奇跡的です)。

 パスがつながらないとき、相手DFと強引に1対1で勝負してファウルをもらおうとしていたFWはいなかったように思えたし、得点にならなくてもミドルシュートを多用して、そのこぼれ球を次のプレーへつなげようとしていたMFも少なかったように見えました。次の日本代表には、華麗なプレーだけではなく、僕のような素人が見ても勝利への執念がはっきりと感じられるような、泥臭いプレーのできる選手の登場を願います。

June 27, 2006 09:56 AM

2006年06月26日

忘れず目そらさない:井上真

 日本が戦った12日から22日まで、思いっきり嫌な人間になっていた。性格がギスギスしていた気がする。人よりも気の利いたことを言おう、言おうとしていたのかもしれない。褒めることよりも、人が指摘しない際どいところを、さも、自分だけが見抜いているかのように、持論を展開することに酔っていた。

 W杯は不思議だなと感じた。本当は日本代表が好きなのに、非難したくなる。「きっと負けるだろう」とのよけいな予測があることで、評論家ばりの批評を加えたくなる。素直に応援できない。伝える側にいることで、無邪気に見入る心にブレーキがかかっている。

 それに気が付いたのは、意外な場所だった。検査の結果を聞きに訪れた病院のエレベーターでの医師と看護師の会話からだった。

 医師 昨日のブラジル戦、見ました?

 看護師 見てませんよ。寝ました。勝ちました?

 医師 いえ、負けました。1-4です。

 看護師 ああ、やっぱり。

 医師 でも、ブラジル相手に1点先に取りましたからね。立派ですよ。

 看護師 そうですよね。すごいですよね。

 普通の会話が、すんなり耳から脳みそに届いた。当然の会話が、まともに聞こえた。新聞社にいたら、こんな会話は成り立たないかもしれない。それは職種の違いよりも、置かれている環境の違いが大きいように思えた。

 病院は体に不安を抱える人が集まり、治す人が働く。常に、不安や絶望、心配や戸惑いがあり、安心したり、感謝する空気よりも、マイナスの空気が圧倒的に濃い。その中では、血気盛んなバリバリのサッカーファンとは、また違う価値観があった。

 いろんな見方がある。どうしても声の大きい人の意見が露出するが、みんながサッカー解説者になる必要はない。日本サッカーが立ち直るには、選手や関係者の反省と分析の日々になるだろう。だからと言って、受け手がみんな悲嘆に暮れると思い込むのは早計だろう。トータルの結果には納得できなくても、日本代表の一瞬のプレーを大切に胸にしまい込んだ人の存在は否定できない。そんな人は意外に多いかもしれない。

 日本代表を冷めた目で見てしまった分だけ、終わった今、本当に日本代表がどう戦い、どう負けたのかを、ありのまま味わえなかったことに戸惑いが残った。

 埼玉スタジアムや、スポーツバーで大声を出し、熱狂しながら見るW杯もあれば、静かに何の制約も、うんちくもなしに、1人フラットな気持ちで画面を見つめた人もいた。

 厳しい意見もあれば、その反対の思いもある。さまざまな感性の中で、それでもみんながあきらめず、忘れず、日本のサッカーを気に留めておく。失望しても目はそらさない。それができるか? 難しいことだけれど。

June 26, 2006 11:18 AM

2006年06月25日

食べるなら自己責任:桐越聡

 果たして、どのぐらいまで安全だと確認できたら、再び米国産牛肉を食べたいという気分になるのだろうか。それとも恐怖が抜けなくて、このまま食べられなくなるのだろうか。米国産牛肉の輸入再開合意のニュースを見聞きして、そんなことを思った。

 日本政府は21日、米政府との間で米国産牛肉の輸入再開を合意した。これを受けて政府は米国の牛肉処理施設を事前調査するための専門家の調査団を24日に派遣すると発表した。約1カ月かけて35カ所の日本向け牛肉処理施設の安全管理態勢を調査。早ければ7月末にも米国産牛肉が日本の店頭に並ぶ見通しだ。

 取材を通じて知り合った精肉店に電話してみた。店頭で米国産牛肉を扱うことに慎重なご主人から、こんな答えが返ってきた。

 「『米国産牛肉は安全ですか』と聞かれたら『安全だよ、大丈夫だ』と答えるよ。検査がある程度ちゃんとしていれば、危ない牛肉が口に入る確率なんて、宝くじに当たるよりずっと低いぐらい。お客さんを不安にさせちゃいけないから売らないけど、家では食べるよ」。

 店頭には出さないけど家では食べると話すのを聞いて、はてと考えた。「宝くじに当たるよりずっと低いぐらい」なら米国産牛肉を食べてもいいのかもしれないなあ、と。

 ちょっと乱暴な言い方になるかも知れないが、口に入れるものすべてに何らかの危険性がある。それがどのぐらい危険かは別として、危険性がない食べ物なんてあり得ないんじゃないだろうか。無農薬野菜は高くて手が出ないから、値段の安い野菜を選ぶ。その野菜がどんな農薬を、どのぐらい浴びているかなんて消費者には正直、分からない。魚だって同じ。どこで捕れたか分かったとしても、その海の水質までは分からない。追及したらきりがない。

 牛肉にしたって国産やオーストラリア産牛肉が安全なんて言われているけど、「大丈夫だ」と、どこかで消費者本人が思い込むことによって買い、食べられているんだと思う。

 間違いなく米国人は米国産牛肉を食べているのだから、日本にだけ危険な牛肉を輸出しているわけではないだろう。回転ずしなんかにすごく抵抗を感じる米国人がいるように、要はその国にはその国の感じ方があるってことなんだろう、と思う。

 だからある意味では米国産牛肉を食べるのは自己責任なのかなあ、という気がする。外食していて知らないうちに口に入っていたというのは勘弁してほしいけど、それもある意味では自己責任かもしれない。以前は何だ日本政府の対応は、なんて頭にきていたけど、全頭検査を実施しても安全は絶対じゃない、と聞くと、すべての責任を政府にだけ押しつけるのはどうかなあという感じもしている。

 結局、どのぐらいなら安全と判断するかの基準を、自分なりに決めていくしかないんだろうと思っている。わが家の場合は牛肉を食べる回数は減らした。食べるとしても国産牛だけにした。野菜は近所に住んでいる農家の方から直接買うようにしている。それでいいんだと思っている。

June 25, 2006 10:54 AM

2006年06月24日

待ち焦がれた「恋人」:松井清員

 記者生活で初めて見た光景だった。ホームグラウンドで敵チームの打者に対し、ファンが総立ちになって大声援を送る。しかも自分の応援するチームが負けていて、8連敗を喫しようかという終盤だ。スタンドはその日一番の熱狂と興奮に包まれた。引退試合ではない。仮に引退試合でも、敵地でここまでのスタンディングオべーションがあるだろうか。

 14日、東京ドームでの巨人-オリックス戦。清原が7回に代打で登場し、移籍後初めて古巣と対戦した場面だ。心から「お帰りなさい」の意味を込めた拍手。新天地で身を削りながら奮闘する姿に心打たれた拍手。それは今なお、巨人ファンが清原を愛していることを感じさせられたシーンでもあった。だがそこにはもう1つ、巨人ファンの悲痛な叫びが隠されているような気がしてならなかった。

 巨人は今季も主力が相次いでリタイア。小粒になったチームは交流戦で大失速した。視聴率低迷が示すように、チームは生え抜きスター不在と勝てない、Wの迷路にはまってしまっている。誰を応援していいのか、何を信じて応援すればいいのか。巨人の「顔」が見えないのだ。連日高い入場料を支払い、熱心に応援してもなかなか報われない情熱…。ファンは巨人ファンであるべき心のよりどころを失いかけていたのではないだろうか。

 そんな時、昨年までの9年間で数々のドラマと感動を与えてくれたあの男が打席に立った。何かをやってくれそうな予感。フラッシュバックする思い出。耳をつんざく「清原コール」には、久しく待ち焦がれていた恋人に出会ったような熱さでいっぱいだった。巨人の敗色が濃厚で、半ばやけっぱちな気分も後押ししたかも知れない。もはや敵も味方も関係ない。勝敗も度外視。心からの声援を思い出させてくれた背番号5へ向け、魂の叫びがドームに響き渡った。

 OとNがしのぎを削っていたころ、巨人は強くてスター軍団だった。それが松井秀喜がメジャーに行き、清原も去った今では、魅力に乏しい球団に成り下がろうとしている。ファンは正直だ。自軍のチームではなく、清原に1番の魅力を感じたからこそ、その日1番の大声援を送ったのだろう。逆にいえばファンの喪失感の大きさを示す光景だ。翌日のドームにも、代打出場を願う割れんばかりの「清原コール」が渦巻いた。その穴がいまだ埋まり切っていないように思えた。

 果たしてこの現実を、実際にグラウンドで戦っていたナインや球団はどう感じたのだろうか。「清原さんは特別だから」で済ませるのか。それともハッと思う選手がいたのだろうか。

 個人的には清原への大歓声に感激し、胸が熱くなった2連戦。だが一方で、複雑な思いにさせられた2連戦でもあった。もしあの場面で清原が巨人の敗戦を決定づける一打を放っていれば、巨人ファンはどんな反応を示していたのだろう。果たしてみんな我に返り、静まり返っていたのだろうか。私は反対のように思う。それは巨人ファンが巨人の敗戦を喜ぶ異様な光景…。ひときわ大きな清原への大歓声がわき起こり、オレンジのタオルが振られていたような気がしてならない。

June 24, 2006 09:42 AM

2006年06月23日

結局は主役が頑張れ:村上秀明

 競馬場に最も遠い存在だと思っていた子どもや女子高生が、場内で陣取っている光景を目にした。中央競馬の北海道シリーズが17日から函館競馬場で開幕。函館、札幌で計4カ月のロングラン開催となる毎年恒例の夏競馬だ。格の高いG1レースが行われる東京競馬場など数万人の観衆が集まる本州開催とは違い、芝生の上に敷物を敷き、だんらんしながら、のんびりムードで楽しんでいるファンが多い。

 そんな函館競馬場に、先週末に集まった子どもや女子高生のお目当ては、1日2度のライブを披露しに来たお笑いコンビの南海キャンディーズ(17日)とフットボールアワー(18日)だった。集客力のある人気コンビの来場は、集客効果の期待や場内を盛り上げるためで、タレント招聘(しょうへい)は中央競馬の各競馬場でも頻繁に行われているが、函館開催でも恒例になりつつある。

 確かに、この2日間は前年比100%以上の来場者があった。JRA関係者はもっと多い来場者数を期待していたかもしれないが、数字としては確保していた。ただ、競馬場に足を運んでもらったという数年、数十年後の「先行投資」にはなるが、子ども、女子高生は勝馬投票権(馬券)が法律で買えない。これだけが理由ではないが、案の定、売り上げは前年比84%にとどまった。

 こう考えるとイベントの集客は本当に難しい。人の数は集められるが、イベント自体は盛り上がったのかどうか。数年前、高校野球の甲子園取材時に、開幕セレモニーでジャニーズの人気タレントがグラウンドにいるのを見た。バックネット裏には若い女性が大挙集まり「キャーキャー」と黄色い声が響いていた。だが、そのセレモニーが終わると女性ファンも一斉に撤収。試合開始時には、ほぼ埋まった内野席で、バックネット裏だけが空席だらけの異様な光景だった。

 函館開幕の土、日曜も、競馬場内に設置されたミニステージの前で、南海キャンディーズやフットボールアワーの出番待ちで200人ほどが場所取りをしていた。その50メートルほど横の場所で、最後の3レースで騎手などの表彰式を行っているが、その表彰式を見ているファンは20人程度だった。何か寂しい気持ちになると同時に「主役がもう少し頑張れ」と叫びたくなった。

 競馬の主役は競走馬、そして騎手だろう。レース前日は、競馬の公正を確保するためと心身の調整を目的に、宿泊施設の調整ルーム入りが義務で、外部との接触から引き離される。大けがと隣り合わせの命懸けの仕事で、平日も早朝から調教の手綱を取る。競馬場内でサイン会などをやっているが、なかなか外部に出てファンと触れ合う機会が少ないのは事実だが。

 いろんな企画で注目されるきっかけをつくっても、集客の決め手は、結局のところ主役の活躍が不可欠ではないか。スターホースのディープインパクトのおかげで競馬が注目を集める今だからこそ、若手ジョッキーも多数集まっている函館競馬から、第2の武豊騎手の出現を期待せずにはいられない。

June 23, 2006 02:00 PM

2006年06月22日

「青」の特長生かす時:浜崎孝宏

 サムライブルー-恥ずかしながら、私はその言葉の由来を知らなかった。「サムライブルーって何」。突然、気になりそんな問い掛けをあちこちに落としながら、社内を徘徊(はいかい)した。報道部の隣に位置する電子電波メディア室の若い男の子から「応援旗に文字が書いてあるじゃないですか」とバッサリ。日本代表が練習する後方に「サムライブルー」とロゴの入った旗を、パソコンの画像データで見せてくれた。

 日本サッカー協会(JFA)のホームページを検索してみると答えがあった。「SAMURAI BLUE 2006」は、日本サッカー協会が、サポーターから募集して選んだキャッチフレーズだった。

 ドイツで奮闘する日本代表を応援しながらも、キャッチフレーズの意味を今ごろ知ったとは…。とほほ。ちなみに内勤していた他部署も含め5人に緊急アンケートを実施。理解していたのは、私に画像を見せてくれた20代の男の子1人だった(ちなみに残り4人は30歳以上)。

 日刊スポーツも「ブルーニッカン」として、青を基調としたカラーページで配色してある。「ジーコ日本」などの凸版の下に敷く青い地紋は「ニッカンブルー」と名付けられており、今回、日本代表のユニホームカラーとたまたま一致する。そんな偶然も重なり「サムライブルー」には、親しみを感じてしまう。

 さわやかで、颯爽(さっそう)としたイメージがある青だが、いい話ばかりではない。かつて、福岡市天神エリアに九州初登場したカラーサロン専門店を取材した。約80本あるカラーボトルから好きな色を選んで、そのときの心理状態を診断してもらう。そして、セラピストにアドバイスを受けるという店だった。「気分はブルーってよく言いますけどそれは当たっていますよ」。セラピストがそう話していたのを思い出す。

 青は「内向的」という意味だと記憶している。ちなみに赤は「情熱的でリーダーシップ」を意味する。普段の生活でも風呂の蛇口には、青と赤のシールが張ってあるだけで何の説明がなくとも「水が青」「お湯が赤」と判断できるのは、そんな色彩心理も働いているのだろう。

 私を含めファンにとっても青色にまつわる嫌な話を紹介してしまったが、何も不安をあおるつもりじゃない。キャッチフレーズを否定するわけでもない。正月の神社参りで1年を占うおみくじで「凶」を引いてあなたは信じますか。信じるはずがない。ただ、ただ、勝ってほしい。それだけ。いばらの道を何とか切り開いてほしい。

 ブラジルとの1次リーグ1試合を残し、日本代表の自力決勝トーナメント進出は消滅した。次戦では2点差勝利が予選突破の最低条件。青色の持つ「内向的」な特長がもたらす裏返しのプラス材料。それは「自分の内面を見つめ冷静に判断する」ということだ。日の丸の国旗は白地に「赤」い丸。ピッチ上は赤い炎のように情熱的に。ハートは青く澄んだ水のように冷静に戦ってほしい。そして「サムライブルー」にふさわしいフィナーレを待っている。

June 22, 2006 10:31 AM

2006年06月21日

2度ない夏を全力で:山内崇章

 浅黒く日に焼けた3人の高校生が、ガラガラの電車に急ぎ足で駆け込んできた。重そうなバッグを床に落として席を確保すると、1日の疲れを吐き出すように深い息をついた。午後10時すぎ、海沿いを走る私鉄電車は都心に向かって走っていた。丸刈り頭に汚れた学生服。疲労感を顔ににじませ家路に就こうとしている姿は紛れもなく高校球児のいでたちだった。

 1人がバッグからグラブを出して右手でポケットをたたいた。「このグラブがオレを助けてくれている」。パンをほお張っていた隣の学生は「だったらしっかり守ってくれよ」と辛口で応えた。たわいのない掛け合いを見ながら、何か懐かしい気分になった。同じような格好で街を歩いていた時期が自分にもあった。

 普通の高校生が謳歌(おうか)する遊びや勉強とは無縁で、野球中心の生活サイクル。6月中旬のこの時期は、最終の強化期間だった。10日間の合宿生活では徹底的に体をいじめ抜いた記憶がある。うかつに教室で居眠りすると先生から嫌みを浴びせられた。「そこまでして野球をやる意味が理解できない。勉強していい大学に入ればもっと確実な将来が得られるじゃないか」。成績は万年下位。さげすむような冷ややかな先生の目は今も忘れられない。

 実際にそうかもしれない。炎天下を走り込み、水を飲むことすら許されない非科学的な練習。上下関係も神経をすり減らすほど厳しかった。何のために、野球をやっていたのか。あのころの唯一の心の支えは「甲子園」という目標。頑張ればそこに行ける。そこで名を売れば、可能性はわずかでもプロだって夢じゃない。本気で夢を追っている間は、何でも耐えられた。

 突然声を掛けて「変なおじさん」と警戒されるのも不本意だ。誤解を避けるために正面から名刺を出して会話に加わった。全国大会への出場経験もある名門校。目標はやはり甲子園だという。ただし3人とも夏のベンチ入りは厳しいと話す2年生。何のために野球をやっているのか。「自分の可能性を確かめたい」「練習は厳しい。1年の時は上が怖くて辞めたかったけど、辞めたら後悔すると思いました」「厳しい練習をしただけ、周りよりも強い人間になれると思う」。

 17年前の高3の夏、地方大会の決勝戦。自分たちの高校は4回まで3-1でリードしていた。1死満塁、追加点のチャンスで自分に打席が回った。初球の真っすぐ。ジャストミートした打球は二塁正面のゴロとなった。併殺打。そこから流れが敵に傾いた。直後の5回に逆転され、そのまま負けた。長く引きずった。自分のせいで負けたと。あの打席の夢はつい最近まで見続けた。夢では追加点が入ることもあったのだが…。

 球児たちは今、野球部での3年間で残るもの、この先の自分に何があるのかを知らない。甲子園もプロも、私の夢はかなわなかった。つらい思い出だけが残ったと落ち込んだ時期もあった。泥臭い練習に耐えて得られたものは、具体的な言葉で表現するのは難しい。ただ、あのつらい体験は、あのときにしかできなかったこと、あの瞬間は2度と再現できないことだけは確かだ。夏の予選が幕を開けた。2度と戻らない夏を全力で戦ってほしい。

June 21, 2006 10:28 AM

2006年06月20日

「それが何か?」潔し:小林千穂

 どこもかしこもW杯一色。こうなったら、全然関係ないこと書いちゃおう、とも思ったんですが、芸能の現場でもやっぱりW杯だらけで、とりあえず取材対象に「サッカー、いかがですか」と聞いてる毎日。さして興味のなさそうなタレントたちも、にわかサッカー通になって「頑張れ、ニッポン!」とか言っちゃってる。聞いたはいいが、薄いコメントは聞かなかったことにしてます(いいのかな)。

 4年に1度の大イベントなので、楽しくノレばいいと思うんだけど、どうしても便乗にしか思えないイベントもある。某映画の試写会の案内ファクスには「全員でジーコジャパンを応援します!」なんて、誘い文句が書いてある。何かと思えば、舞台上で「頑張れ、ジーコジャパン!」と登壇者一同が雄たけび。…ん、以上? おいおい、これだけなの? もうちょっと具体的なコメントがあるのかと期待してしまった。ちょっと目が点になってしまいました。いくら何でも、これだけで…。いいかげんにしなさい。

 こんな毎日が続いて、食傷気味だったのですが、もちろん便乗しない人もいます。W杯楽しんでますか、と聞くと「え、まったく見てないよ。日本戦? 翌日は早朝仕事だったので寝ました」と答えた人や、サッカー関連のコメントを求めたら「知ったかぶりで言っちゃ失礼でしょ」と断った人も。代表選手とも交流のある俳優は「ここで僕がその人との交流を言ってどうなるの? こっちで頑張れなんて言うのは簡単だけど、そんなんじゃないからね」と、やんわり、コメントを断った。露出してナンボという世界で、サッカーについて語れば、その可能性は上がるという中、興味のないものは興味がないと言えたり、自分のポリシーや相手を思いやってのコメント拒否は、何だか潔いな~、と。

 サッカー、サッカー、やっぱりサッカーの18日、全国でこっそりだけど大々的に行われたイベントがあった。環境省が行った「ブラックイルミネーション」という、明かりを一斉に消して、CO2削減の意識を高めようというもの。東京タワーもお台場の観覧車も、大阪・道頓堀のグリコの看板も、全国約4万の施設の明かりが消えた。消灯時間は午後8時から試合開始の午後10時までというドンピシャな時間。日本戦の日の、この時間帯。「あちゃ~、よりによってこんな日に設定しちゃったよ」なんて思ってるのではと思ったが、事務局は「ああ、知ってましたけど。それが何か」という答え。潔し。

 3年前に東京タワーで取材した時は「キャンドルナイト」というネーミングで、ふもとに集まった人にろうそくが配られた。終わった後もしみじみ、夏祭りの後の帰り道、といった感だった。今年は消灯時間が終わって、一斉に明るくなった時、祭りが始まったんだなあ。鳥の目で想像してみました。午後10時、明かりが戻った時、静寂が消え去って、声のかたまりが空に飛んでいった感じ? 俯瞰(ふかん)したらどうだっただろう。

June 20, 2006 07:57 AM

2006年06月19日

勝利支える守備の人:藤中栄二

 ブラジル撃破の呪文(じゅもん)は「なかたなかわぐち」だと思っていたのだが…。サッカーW杯の話である。この言葉の意味はのちほど説明するとして、日本代表からDF田中が負傷で離脱したことが残念でならなかった。96年アトランタ五輪。1次リーグ初戦でブラジルを1-0で撃破して「マイアミの奇跡」を起こした1人。今回の代表入りの時も「マイアミの奇跡を演出」が彼の肩書となっていた。ドイツW杯メンバーに名を連ねたことを知り、自分はちょうど10年前に取材した時の話を思い出していた。

 21歳だった田中はブラジル戦を迎える数週間前から悩んでいた。仮想ブラジルで迎えた壮行試合(ガーナ五輪代表)で3バックが通用せずに1-2で敗退した。田中が相手FWをマークする松田と鈴木の後方をカバーして守っていた。しかし松田、鈴木との間に生まれた少ないスペースを相手FWに利用されて2失点を喫した。米国入り後、田中は五輪代表・西野監督、山本コーチに相談したが答えは最後まで出ずじまい。結局、ホテルで同部屋の松田に相談を持ちかけ、当時の横浜で採用されていた3人が水平に並ぶ3バック陣形への変更を勝手に決めた。現地でのメキシコとの練習マッチで試しただけの新しい守備だが、五輪ではタイミング良くオフサイドトラップを仕掛け、ブラジルを完封できた。伊東のゴール、川口の好セーブ、前園、中田英、城の活躍ばかりが目立ったが、田中はDF3人で完封できた喜びをぐっとかみしめていた。

 マイアミの奇跡を演出した選手の中で、ドイツW杯には中田英、田中、川口が入った。MFに中田英、DF田中、GK川口。このラインを名字でつなげば「なかたなかわぐち」。これは単なる偶然じゃない、ドイツW杯のブラジル戦の呪文に違いない-と勝手に想像していた。その矢先に田中の離脱が決まった。

 3人がそろわなければ勝てないと言っているわけではない。アトランタ五輪時の田中の苦悩を知っていた。10年後。今度はW杯の大舞台で中田英、川口とのラインで強敵相手に何かをしてくれそうだ、と個人的に期待していただけに、落胆も大きかった。

 とかくDFというポジションは注目されにくい。得点するFW、ゲームメークするMF、好セーブするGKに比べ、主将でない限りは登場が少ない。完封という言葉はGKの方が何となく似合うし、DFは数字で好プレーを証明しにくい。最高のパスを信じてゴール前に走るFWに比べ、最悪の展開を予想して守備を固めるのがDFである。地味かもしれないが、現実主義者でなければ務まらない。やはり現実的に悩むぐらいがDFとしてふさわしい。派手に見える攻撃陣の陰で、守備陣の模索が勝利を支えていると言っていい。

 「奇跡」を起こした10年前の田中のように、オーストラリア戦で3失点した日本のDF陣は悩んでいるのだろうか? 選手間で打開策を考えているのだろうか? 時には現実を見つめ、完封するためには手段を選ばず、勝手に守備を変更してもいい。そんなことを考えて日本守備陣に注目してみるのも悪くない。今日は日本-クロアチア戦である。

June 19, 2006 11:36 AM

2006年06月18日

勝つための駒さばき:岡山俊明

 将棋は不思議なゲームだと常々思っている。自陣20枚の駒は数も働きも相手と同じなのに、必ず優劣がついて勝敗が決する。将棋は合戦を単純化して盤上に再現した競技だから、対局者は全軍を率いる指揮官。それぞれ個性のある駒を、効率良く使った方が勝つ。状況を分析して、守るべきなのか、攻める好機なのか、その判断も大事な要素。将棋が強い人は組織をまとめるのもうまいのではないだろうか。

 社員という駒をうまく使った会社は間違いなく伸びる。力を結集できれば、1+1が3にも4にもなる。スポーツも同じ。選手の良さをマックスに引き出せる監督が名将と呼ばれる。

 サッカーW杯1次リーグB組で、強豪スウェーデンと引き分けた小国トリニダード・トバゴの戦いぶりが強烈に印象に残った。後半開始直後にDF1人が2度目の警告を受けて退場。1人少ない10人で、スウェーデンが誇るイブラヒモビッチ、ラーションの2トップを抑えられるなど、誰が予想できただろうか。

 窮地に立たされたベーンハッカー監督が後半7分に打った手は、FWグレンの投入。MFかDFを入れて守備強化が普通の考え方なのだろうが、知将は逆の発想をした。2トップを前線に残しておくことで、相手を攻撃だけに専念させなかった。奇手というよりも妙手。敵陣に打ち付けた角が、実は守りにも利いていたわけだ。勇敢なトリニダード・トバゴは気迫あふれるタックルでボールを奪い、少ない人数を感じさせない組織的守備でシュートの雨に耐えた。守り切って勝ち点1を奪うコンセプトがチームに浸透していた。スコアは0-0でも、本当に面白い試合だった。赤のユニホームが歓喜に沸き、黄色いユニホームの選手たちはうつむいた。人口わずか130万人から選ばれた代表に感銘を受けた。選手を鍛え、逆転の発想で「勝利」をもぎ取ったベーンハッカー監督の名采配は、後世に語り継がれるに違いない。

 オーストラリアのヒディンク監督も敵ながらあっぱれ。日本戦の終盤、守備は最低限にとどめ、次々に投入した攻め駒がよく働いた。同点に追いついてからも攻めの姿勢を貫いた監督の気迫が選手を奮い立たせた。ベーンハッカー監督が攻めを見せながら守りを徹底したのに対して、ヒディンク監督は韓国を4強に導いた4年前と同様に手駒を惜しみなく使って逆転した。手法は違うが、監督の意思を選手が実現したことは共通していた。

 日本には素晴らしいタレントがそろっている。前線の飛車角。中盤の金銀桂香。DFの金矢倉。ベンチも含めれば、それこそ戦い方は無限にある。23人をうまく組み合わせればクロアチアを倒せる。この4年間でつらい思いもたくさん経験した選手たちに、悔いは残してほしくない。ジーコ監督の駒さばきにかかっている。

June 18, 2006 12:34 PM

2006年06月17日

稼頭央に再び輝きを:千葉修宏

 前回のコラムで「強いメッツを見に来て」と書いた途端に、松井稼頭央選手(30)がロッキーズへトレードになってしまいました。それで落ち込んではいないかと心配になって、コロラドまで行って来ました。

 でも心配は無用でした。とりあえず現在、稼頭央選手は3Aコロラドスプリングスに合流して調整中なのですが、その直前にチームの配慮もあって、クアーズ・フィールドでロッキーズ本体の練習に参加しました。その時の表情を見たら、もう完全に吹っ切れた、いい顔をしてましたから。

 ロッキーズは8月18~20日、ニューヨークでメッツと戦います。彼はそれを楽しみにしていました。「もうヒール(悪役)ですからね。ブーイングでも何でも来い! って感じですよ」と笑ってました。

 大リーグを取材していると分かるのですが、やっぱりニューヨークという町は、良くも悪くも特別なんですよね。メディアの数から違いますし、報道内容も、ちょっと打てなかっただけで、相当ヒステリックにたたかれます。そういう新聞記事などを読んでいるファンも、悪く言えば洗脳されてますから、すぐにブーイングですよ。

 また、稼頭央選手は日本人ですから、地元メディアにしてみれば、批判しやすいんでしょうね。球場で本人に会っても、完ぺきな英語で反論されることもないし。移籍直前の報道なんか、「そこまで書くことないだろ」って感じのボロクソなものが多くて、「誰かが意図的に書かせているのでは」とまで思うようなものでしたから。

 笑えたんですが、ちょうど稼頭央選手がロッキーズの練習に参加していた10~11日、ドジャースと試合が行われました。相手側にもまたメッツから移籍した徐在応(ソ・ジェウン)投手がいました。試合前、彼が「カズはどうしてここにいるんだよ」って話しかけてきました。こちらが「君の方が(メッツの内情を)良く知ってるだろ」と言うと、向こうはニヤリ。新聞に書くには不適切な表現を交え「あのドミニカ生まれのGMのせいだろ」と、ミナヤGMおよび主力を中米系選手で固めたチーム事情を皮肉っていました。

 もちろん打撃のスランプも稼頭央選手がメッツから放出された要因です。でも周囲の環境は、彼にとって活躍しやすいものだったとは言えません。その点、ロッキーズでは、もっと伸び伸びと、自分本来の野球のスタイルを追求できるのではと期待しています。

 西武時代の稼頭央選手は、走攻守に秀でていて、本当に輝いていました。余談ですが、彼は球場外でもかなりイケてるんですよ。私服姿のことなんですけど、ブランド品だけ買っておけばいいという感じの典型的プロ野球選手とは違って、ジーパンやシルバー+ダイヤモンドのアクセサリーなど、ストリート系のファッションが、本当に様になっている。彼のやんちゃな感じによく合ってるんです。

 コロラドではそんな紛れもないスターの輝きを取り戻して欲しい。3Aの試合で必死になって汗を流している姿を見ていると、そんなことを願わずにいられませんでした。

June 17, 2006 09:37 AM

2006年06月16日

たじろぐ程強く蹴れ:井上真

 オーストラリアに負けた後、何度も何度も考えた。「この煮え切らない感情はどこから来るのか」。チェコ-米国や、韓国-トーゴを見ているうちに、だんだんモヤモヤの源が整理されてきた。サッカーはゴールにボールを入れるスポーツだ。緩いシュートでも、ゴロでも、カーブでもシュートでも何でもいい。

 しかし、「シュートはインステップで蹴れ」と教えられてきた世代として、日本代表の攻めに壮快さは感じない。初戦で、それらしいシュートは、前半にFW高原が左ポストをわずかに外した場面、同点にされた直後、MF福西が右へそらしたやつしか思い出せない。

 日本代表のシュートは、なるべくコースを狙った無難なものだ。見ている側の1つの考えとして言う。「最大公約数的」なシュートは見たくない。コースを狙いつつスピードを抑えたシュートだ。それだけの技術もないのに、ボールが外れていく軌道を見るたびに力が抜ける。試合に出ているDF陣はその数十倍、数百倍の落胆がある。だから、同点に追いつかれ崩れ落ちた。DF陣を責める気にはなれなかった。

 GKの正面でもいい。GKごとゴールにたたきこむ、それぐらいのシュートが見たい。

 強いシュートで思い出すのはベッカムだ。右足でのコントロールを武器に、正確なロングパスを出す。好きなタイプではない。プレーを見てグッと来るものがない。02年は1次リーグでアルゼンチンと対戦。ベッカムは98年フランス大会で、アルゼンチンのシメオネの執ようなマークにいらだち報復行為で退場。

 その因縁の相手に、ベッカムは0-0での前半44分、オーウェンが得たPKを蹴った。「インサイドか、インフロントでコースを狙う」と予想していた。ベッカムはほとんどど真ん中に、インステップで激しく蹴り込んだ。ジャージーを引っ張り、スタンドのサポーターに見せ、ハンサムな顔をゆがめて狂喜した。グッときた。

 4年間の思いを込めたように映った。きっと、後ろで見ていた10人も含め、みんなが納得するのは、こん身の力を込めたシュートだと、ベッカムは感じていたのかなと、思った。

 シュートには正確さが不可欠だ。その正確さと同じくらい、強さも大事だ。正確さは絶対に外してはいけない時に求められる。そして正確さは「うまさ」を感じさせる。強さはどうだ? チャレンジする果敢さに、相手はたじろぐ。「こんなところから打ってくるのか」「こんなパワーがあったのか」「こんなに必死なのか」。

 ブロックに伸ばしてくる相手DFの足ごと、容赦なく蹴り抜くシーンが見たい。その後で点が入るかどうか、それは結果だ。その愚直な勇猛さが、相手をビビらせ、守備に疲労していく味方にエネルギーを与える。シュートを打てとか、枠に飛ばせとか、もう、ごちゃごちゃ言わない。蹴れ、強く。

June 16, 2006 10:43 AM

2006年06月15日

死亡事故に妥当とは:桐越聡

 あくまで妥当だと言い切るのだろうか? 

 先週の前半。国会の衆院決算行政監視委員会をのぞくと、あの鈴木宗男衆院議員(58)が大声でまくし立てていた。

 「過去に飲酒運転でモロッコ人を死亡させた人が、大使になっていますね。しかも、外交特権で逮捕されていない。当時の外務省が出した処分は停職1カ月だけ。これは妥当な処分ですか? 甘すぎはしませんか?」。

 麻生太郎外相(65)ら外務省幹部は用意した紙を読み上げた。

 「当該職員は国際法上の特権および免除を享有していた」「しかるべき懲戒処分は行い、その後、当該職員は職務に励んで職責をまっとうしている。処分は妥当だと考えている」。

 どうせ官僚の答弁だからと、はなから期待はしていなかったのだが、人命が失われた痛ましい事故にもかかわらず、妥当だ、と繰り返して押し切ろうとするかのような答弁にあきれた。腹が立った。

 そもそも「妥当」ってどんな意味だっけ? 会社に戻って国語辞典を引っ張り出すと「判断や処置などが、そのときの状況や道理によく当てはまること。適切であること」とあった。飲酒運転して人をひいて死亡させても逮捕されないのは道理だ-。停職1カ月の処分は適切だった-。外務省はそんな意味を込めて妥当だという言葉を使っていたのだろう…。

 ちょっと待て。何、言っているんだ。どう考えたって、妥当なんかじゃないだろう。

 外交官にはいくつかの外交特権が認められているのだから、逮捕されないという特権を利用すること自体は間違いではない。それは分かる。だけど、ウイスキーの水割りを立て続けに3杯飲んでバーを出て、そのまま車を運転した。相当の雨が降っているのに猛スピードを出してタクシーに追突し、その弾みでスクーターに乗っていたモロッコ人をひいて死亡させた。偶発的で負傷者がない事故ならまだしも、今の日本国内なら「危険運転致死傷罪」が適用されるぐらいの事故だ。それなのに、不逮捕特権を使うのが妥当なのか。

 外務省が出した懲戒処分だって、釈然としないところがある。都内の洋品店で3900円相当のTシャツ1枚を盗んだ職員が停職1カ月-。都内の電気用品店で2900円相当のDVD1枚を盗んだ職員が停職3カ月-。そんな過去の処分と比較して、くだんの外交官の処分が停職1カ月なんて、あっていいものなのか。「日ごろの勤務態度」とか「諸般の事情を総合的に考慮して判断した」なんて外務省は説明しているけど、有望な大使候補者だったから停職1カ月の処分で済ませたと、でも言いたいのだろうか。

 おまけに、こういった処分内容は鈴木議員が政府に質問主意書を提出して答弁を引き出すまで、公表されないままになっていたという。この件に関して、外務省がやったことなんて、何から何まで妥当なんかじゃない。何の反省の言葉もなく、ただ妥当だと言い切ろうとしているだけ、だ。「伏魔殿」と揶揄(やゆ)された役所の一端を垣間見たような気がした。

June 15, 2006 09:44 AM

2006年06月14日

弁当収益と1時地獄:松井清員

 オリックスの選手が、面白いことを言っていた。「2時は天国、1時は地獄」。さて一体何のことやら?

 「ナイター翌日、ホームのデーゲームで午後1時台開始はしんどいですよ。でも2時なら全然違う。体も楽だし勝つ確率も上がると思うんです」。1時なら負けて、2時なら勝てる? プロでそんなことあるの? と思いつつ、調べてみた。するとまんざら冗談でもなさそうな数字が出てきた。

 【ナイター翌日、ホームで午後1時、または午後1時30分開始試合を行ったチームの今季勝敗】

 オリックス 1勝4敗
 西武    0勝2敗
 日本ハム  2勝3敗
 楽天    2勝3敗
 ロッテ   4勝1敗
 ソフトバンク4勝2敗
 ヤクルト  0勝2敗
(6球団合計で13勝17敗)

 なるほど。ロッテ、ソフトバンク以外は苦戦が目立つ。ご存じの方がいるかも知れないが、金曜のナイター明け、土曜デーゲームの試合開始時間はセとパで違う。セの大半が午後2時以降の開始なのに対し、パの大半は午後1時か遅くても1時半開始。だがこの1時間こそ「天国」と「地獄」の分かれ道というわけだ。

 影響が大きいのはホームチームだ。ビジターチームより2時間早く行う練習は試合開始4時間前から。午後1時開始だと、前日午後6時開始のナイター終了後、翌朝は午前8時過ぎに球場入りし、9時からの練習に備えなければならない。ただでさえ試合開始に5時間の時差。ホームは有利なはずだが疲労回復が追いつかず、体内時計の調節も難しいというわけだ。では“貴重な朝”に1時間余裕のある2時開始は、どうなのか。

 【ナイター翌日、ホームで午後2時以降開始となるデーゲームを行ったチームの今季勝敗】

 阪神    5勝1敗
 中日    2勝2敗
 ヤクルト  1勝0敗
 広島    3勝1敗
 横浜    4勝1敗
 オリックス 0勝1敗
(7球団合計で15勝6敗)

 なるほど。2時開始希望のオリックスが負けているのは???だが、他球団はホームの利を生かした好調さだ。阪神のある選手は「10時練習開始なら通勤渋滞にもかからないし、ありがたい」と明かす。もちろんその時の対戦相手の好不調にもよるだろうが、確かに「2時は天国、1時は地獄」を裏付ける結果だ。

 では全部午後2時以降の開始にすればよいのではないか。だがそこには各球団の営業事情がかかわってくる。1番大きいのは球場の「弁当収益」だ。飲食品が最も売れるのが“お昼を食べながら野球観戦”となる午後1時開始の試合。ある球団関係者は「売り上げは1時半なら1時開始の半分、2時なら食べてから球場に来るので売れない」と明かす。

 入場料だけでなく、売店収入に頼る球団ほど1時開始もやむなしの選択になるわけだ。連日満員の阪神は売店収入にこだわる必要もなく、全デーゲームが2時開始。一方でオリックスのあるコーチは「ナイター明けの1時はアカンと現場から球団にお願いしているんだが」と頭を抱えていた。

 まるで“弁当の恨み”。だが当事者は笑い事ではない。強いチームは屁でもないのだろうが、弱いチームは試合開始時間に一考の余地があるかもしれない。

June 14, 2006 09:22 AM

2006年06月13日

戦いは恋人探しから:村上秀明

 恋人探しから戦いは始まっていた。

 トリノ冬季五輪から約4カ月が過ぎた。当時は脚光を浴びた選手たちだが、暖かくなるにつれ、メディア露出は減ってくる。テレビに引っ張りだこの金メダリスト荒川静香ら一部選手をのぞけば、つかの間の休息を経て、春から再び4年後に向け動き始めている。

 覚えているだろうか、桧野真奈美(26)という選手を。今回、日本女子で史上初めてボブスレー競技に出場した1人だ。重量200キロ以上ある鋼鉄のそりを操縦し速度を競うスポーツで、最高速度は時速130キロ以上にもなる。「氷上のF1」と呼ばれる競技で、女子のパイオニア的存在の選手だ。

 マイナー競技ながら、激動の五輪初出場で注目を浴びた。トリノへの出発5日前、出場取り消しの可能性が突然、耳に飛び込んできた。地元で壮行会を開いてもらっていた後で、寝耳に水の話。国際オリンピック委員会の結論が出るまで、北海道帯広市の自宅で待機したが、家の前にはコメントを求める報道陣が張り付き、2日間缶詰め状態だった。

 睡眠もままならず、体重も3キロ減った。出場が認められ、イタリア・ミラノ空港で取材した時「何で私がテレビに映っているのって思った」と、戸惑いの日々だった。全国でも競技人口約60人の代表だが、歩くたびにテレビ、カメラに囲まれた。それでも「こんな形でも注目してもらうのはいいこと」と、話していたのが印象的だった。

 そんな桧野と久しぶりに話をした。「また同じ4年間ではダメなんです」。女子2人乗りで16チーム中15位に終わったトリノを振り返り、そう言った。事実、特に不満もなかった職場を5月末に辞め、帯広市民チームとして発足したクラブチームに所属。当初は引退するつもりだったが、バンクーバー五輪への新たな道を歩み始めた。

 スピードスケート女子500メートル日本記録保持者の大菅小百合(25)も、7年間所属した実業団を退社し、五輪への新しいアプローチを模索し始めた。「環境を変えたい」。ほとんどの選手が「4年間が1区切り」と考え、五輪が終わると次に向けた動きがすぐに始まる。理由はどうあれ、新しい環境に飛び込むのは、勇気がいることだと思う。

 5月下旬、ボブスレーの桧野が札幌市で行われた大学生の陸上競技会で、精力的に動き回っていた。目的は勧誘。バンクーバー五輪に向けた新パートナー探しだった。競技をするには相方は絶対条件で、スカウトも大事な活動。自身も元陸上の投てき選手で、パワーやスプリント力を秘めた選手1人1人に声を掛けているのだ。

 夏場でも地味な筋力トレーニング、海外合宿など、冬季競技のアスリートたちの努力は続いている。中には「夏を制した者が冬に勝つ」という言葉を選手たちに伝える指導者もいる。「もう戦いは始まっていますから」。汗を流し相棒を探す桧野の言葉に、五輪の重みを感じた。

June 13, 2006 09:40 AM

2006年06月12日

ヤット 独でひっ飛べ:浜崎孝宏

 キバレ! ヤット!

 明日12日にサッカー日本代表が、オーストラリアとのW杯初戦を迎える。個人的なイチ押し選手は、MFの遠藤保仁だ。

 冒頭の「キバレ」はご存じの人も多いでしょうが、鹿児島弁で「頑張れ」の意味。ヤットは、ミドルシュートなどで定評のある日本代表・遠藤のニックネーム。残念ながら彼を取材した経験はないが、私と同じ鹿児島県人だけに親しみもわいてくる。強引に彼と私の共通点を探ってみた。

 その<1> 04年11月の市町村合併により、遠藤の出身地・鹿児島郡西桜島町は鹿児島市に吸収合併。私の出身地、揖宿(いぶすき)郡喜入(きいれ)町も同時期に鹿児島市となった。

 その<2> 冬の高校サッカー選手権で、私は04、05年度の2大会、鹿児島実を担当した。04年度には2度目の全国制覇。05年度には準優勝の原稿を書いた。我が母校ではないが、鹿児島実の校歌を完ぺきに歌えるほどで「不屈不撓(ふとう)」の校訓は私自身もお気に入りだ。鹿児島実の選手権初Vは、静岡学園との両校優勝で95年度大会。当時遠藤は鹿児島実の1年生。時代は違えどもともに、優勝の喜びを味わったV戦士? でもある。

 その<3> 高校時代の私の親友が、遠藤と同じ桜洲(おうしゅう)小─西桜島中出身。ちょっと苦しい…。

 そんなわけで、つながりの多い選手だった。でも、ニックネームの「ヤット」って何??? 遠藤の恩師でもある鹿児島実の松沢隆司総監督に聞いてみた。

 松沢総監督 ヤットは自己主張をしない男でね。簡単にいえば、面倒くさがり屋ですよ。最近ではどうか分からないが、Jリーガーになったころは、年賀状もあんまり書かないと言っていたし、お世話になっている人には年賀状ぐらい書かないと、と話したんだよ。ヤットが、重い腰を上げたときは「やっと(ようやく)ね」という意味で、ついたんだよ。

 遠藤は地元桜島ではサッカーの上手な3兄弟として知られていた。末っ子の遠藤だが、兄2人はともに鹿児島実のエースナンバー「10」を背負った。しかし、遠藤の高校時代は背番号「8」。松沢総監督は「10番がほしいって言えばよかったんだよ。10番は誰でも良かったけど自己主張をしなかったからね」と話した。

 西桜島役場(現桜島支所)には桜洲小の在校生から先輩に向けて「頑張れ遠藤」と書かれた横断幕が飾られている。桜島からフェリーを乗り継いで約20分の鹿児島市役所にも、玄関ロビーに日の丸が掲げられ、来客者が応援メッセージを書きつづっていくという。

 8日付の本紙2面に「サムライ23」と題した代表選手紹介の23回目で遠藤の記事を読んだ。00年のシドニー五輪で控えに甘んじた悔しさがにじみ出たコメントがあった。出場機会がどんな場面で訪れるか分からないが、自己アピールを存分に期待したい。泣こよっか、ひっ飛べ(鹿児島弁でがけっぷちに立ったら、泣いている暇はない。飛んでしまえの意味)。

June 12, 2006 08:56 AM

2006年06月11日

「信頼」裏切らないで:山内崇章

 あってはならないことが起こった。1日の横浜スタジアム。審判が下したジャッジを発端に、興奮した観客3人がフェンスをまたいでグラウンドに乱入、心無い人からは無数の物が投げ込まれた。メガホンだけでは済まなかった。たばこの吸い殻、空の弁当、一塁ベンチの上からは飲み残しのペットボトルまで降ってくるありさま。ベンチの中でユニホームを飲料水の色に染められた選手もいた。

 フェアかファウルか。審判2人の食い違ったジャッジが選手を惑わせたこと、審判団がルール通りに協議をせずに試合終了を宣告したこと。公正が保たれたスポーツの真剣勝負を見に来た人が不信感を抱くのは分からないでもない。「お金を払って見ているからには、納得できる形で完結させるべきだ」との意見もあるだろう。それでも、一部が取った悪質な行為は言語道断だ。もはや彼らにファンを名乗る資格も、スタンドで観戦する資格もない。

 先月11日の本欄で、スタンドと選手の距離を近づけた横浜球団の前向きな取り組みについて触れた。同スタジアムでは、昨年から従来の内外野にかけて張り巡らされていた高さ6メートルのネットを撤去している。ファンと選手がフェンス越しに気軽な会話を交わし、時には喜びを共有し抱き合うシーンも見られるようになった。低いフェンスから映し出されたものは、プロ野球が多くの人に支えられているという現実だった。球界は将来にわたって、この認識から離れるべきではないとの考えをあらためて実感した。

 今回の一件に、横浜の三浦投手が悲痛なコメントを残している。「勝てないことは僕らの責任だし申し訳ない。審判の判定に納得できないのも分かります。ただ、球場が汚されることは絶対許せない。球場はごみ箱ではない」。プレーで生計を立てる選手にとってのグラウンドは、毎日一礼を怠らずに足を踏み入れる神聖な場所だ。一部が取った行動は、大切な職場を踏みにじり、野球人の誇りを汚す行為にほかならない。支えられていると信じた側のショックは大きかった。

 選手や球団の歩み寄りは、「信頼」を基にした試みであることを忘れていないだろうか。現状のフェンスは、グラウンドに侵入しようと思えば、いつでも、誰にでも跳び越えられる高さだ。選手にしてみれば、試合進行やプレーへの妨害、身の危険さえも想定される中で行っている取り組みだ。乱入や物を投げ込むことは背信行為でしかない。

 横浜球団は同日、乱入した3人に対して同スタジアムからの永久追放を告げた。物を投げ込んだ人については不問に付されたが、彼らにも入場禁止の措置が取られても不思議でない。ファンあっての球界という認識は変わらない。だからこそ、観戦するファンにも資質が問われる。本当に野球が好きな人は、選手が大事にしているグラウンドを汚すようなまねはできないはずだ。応援するファンにも、球界を支えている自覚が求められるのではないか。

  ◇  ◇  ◇

 海の向こうではドイツW杯が開幕した。世界が興奮と感動に包まれる1カ月。競技、規模の違いこそあれ、サポーターと選手の間から見えてくるものは何か。プレーを離れた視点からも考えてみたい。

June 11, 2006 09:51 AM

2006年06月10日

ウチワが求める距離:小林千穂

 あぁ、ついにのぞいてしまった、禁断の(?)ジャニーズの世界を。ここ数カ月で、KAT-TUN(カトゥーン)と関ジャニ∞(エイト)のコンサート取材に行った。実はジャニーズ初体験。子供のころからアイドルに興味がなかったので、トシちゃんもマッチも、少年隊も光GENJIもSMAPも、TOKIOも1歩も2歩も、いや10歩くらい引いて見ていたかな。なのでコンサート取材!? しかも、KAT-TUNと関ジャニ∞!? 世代が違いすぎる…と、足を引きずりながら、30歩くらい引き気味で取材へ行った。

 これが、結構面白かったので自分でもびっくり。KAT-TUNは東京ドーム、関ジャニ∞は代々木競技場第1体育館。どちらもキャパはかなりあり、スタンド席からだと彼らは、ホントに豆粒にしか見えない。会場に入った時は「コンサートで、豆粒のスターを見ると、かえって果てしない隔たりを感じて、むなしくなるんだよな~」なんて思ってました。

 でも、始まってみると、予想以上に、いや予想を覆す距離でファンに近づいてくる。クレーンや台車を使って、タテヨコあっちこっち移動する。ステージ1カ所でやったって別にいいし、そういうライブの方が多い。最初から最後まで巨大スクリーン見てても、同じ空間で同じ空気吸ってるって、ある程度満足するんだから、それだけやっといてもいいはずでしょう。代々木第1体育館の3階席にいる観客のすぐ目の前まで、クレーンで上がって来てくれるとは、大盤振る舞いな。30歩の引きは10歩くらいに。ジャニーズのコンサートは観客との距離を近づける工夫をしているものが多いそうで、ああだこうだと言われようと、人気を維持する努力をしていることは間違いないわけでして。

 近くまで来てくれる、というファンの期待感を表していたのが、いろんなメッセージが入った、してして攻撃ウチワ(勝手に名付けました)。「投げチューして」「指さして」「ピースして」「変顔して」「パーンして」「ゲッツして」…。いろんなウチワが面白かったので、ファンに聞いてみると「どの子にリアクションを求めるかによって、メッセージが違う」そうだ。本人がこれまでのコンサートでやったことなどをもう1回して、という例もあれば、本人が「こんなん求めてちょうだい」と言うこともあるらしい。みんな上手に作ってましたよ。ハート形でクッションを入れた力作を持ってた女の子は「あんまりリアクション求めてないけど、やっぱり作ってみました」とうれしそう。もしかしてという期待感があるから作る気にもなるってもんで…。

 とか言いつつ、実際、ピンポイントであの子に向かってっていうリアクションなんてしないでしょ、と思ってたら、そんなことはなかった。してして攻撃が実った子は本当にうれしそうで、見てたこっちも「良かったね~」と言いたくなるくらい。

 記者席に座っていたら、上から両面テープがはがれたハートがひらりと落ちてきた。ちっちゃいハートに込めた気持ちがかわいらしくて、引き気味加減は3歩くらいになったかな。

June 10, 2006 09:47 AM

2006年06月09日

勝負しろ!高原、柳沢:藤中栄二

 3年前、欧州リーグに挑戦したサッカー日本代表FW2人の動きを複雑な気持ちで取材した。03年1月、高原直泰がドイツ・ブンデスリーガのハンブルガーSVに移籍し、当時指揮していたヤラ監督にゴール量産を期待されていた。練習マッチを通じてストライカーとして起用され続けたが、いつしかゴール中央ではなく、左サイドでチャンスを演出するウイングのようなポジションでのプレーを要求された。本職以外でプレーする機会が増えていた。

 同じ年の9月。今度はイタリア・セリエAのサンプドリアに移籍した柳沢敦の取材でも同じような場面に遭遇した。まだチーム合流から約2カ月だったが、既に指揮官だったノベリーノ監督にMFで起用されていた。カップ戦のイタリア杯ではFW出場したが、注目されるリーグ戦では左右両サイドの出場に限られた。当時、日本代表の欧州遠征(チュニジア、ルーマニア)で2試合連続弾を決めたが、評価は変わらず。同監督は「私はあくまでサイドのMFでプレーするのが好き」と明言した。

 高原、柳沢はレギュラー奪取を最優先していた。ペナルティーエリア内から動かない味方FWとのコンビネーションを合わせるように左右にあるサイドのスペースに走って相手DFの注意を誘った。クロスを上げてチャンスも演出した。日本では同じようなプレーが高く評価されているが、逆に欧州クラブ監督の目には運動量豊富で、器用に両サイドでもプレーできる2人がFWには見えなかったようだ。違う可能性を試されたのはサイドに「流れた」からだろうと推察せざるを得なかった。

 予想通り、柳沢取材中にはイタリア人記者に「良い選手だがゴール前にいない。本来のFWの動きではない」と指摘された。また高原を取材中にドイツ人記者も「FWはペナルティーエリア内で仕事するもの。高原は左右に動く良いFWだけど、DFと勝負しないね」との印象を持っていた。サッカーは個人競技ではない。チームの勝利に貢献するプレーが最優先だろう。他選手ともコンビネーションも考え、ゴールを狙う。無失点に抑えるためにはスタミナ消耗も顧みず、前線から守備もする。しかし欧州人の目には、2人の「流れた」プレーがゴール前で相手DFとの勝負を「逃げている」ように見えてしまう。取材しながら皮肉なものだなと嘆いた。

 9日からドイツW杯が開幕する。故障を抱えているが、当初の予想では高原、柳沢が2トップとして出場することが確実視される。先月30日の日本-ドイツ戦では高原が2得点を挙げ、対戦国のマークは厳しくなるに違いない。日本を背負って臨む4年に1度の祭典である。確かに自分勝手なプレーはできない。戦術もある。システムもある。それは承知の上だが、ペナルティーエリア内に残って欲しい。我慢してエゴイストのようにゴール中央で競り合う姿が見たい。3年前の欧州挑戦当時に欧州の監督、現地マスコミが抱いた印象をW杯で覆す舞台ではないかと思う。まずは、サイドに流れないで-と願っている。

June 9, 2006 09:24 AM

2006年06月08日

珍名馬に郷愁と笑い:岡山俊明

 競走馬の名前はオーナーの知性や教養、趣味、考え方、時には育った環境さえも映し出す。

 85年オークス馬ノアノハコブネや今年の高松宮記念を勝ったオレハマッテルゼなど、ユニークなネーミングで知られる小田切有一氏の所有馬には、郷愁を誘われるものが多い。多感な時代のよき思い出。たとえ単語だけの馬名でも、さまざまなイメージが広がる。
 クレヨン。大人になるとクレヨンを持つ機会などほとんどない。幼稚園のころは24色入りが欲しかった。12色入りでは金色や銀色がないから。裕福な友達がうらやましかった。絵の才能のなさも気付かされた。

 ヨーヨー。70年代後半、清涼飲料メーカーのロゴがマークされたラッセルヨーヨーに日本中の少年がはまった。縁が透明で重いヨーヨーと、縁が白で軽い種類があり、やや高価な前者の方が技をかけやすかった。年配の人は32年(昭和7年)に巻き起こった大ブームを、若い人は数年前のハイパーヨーヨーを思い浮かべるのだろう。

 ドングリ。遠足でのドングリ拾いが懐かしい。しばらく触れていないなあ。生活に余裕のない証拠かもしれない。公園にはクヌギやカシの木もあるし足元に転がっているに違いないのに、見過ごしてしまう。地面との距離が遠くなった。

 ロバノパンヤ。関東圏ではなじみがないが、51年(昭和26年)から京都を中心に、音楽を流しながらパンを売る馬車が人気を集めた。歌の出だしは「ロバのおじさん、チンカラリン~」。

 トッケンショウブ。76年(昭和51年)以前、馬券1枚の最高単位だった1000円馬券がいわゆる「特券」。今の数倍に相当する額だから、ひと目に1000円買うとなると勇気がいる。「特券勝負!」はギャンブラーにとって非常にカッコいいフレーズ。

 郷愁シリーズ以外に、クスッと笑えるシリーズもある。オジサンオジサンは1勝馬でも6歳まで頑張った(その後地方競馬でオバサンオバサンが登場した)。オドロキノサイフは未勝利で終わったが、ヨロコビノサイフは2勝した。マケズギライは最高9着。ギャフン、アシデマトイ、カミサンコワイ、スゴウデノバケンシ、オケラカイドウ…。傑作が並ぶ。

 意味が分からない時は、うんちく王の知人が頼りになる。安田記念は残念ながら10着に敗れたオレハマッテルゼは「58年公開の日活映画「俺は待ってるぜ」から。主演の石原裕次郎が主題歌を歌い、脚本は石原慎太郎東京都知事。裕次郎はボクサー出身という設定で、名前が島木譲次。吉本のパチパチパンチのオッちゃん(島木譲二)はここから拝借したのですね。彼も元西日本ミドル級新人王ですから」。

 これからデビューする2歳馬の1頭は、キラメクネオンと付けられた。母キャバレーからの連想。馬名は文化。今年はどんな珍名君が出てくるのだろう。17日から函館、福島、京都で始まる新馬戦の、もう1つの楽しみでもある。

June 8, 2006 11:38 AM

2006年06月07日

強いメッツ見に来て:千葉修宏

 記者席で隣に座っていた某テレビ局関係者に言われたんです。「最近よく女性ファンを見掛けるんだよ。特に白人の」。確かにスタンドをのぞいてみると多いんですよ。お気に入り選手のレプリカ・ユニホームを着込んだ若い女性が。去年まではファンの大半がヒスパニック系のマッチョな男性で、ドスの利いた低い声で球団名を連呼していたような印象があったのですが。チームが強いと、普段は球場を訪れないようなファンまで、足を運ぶようになるんですかねぇ。

 えっ、僕が今いる場所ですか? 僕は今年、主にヤンキース(松井秀喜選手)を担当するためにニューヨークに赴任になったのですが、ここはヤンキースタジアムじゃありません。ニューヨークのもう1つのチーム、メッツの本拠地シェイ・スタジアムに来ています。

 そのテレビ局関係者いわく「もともとメッツはチームカラー(青とオレンジ)がかわいいし、女性には人気があったんだ。でもここまで客層が変わってくるとは驚きだよね」。メッツは現在、ブレーブス、フィリーズのライバル2チームに差をつけて、ナ・リーグ東地区首位を快走中。前回、世界一になった86年から、ちょうど20周年ということもあり、球場には連日、多くのファンが詰めかけるようになっています。

 それにしても今年のメッツの試合は本当に面白いです。1番からレイエス、ロデューカ、ベルトラン、デルガド、ライト、フロイドと並ぶ打線は、現在、大リーグ一と言っても過言ではないでしょう。投手陣もペドロ・マルティネスを筆頭に、ベテラン左腕グラビンも絶好調。抑えには100マイル(約161キロ)左腕のワグナーが加わり、このラインアップで勝てなければ、今後何十年も優勝できないのでは、とまで言われています。
 ここで女性ファンのために見どころを少々!? ニューヨークの若きプリンスの座をヤンキース・ジーターから奪いそうな勢いなのが三塁ライト。勝負強い打撃が売りの、トム・クルーズ似のイケメンで、必見の選手です。もう1人、遊撃レイエスは童顔にショート・ドレッドのヘアスタイルがお似合いで、先日は熱心なファンから「あなたがいないと生きていけないの~」と熱烈すぎるラブコールを受けていました。先輩フロイドから「ああいうファンを大切にしておけば、後で良いことがあるかもしれないぞ」とベンチの隅でサインボールを書かされ、スタンドに投げ込んでいた姿も見逃しませんでしたけど(笑い)。

 ヤンキース松井選手がケガをしたことで、日本からニューヨークへの大リーグ観戦ツアーに、キャンセルが相次いでいると聞きます。でも、ちょっと待ってください。ニューヨークにはもう1人、日本人大リーガーがいるじゃないですか。今は打撃不調でスタメンを外されていますが、こういう時こそ、大声援でリトル松井を後押ししたいところ。大リーグファンの日本人の皆さん。今こそ、ニューヨークへ来て、メッツを、そして松井稼頭央選手を応援してみたらいかがでしょうか? 期待を裏切らない好ゲームが見られますよ!

June 7, 2006 09:25 AM

2006年06月06日

「つば吐き」に見た執念:井上真


 中学生のころ、テレビ東京の夕方6時からの「三菱ダイヤモンド・サッカー」を見ていた。当時、岡野俊一郎氏(現日本協会名誉会長)がブンデスリーガやプレミアリーグを解説しながら「これが世界のトップレベルのパス、センチメーターパスですね」と言っていた。走り込んだ選手の足元へ、ぴたっと30センチ違わずボールが供給されていた。

 まだ80年代。高校サッカーがブームで、日本リーグは身内が観戦する程度。センチメーターパスなんて、遠い国の、知らない人の、特別な話にしか思えなかった。
 93年、Jリーグが生まれる。それがすべての出発点になったが、衝撃的なシーンを1つだけ挙げるなら、ジーコがボールにつばを吐きかけた瞬間だ。どこか、きれい事で進んでいたJリーグ元年が、サッカーに潜むとんでもない現実に初めて触れた時だ。

 94年1月16日、Jリーグチャンピオンシップ、川崎-鹿島の第2戦だ。ジーコは、非紳士的プレーなどはるかに飛び越えた「汚い行為」を犯した。後半36分、賀谷のプレーに高田主審がPKを宣告。カズが蹴ろうとしていたボールに、ジーコはちゅうちょせず歩み寄り、ボールにかがんだ。実況のアナウンサーはヒステリックに「これは…、どういうことですか? ジーコが…、どうやらボールにつばを吐いたようですね?」と叫んだ。

 瞬間的に思った。「そうなんだ。そうまでしてジーコは勝ちたいんだ」。前半と合わせた2枚目のイエローで退場。主審へあざけりの拍手を送りながら、ピッチを去るジーコを見て、心の底からそう感じた。ジーコのJリーグ初代王者への本気度がはっきり見えた。
 違う意見もある。「あれは審判に対するジーコの抗議だ」。「レベルの低い日本サッカーへの侮辱だ」。そんな声はサッカー経験者からも多く聞かれた。憤りを忘れないサッカーファンは多い。川淵キャプテンもその1人だった。

 確かに言えることは、なりふり構わず、相手がミスをする可能性のために、ジーコは何でもした、ということだ。恥ずべき行動を、サッカー弱小国の日本で泥臭く演じた。それが、衝撃的だった。「もしかしたら、Jリーグはジーコがそこまでするほど価値あるものなのかもしれない」と思った。

 敗れたジーコは、勝った時のためにひそかに用意していたシャンパンを、涙を浮かべながらチームメートに配った。つば吐きは美談にはならない。しかし、サッカーが根付くには、日本サッカーが本物になっていくには、じっくり考える必要があった。

 センチメーターパスへの尊敬は、つば吐きの衝撃に粉々に砕け散った。きっと、ジーコは後悔している。それでもあの驚きは、後味の悪さだけを残したとは思わない。勝つための際どい一瞬には、どんなことだって起こり得る。ミスジャッジ、ラフプレー、乱闘、退場。そしてつば吐きだって。良いも悪いもない。これは教訓だ。

June 6, 2006 09:36 AM

2006年06月05日

上乗せ払いおかしい:桐越聡

 サッカー日本代表のユニホームを着た女性が、しゃがみ込んでいた。アスファルトの地面を見つめたまま動かない。背中は小刻みに震えている。充血した目を見開くと、小さく声を絞り出した。「こんな間際に『中止しました』なんて言われて、どうしたらいいんですか? 選手と同じスタジアムで、選手と一緒にW杯を戦えると思って、待っていたんですよ」。

 東京都内の旅行会社「マックスエアサービス」は5月31日、W杯ドイツ大会の観戦券が入手できなかったとして「観戦ツアー」の中止を発表した。被害者は約1000人。同社が入居するビルには、事情説明を求めるサポーター数十人が、押し掛けていた。

 大会観戦のために会社を辞め、ツアー代金をやりくりするために自家用車まで売り払った20代の男性がいた。数年前に結婚して「新婚旅行の代わりに」と、半年前から観戦ツアーの参加を決めていた夫婦がいた。週5日、深夜から早朝にかけてコンビニのアルバイトを続けている大学生がいた。W杯ドイツ大会に向けて、それぞれがそれぞれの夢を描いていた。

 しかし、突然、悪夢が訪れた。「心臓がバクバクして3日間まともに眠れなかった」と話す、都内在住のサポーターが振り返る。

 転売された観戦券によるツアーだと分かっていた。98年フランス大会の騒動は知っているし、正直、疑っていた。心配だったから旅行会社には頻繁に電話連絡を入れるようにしていた。そのたびに「絶対に大丈夫ですよ」「信頼してください」と言われた。いろいろ相談に乗ってくれるし、説明は丁寧だ。だから、「この旅行会社なら間違いないだろう」と、何となく思うようになっていた。

 しかし、突然の中止発表。インターネットで内容は知ったが、旅行会社から直接連絡はないし、何度電話しても通じない。それなのに、午後6時30分の営業時間が過ぎると留守番電話に切り替わる。どうなっているのか。いても立ってもいられなくなって、旅行会社に駆けつけた。

 とにかく返金してもらいたい。お金さえ戻ればほかの会社に申し込むことができる。しかし、あんなに親身になってくれたはずの旅行会社は「今は返金できない」と、かたくなに繰り返すだけ。貯金はほとんどないから、他社に申し込みたくても動けなかった。

 翌日になると旅行会社は「別のルートから観戦券を確保できるかもしれない。新たにお金を支払ってもらえれば日本戦を見られますよ」と言い始めた。そっちの都合で中止にしたのに、上乗せして払ったら観戦できるなんておかしい。返金が筋じゃないのかと詰め寄ると、「不公平な販売だとは分かっています。申し訳ありません」と平謝りするだけ。しかし、間違いなく観戦できるなら借金してでも…。頭が混乱した。

 結局、新たに20万円以上支払うことにして観戦券を入手した。「目の前に観戦券を置かれただけで泣けてきた。冷静に判断することなんてできなかった」。

 同じようなことが2度と繰り返されてはならないと思う。

June 5, 2006 12:19 PM

2006年06月04日

交流戦の日程一考を:松井清員

 プロ野球のセパ交流戦も今週で折り返し点を迎えた。だが開催2年目ということもあって、昨年ほどの盛り上がりには欠けているように思う。1年前はあれだけドキドキワクワクしたのに、人間の心は飽きやすいものなのか。そんなことを考えていたら1つの興味半減要素が目に付いた。交流戦の日程そのものだった。

 ☆中日-ロッテ
 ☆中日-日本ハム
 ☆ヤクルト-ロッテ
 ☆ヤクルト-日本ハム

 実は36カード中、この4カードだけが「火水木」と「金土日」に分散して組まれている。たとえば中日-ロッテなら、中日が「金土日」をホームで戦うと、ビジターでは「火水木」に対戦する。ところが残り32カードはホームが「火水木」ならビジターも「火水木」、ホームが「金土日」ならビジターも「金土日」と、同じ曜日の対戦が繰り返される。ほとんどの球団が先発6人制を敷く現在、雨や入れ替えなどでローテ変更がない限り、2度の対戦とも同じ投手と当たるのだ。

 たとえば今週「火水木」に行われたオリックス-ソ中日戦は、3試合とも前回の「火水木」と同じ先発が両軍登板した。逆に金曜日が先発日の西武松坂は「金土日」に当たる阪神、巨人、横浜とは2度対戦するが、中日、ヤクルト、広島との対戦は1度もない。ロッテ渡辺俊が「ライバル宣言」している阪神赤星との対決もこのままでは幻だ。夢対決が売りのハズなのに、これでは“半交流戦”のような気がしてならない。

 戦っている現場はどう感じているのか。ある首脳陣からは「手探りで対戦するより、作戦的には対策が立てやすい」と歓迎の声も聞かれた。だが選手レベルになると、プロの本能というべき意見が多く聞かれた。「年に1度の真剣勝負の中で、いろんな一流投手と対戦したいし打ってみたい」(パ主力打者)「2回とも同じカードに投げるのはデータがあって楽かも知れないけど、夢の勝負はないですよね」(セ主力投手)。

 ではどうしてこのような日程になってしまったのか。そこには各球団が本拠を置く「球場の使用事情」が大きく影響しているという。たとえば神宮では6月に全日本大学野球選手権があり、ドーム球場ではコンサートや展示会のイベントが先約済み。自ずとその日は除外しなければならない。しかも次の条件も加わる。

 ☆営業的に収益の大きい「金土日」は、各球団均等にホームで3カードを戦う
 ☆金曜日は移動当日の試合となるため、各球団の遠距離移動を極力減らす
 ☆交流戦最終カードは中止時の代替日程確保やファンへの告知期間が短過ぎるため、天候に左右されないドーム球場を使用する。

 ある球団の日程担当者は「ローテが同じという指摘は昨年もあったが今年はより顕著。たとえば4カード連続ビジターでいいという球団が出てくれば、こういう日程は避けられるのだが」と明かす。やはり各球団が事前に球場側としっかり話し合い、交流戦の時期にイベントを極力入れないことが1番の解決策なのだろう。それも他球団、他球場頼みではまた同じ繰り返しになる。そもそもファン拡大を目指しての夢対決。分割方式の開催案も含め、3年目を迎える来年こそ、日程には一考の余地がある。

June 4, 2006 11:21 AM

2006年06月03日

プロならお客様第一:村上秀明

 カツ定食を食べて、こんなに気分が悪くなったことはなかった。味はまずまずだったのに…。

 個人的な話で恐縮だが、先日、連休を利用して夫婦で名古屋に旅行したときのこと。本場のみそカツを食べようと、旅行のガイドブックに掲載されていた専門店に足を運んだ。テーブル3席とカウンター5席ほどの小さな店で、老夫婦と息子らしき3人で切り盛りしていた。

 夜7時15分ころに入店し、食べ終わったとき、時計の針は8時近くを指していた。この店は8時ラストオーダーで、8時30分閉店と張り紙があった。ところが、だ。食べ終わって、お茶をすすり始めると「8時30分閉店ですのでそろそろ」と老婦人から声が掛かった。驚いた。「えっ、まだ30分もあるでしょ」。心の中で絶句していた。

 もっと驚いたのが、隣のテーブルにいた若い女性2人組にも、同じ声を掛けていたことだ。しかも、5分ほど前にみそカツ丼が運ばれたばかりで、2人は食べ始めた直後のこと。確かに、店内には残り2組で、何らかの事情で早く店を片付けたかったかもしれない。だが、そんな雰囲気もなく「早く帰ってよ」という態度丸出しだったのだ。

 数々のヒット曲を世に送り出した国民的歌手の故三波春夫さんは「お客さまは神様です」という名文句を残した。真意は別にあるとしても、お客へのサービス精神を表したと理解されている言葉。お客だから何をやってもいいとは思わないが、お金をもらっている以上、いかにお客を気分良く満足させるかが、プロの商売ではないのか。

 それを考えると、日本ハムの新庄はプロ中のプロだと思う。「襟問題」で物議を醸したが、単純にお客が見て楽しい選手には違いない。数々の「演出」はお客を1番に考えたサービス精神だろう。野球ファンの中には「度が過ぎている」「ふざけている」「まじめにやれ」という意見もあるが、真剣にお客を楽しませようとする姿に違いないのだ。

 当コラムで先輩記者も賛同していたが、記者席から見ても新庄の動き、リアクションは楽しい。3月下旬の札幌ドームの今季開幕戦で、新庄の演出予告もあってか、ほぼ満員となる4万2393人の大観衆を集めた。私自身は、札幌ドームが満員になったのを生で見たのは、選挙取材中の数年前に某政党が決起集会を開いたとき以来、2度目だった。これだけでも「すごいな」と思わされた。

 みそカツ店を出たときは「店側の勝手な都合で…」と怒っていたが、ふと思った。新聞社も作り手で、お客(読者)がいて成り立つ商売。果たして、読者が求めている情報を提供しているだろうか。勝手な都合、エゴだけで進めてはいないだろうか。こちらが「面白い」「ためになる」「価値がある」と判断したものでも、本当に読者に喜んでもらえているのだろうか、と考えさせられる。

 みそカツ店を反面教師とし、新庄先生を見習い、紙面上で最高のパフォーマンスをしたいものだ。

June 3, 2006 11:36 AM

2006年06月02日

「日の丸」の誇り胸に:浜崎孝宏

 先月末の九州女子アマゴルフの取材で、17歳の女の子からふと考えさせられた。初日にトップに立った彼女の名は一ノ瀬優希。取材中で何度も飛び出した言葉は「日の丸を背負っている」という強烈なフレーズだ。乙女のハートで必死に「日の丸」を受け止めようとする姿は印象的だった。

 一ノ瀬は、世界ジュニアなどの国際大会に出場する06年の日本代表メンバーに選ばれている。昨年の九州ゴルフ春季大会で優勝。直後の全国大会でも準優勝。小学6年の終わりごろから本格的にゴルフを始めたそうだが、急成長を遂げる彼女に「日の丸」の勲章が与えられた。

 スパイクのかかとには日の丸の刺しゅう。ウエアは「JAPAN」のロゴ入りサンバイザーとポロシャツ。「ナショナルチームにも入ったし、プライドを持ってプレーしないといけない」。彼女の言葉を聞くにつれ、そんな責任感と自覚を持った人材が代表にふさわしい、とうなずくばかりだった。

 取材を終えると同時に自分はどうなんだ、と思った。「私は日刊スポーツを背負っている」。そう言い切れるのか。そう言いたいところだが、日刊スポーツの誇りどころかデスクには埃(ほこり)扱いされるほど仕事内容は未熟。声に出して言える立場ではない。彼女は立派だ。プロを目指す過程で失敗はあるだろう。それでも彼女には声に出せる勇気がある。「○○会社を背負っています」と言い切れるサラリーマンが、どれほどいるものだろうか。彼女のそんな気丈なコメントは、新鮮だった。

 一ノ瀬に「日の丸」の重さを感じさせてくれたのは、意外なことにイチローだった。WBC(ワールド・ベースボール・クラシック)で日の丸が揺れる姿に、イチローがチームをけん引する姿に、感動をもらったそうだ。記憶に新しい重圧に打ち勝った王ジャパンの「世界一」は、競技は違えども、プロを目指す者としてデッカイ目標だ。世界のセンターポールに日の丸を掲げたいと思う気持ちは同じ。将来の全競技の日本代表予備軍にとってもイチローの姿が大きな刺激となったはずだ。

 手前みそで恐縮だが、私は小学4年のときにソフトボール少年団に入り、野球を9年続けた。並行する形で相撲も6年やった。というより母に入部させられた。「団体競技では負けたとき、責任の所在がぼける。勝っても負けても個人競技のほうが自己責任でやれるから、ここ一番での精神力が違う」。そんな母の言葉が思い出された。今でもまわしを1人で締められるのは、ちょっとした私の自慢だが、野球ではなかった悔し涙を流したのは、相撲で初黒星を喫したときだった。野球という団体競技で、あえて「日の丸」の誇りを前面に押し出したイチローの行動と言動。結果も伴ってカッコ良さは際立った。

 いよいよ6月。話題の中心はもちろんジーコジャパン。サポーターならずとも一ノ瀬同様、日本中の国民が注目している。日本代表は誰にも負けない「日の丸」への誇りを持っていることは十分承知。勝ち負けはともかく、国民の期待を背負って、90分間、どん欲にボールを追いかけてほしい。

June 2, 2006 10:51 AM

2006年06月01日

身近な愛感じた教室:山内崇章

 小学校の教室に入ったのは二十数年ぶりのこと。なかなか足を運べない場所、接する機会がまれな世代との触れ合いは新鮮だ。先日、プロ野球の横浜選手会が地元の公立小学校で実施している課外授業の様子を取材した。5年生の教室では「将来の夢」と題した作文が次々と読み上げられた。アドバイスを送る選手たちも夢へのサポートのために必死で頭をひねらせていた。

 最近の小学生は、想像以上に成熟した考えを持っていることが印象的だった。周囲を思いやる優しさを感じた。泣きながらも、何とか最後まで読み終えた2人の男子児童の作文が忘れられない。聞いていた友達や先生、選手も報道関係者も、2人の作文にしっとりと聞き入っていた。

 A君 僕は将来、マッサージ屋さんになりたいです。なぜかというと、僕のお母さんはいつも肩が凝っているからです。腰も痛そうです。毎日仕事をしてヘトヘトに疲れています。だから僕が、マッサージ屋さんになれば、毎日お母さんを楽にさせられます。お母さんには体を大事にして長生きしてもらいたいです。

 B君 僕は一生懸命に勉強して病院の先生になりたい。医者になって、たくさんの人の命を助けたいです。僕の妹は生まれつき心臓が弱くて、小さいころから病院の先生に何度も命が危ないと言われて育ちました。でもその先生は、難しい手術を成功させて僕の妹を助けてくれました。だから、僕も先生のようになって困っている人を助ける立派な医者になりたいです。

 学習塾でのハイレベルな授業、中学受験の重圧。最近の子供たちを取り巻く環境は、自分たちの世代とは比較にならないほど厳しそうだ。幼いころから競争意識を植え付けられることで、自分しか見えなくなるひずみも生まれそうだ。そんな偏見で最近の子供を想像していただけに、2人の作文には不意を突かれた。

 国会では今、教室で語られる教育原理についての難しそうな議論が展開されている。教育基本法改正案の審議。キーワードは「愛国心」だ。「我が国の郷土を愛する態度を養う」、「日本を愛する心を涵養(かんよう)する」とのくだり。自民党と民主党の両案を読みながら、ためらいも覚える。日本語で教育を受け、日本社会を拠点に生きている私の印象では、国に愛着を持つことは、ごく自然な流れの中で内面に根付くものだと思うのだが。

 家族を思いやる作文を聞きながら、教室で「国