記者コラム「見た 聞いた 思った」

2006年05月30日

書きたいジーコ日本V:岡本学

 サッカー日本代表と同便で26日にドイツへ入った。ボンでの合宿もスタート。あと11日で、サッカーW杯が開幕する。自分自身は3大会ぶり2度目の現場でのW杯取材になるが、12年前とはまったく異なる気持ちで大会を迎えようとしている。

 W杯を初めて取材した94年大会は、日本がW杯に出場できず、大会前に取材した選手もほとんどいなかった。45日間の米国出張で27回飛行機に乗り、試合がある日には必ず1試合は取材、という生活。イタリア代表FWロベルト・バッジオがPKを外してブラジルの優勝が決まった瞬間も見届けたが、どこか記者として仕事をやり遂げたという充実感はなかった。だが、今回は違う感覚で大会を終える日を迎えるような気がしている。

 16年前、日刊スポーツへ入社。2カ月足らずで宇都宮通信局に転勤を命じられた。栃木県内のスポーツを記事にすることが主な仕事だった。自分の担当するチーム、選手が「全国優勝」とか「日本一」となる機会は3年間の通信局勤務でそう多くなかった。それでも、その瞬間を迎えたときには充実していた。そして「いつかは世界一になった選手、チームの原稿を書きたい」と思った。今回のW杯は、そのチャンスだと思っているし、優勝原稿を書きたいという気持ちにもなっている。

 03年11月にサッカー担当に復帰してから、ジーコジャパンを追いかけてきた。当初はチームがまとまらない「空気」を現場で実感していた。04年3月にはジーコ監督が解任されそうになったときもあった。そのチームがもがき、苦しみ、歳月を経てようやくチームとして1つにまとまり、目標としていたW杯までたどり着いた。その過程を記者として、ジーコ監督、日本サッカー協会の川淵三郎キャプテンの方針で、隠し事なく見ることができた。そして、疑問に思ったことをぶつけ、その疑問に真摯(しんし)に応えてもらった。選手と監督が歳月をかけ信頼関係を築いてW杯を迎えたように、我々、記者たちもジーコ監督、川淵キャプテンをはじめとした日本協会関係者と信頼関係を築いて、W杯を迎えられた。だからこそ、優勝原稿を書きたいという思いが、自然と生まれてくるのだと思う。
 出発前に妻から「選手、スタッフにとってもそうだけど、このW杯が記者としての集大成になるね」と言われた。選手でない自分でさえも、普段はあまり付き合いのない人から「頑張ってきて」と励まされる。さほど注目を受けていなかった12年前と違って、日本代表の勝敗に一喜一憂するW杯。元営業担当としては、スポーツ新聞にとっても最大のイベントであるW杯で、広告の売り上げアップに貢献する記事を書かなくては、という思いもある。そして何より読者を代表して、少しでもいい記事を書きたいと思う。ジーコジャパンが世界一になった原稿を日刊スポーツに掲載できると、信じて。

May 30, 2006 08:53 AM