記者コラム「見た 聞いた 思った」

2006年05月29日

夢乗せいざダービー:岡山俊明

 ダービーのスタート直前は、いつも胸が締め付けられる。なぜか涙が込み上げてきた年もあった。日本中のホースマンがあこがれる特別なレース。一生に1度の晴れ舞台に上がることを許されたサラブレッド18頭の1頭1頭に、さまざまな人の願いや希望が込められている。生産した人、買った人、育てた人、鍛えた人、世話する人、馬券を買った人。東京競馬場を包み込む熱い思いに押しつぶされそうになる。ゲートが開いた瞬間、風船が破れたように空気がはじける。東京競馬場が歓声で揺れる。その臨場感がたまらない。

 人気を集めるメイショウサムソンの馬房に足繁く通った。担当する39歳の加藤繁雄厩務員は、17歳で栗東トレセンに入り23年目。この馬を担当するまでタイトルに縁がなかったが、スプリングSで初めて重賞を勝ち、G1まで手にした。この2カ月余りでダービーの有力馬に出世。加藤さんも一気に注目される存在になった。

 いつ訪ねても屈託のない笑顔で迎え、1つの質問に速射砲トークで10も20も返してくれる。朗らかで話し始めたら止まらない。瀬戸口勉調教師への感謝、デビュー前から調教をつけてきた石橋守騎手に対する尊敬の念が、言葉のはしばしから伝わる。「こうして話を聞いてもらえるのがうれしいんです。妻には、記者の人もほかに用があるのだからほどほどになさい、と注意されますよ」と頭をかく。本当に恐縮してしまう。

 会話の途中で漏らした本音には、最高峰に挑むプロの誇りがにじみ出る。「楽しむなんてできないですね。死んでもいいぐらいのつもりでやっています。自分がいれ込んだものに対しては命懸けでやりたい」。馬を引いている時は、一瞬足りとも気を許せない。もしも暴れてけがでもさせたら、取り返しがつかない。体重は昨年の秋から6キロも減った。「食事は食べ過ぎるぐらいに摂っているんですよ」。仕事中は頭も体もフル回転。食べても追いつかないぐらいのエネルギーを消費する。

 メイショウサムソンの皐月賞制覇が周囲に与えた喜びは計り知れない。松本好雄オーナーは33年目で初クラシック、石橋守騎手は22年目で初G1、林孝輝牧場は創業半世紀で初のG1美酒、来年定年の瀬戸口調教師は最後の皐月賞を射止めた。勝利が多くの人を幸福な気持ちにさせる。それをよく知っているから、限界まで頑張れるのだろう。

 加藤さんは高校1年の時に書いた作文を思い出していた。

 ダービーを勝つ馬をやりたい。

 仮に40年厩務員を務めても、単純計算で3人に1人しかダービーを経験できない。ましてや勝つとなると運も必要。ほかの17頭の厩務員も全力を尽くして仕上げている。

 今日28日午後3時40分、発走。「皐月賞では応援に来ていた妻を記念撮影に呼ぶ余裕がなかった。今度は一緒に撮りたいですね」。メイショウサムソンに◎。夢を一緒に追いかけたい。

May 29, 2006 10:28 AM