2006年05月26日
ノーネクタイにノー:桐越聡
あの「クールビズ」の一環として「ノーネクタイ」運動が、また始まる。そんな季節が間近に迫ってきた。
6月1日には小泉首相ら政府首脳が「いいねえ~」などと笑みを浮かべながら、ネクタイを外して公の場に出てくるに違いない。政府は「ノーネクタイ」の運動強化に向けて昨年以上に意気込んでいると聞く。政府だけでなく、各都道府県や市区町村も「ノーネクタイ」「ノー上着」を広めようと躍起になるだろう。
環境省は「地球温暖化をストップするために夏のエアコン設定温度は28度に。そのために涼しく働ける服装を」と呼び掛けている。昨年は約46万トンの二酸化炭素が削減されたとか、政府が強調するほど効果が出ているのかは疑わしいところもあるような気がしているが、地球温暖化を止めなければならないのは分かる。「クールビズ」運動の趣旨には反対ではない。
しかし、ネクタイを締める、あるいは外すことによって仕事のオン、オフを切り替えている僕にとっては、「ノーネクタイ」が強調されるようなやり方はどうも釈然としない。そもそもネクタイを締めようが外そうが、お役所からあれこれと言われなければならない筋合いはないと思っている。言うまでもなく個人の自由だ。
ネクタイを締めていると何度か体感温度が上がるのかも知れない。仕事中、外すことはしないが、暑さに耐え切れなくなると襟元を緩めることはある。しかし、あまりにも「ノーネクタイ」を強調されると、ひねくれ者は反抗したくなる。何が「夏の常識」だ、と。
「クールビズ」を推進しようとしている役所や公的機関、国会に出入りするときは、ネクタイをしっかりと締めたいと思っている。昨年は何とかそれを貫くことができた。意地を張って、今年も続けたいなあと思っている。
政府は「これはいいですよ~」とソフトに出ているようにも見えるが、「夏の常識」だ、と半強制的に号令を掛けている。何となく官も民もそれにならって大々的にキャンペーンを繰り広げている現状、風潮が気に入らない。たかが「クールビズ」なのかもしれないが、政府が打ち出したさまざまな分野の「規制緩和」によって、いろんな格差が広がったと指摘されているように、何となく言いやすい、覚えやすいようなキャッチフレーズを政府が持ち出して、それに大多数の人がなびいていくような傾向は決していいことではない、と感じている。
事件や事故を扱っている記者の仕事は人と会い、人から話を伺わないと始まらない。怒りに震えている人も、悲しんでいる人も、あるいは不安に思っている人も…。ネクタイを締めるということは最低限の礼儀で、誠意を持って取材に取り組んでいるという意思表示の1つだと思っている。暑かろうが、寒かろうがそれは関係ないことだ。だから、僕は思っている。政府よ、「ノーネクタイ」が「夏の常識」だと押し付けるな、と。
May 26, 2006 10:04 AM
