記者コラム「見た 聞いた 思った」

2006年05月17日

久保も見たかった…:荻島弘一

 W杯ドイツ大会を戦うサッカー日本代表の23人が決まった。「サプライズはない」と言われていたが、ふたを開ければ「確実」とみられていた久保が外れ、巻が選ばれた。都内のホテルの会見場に詰めかけた記者からはどよめきが起きた。日刊スポーツの社内でも驚きの声が上がった。テレビの前の多くの日本人が、この「サプライズ」に心動かされたに違いない。

 世界的に見れば、決して珍しくはない。イングランドではリーグ出場経験すらない17歳のFWウォルコットが選ばれ、オーストラリアではドイツ2部リーグでプレーする代表経験のないFWケネディーが入った。巻は代表歴もあるし、クラブでも活躍している。そういう意味では大した「サプライズ」ではないけれど、それでも予想外だった。

 W杯代表発表は、今や国民的な関心事だ。この日の会見には、テレビカメラ24台がズラリと並んだ。考えようによっては、試合以上の盛り上がり。それほど日本人の心を揺り動かすのは、ドラマがあるから。今回もドラマがあった。

 個人的には、久保はW杯に行ってほしかった。驚異的な高さで決めるヘディング、強烈な左足シュート。どんな屈強なDFが相手でも、何かをしてくれそうな点取り屋だ(期待が裏切られることもあるけれど)。最後まであきらめなかった巻は立派だし、リーグ戦の調子から言っても代表入りに異論はない。それでも、理屈ではなく「何かをやってくれそう」という可能性を感じさせてくれる選手は貴重。だからこそ、久保が世界の舞台で覚せいすることを期待したのだけれど。

 代表発表を受けて、日本中の職場や学校、夜の酒場でW杯の話題に花が咲いたはずだ。「2トップは高原と柳沢?」「巻はゴールできる?」。代表が決まったことで、W杯に対する関心はさらに高まる。98年大会のカズ、北沢、02年大会の中村、これまで日本が出場した2大会でも落選した選手がいた。そのたびに世論は盛り上がり、注目度は増した。それが、日本サッカーの成長につながった。

 ジーコ監督が、住友金属(現鹿島)の選手として日本にやってきたのは15年前だった。13年前のこの日、5月15日にはJリーグがスタートした。それから日本サッカーを取り巻く環境は劇的に変わった。94年大会予選の「ドーハの悲劇」でW杯を知り、98年大会で初出場し、02年大会では開催国にまでなった。18回目を迎えるW杯だけれど、日本が予選を含めて本当の意味で「参加」したのは、ドイツ大会で4回目。代表発表の「浮かれ具合」も、何となく地に足が着いていないように感じてならない。

 日本はまだまだ、世界のサッカー界では「新参者」に近い存在だ。それが、今回は初出場でもなく、開催国でもなく、何のアドバンテージもなく世界と戦わなければならない。3度目の出場にして、初めてW杯の本当の怖さを体験するかもしれない。逆に喜びを手にするかもしれない。これからの日本が世界の位置でどういうポジションを占めるのか。それを左右するのはジーコ監督と選ばれた23人の選手たちなのだ。

May 17, 2006 09:17 AM