2006年05月06日
執行猶予の線引き:桐越聡
「ハーレム男」は有罪か、無罪か。有罪なら執行猶予付きの判決が言い渡されるのだろうか。
東京・東大和市で一夫多妻制のような集団生活に加わるよう女性が脅迫された事件で、脅迫などの罪に問われている渋谷博仁被告(58)の公判が、東京地裁八王子支部で結審した。検察側は懲役1年6月を求刑し、弁護側は執行猶予付きの判決を求めた。
この事件だけではなく、今年に入ってから裁判を傍聴するときは、09年5月から始まる裁判員制度を意識して、裁判員になったつもりで傍聴している。米国や英国の陪審員制度のように有罪か、無罪かだけを決めるなら決断できるような気がしているが、裁判員制度は裁判員が罪の重さに踏み込まなければならない。裁判所の判決と自分自身が考えた“判決”が、一致することはほとんどなく、裁判員と裁判官がある意味では対等になって罪の重さを決めていいのかなあと思うことがある。
特に実刑か、執行猶予付きの判決の線引きというか、判断は難しいと感じている。ある弁護士から、こんな話を聞いたことがある。「まったく更生したいという意欲がないような人が、執行猶予付きの判決を受けることがある」と。もちろん、大半の人は更生したいという意欲を持っているだろうから、これは極端な話かも知れないが、更生意欲のない人に執行猶予付きの判決が言い渡されるというのはどういうことか。釈然としない気がする。
その弁護士によると、裁判所が実刑か、執行猶予付きの結論を出すとき、被告に更生意欲があるのか、ないのかはそれほど重視されていないという。これぐらいの罪なら実刑で、これぐらいなら執行猶予付きという判決の「相場」に左右される傾向にあるらしい。
将来、裁判員として参加した裁判で執行猶予付きの判決を言い渡した人が、仮に執行猶予中に再び罪を犯したら、悔やむことになるだろう。裁く側には責任はないのかも知れないが「あのとき実刑にしておけば違っていたかもしれない」と思うに違いない。だから裁判員として裁判に参加する機会があった場合、執行猶予付きの判決には、慎重にならざるを得ないだろうなと思っている。
もちろん誰も彼も刑務所に押し込めばいいと思っているわけではない。人間誰しも間違いを犯すことはあるだろうし、失敗してもやり直せるような環境がなければならない。執行猶予付きの判決は罪を犯した人の更生の助けとなる、大事なことだと思っている。
ただ、執行猶予中や過去に執行猶予付きの判決を受けた人による凶悪事件が絶えない昨今。更生意欲がまったくないとか、執行猶予付きの判決を言い渡してはいけないような人に、裁判所が執行猶予付きの判決を言い渡したということはないのだろうか。05年度版の犯罪白書によると有期懲役の執行猶予付き判決の割合は61・6%という。執行猶予中の再犯の多発は、罪を犯した人だけが悪いとは言い切れないような気がしている。
渋谷被告にはどのような判決が言い渡されるのだろうか。
May 6, 2006 07:38 AM
