記者コラム「見た 聞いた 思った」

2006年05月31日

誰の(ための)会見?:小林千穂

 いろんな会見に行くと、たまに小さな紙を渡されることがある。主催者側が「出席者にこんな質問してみてください」と持ってくるのだ。映画の会見だったら「映画化のきっかけは何ですか」「撮影期間はいつですか」「来日した日本の印象はいかがですか」…。たいてい、基本的な質問が書かれている。

 何で質問を指定するわけ? これじゃあ会見じゃないじゃない? これくらいの質問だったら司会者が代表質問で聞いてもいいし、そうじゃなかったら、こんなことしなくても質問出るでしょう? という疑問符で頭がいっぱいになる。この「質問してしてシステム」について、主催者側関係者に聞いたことがある。「聞きたいことがあれば聞きますから」と。その人は「質問が少ないと、せっかく来てくれたのに申し訳ないので」という返事だった。「せっかく来てくれた人」は、壇上のスターさん、セレブさんのこと。主催者にとっては彼、彼女らに気分良く座っててもらいたい、これからもウチとお付き合い願いたい…そんな理由があるようだけど、そんなことは知ったこっちゃあない。そもそも、会見は誰のためのものなの? そのスターさん、セレブさんだけのためのものなの?

 ついこの間もある米女優の来日会見で、この小さな紙に遭遇した。主催者が会場で知り合いの記者を探して、紙を手渡していた。またしても「誰のための会見ですか」という疑問がムクムク。1枚は私の近くの人が受け取り、律義に「初めての日本の感想はいかがですか」と聞いていたが、本当にそれ、質問したかったことなんだろうか。それにその女優にとっても、もっと自由な質問を受けた方が楽しいんじゃないか。彼女はざっくばらんな感じで「何か聞きたいことないの?」なんて、一緒に壇上にいた関係者にマイクを向けていたくらいだったんだから。気を回しすぎてかえってつまらなくなってしまうことだってある。

 もう1つ、誰のためですかと思ったことは、土曜日恒例の映画初日舞台あいさつでのこと。最近は、テレビ局が映画製作に参加していることも多く、取材に行った話題作もその例に漏れない作品だった。司会はそのテレビ局の、バラエティーや情報番組でもよく顔を見る男性アナウンサー。彼の司会ぶりは、自分のためって感じでした。登壇者や客席の反応がちょっと悪かったり、少し遅れただけで「なーんの反応もありませんね」と、いちいちうるさい。登壇者がしゃべっているより、この男性アナウンサーの言葉の方が多いんじゃないかと思うくらいよくしゃべった。あなたの「名仕切り」ぶりを見せるためのイベントじゃないんですけど、ほんとに。

 -と、エラそうなことを書きましたが、私たちも「誰のためか」ということを忘れてはいけないわけでして。たまにこんな現場に出くわすと、反省したり足元を見つめ返したりするんです。

May 31, 2006 01:25 PM

2006年05月30日

書きたいジーコ日本V:岡本学

 サッカー日本代表と同便で26日にドイツへ入った。ボンでの合宿もスタート。あと11日で、サッカーW杯が開幕する。自分自身は3大会ぶり2度目の現場でのW杯取材になるが、12年前とはまったく異なる気持ちで大会を迎えようとしている。

 W杯を初めて取材した94年大会は、日本がW杯に出場できず、大会前に取材した選手もほとんどいなかった。45日間の米国出張で27回飛行機に乗り、試合がある日には必ず1試合は取材、という生活。イタリア代表FWロベルト・バッジオがPKを外してブラジルの優勝が決まった瞬間も見届けたが、どこか記者として仕事をやり遂げたという充実感はなかった。だが、今回は違う感覚で大会を終える日を迎えるような気がしている。

 16年前、日刊スポーツへ入社。2カ月足らずで宇都宮通信局に転勤を命じられた。栃木県内のスポーツを記事にすることが主な仕事だった。自分の担当するチーム、選手が「全国優勝」とか「日本一」となる機会は3年間の通信局勤務でそう多くなかった。それでも、その瞬間を迎えたときには充実していた。そして「いつかは世界一になった選手、チームの原稿を書きたい」と思った。今回のW杯は、そのチャンスだと思っているし、優勝原稿を書きたいという気持ちにもなっている。

 03年11月にサッカー担当に復帰してから、ジーコジャパンを追いかけてきた。当初はチームがまとまらない「空気」を現場で実感していた。04年3月にはジーコ監督が解任されそうになったときもあった。そのチームがもがき、苦しみ、歳月を経てようやくチームとして1つにまとまり、目標としていたW杯までたどり着いた。その過程を記者として、ジーコ監督、日本サッカー協会の川淵三郎キャプテンの方針で、隠し事なく見ることができた。そして、疑問に思ったことをぶつけ、その疑問に真摯(しんし)に応えてもらった。選手と監督が歳月をかけ信頼関係を築いてW杯を迎えたように、我々、記者たちもジーコ監督、川淵キャプテンをはじめとした日本協会関係者と信頼関係を築いて、W杯を迎えられた。だからこそ、優勝原稿を書きたいという思いが、自然と生まれてくるのだと思う。
 出発前に妻から「選手、スタッフにとってもそうだけど、このW杯が記者としての集大成になるね」と言われた。選手でない自分でさえも、普段はあまり付き合いのない人から「頑張ってきて」と励まされる。さほど注目を受けていなかった12年前と違って、日本代表の勝敗に一喜一憂するW杯。元営業担当としては、スポーツ新聞にとっても最大のイベントであるW杯で、広告の売り上げアップに貢献する記事を書かなくては、という思いもある。そして何より読者を代表して、少しでもいい記事を書きたいと思う。ジーコジャパンが世界一になった原稿を日刊スポーツに掲載できると、信じて。

May 30, 2006 08:53 AM

2006年05月29日

夢乗せいざダービー:岡山俊明

 ダービーのスタート直前は、いつも胸が締め付けられる。なぜか涙が込み上げてきた年もあった。日本中のホースマンがあこがれる特別なレース。一生に1度の晴れ舞台に上がることを許されたサラブレッド18頭の1頭1頭に、さまざまな人の願いや希望が込められている。生産した人、買った人、育てた人、鍛えた人、世話する人、馬券を買った人。東京競馬場を包み込む熱い思いに押しつぶされそうになる。ゲートが開いた瞬間、風船が破れたように空気がはじける。東京競馬場が歓声で揺れる。その臨場感がたまらない。

 人気を集めるメイショウサムソンの馬房に足繁く通った。担当する39歳の加藤繁雄厩務員は、17歳で栗東トレセンに入り23年目。この馬を担当するまでタイトルに縁がなかったが、スプリングSで初めて重賞を勝ち、G1まで手にした。この2カ月余りでダービーの有力馬に出世。加藤さんも一気に注目される存在になった。

 いつ訪ねても屈託のない笑顔で迎え、1つの質問に速射砲トークで10も20も返してくれる。朗らかで話し始めたら止まらない。瀬戸口勉調教師への感謝、デビュー前から調教をつけてきた石橋守騎手に対する尊敬の念が、言葉のはしばしから伝わる。「こうして話を聞いてもらえるのがうれしいんです。妻には、記者の人もほかに用があるのだからほどほどになさい、と注意されますよ」と頭をかく。本当に恐縮してしまう。

 会話の途中で漏らした本音には、最高峰に挑むプロの誇りがにじみ出る。「楽しむなんてできないですね。死んでもいいぐらいのつもりでやっています。自分がいれ込んだものに対しては命懸けでやりたい」。馬を引いている時は、一瞬足りとも気を許せない。もしも暴れてけがでもさせたら、取り返しがつかない。体重は昨年の秋から6キロも減った。「食事は食べ過ぎるぐらいに摂っているんですよ」。仕事中は頭も体もフル回転。食べても追いつかないぐらいのエネルギーを消費する。

 メイショウサムソンの皐月賞制覇が周囲に与えた喜びは計り知れない。松本好雄オーナーは33年目で初クラシック、石橋守騎手は22年目で初G1、林孝輝牧場は創業半世紀で初のG1美酒、来年定年の瀬戸口調教師は最後の皐月賞を射止めた。勝利が多くの人を幸福な気持ちにさせる。それをよく知っているから、限界まで頑張れるのだろう。

 加藤さんは高校1年の時に書いた作文を思い出していた。

 ダービーを勝つ馬をやりたい。

 仮に40年厩務員を務めても、単純計算で3人に1人しかダービーを経験できない。ましてや勝つとなると運も必要。ほかの17頭の厩務員も全力を尽くして仕上げている。

 今日28日午後3時40分、発走。「皐月賞では応援に来ていた妻を記念撮影に呼ぶ余裕がなかった。今度は一緒に撮りたいですね」。メイショウサムソンに◎。夢を一緒に追いかけたい。

May 29, 2006 10:28 AM

2006年05月28日

ブログは批判覚悟で:千葉修宏

 もうずいぶん前からですが、ブログが世間ではやっていますよね。簡単に言うと「継続して更新され続けるウェブページ」ということになるのですが、有名どころではタレント真鍋かをりさんやヤクルト古田監督がやっている、日記ふうのアレです。

 また、本にもなったタレント中川翔子さんの「しょこたんぶろぐ」は、1日に何十回と更新されることもあり、もはや日記というより“分記”“秒記”!? という感じの大人気ブログになっています。彼女の写真がふんだんに登場するので、実際の写真集などが売れなくなってしまうのではと、勝手に心配をしているのですが…。

 この「見た聞いた思った」というコラムも、日刊スポーツのウェブサイトで、ブログ形式で見ることができます。そこには、だれでもコラムに対する意見が送信できるように、メールのあて先が記されています。一般的にも、ブログには、コメントが寄せられるような仕組みになっていることが多いですよね。

 だれでも意見を寄せることができるので、自分が書いた文章に対する読者からのリアクションを、ダイレクトに知ることができます。ただし、好意的な意見ばかりではありません。真摯(しんし)に受け止めなければいけない辛らつな意見や、単なるひぼう中傷も多いです。

 でも、その性質が分からずに、自分のやっているブログに批判的なコメントが寄せられることで、ショックを受けてしまった人も、僕の周りには数多くいます。僕もかつて、少しの間だけ個人的にブログをやっていたことがあります。その時に長男を授かったうれしさを書いたのですが、子宝に恵まれない方から批判的なご意見をいただき、反省したことがあります。

 でも批判をされた時に「気分が悪いから」といって、そのコラムとコメントをすべて削除してしまったりするのは、ちょっと違うのではないかと思います。そういう人は最初からブログをしなければいいし、世界中の人々の目にさらされているというインターネットの性質をきちっと理解していないと言わざるをえません。

 ブログはよく、ウェブ上の日記といわれますが、特定の人にしか見られない日記と、ブログは厳密には性質が違います。そういう意味では多くの人の目にさらされているという意識のないブロガーが多すぎるのではないでしょうか。

 防犯のことを考えれば子供の写真をブログに掲載するのは(個人的には)考えものだと思うし。特定の人にだけ見て欲しければ、パスワード認証制にしたり、本当に紙の日記にすればいいのだと思います。そうすれば批判的なコメントや中傷は来ませんから。

 これほどブロガーの数が増えるのは、人々の自己顕示欲を表しているのでしょう。でも猫もしゃくしもブログをやる時代になって、きちんとインターネットやブログについて分かっていないと、イヤな思いをしたりする可能性もあるということを理解している人がどれだけいるでしょうか。

May 28, 2006 12:23 PM

2006年05月27日

「煙たがれる」存在?:荻島弘一

 日本がW杯初戦で戦うオーストラリア代表取材のために、メルボルンに来ている。オーストラリアは「禁煙先進国」といわれているそうだ。公共施設はもちろん、レストランやカフェ、バーなどすべての建物内は禁煙。ホテルでも、自室以外では吸えない。昼休みのオフィス街や、夜のカフェなどでは、屋外で紫煙をくゆらす人が目に付く。嫌煙家にとっての天国は、喫煙者にとっての地獄だ。

 日本も、最近は喫煙者に冷たくなってきている。新幹線などの列車は喫煙車が激減。全車両禁煙の列車まである。レストランも全面禁煙を掲げるところが増えた。シアトルから進出した某コーヒーショップも、店内は完全禁煙。スポーツ新聞を読みながらタバコを吸い、コーヒーをすするのが正しい「喫茶店」だと思っていたが、そういう店も少なくなった(確かにコーヒーはおいしいけれど…)。

 ここ数年、喫煙者に対する風当たりは急激に強くなった。「健康に害を及ぼすから」と言われれば、返す言葉はない。実際に科学的な証明はされていないともいわれるが、まあ「健康にいい」と胸を張っていえるものでもない。ただ、喫煙者の立場で言えば、精神的な面も含めて体にいいところだってあるとは思うが。

 嗜好(しこう)品だから、吸うか吸わないかは個人の自由。極論かもしれないが、だいたい大人になるというのは、体に悪いことを楽しむことだ。タバコを吸い、酒を飲み、美食を好み、夜遊びをする。どれも、体にいい訳はない。いい訳はないけれど、人間が豊かに生きるためには重要なものだ。

 もっとも、個人の自由などと口にすれば、必ず「受動喫煙」という言葉が返ってくる。嫌煙家にとって見れば、喫煙者は「殺人者」らしい。酒は個人の自由でもいいが、タバコはダメというわけだ。とはいえ、酒に酔って暴れる人は数多く見ているが、タバコを吸って暴れる人は、これまで見たことがないのだが。

 決して「自由にタバコを吸わせろ」と言っているのではない。非喫煙者の言い分も分かる。ならば、分煙にすればいい。喫煙者がマナーを守ればいい(守れないから言うんだと言われそうだけれど)。「タバコの完全撤廃」を求める最近の嫌煙運動の過激さは、ヒステリックにさえ感じる。

 だいたい、禁煙運動の発信元は、地球温暖化を防ぐための京都議定書に調印しなかった米国なのだ。人類のためには、嫌煙運動も大切かもしれないが、排ガス規制などもっと早急に取り組むべき問題はあるのに。どうして、これほどまでに文字通り「煙たがられ」なければならないのか。「バカの壁」の養老孟司氏は、禁煙運動は、かつて米国がベトナム戦争での枯れ葉剤に対する環境団体の避難をかわすため、反捕鯨キャンペーンを張ったのに似ているとも指摘している。

 繰り返すけれど、嫌煙運動に反対しているわけではない。ただ、もう少し冷静に、しっかりと考えた方がいいとは思う。このコラムでも何度か嫌煙の話題が出た。それはいい。ならば、吸う立場の声があってもいいだろう。喫煙者の排除ではなく、喫煙者と非喫煙者が共存できる社会づくりを考えるべきだ。寒さに震えながらも幸せそうにタバコを吸うオーストラリアの人たちを見て、そう思った。

May 27, 2006 10:26 AM

2006年05月26日

ノーネクタイにノー:桐越聡

 あの「クールビズ」の一環として「ノーネクタイ」運動が、また始まる。そんな季節が間近に迫ってきた。

 6月1日には小泉首相ら政府首脳が「いいねえ~」などと笑みを浮かべながら、ネクタイを外して公の場に出てくるに違いない。政府は「ノーネクタイ」の運動強化に向けて昨年以上に意気込んでいると聞く。政府だけでなく、各都道府県や市区町村も「ノーネクタイ」「ノー上着」を広めようと躍起になるだろう。

 環境省は「地球温暖化をストップするために夏のエアコン設定温度は28度に。そのために涼しく働ける服装を」と呼び掛けている。昨年は約46万トンの二酸化炭素が削減されたとか、政府が強調するほど効果が出ているのかは疑わしいところもあるような気がしているが、地球温暖化を止めなければならないのは分かる。「クールビズ」運動の趣旨には反対ではない。

 しかし、ネクタイを締める、あるいは外すことによって仕事のオン、オフを切り替えている僕にとっては、「ノーネクタイ」が強調されるようなやり方はどうも釈然としない。そもそもネクタイを締めようが外そうが、お役所からあれこれと言われなければならない筋合いはないと思っている。言うまでもなく個人の自由だ。

 ネクタイを締めていると何度か体感温度が上がるのかも知れない。仕事中、外すことはしないが、暑さに耐え切れなくなると襟元を緩めることはある。しかし、あまりにも「ノーネクタイ」を強調されると、ひねくれ者は反抗したくなる。何が「夏の常識」だ、と。
 「クールビズ」を推進しようとしている役所や公的機関、国会に出入りするときは、ネクタイをしっかりと締めたいと思っている。昨年は何とかそれを貫くことができた。意地を張って、今年も続けたいなあと思っている。

 政府は「これはいいですよ~」とソフトに出ているようにも見えるが、「夏の常識」だ、と半強制的に号令を掛けている。何となく官も民もそれにならって大々的にキャンペーンを繰り広げている現状、風潮が気に入らない。たかが「クールビズ」なのかもしれないが、政府が打ち出したさまざまな分野の「規制緩和」によって、いろんな格差が広がったと指摘されているように、何となく言いやすい、覚えやすいようなキャッチフレーズを政府が持ち出して、それに大多数の人がなびいていくような傾向は決していいことではない、と感じている。

 事件や事故を扱っている記者の仕事は人と会い、人から話を伺わないと始まらない。怒りに震えている人も、悲しんでいる人も、あるいは不安に思っている人も…。ネクタイを締めるということは最低限の礼儀で、誠意を持って取材に取り組んでいるという意思表示の1つだと思っている。暑かろうが、寒かろうがそれは関係ないことだ。だから、僕は思っている。政府よ、「ノーネクタイ」が「夏の常識」だと押し付けるな、と。

May 26, 2006 10:04 AM

2006年05月25日

成長した新庄の演出:松井清員

 私が担当していた阪神時代の新庄は、とにかく目立つことが一番の目的のように思えた。髪の毛を緑色に染めたかと思えば、ウン百万円もかけて前歯を純白にリニューアル。ランボルギーニ・チータやポルシェなどの外車で契約交渉に乗り付けては、周囲を驚かせた。悪く言えば自分が格好いいかどうかが重要な問題。ファンとの距離は、不振時の応援ボイコットなどがあったりと決して近くはなかった。

 その男が転機を迎えたのがメジャー移籍だった。ファンを大切にする空気に触れて受けたカルチャーショック。そして国内復帰した日本ハムでは人気球団の阪神と違って、集客に苦心しながら汗水を流すスタッフの姿に心を動かされた。「自分にできることはなんだろう?」。単なる目立ちたがり屋が、野球界のために何かしようと目的を変えていた。今見せているサプライズの質は、明らかに阪神時代とは違うものなのだ。

 その新庄が先月突然、今季限りを宣言した。開幕間もない時期の引退発表にはまた仰天させられたが、その後は襟付きアンダーシャツで試合に出たり、甲子園で阪神時代のタテジマのユニホームを着てシートノックを受けたりと、最後の知恵を絞ってファンを楽しませようとしている。だがどちらのパフォーマンスにもセ、パ連盟が注意の対象とし「以後は禁止」と待ったをかけた。いずれも理由は「マナーの問題」。でもそれぐらい、全然OKじゃないの?

 「襟付きアンダーシャツ」についてはパ審判部が「映像を見たら誰が見てもちょっと違うなと思う。許可するといろんなケースが出てくる」と説明。注文をつけたソフトバンクは「青少年に悪影響を与える」との見解だった。そして「阪神ユニホーム」については謝罪までさせられた。ますますスッキリしないし、ここまでくると寂しい気分だ。

 プロ野球はファンに夢を売る商売だ。個性が強く、ほかとは「ちょっと違う」ほど面白いし、パフォーマンスも「いろんなケースが出てくる」ほど面白い。その中で新庄は野球界を思い、現役中に何かできることはないかと「グレーゾーン」で規則違反ギリギリの挑戦を続けている。もし「マナーの問題」で不快と感じるなら、とっくにファンがダメ出ししているはずだ。サプライズを楽しみに球場に足を運ぶファンの数は、枠にはまった筋書きを期待するファンの比ではないだろう。新庄は言う。

 「野球だけじゃこれからはダメ。若い子は見に来ない。格好良さも大事なんじゃないかと思う」。

 個性的な選手が減り、ファンの野球離れも深刻な時代。もちろんパフォーマンスやファッションでお客を呼べるとは思わない。ファンが本当に見たいのはまず野球ありきの白熱プレーだろう。だがこれからの時代、それだけでファンを引き付けられるのだろうか。

 日本ハム高田GMは言った。「5年後、10年後には新庄の考えが正しくなっているのかもしれない」。単なる擁護論とは思えない。新庄の行動は旧態依然の球界に一石を投じる貴重な1球だ。近年、多くの業界でも叫ばれる「カスタマーズ・サティスファクション=顧客満足度」。その重要性に気付くのは、新庄が球界を去った後なのかも知れない。

May 25, 2006 09:46 AM

2006年05月24日

認められた30歳の涙:村上秀明

 30歳の男が人目をはばからず涙を流した。肩を震わせ、グッとこらえるように男泣きした。かっこいい涙だった。

 14日、シンガポール競馬の国際G1レース「シンガポール航空国際カップ」を、ホッカイドウ競馬所属のコスモバルク(牡5)が制した。地方競馬所属の競走馬が、世界舞台のレースで優勝するのは史上初めての快挙。バルクの頑張りもそうだが、牧場スタッフ、関係者が一丸となった取り組みで、歴史に名前を残した瞬間に立ち会えたことは、記者みょうりに尽きる。

 さらに、同日に帰国予定だった関係者がフライトをキャンセルし、現地ホテルのバーで開いた「緊急」の祝勝会に参加させてもらった。十数人の宴だったが、ゴールの瞬間に派手なガッツポーズを決めたホッカイドウ競馬の五十嵐冬樹騎手(30)も、穏やかな表情で祝杯を挙げていた。夜0時を過ぎていたが、笑いが絶えなかった。

 祝勝会の開始から数十分が過ぎ、ふと五十嵐騎手を見ると、右手で目頭を押さえ、前かがみになって肩を小刻みに震えさせていた。「優勝したから泣いているんじゃないんです。認めてもらったことがうれしいんです」。同じフレーズを2度繰り返した。レース直後も感激で目を赤くはらしていたが、心から涙を流したのはレース後3時間以上も過ぎてからだった。

 同席した関係者から、国内で朗報を聞いたバルクの岡田繁幸オーナー代行のメッセージを伝え聞いた。「本当によくやってくれた」。ねぎらいの言葉だった。「認められた」と表現した五十嵐騎手は、心の底から喜びが込み上げたのだろう。せき止めた土砂が流れでるように、涙が止まらなくなっていた。

 競馬の世界では、騎手はオーナーサイドに起用される立場というのが一般的。五十嵐騎手は03年11月の中央競馬初挑戦からバルクに騎乗し、G1制覇を託された。だが、04年皐月賞は1番人気に推されながら2着。「優勝した外国人騎手が日本語で『やった~』と喜んでいたのは悔しかった」。日本ダービーで8着に敗れた際は「自分の騎乗ミスです」と、青ざめた顔でうなだれた。

 岡田氏とはバルクの騎乗方法で意見がずれたこともあった。04年10月の菊花賞4着後、次走のジャパンカップで騎乗を外され、同年末の有馬記念で再び騎乗機会が与えられたが、そのレースで11着を最後に再び外野から5戦を見守った。悪く言えば「失格」の烙印(らくいん)を押されたが、昨年末から再び与えられたチャンスに何とかこたえたかった。今度こそ、認めてもらいたかったのだ。

 敗戦続きのときは、心ないファンから騎乗批判も受けた。五十嵐は「いろんな経験をさせてもらって皮が厚くなった」と冗談交じりに話したことがあったが、たまりにたまっていた思いを異国の地で晴らした。ヒット曲の歌詞ではないが、涙の数だけ強くなった。そんな男がボロボロになって流した涙は美しかった。

 血液検査ではっきりした結果が出ず、帰国にストップがかかっているコスモバルクの無事の帰還を信じ、祈りながら、再び五十嵐バルクに訪れるであろう明日を心待ちにしている。

May 24, 2006 10:23 AM

2006年05月23日

福岡で「きになる」こと:浜崎孝宏

 「きになる」ことがある。我が家は福岡市内にあるマンションの8階。毎年、この時期になると早朝のベランダから「ク~、ク~」と寂しげな鳴き声が「起床ラッパ」に聞こえてくる。身ごもっていると思われるハトは、大きなおなかをゆすり、ベランダにある花壇に腰を下ろした。今にも卵を産み落としそうな勢いだ。見張り役をかねて、すき間風漏れるベランダ近くを寝床とする私の出番だ。ベランダにはだしで飛び出し「お願いだからウチで産まないで」と懇願した。ハトは私の意思が通じたのか、退散してくれたが、ハトのふんが病気を誘発するというニュースを耳にする。「平和の象徴」を受け入れざる姿勢は反省ものだが「やむなし」だった。

 その話を淡々とブログに書き記した。すぐさま同僚の反応がコメントとして5件寄せられた。「平和の象徴やぞ、ヒドイな」という声もあれば「ハトのふんやら、あれは許したらアカン。いろいろ試したけど大きな磁石を置くのがいい」という先輩のアドバイスもあった。ハトに頭を悩ませている人はマンション暮らしの人が多かった。

 伝書鳩(でんしょばと)という言葉もある。昔から人間とかかわりのある鳥に間違いはないが、ハトがマンションに立ち寄るということは、人目につきにくい場所に巣を作るという性質もさることながら、ハトが安心して生活できる環境が失われつつあるからだろう。

 週末になると新築マンションの新聞折り込み広告が頻繁に入ってくる。近所の古い建物が壊されたかと思いきや1年ほどで高層マンションに早変わりだ。数年前まで自宅玄関前から、福岡ヤフードームと福岡タワーがきれいに見えたが、ここ最近建った高層マンションの影響で視界が少し遮られてしまった。福岡市の人口は、1日現在で約140万人。平成に入った89年からここ16年で約18万人増。人口増に伴うマンションラッシュが、ハトの住居略奪に少なからず影響しているのではないかと思った。

 そんな問題を解決するヒントがあった。福岡市にあるNPO法人(特定非営利活動法人)新聞環境システム研究所(加来睦博理事=43)の活動だ。福岡市内の所定2カ所で1カ月に2度、古新聞回収を行っており、地域通貨(1ペパ=新聞1キロ)を発行してくれる。30ペパになれば地下鉄、バスなどの80円割引券を発行してくれるシステムだ。加来理事は「将来的には売り上げの一部を植樹に使いたい」と話した。古新聞は紙ボードやベッドに変身し、その収益で将来的には古新聞が、原材料の「木になる」わけだ。現在、福岡市を含め県内5カ所で古新聞リサイクルを実施しており、環境問題と住民の実益をかねた活動に会員数は右肩上がりだそうだ。

 木になる植樹の継続は、ハトを含めた鳥にも好環境をもたらすだけでなく、地球温暖化抑制にもつながるだけにいい取り組みだと思った。

 人にもハトにも優しい「きになる」活動。あなたの町では、どのような緑あふれる街づくりが、行われていますか?

May 23, 2006 10:06 AM

2006年05月22日

厳しき愛と父子の涙:山内崇章

 白髪の父は、顔をクシャクシャにして泣いていた。横浜スタジアムの一塁スタンド。記念の一打を放った息子が歩み寄ってくると、朴とつで物静かな父も、感情を表に出さずにいられなかった。「まさか、華やかな世界でここまでの選手になるとは…。立派だ。よくやった」。石井菊次郎さん(64)。11日に2000本安打を記録した石井琢朗選手の父である。

 記録がかかった今季は、妻の栄子さん(61)と可能な限り、栃木から電車を乗り継ぎ横浜に通い詰めた。達成前夜、あと1本に迫った息子は、サヨナラの押し出しを選んでヒーローになった。父はその夜も息子の頭を何度もなで回していた。35歳のチーム最年長、ベテランの風格もこのときばかりは解けた。父の前ではいつまでたっても子供のままだ。

 小3で野球を始めた。学童クラブの監督は父。好き嫌いを問わず、野球は必然的にやるものだと思っていた。「今の教育では虐待と言われるかもしれないほど厳しかった」と息子。緩慢なプレー、与えられた役割をこなさなければ、愛のむちが容赦なく飛んだ。正座で説教は日常的。家庭でも礼儀やマナーを欠くと一大事だ。車に乗せられ暗い夜道に姉と2人で降ろされたこともあったという。

 打った直後は涙のなかった石井選手だが、両親を見ると思い出したようにせき切った。「厳しい父でしたが、今思えば愛されていたんだなぁと。家には愛情があり、親の教育なくして今の自分はなかった」。18歳、プロからの誘いに栄子さんは猛反対した。「普通に大学に行って安定した職に就いてほしかった」。子供の将来を心配する、ごく自然な親の感情。ポーカーフェースのヒーローが涙したのは、愛情あふれた家庭で育った自分を実感したからだった。

 スタンドにいながら、ふと、ふるさとを思い出した。自分の両親も同じように還暦を過ぎた。小3で始めた野球の練習には、仕事を早めに切り上げた父が、毎日のように顔を出した。友達のいる前で殴られたこともあった。「なぜ一塁まで全力で走らない!」。あまり来てほしくない時期もあった。「地元の大学を出て学校の先生になればいい。わざわざ東京に行かなくても」。上京を決めたとき、母がため息をついて反対したことも頭をよぎった。

 石井選手の両親を見たとき、親は子の活躍に言いようのない幸福感に浸るものなのだと肌で感じた。いつもは忘れたころに受話器を取る息子だが、急に声が聞きたくなった。「あんたの記事ね、近所の駄菓子屋のおばあちゃんが、切り取って読んでくれているのよ。しっかり書きなさい」。母の声からも、石井選手が口にした「愛情」の意味がそれとなく感じ取れる。

 菊次郎さんは息子に向けてこうも話していた。「無駄遣いするなよ。野球だけじゃなく、男として自分の妻、子供、家をしっかり守りなさい」。愛情を注いでくれる親の言葉には重みがある。日々の仕事に追われながら、何のために、何を目指し、この先をどう乗り越えるか、迷うことも多い。取材を通じて、しっかりと襟を正そうと思った。

May 22, 2006 09:23 AM

2006年05月21日

まず見てから語ろう:小林千穂

 映画界でも年に1度ほどお祭り騒ぎ状態になることがある。20日に公開された「ダ・ヴィンチ・コード」がそうだ。世界で5000万部を売り上げた大大ベストセラーの映画化だけに、公開が近づくにつれて、周囲でも期待が高まっているのを感じた。日本映画は映画担当よりも多く見ているほどなのに、洋画に関しては「鎖国してます」と断言するデスクも「この作品は見に行こうかな」と言っているし、年に両手で足りるほどしか劇場で映画を見ない同僚記者も試写会に出掛けて行った。去年公開された「スター・ウォーズ エピソード3」の時もこんな雰囲気だったけど、シリーズものということもあって、スター・ウォーズの世界に入りきれていない人はちょっと遠巻きに、冷ややかだった。「ダ・ヴィンチ-」に関しては、幅広く、いろんな人を巻き込んでいる感が強い。

 配給のソニー・ピクチャーズ社内では1年以上前から「800万人動員対策委員会」というすごい名前で組織的に動いてきたらしい。ちなみに800万人は、単価1250円で計算すると興収100億円に換算される。宣伝、劇場営業、ビデオ、テレビ、携帯コンテンツなどの各部署のトップが20人ほど集まり、協議してきたのだとか。また、この「ダ・ヴィンチ-」、1年以上前から5月20日公開が決まっていた。こういうケースも珍しいそうで、たいていは「秋公開」とか「来年正月公開」と打たれる場合が多い。「20日は『ダ・ヴィンチ-』」と決め打ちした劇場側の期待も相当なものだと分かる。

 17、18日にはマスコミ向けの試写会も行われたが、この試写状の回収率、ほぼ100%だったそう。試写状をもらった人全員が「見ておかなきゃ」と思ったわけで。これはすごい。もちろん私も、回収率100%の1人です。シリーズ3作品で興収約270億円の「ロード・オブ・ザ・リング」シリーズの場合でも、回収率9割少し、多くの作品が6~7割ということから見ても、関心の高さが分かる。

 ただ、開催中のカンヌ映画祭のオープニング上映では「失笑が起こった」とか「拍手が起きなかった」なんてニュースもあった。キリスト教の暗部を描いている作品だけに、製作段階から賛否両論起こっていたけど、すごい反応。社内でもこの反応を聞いて「あちゃ~、そうなの」という驚きの声が上がった。

 この作品がひどい言われようをしたことはさておき、ちょっと心配なのは、これで映画館に行かなくていいや、と思ってしまう人が増えてしまうこと。勢いのある作品が1つでもあることは、映画界にとってもいいことだと思う。やっぱり映画は大っきなスクリーンで見るのが一番。こういう作品をきっかけに、映画館に足を運ぶ人が増えればいい。どうぞ皆さん、映画でもなんでもそうですが、自分の目で見てああだこうだと言ってください。

 さて、「ダ・ヴィンチ-」、興収100億円いくかな。映画界にとっていいニュースになればと思ってます。

May 21, 2006 11:23 AM

2006年05月20日

会見場に見えた成長:岡本学

 1度、来たことがある会見場だと思った。しかし、中に入って「どこかが違う」感じだった。

 15日にサッカー日本代表のW杯ドイツ大会(6月9日~7月9日)メンバーが発表された都内ホテル。私は発表直後の会見で2番目の質問をジーコ監督にした。その際、司会を担当した日本サッカー協会の手嶋広報部長から「立って質問してください」と促された。会見後に「なぜ、2人目から急に立つよう言ったのか」と聞いたところ「立たないと、質問者がどこにいるか監督が分からないようだったから」と説明された。

 その答えに冒頭の疑問が解けた。1度来たとき(04年12月17日の親善試合概要発表)と広さ(約20×26メートル)は変わらないものの、入り口正面にあったひな壇の位置が右側へ、つまり会場の使い方が縦横、変わっていたのだ。横に広くなったことで、壇上のジーコ監督は質問者を探すのが困難だったのだが、それには理由があった。

 会見の冒頭で同協会の川淵キャプテンは「ジーコと2人きりで会見するのは、これが2回目」と言った。W杯日韓大会が終了して間もない02年7月23日、W杯ドイツ大会までのチームづくりをお願いする調印式を行った。それ以来となる2ショット会見。当時と部屋こそ違え同じホテルを選択した手嶋広報部長の気配りに「感慨もひとしお」と同キャプテンは話した。ジーコ監督も同じ思いだった。

 実はこのホテルで2人は夫人同伴の会食を2度行っている。調印式の日は川淵キャプテンがジーコ監督にごちそうし、今年の4月13日には同監督が同キャプテンにお返しをしている。世界にはW杯を目指しながら出場できなかった国もある。志半ばで監督の任を解かれた人、自ら辞めた人もいる。ジーコジャパンも「山あり谷あり」の苦難を乗り越えメンバー発表を迎えていた。その節目の「良き日」に、協会に近いホテルや前回大会のメンバー発表と同じホテルではなく、ジーコジャパンの船出となったホテルを選んでくれたことが、指揮官もうれしかった。

 ジーコ監督は会見で言った。「今日はたくさんの人がおられるが、日本の人がこの日を待っていてくれた。日本においてサッカーの社会的地位が上がったことを自分はうれしく思う」。会場は報道陣を中心に400人超がぎっしりと埋めた(通常ジーコ会見は100人前後)。来日から15年、そして就任から3年10カ月。隠しごとなく「日本のために」とすべての愛情を日本のサッカーに注いできたジーコ監督に協会職員が応え、在京テレビ4局の生中継というフィーバーとともに多くの報道陣を集めた。

 台数を制限されながらもテレビカメラは26台が集まった。手嶋広報部長は部屋を横長に使った理由を「テレビカメラをできるだけ多く、撮りやすいひな壇の正面に置きたかった」と説明した。縦長で安定感のなかった日本サッカーが、ジーコ監督が注いだ愛情によって根付き、どっしり横長に土台を安定させた。

May 20, 2006 10:11 AM

2006年05月19日

身なりこそ人を表す:岡山俊明

 中央競馬の競馬場に足を運ぶ熱心なファンなら、すでにお気付きかもしれない。今春からG1レースに限り、出走馬の厩務員は全員、ネクタイを締めて馬を引いている。馬主会が調教師会に要望書を通達して実現した。作業衣にネクタイというわけにはいかないから、もちろん皆スーツを着ている。これまでも自主的にスーツ、ネクタイ着用で臨む厩舎はあったが、それが全厩舎に徹底されたわけだ。馬主、調教師だけでなく厩務員も着飾ることで、これまで以上に華やかな雰囲気がパドックを包むようになった。10年ほど前まではダービーなどビッグレースの記念写真を見ても、厩務員だけは普段の作業衣が当たり前だったから、風景は随分と変わった。「競馬もサッカーや野球のように見せる時代。国際化に伴い、非常にいいことだと思う」。この国枝栄調教師の意見に代表されるように、現場も賛成派が多い。

 当の厩務員は結構大変。服は馬にかじられたり、汗や唾液(だえき)ですぐに汚れる。スーツ代やクリーニング代は自腹。普通の洗濯では落ちない汚れも珍しくない。寿命は1年がせいぜい。だからブランド物の高いスーツなど、とても着られない。土日で使う場合もあるから、競馬用に2、3着持っている人が多いようだ。

 初めて担当馬をレースに出した時から、正装を欠かさない厩務員がいる。相沢厩舎の鈴木慎之輔調教厩務員は、競馬好きが高じてこの世界に入った2年目の若手。未勝利戦でもローカル競馬場でも、人気の有無も関係なく、その姿勢に変わりはない。「馬主さんや生産者の方に対する礼儀だと思っているんです。それに、だらしない格好で引くのはこいつらにも悪い」と馬をなでながら理由を説明してくれた。「クリーニング代ぐらい給料で賄える。厩務員が夢だったんで、格好はきちんとしないと。これは定年まで続けるつもりです」。母の日だった先週の新潟競馬場で、スーツの胸ポケットに赤いカーネーションを挿した厩務員を覚えている人がいれば、それが彼。レースでは必ずたてがみを編むので、馬はおしゃれできれい。毎日の世話も、馬のために何がいいのか、いつもと違う行動を取ったのはなぜなのかなど、いろいろと考えながら行っている。愛情が通じたのだろう。担当馬のロックリヴァーが2月に、サンデーレオンが4月に、それぞれ初勝利を挙げた。給料と別に、馬が稼いだ進上金は、馬のために使うべき時に備えてプールしてあるという。馬は幸せだ。厩務員の横断幕がパドックに飾られるのも、彼ぐらいではないか。

 身なりで人を判断するなという教えは、必ずしも正しいとはいえない。むしろ反対に、身なりこそ、その人の考え方を如実に反映すると思う。今週はオークス、来週はダービーで春競馬も佳境。競馬場に行く機会があれば、馬ではなくて人を観察するのもいい。ひょっとすると、馬券に結び付くかもしれませんよ。

May 19, 2006 09:37 AM

2006年05月18日

松井ゆっくり“休んで”:千葉修宏

 5月11日にヤンキースタジアムで行われたヤンキース対レッドソックス戦。初回の守備で、松井秀喜外野手(31)がスライディングキャッチを試みて、左手橈骨(とうこつ)を骨折しました。全治には早くて3カ月。シーズンを棒に振る可能性もあります。

 ニューヨーク市内の病院へ向かう救急車に乗る時の松井選手の表情は、怒りに震えていました。まだ病院でエックス線検査をする前でしたが、強くかみしめた唇は、まっ白になっていました。長期休養を余儀なくされるほどのケガだということを悟っていたのでしょう。

 松井選手の悔しさは計り知れません。そしてそれを考えると、僕も心にぽっかり穴があいた感じになっていきました。時間がたつにつれ、仕事をする気持ちにテンションを持っていくのが難しくなり、喪失感のようなものが心の中に膨らんでいきました。まぁ記者失格ですけどね。

 僕は小学生のころ、何度か骨折をしたことがあります。アイススケートをしながら鬼ごっこをしていて転んだ時には、松井選手のように左手首を折りました。だから彼がケガをした瞬間、当時の痛みが頭の中によみがえってきました。

 もちろん、その時の僕は松井選手のように最新、最高の医療で治療をしてもらったわけではありません。ですから一概に比較はできません。でも確実に左手は細くなり、握力も低下します。以前とは微妙に違った角度に曲がってしまった手首を見るにつけ、折れてしまったものを、全く同じように治すことの難しさを感じずにはいられません。

 だからこそ個人的には、松井選手には完ぺきな状態に戻るまで、復帰を急いでほしくありません。阪神の金本選手は、同じようなケガをして半年はかかったといいます。松井選手本人は1日でも早くグラウンドに戻れることを望んでいるはずです。それはそうでしょう。彼は子供のころから今まで、ほとんど毎日(プロに入ってからは、多少のオフはあるでしょうが)、野球をやってきたのですから。トーリ監督も言っていたように、夏場に野球のない生活なんて想像できないのではないでしょうか。

 でも、このケガは「この辺で少し休みなさい」という何かのお告げかもしれません。以前、「ロングバケーション」というドラマがあったことを覚えていますか。松井選手の気持ちを考えると、こんなことを言うのも失礼かと思いますが、あのドラマの主人公のように、人生のうち、少しくらい気持ちを張らずに生きていくのも、悪くはないと思います。
 偉そうなことを言いますが、今回のことは野球に集中しないで周囲に耳を傾ける良いチャンスかもしれません。本を読み、音楽を聴き、さまざまなことからインスピレーションを得られるはずです。それは野球にだって大いに役立つのではないでしょうか。この休みをいろいろな意味で有効に使えれば、松井選手はひと回りもふた回りも大きくなって、帰ってきてくれると思います。

May 18, 2006 10:04 AM

2006年05月17日

久保も見たかった…:荻島弘一

 W杯ドイツ大会を戦うサッカー日本代表の23人が決まった。「サプライズはない」と言われていたが、ふたを開ければ「確実」とみられていた久保が外れ、巻が選ばれた。都内のホテルの会見場に詰めかけた記者からはどよめきが起きた。日刊スポーツの社内でも驚きの声が上がった。テレビの前の多くの日本人が、この「サプライズ」に心動かされたに違いない。

 世界的に見れば、決して珍しくはない。イングランドではリーグ出場経験すらない17歳のFWウォルコットが選ばれ、オーストラリアではドイツ2部リーグでプレーする代表経験のないFWケネディーが入った。巻は代表歴もあるし、クラブでも活躍している。そういう意味では大した「サプライズ」ではないけれど、それでも予想外だった。

 W杯代表発表は、今や国民的な関心事だ。この日の会見には、テレビカメラ24台がズラリと並んだ。考えようによっては、試合以上の盛り上がり。それほど日本人の心を揺り動かすのは、ドラマがあるから。今回もドラマがあった。

 個人的には、久保はW杯に行ってほしかった。驚異的な高さで決めるヘディング、強烈な左足シュート。どんな屈強なDFが相手でも、何かをしてくれそうな点取り屋だ(期待が裏切られることもあるけれど)。最後まであきらめなかった巻は立派だし、リーグ戦の調子から言っても代表入りに異論はない。それでも、理屈ではなく「何かをやってくれそう」という可能性を感じさせてくれる選手は貴重。だからこそ、久保が世界の舞台で覚せいすることを期待したのだけれど。

 代表発表を受けて、日本中の職場や学校、夜の酒場でW杯の話題に花が咲いたはずだ。「2トップは高原と柳沢?」「巻はゴールできる?」。代表が決まったことで、W杯に対する関心はさらに高まる。98年大会のカズ、北沢、02年大会の中村、これまで日本が出場した2大会でも落選した選手がいた。そのたびに世論は盛り上がり、注目度は増した。それが、日本サッカーの成長につながった。

 ジーコ監督が、住友金属(現鹿島)の選手として日本にやってきたのは15年前だった。13年前のこの日、5月15日にはJリーグがスタートした。それから日本サッカーを取り巻く環境は劇的に変わった。94年大会予選の「ドーハの悲劇」でW杯を知り、98年大会で初出場し、02年大会では開催国にまでなった。18回目を迎えるW杯だけれど、日本が予選を含めて本当の意味で「参加」したのは、ドイツ大会で4回目。代表発表の「浮かれ具合」も、何となく地に足が着いていないように感じてならない。

 日本はまだまだ、世界のサッカー界では「新参者」に近い存在だ。それが、今回は初出場でもなく、開催国でもなく、何のアドバンテージもなく世界と戦わなければならない。3度目の出場にして、初めてW杯の本当の怖さを体験するかもしれない。逆に喜びを手にするかもしれない。これからの日本が世界の位置でどういうポジションを占めるのか。それを左右するのはジーコ監督と選ばれた23人の選手たちなのだ。

May 17, 2006 09:17 AM

2006年05月16日

掛け声倒れが心配:桐越聡

 もうちょっと酒量を減らさないといけないかなあ…。厚生労働省が先週発表した「国民健康・栄養調査」の資料に目を通していて、そんな気分になった。

 発表によると「メタボリック症候群」の有病者は全国に1300万人、予備軍は1400万人と推計されるのだという。40~74歳の男性2人に1人、女性の5人に1人が、心筋梗塞(こうそく)や脳卒中、糖尿病などの生活習慣病になる危険性が高いという。

 「メタボリック症候群」という言葉は聞いたことがあったけど、正直、勉強不足でどんな意味があるんだっけ、というぐらいの認識しかなかった。調べると、内臓に脂肪がたまって、高血圧や高血糖、高脂血症などを重複して発症していることをいうらしい。

 そのままほっておくと危ないということは素人でも分かる。厚労省は「適度な運動とバランスのよい食事と禁煙が大切だ」なんて強調していたけど、そんなことは前から言われていたことじゃないの? 今さら何を言っているの? 目新しい横文字の用語を使って国民の不安をあおっているだけじゃないの? と思ってしまった。

 僕自身、何年か前から締まりのない「ビール腹」になっているし、受診した会社の健康診断で高脂血症と判定されたこともある。「メタボリック症候群」はひとごとではない。気を付けなければいけないなあ、と思う。しかし、新聞記者の生活は規則正しくなんかない。規則正しくないから、運動と呼べるほどの運動はできない。張り込み中はおなかがすいても、コンビニのおにぎりをほお張れればいいぐらい。おなかがへりすぎて、夜遅くにドカ食いすることなんてしょっちゅうある。しかしそれは、自己責任だと思っている。

 厚労省はあれこれと作戦を打ち出しているけど本当に生活習慣病を減らしていけるのかなあと疑いの目を向けたくなる。年間30兆円を超えている国民医療費を何とか削減したくて、そのためには生活習慣病を予防しなければならないと理屈では分かるけど、掛け声倒れにはならないでしょうね、と言いたくもなる。

 「メタボリック症候群」に関する調査結果が発表されたその日、実は厚労省では職員を対象にした「階段利用キャンペーン」が始まっていた。生活習慣病にならないために適度な運動をしよう。数階なら階段を使って移動しましょう。そういう運動だ。

 素直に「いい取り組みじゃない?」と感心して、1階から26階の最上階まで薄暗い階段を歩いてみた。スーツのまま汗だくになって8分36秒かけて上り切った。しかし、その間にすれ違った人は6人だけ。初日とはいえ、ちょっと少なすぎないかなあと思った。

 生活習慣病を減らそうとしている厚労省の役人がこれじゃあ、なあ。「メタボリック症候群」に着目して健康診断を見直すとか、「メタボリック症候群」が疑われるような人には食事教室を開くとか、いろいろと作戦を練っているようだけど、いい年した大人にあれこれ掛け声を掛けたって、どれぐらいの人が実践するだろうか。そもそも、そこまでしなければいけないものなのかなあ。

May 16, 2006 10:29 AM

2006年05月15日

虎党の夢、YGとワンツー:松井清員

 知り合いに熱狂的な阪神ファンがいる。そのおっちゃんはいつでも「おれらの時代は『阪神、大鵬、卵焼き』やった」と言う。いくらこちらが「それを言うなら『巨人、大鵬、卵焼き』でしょ?」と言ってもまったく耳を貸さない。「それは巨人ファンだけが言うことや!」。いつもピシャリと言われる。

 おっちゃんは1950年(昭25)の大阪・岸和田生まれ。少年時代は巨人が川上監督の下、ONを擁して9連覇するなど全盛期だった。かたや阪神はエエとこ2位止まり。いつも強い巨人の引き立て役に回っていた。優勝に縁遠い阪神…。それでも少年心に「巨人だけは好かん」と誓い、負けても負けても甲子園通いを続けたという。だから青春時代は「阪神、大鵬、卵焼き」…だそうだ。

 阪神ファンの巨人に対する思いは特別だ。それは関西人が東京に抱く対抗心、反骨心にも置き換えられる。どんなに弱い時代でも、巨人に勝った日のはしゃぎようは半端ではない。そんなファン心理を知るからこそ、球団も「優勝できなくても巨人にだけは勝て」とお尻をたたいてきた。当然、優勝した時の盛り上がりは尋常ではない。しかもここ3年で2回も優勝。だがおっちゃんは言った。「巨人も弱かったし、何かが物足りんのよなあ」。

 50年の2リーグ分立以降、昨年までの56年間で「巨人1位・阪神2位」のシーズンは12回もある。だが反対の「阪神1位、巨人2位」は1度もない。阪神はこの間、5回優勝しているが、その時の巨人の順位は4位、3位、3位、3位、5位。つまり強い巨人としのぎを削り、最後に競り勝っての優勝はいまだかつてないのだ。

 03年も05年もライバルは中日。巨人は早くから脱落していた。つまり阪神が優勝する時、いつも巨人は調子が今イチかもう1つ歯応えがない。昨年も甲子園で巨人を倒して優勝を決めたが、すっかり弱体化していて感激は薄かった。ここにおっちゃんの「何か物足りない気持ち」がある。

 やっぱり強い巨人を倒してこそ、阪神ファンは心の底から喜べる。そして今年、初めてそのチャンスが訪れようとしている。巨人もここ数年低迷していたが、原監督のもと開幕ダッシュに成功して首位を独走。昨年王者の阪神もジワジワと地力を発揮し、中日を交えたマッチレースの様相になってきた。そもそもTとGが実力拮抗(きっこう)して途中まで優勝争いをしたこと自体、85年までさかのぼる。久しぶりに阪神ファンが心の底から燃える展開だ。

 「阪神1位、巨人2位のシーズンを見てみたいんや」。おっちゃんは言った。これは阪神ファンの気持ちを代弁した究極の理想だろう。阪神、巨人がともに強ければ、野球界も新たな盛り上がりを見せるに違いない。そして強い阪神が強い巨人に勝って優勝。何ともぜいたくにも聞こえる話だが、「阪神、大鵬、卵焼き」のおっちゃんは真剣に夢見ている。

May 15, 2006 09:43 AM

2006年05月14日

熱く戦うボスがいい:村上秀明

 赤道直下での熱い熱い口げんかだった。

 競馬の国際G1レースを取材のため、9日にシンガポール入りしたが、激しい口論に巻き込まれたのは、その日だった。スコールと呼ばれる激しい雷雨のため、ホテル玄関からタクシーに乗車しようとした際、ロビーでデスクを構え客のリクエストにこたえるコンシェルジュ(接客係)が、近くに待機していたタクシーを呼んでくれた。

 そこまでは何でもない話だったが…。行き先を告げると、中国系と思われる運転手が突然、「今日の仕事は終わりだから後ろの車に乗れ」と乗車拒否。確かに車で5分程度の近距離だったが、あまりの横柄な態度で「WHY」と言うのが精いっぱい。結局、苦笑いとともに降車すると、タクシーを手配してくれた接客係が近寄ってきた。

 そこからが「中国系運転手VSアフリカ系接客係」の幕開けだった。事情をコンシェルジュに説明すると、立ち去ろうとするタクシーの後部ドアを開けて、運転手に聞き取れないほどの早口で文句を言った。玄関付近の人々が足を止めるほどの大声だったが、運転手も何やら言い返していた。5分ほどの言い争いだったが、最後は接客係が怒りを込めて思い切りドアを閉めて、戦いの幕は閉じた。

 横にいた自分はあ然としながら見ているだけだったが、代わりに文句を言ってくれた接客係に何かをしてあげたいという気持ちがわいた。素直に恩義を感じたのである。接客係が真っ赤なタキシードを着ていたからかもしれないが、その戦う姿から真っ先に脳裏に浮かんだのが、赤交じりのユニホームを着用するプロ野球広島のブラウン監督だった。

 同監督は、今月7日の試合で先発したロマノ投手が退場になったことに抗議し、一塁ベースを放り投げて自らも退場になった。その様子は翌日付の紙面で紹介されたが「選手を守るためなら退場もOK」との考え方があるという。もちろん、退場がいいというわけではないが、サポートを受ける側は、自分に代わって戦ってくれる行為を、当然のごとく意気に感じると思う。

 ブラウン監督は大リーグの下部組織3Aの監督時代も、3年間で計22回の退場を経験しているという。大リーグでは歴代2位の2763勝を誇るジョン・マグロー監督(ジャイアンツ)が史上最多の131回を記録。大リーグの退場回数は審判の権威が大きいという理由もあるだろうが、少なくとも退場=ダメ監督ではない、ということは言えそうだ。

 客とコンシェルジュに、選手と監督では、立場は全く違うが、代理で戦ってくれる仲間なりボスは、ありがたい存在に違いはない。闘将のイメージがある星野仙一氏が、理想の上司アンケートで上位の常連であることもうなずける。ここ数日間、援護してくれた黒人のコンシェルジュを見掛けるたびに、思うことがある。逆の立場になった場合、少しでも人のために立ち上がって熱く戦えるようになりたいと。

May 14, 2006 10:37 AM

2006年05月13日

リストラの星に:浜崎孝宏

 道産子のベテランが、心地よさそうに快音を響かせた。北九州市で開催中の全国社会人野球九州大会。沖縄電力の渡辺孝男選手は、初戦の広島ウェルネススポーツ学院戦で2打席連発アーチを放った。弾道に驚いた。182センチ、90キロの右の大砲は、2発とも外角球を、見事に逆方向の右翼席へ運んだ。

 話を聞くと野球にかける情熱をあらためて知らされた。今年で32歳になる渡辺は、91年に西武からドラフト7位指名された。9年間のプロ生活をいったん終え、01年から2年間、社会人野球サンワード貿易に所属。強肩、強打の捕手は、03年からは再び日本ハムへ。沖縄の地を踏んだのは昨年のことだった。ちなみに西武、日本ハム時代の計11年間のプロ成績を調べてみると計4試合に1軍出場(93年1試合、94年2試合、96年1試合)。打撃成績は残念ながら残っていなかった。打席で楽しそうに見えたのも、そんな悔しさがあったのかも知れない。

 日本最高峰のプロの舞台からすれば、プロ予備軍ともいえる社会人野球への転身。「正直言ってプロと社会人の野球レベルの差を感じるときはありました。でも、1軍で給料をいっぱいもらってなかったし、社会人で野球をやることにプライドもなかったですから」。良き兄貴分としてチームをけん引する男は、人懐っこい笑顔でそう言った。

 2本塁打を放った直後「3打席連続」のかかった打席で取った行動はまさに「アニキ」の振る舞いだった。「調子の出ていない後輩を公式戦の打席に立たせた方がいい」。渡辺はコーチにそう進言し、後輩に打席を譲った。沖縄では全国区の強豪チームと練習試合をする機会に恵まれず、公式戦の1打席が何よりも得難い経験になることを知っているからだ。「野球は1人がガンガン打てば勝てるというわけでもないですから」。チャンスを譲った1打席には「フォア・ザ・チーム」の精神もさることながら、後輩への愛情もあったのだろう。

 渡辺がプロに入った91年ドラフトの同期には、カル・リプケンのフルイニング出場記録を更新したばかりの「アニキ」こと阪神金本や米大リーグで活躍する田口(カージナルス)ら、若手に負けじとスポットライトを浴びているベテランも多い。

 大会パンフレットには、渡辺以外にも近鉄時代に最多勝を獲得した小池秀郎(NOMOベースボールクラブ)や元阪神の的場寛一(トヨタ自動車)ら懐かしい顔触れが並んでいた。プロアマ交流が盛んになってきた昨今。現実的にはわずかな可能性かも知れないが、社会人の舞台で野球を続けている以上、再びプロで花を咲かせる可能性はゼロではない。ソフトバンク宮地は、西武からかつて戦力外となったが「リストラの星」として見事に新天地ホークスで復活したケースだってある。

 36歳の自分にとっても、そんなベテランの活躍を目の当たりにすると元気が出るものだ。今季限りで引退を表明している新庄みたいにカッコいい引き際を求める選手もいいが、タフな精神力でプロへの思いをあきらめない選手たちも、また、カッコいい。

May 13, 2006 10:24 AM

2006年05月12日

写真が語る今の球界:山内崇章

 野球ファンは選手と一体となって戦っている。そんなことをあらためて認識させられる写真が先月29日付の本紙に掲載された。前夜の広島戦で横浜の佐伯が逆転決勝3ランを放って涙した。試合後、一塁側フェンス際に集まるファンと握手を交わしていたところ、熱狂的な男性ファンからはほおずりをされるように抱きつかれた。カメラはその瞬間を見逃さなかった。

 開幕から不振が続いた4番が、23試合目にして放った初の勝利打点。チャンスに打てず、この間の内野スタンドからは心ないヤジも飛び交った。彼の不振はチームの苦しい戦いとも重なった。「勝てないのはおれのせい」とも話した男だ。人目をはばからず流した涙、ファンの抱擁に応じた姿には心を打たれた。

 こんなほほえましい光景は、かつてのプロ野球ではありそうでなかった。ここ数年、日本各地の球場では、メジャー流のファンサービスを参考にした環境づくりが進められている。昨年、東京ドームにエキサイティングシートが設置されたが、千葉、福岡でも両側ファウルグランドを有効利用し観客席が増設された。

 横浜スタジアムでも昨年、内野から外野席にかけて張り巡らされていた高さ6メートルのネットが取り払われた。これにより選手とスタンドの距離は急接近。試合前にファンが色紙を差し出せば、選手はそれに直接応じる。そんなやりとりも今は自然になった。勝った日の喜びや感動は何も選手だけのものではない。佐伯の息遣いを感じ取り、涙を目撃した男性は、チームとの一体感をより一層強め、これからも支え続けようと思ったことだろう。

 先日、気分転換の目的でネット裏の記者席からライトスタンドへ足を運んでみた。これがすごい。単純に球場を見渡す角度が変わったという感想だけでは済まされない。ゴールデンウイーク中の横浜スタジアムは連日の大入り。スタンドの空気は記者席にいるだけでは分かり得ない興奮にくるまれていた。思い入れのあるチーム、選手に送る熱視線と大声援に圧倒された。

 周囲と息の合った応援歌の合唱、汗だくになって踊る中年男性、乳幼児を抱いた34歳のお母さんは「琢朗さん、カッコーいい」の黄色い声援。緊迫した試合展開に匹敵するぐらい、真剣に声援を送るファンのパフォーマンスに興味を引かれたりもする。いずれにせよ、ファンは選手のワンプレーにどれだけ心を動かされながら観戦を楽しんでいるのかを身を持って知る機会となった。

 最下位に低迷する横浜だが、34歳のお母さんの言葉がいい。「負けているから余計応援したくなるのよ。優勝とか、順位とかじゃない。選手たちは一生懸命じゃないですか。明日勝てばいいのよ、明日」。ファンの声援にも明日がある。

 球界再編騒動、ストライキ…。2年前に球界が直面した危機は、スタンドと選手の距離を縮める直接の契機となった。誰のための野球なのか。苦い経験を風化させてはならない。1枚の写真は、ファンあってこその球界を切々と物語っているような気がした。

May 12, 2006 10:34 AM

2006年05月11日

パターン慣れを反省:小林千穂

 最近は、映画など製作発表「会見」と銘打ったものでも、質疑応答は一切なく、キャストらのあいさつと簡単な一言で終わる場合も少なくない。何のための会見なのかよく分からないで帰ってくることもしばしばだ。かといって、質疑応答があっても、こちらがパターンから抜け出せない質問をして、ハイ時間切れとなって、がっくし帰ってくることもある。

 そんなことを思っていた最近、反省させられたことがあった。山田洋次監督の45年間を見せる展覧会に行った時のことだ。オープンのテープカットのあと、新作「武士の一分」に出演している檀れいと山田監督が一般の人を前にトークショーを行った。その前に報道陣は「囲み取材」と呼ばれる、まあミニインタビューのようなものをしているので、目新しい話は出てこないかなと思って聞いていた。すると女性が「檀れいさんのことを今日初めて知ったんですが、檀ふみさんのご親せきですか」と聞いた。おいおい、檀れいは宝塚出身の娘役トップで、昨年退団した女優だよと知っているので「『檀』は芸名なんだから関係あるわけないじゃない~」と苦笑し、会場からもそういうニュアンスの笑いが漏れた。しかし、檀はこう答えた。「檀ふみさんとは関係ありませんが、檀という字は『まゆみ』とも読めまして。私の本名はまゆみというので、檀という文字を使いました」。ほほぉ。宝塚出身の女優が自ら本名を名乗ることは少ない。思いがけない質問から、へぇが出てきた。パターンを外れることも面白いもんだなと、初心に帰らされた。

 こんなこともあった。先日、先輩記者が、人気モデルのエビちゃんこと蛯原友里のインタビューに出掛けようとした時のこと。子供に「エビちゃんにインタビューするんだよ」と言ったら「エビちゃんってエビ好きなのかな」と聞かれたそうだ。その先輩「それは面白い、聞いておこう」と思ったそうで、ちゃんと質問していた、「エビは好きですか」と。エビちゃんは「エビも好きですが、宮崎の実家から送られてくるお米が大好き」と答え、しっかり原稿に生かされている。もし「嫌いだったんですけど、えびバーガーのCMやって好きになりました」なんて言ってたら、マクドナルドも大喜びだっただろうな。パターンにはまっていると、いい意味での「くだらない質問」ができなくなってしまうもんだと、これまた反省したのでした。

 もう1つ。若年性認知症を描いた映画「明日の記憶」の「座談会」を取材した。主演の渡辺謙が原作にほれ込んでプロデューサーも務めた作品なので、とにかくこの作品の良さを伝えたいと、会見形式ではなく、渡辺が司会をして共演者や記者と話をしていった。キャストや監督が、観客から質問を受けたりする「ティーチイン」スタイルだ。ざっくばらんな場を設けてくれたのは貴重だったが、座談会がマスコミ向けだったことが残念だった。渡辺は全国で「ティーチイン」をしたり、医療関係者向けの講演会にも出席しているので、今回はマスコミにという趣旨だったのだろうが、少しでも一般の人を入れてほしかったな。私たちの固いアタマからは出てこない変化球が見たかった。

May 11, 2006 09:42 AM

2006年05月10日

8人サッカーで育て:岡本学

 ゴールデンウイーク中の4、5日に神奈川・日産スタジアムで弊社主催のイベント「JA全農チビリンピック2006」が開催された。陸上を中心にサッカー、卓球の3競技に小学生とその親を含め約2万9000人が参加。その中でも、サッカーは全国9地域の予選を勝ち抜いた9チームが出場し、ハイレベルな戦いを繰り広げた。

 通常サッカーといえば、11人が2チームに分かれて行うものだが、今大会は日本サッカー協会の推奨で4年前から8人制で実施されている。同協会の田嶋幸三技術委員長は「『11人制でなければサッカーではない』といった声もあるが、4年目を迎えてようやく8人制が認められてきた」。まだ、全国へ浸透しているとはいえないそうだが、小学5、6年生を中心とした選手たちは、はつらつとしたプレーを展開した。準決勝、決勝を観戦した本紙評論家の井原正巳氏が「本当にレベルが高い」と感心すれば、同委員長も「単純に前へ蹴るというのではなく、1つ1つのプレーに明確な狙いがある」と、U-12(12歳以下)年代の技術的な進歩に目を細めた。

 8人制は、通常より狭い縦60×横40メートルのピッチを使って行われ、欧州、南米などではジュニア層強化のため積極的に取り入れられている。田嶋技術委員長は8人制を推奨する理由について「選手1人1人がたくさんボールに触ることができ、いろんな選手にシュートチャンスが生まれる。統計を取ったところ11人制の3~4割増し。また、1対1の場面も増えて、よりコンペティティブになる」。12分×3ピリオド(P)制、第1、第2Pは選手を総替えするルールを導入しており、16選手が試合に出場することができる。

 また、8人制では審判1人制を導入している。選手が審判に判定のすべてを任せるのではなく、自己申告によってフェアプレー精神を育てることを目的としている。オフサイドを取りきれないなど問題もあるが、審判を信頼する心を養うことも目的の1つだ。同時に、この年代でフェアプレーにグリーンカードを提示する制度も導入している。大会中もピッチ外遠くへ飛んだボールを全力で拾いにいった控え選手にグリーンカードが出され、拍手が起こるシーンもあった。田嶋委員長は「この年代の指導者は選手をしかることが多いが、褒めた方がうまくなる」と狙いを説明した。

 日本協会は2015年までに世界のトップ10に入ること、2050年までにW杯を単独開催し優勝することを約束している。その約束を果たすため、子供たちの技術だけでなく心もしっかり育てようと、さまざまな工夫をしている。同委員長は大会の開会式で呼び掛けた。「日本のサッカーは変わってきているし、君たちに日本サッカーを変えていってほしい。10年後の21、22歳は五輪、W杯に出られる年齢。ぜひ、その中心になれるよう頑張ってほしい」。日本サッカーには、底辺から着実に進歩できる環境がある。

May 10, 2006 09:00 AM

2006年05月09日

始めよう小さな努力:岡山俊明

 全日本柔道選手権で19歳の石井慧(さとし=国士大2年)が山下泰裕を抜く史上最年少で優勝を決めた時、ああ、あの選手が…と感慨にふけった。世界王者の鈴木桂治から残り6秒で奪った有効で、新たな歴史が生まれた。

 彼の名が本紙に初めて載ったのは、04年3月21日付。アマチュア競技担当時代、全国高校選手権(男子団体)で国士舘高優勝の立役者になった記事を書いたから、よく覚えている。本割は大将同士でも決着せず、代表戦の末、石井が指導1つの差で勝ち、世田谷学園を下した。内またのやり過ぎで試合の1週間前に右足を疲労骨折し、痛み止めを飲みながらの出場だった。当時から石井の練習漬けは知られていた。

 屋根裏でほこりをかぶっていた取材ノートを引っ張り出してみた。石井のコメントとして、こう記してある。「自分はセンスがないんで、練習しないと。毎日、休みの日もトレーニングしてます」。居残り練習は当たり前。疲れていても夕食後のウエートトレーニングを欠かさない。試合の翌日でさえ体を動かす。国士舘高の岩渕監督は「とにかく、けいこの虫。練習しろとは言うが、練習するなと諭すのはあいつぐらい。練習している者に神様が褒美をくれた」と褒めていた。

 あれから2年。亀の歩みは予想をはるかに超えて速かった。大先輩の斉藤仁のようなうまさや鈴木桂治の切れはない。柔道は泥臭いが、豊富な練習量に裏打ちされた自信とスタミナが、快進撃の原動力になった。単純に1日1時間多く練習していれば、2年間で730時間。まるまる1カ月に相当する量に達する。

 試合から数日後、あらためて岩渕監督に話を聞いた。師匠も今回の結果は想像できなかったという。「準々決勝までは行くだろうと予想していたが、こんなに早く勝てるとは思わなかった。高校時代から全日本の強化選手を相手にけいこしてきた。乱取りでは鈴木のところに真っ先に行って30分ぶっ続けでやる。意識の高さは誰にも負けない。今まで指導した中でも、これほど練習する選手はいなかった」。努力が才能を上回り、不可能を可能にした。

 石井の超人的な頑張りを、そのまま我々の日常生活に当てはめるのは必ずしも適当ではないけれど、小さな努力ならすぐに始められる。受験生なら寝る前に1つ英単語を覚えていけば、今から200以上も余計に蓄積できる。ひょっとすると合否を左右するかもしれない。営業マンならもう1軒。最後に回ったところが大口の契約に結び付くかもしれない。主婦だったら、1日1カ所ぞうきんがけをしてみるとか。知らないうちに家がピカピカに磨かれる。1日100円節約すれば、1年で3万6500円。家族で豪華な食事ができる。疲れたけれど、もうひと踏ん張り。明日はもう1厩舎、余計に回ろう。原稿にもひと工夫加えようか。

 積み重ねの大切さは分かっているのに、つい怠けてしまうのが人間。19歳の雄姿にあらためて教えられる。努力は人を裏切らない。

May 9, 2006 09:26 AM

2006年05月08日

異国で気付く愛国心:千葉修宏

 今、この原稿をフロリダ州タンパからテキサス州ダラスへの飛行機内で書いています。さっき、空港で買ったスタバのコーヒーの空きカップを捨ててくれと客室乗務員に頼んだら、「ちょっと待ってて」とどこかへ行ってしまいました。待ってるのに戻ってきてくれないよ~。小汚い格好でファーストクラス(そこしか空いていなかったから)に乗る、場違いな東洋人の若造はナメられるのか。それとも彼の記憶力が相当悪いのか…(失礼!)。

 3日の晩に泊まった某ホテルでは、ケーブルをつないでいるのにインターネットにうまく接続できません。別の場所の同じホテルで同様の状況になり、部屋を替えてもらって接続できたケースが何度もあったので、今回もフロントに部屋替えを要請。しかし「もう空きの部屋がない。インターネット会社に直接電話して相談してくれ」とのつれない返事。

 それはいいとして、その後にフロントの奥の部屋から「あいつの言ってる意味が分からないよ」という笑い声が聞こえてきてカチン。4日の晩の予約を即キャンセル。すでに次の取材のために押さえてあった別の場所の同じホテルもすべてキャンセルし、ライバルホテルに予約し直しました。ああ、すっきりした!

 そんなこんなで、海外にいると逆に日本人のサービスのきめ細かさなんかに気付いたりもします。そうすると、日本にいる時は感じなかった愛国心なんかも芽生えてきたりするんですね。ちょっとだけど…。

 そんな“なんちゃって愛国者”の留飲を下げるのが、メード・イン・ジャパンの活躍です。日本人大リーガーが打てば満足。WBCで日本代表が優勝して満足。記者席で米国人記者にパナソニック製パソコンの小ささと丈夫さを褒められただけで、自分が作ったわけでもないのに、偉そうな気分になります。

 大好きな音楽でも、普段ほとんど聴かない邦楽なんかを聴いてみたり。最近、ハッとさせられたのは、DS455というヒップホップグループの「To Myself」という曲。リズムに合わせてライム(韻)を踏むのがラップの醍醐味(だいごみ)なんですけど、この人たちの歌詞が秀逸なんです。

 <歌詞>うわべだけなら楽で派手 浮かれて浮わつきゃダメ、そこで負け 甘い誘惑はいつも金 大切なことはそんなもんじゃねえ てめえの道てめえで決める オレには見える必ずたどり着ける 自分ごまかすなウソはつくな 近道はねえ 後ろ振り向くな~(歌詞カードを持っていないので、間違ってたらゴメンなさい)

 みたいなちょっとクサいけど結構共感できるライムにグサリ。と同時に、ヒップホップ文化は米国産だけど、日本語でもちゃんと気持ちの良い韻が踏めるんだと感心しました。こわもてのルックスだけど曲はすごくキャッチーなので1度、聴いてみてください。

 一方、野球では僕が担当しているヤンキースの松井選手が4日のデビルレイズ戦で今季4号を含む3安打の大暴れ。米国人ファンから「ヒデキ~」と声援を受けている松井選手を見るのも、なんちゃって愛国者にはこれ以上ない幸せかも。そんな光景をこれからも期待します。

May 8, 2006 07:18 AM

2006年05月07日

勝利信じて楽しもう:荻島弘一

 「日本は決勝トーナメントに行けるんだろ?」。W杯開幕まで1カ月。この時期になると、友人との酒席の話題は日本代表の成績についてになる。「難しいかもよ」と答えると、友人の顔が上気する。「何で。オーストラリアとクロアチアには勝てるだろう」。そして「じゃあ、日本の1次リーグ突破の可能性は何%だよ」。こうなると、仕方がない。「35%かな」と答えて、理由を説明した。

 初出場した98年のフランス大会、日本は1次リーグで敗退した。02年日韓大会では、初めて決勝トーナメントに進出した。次は「ベスト8」という気持ちも分からないではない。日本協会も「準々決勝進出」を1つの目標にしている。しかし、当たり前のことだけれど簡単なことではない。

 前回、日本は1次リーグでシードされている。実力とは関係なく、ホスト国だったからだ。同組になったのはベルギー、ロシア、チュニジア。ドイツ大会はブラジル、クロアチア、オーストラリアだから、明らかに対戦相手は厳しい。

 まず、ブラジルの優位は動かない。サッカーは何が起こるか分からないと言っても、今回のブラジルは特別。3連勝するかどうかは別にしても、1次リーグ突破はかなりの確率だろう。仮に95%とすれば、残る105%(上位2チームが進出するから)を残りの3カ国で分けることになる。

 「クロアチア、日本、オーストラリアの順番」とか「オーストラリアが強い」とか「やっぱり日本が上」とか、予想は噴出する。つまり、3カ国には決定的な差がないということだ。いや、実際には差があるのだろうが、現時点でそれを考えるのは難しい。あと1カ月でチーム状況は大きく変わる。ケガ人も出るだろうし、コンディションの問題もある。今のところは、横一線と見るのが妥当だ。

 となると、組み合わせも関係する。「ブラジルと最後に当たるのは有利」という考えもある。確かに、ブラジルが突破を決めていればメンバーを落とす可能性もあるが、層の厚さから逆に控えが怖い。3カ国の争いと考えるのは、ほかも同じだから、初戦のオーストラリアも2戦目のクロアチアも日本に照準を合わせてくるはず。見方によっては難しい組み合わせなのだ。

 105%を3で割って35%。これが、最も現実的な1次リーグ突破の確率だろう。これを本番までの1カ月でどこまで上げていけるか。実際には、勝敗は何が起こるか分からない。試合展開は予想できても、勝敗は運も関係する。圧倒的に攻めながら負けることもある。だいたい予想が当たるなら、今ごろトトで大金持ちになっている。

 ここまで話すと、友人は「つまらないヤツだな」と吐き捨てた。「勝てると思わなきゃダメ。ジーコや選手を信じなきゃ」と。確かに、それも当たっている。新聞では、締め切りの関係上、常に勝ち負けの両方を考えて作業を進める。だから、そういう見方になったのか。世界中のファンが母国の勝利を信じて声援を送るのがW杯。そういう感情移入ができるからこそ、W杯は楽しい。冷静に見る目も大切だけれど、それだけでは、本当のW杯の楽しみの半分を放棄したようなものかもしれない。

May 7, 2006 10:50 AM

2006年05月06日

執行猶予の線引き:桐越聡

 「ハーレム男」は有罪か、無罪か。有罪なら執行猶予付きの判決が言い渡されるのだろうか。

 東京・東大和市で一夫多妻制のような集団生活に加わるよう女性が脅迫された事件で、脅迫などの罪に問われている渋谷博仁被告(58)の公判が、東京地裁八王子支部で結審した。検察側は懲役1年6月を求刑し、弁護側は執行猶予付きの判決を求めた。

 この事件だけではなく、今年に入ってから裁判を傍聴するときは、09年5月から始まる裁判員制度を意識して、裁判員になったつもりで傍聴している。米国や英国の陪審員制度のように有罪か、無罪かだけを決めるなら決断できるような気がしているが、裁判員制度は裁判員が罪の重さに踏み込まなければならない。裁判所の判決と自分自身が考えた“判決”が、一致することはほとんどなく、裁判員と裁判官がある意味では対等になって罪の重さを決めていいのかなあと思うことがある。

 特に実刑か、執行猶予付きの判決の線引きというか、判断は難しいと感じている。ある弁護士から、こんな話を聞いたことがある。「まったく更生したいという意欲がないような人が、執行猶予付きの判決を受けることがある」と。もちろん、大半の人は更生したいという意欲を持っているだろうから、これは極端な話かも知れないが、更生意欲のない人に執行猶予付きの判決が言い渡されるというのはどういうことか。釈然としない気がする。

 その弁護士によると、裁判所が実刑か、執行猶予付きの結論を出すとき、被告に更生意欲があるのか、ないのかはそれほど重視されていないという。これぐらいの罪なら実刑で、これぐらいなら執行猶予付きという判決の「相場」に左右される傾向にあるらしい。

 将来、裁判員として参加した裁判で執行猶予付きの判決を言い渡した人が、仮に執行猶予中に再び罪を犯したら、悔やむことになるだろう。裁く側には責任はないのかも知れないが「あのとき実刑にしておけば違っていたかもしれない」と思うに違いない。だから裁判員として裁判に参加する機会があった場合、執行猶予付きの判決には、慎重にならざるを得ないだろうなと思っている。

 もちろん誰も彼も刑務所に押し込めばいいと思っているわけではない。人間誰しも間違いを犯すことはあるだろうし、失敗してもやり直せるような環境がなければならない。執行猶予付きの判決は罪を犯した人の更生の助けとなる、大事なことだと思っている。

 ただ、執行猶予中や過去に執行猶予付きの判決を受けた人による凶悪事件が絶えない昨今。更生意欲がまったくないとか、執行猶予付きの判決を言い渡してはいけないような人に、裁判所が執行猶予付きの判決を言い渡したということはないのだろうか。05年度版の犯罪白書によると有期懲役の執行猶予付き判決の割合は61・6%という。執行猶予中の再犯の多発は、罪を犯した人だけが悪いとは言い切れないような気がしている。

 渋谷被告にはどのような判決が言い渡されるのだろうか。

May 6, 2006 07:38 AM

2006年05月05日

鉄人を生んだ天然芝:松井清員

 オリックスが大阪ドームを買収し、新本拠地とする話が進んでいる。立地条件など集客で厳しい側面を持つ神戸(スカイマーク)と比較すれば、ビジネス的には必然の選択肢かも知れない。オリックスはドーム買収後も「神戸からの撤退はない」としているが、多くても年間10試合程度に激減するだろう。さようなら神戸。だが神戸から野球の灯が消えることには、もう1つ重要な意味が含まれている。

 大阪、西武、札幌、福岡、千葉、宮城。オリックスの経営方針次第では、早ければ来年にもパ本拠地は4球場がドームとなり、6球場すべてが人工芝となる。唯一、天然芝だったのが神戸のスカイマークスタジアムだった。セでも天然芝と土のグラウンドは甲子園と広島だけ。これで12球団中、6球団がドームに、10球団が人工芝になるわけだ。

 スカイマーク以前の球場名は「グリーンスタジアム神戸」。名前の通り12球団唯一の内外野天然芝で、ここで育ったイチローは今でも「日本一の野球場」と言う。グラウンドに入った瞬間、萌(も)える緑の芝と土のにおいを感じられ、野球の原点と言うべきスタジアムだ。そんな自然あふれる球場が表舞台から姿を消すのは残念でならない。だが当事者の選手にとって、人工芝球場の増加はもっと深刻な問題だ。

 以前、阪神の金本がこんな話をしていた。「本拠地が人工芝だったら、ここまで試合に出続けるのは難しかったと思う」。金本の球歴は広島-阪神。今では珍しい天然芝と土のホームグラウンドが、陰から連続試合フルイニング出場の世界記録を支えてきたという。それほど天然芝と真下にコンクリートが敷かれている人工芝では、ひざなど下半身にかかる負担は違う。

 思えば03年にダイエーからFA宣言してオリックス入りした村松が重視したのも、神戸の天然芝だった。選手にとっては、それほどグラウンド環境が及ぼす影響は大きい。今なお満身創痍(そうい)で戦う金本にとって、もし運命のドラフトで人工芝を本拠に持つ球団に入団していれば、鉄人は鉄人でなかったかも知れない。

 逆にメジャーでは、90年代から天然芝への回帰が進んでいる。わざわざ人工芝をはがすなど、今では30球場中27球場が天然芝に切り替わっている。今後、新球場をつくる場合に、天然芝しか認められていない。これらは選手会が「人工芝では選手寿命が3年縮む」と経営者側に訴えたことが大きかった。

 天然芝のメンテナンスコストは、年間何千万円もかかるという。それに比べ人工芝は維持費が割安で、ドーム球場なら雨天中止もなく興行的にもデメリットは少ない。だが選手の肉体的負担などマイナス面をどれだけ考慮しているかは疑問だ。

 いずれ選手会などがこの危機に声を上げ、日本もメジャーのように天然芝へと回帰する時代が来るのだろうか。このまま人工芝主流の時代が続けば、スターでも短命で終わる選手が増えることが予想される。金本の世界記録がもう誰にも破られないと思える理由は、こんなところにもある。

May 5, 2006 01:19 PM

2006年05月04日

固定観念捨て去ろう:村上秀明

 先日、遅ればせながら、ようやく携帯型ゲーム機を手に入れた。3月の発売から、ずっと品切れが続いていた人気のタイプで、タイミング良く近所の大型電器店で購入できた。ゲームソフトも2本買った。超合金のおもちゃやプラモデルを買い与えてもらい大喜びした時のような、子供に戻った気分になった。

 ただ、購入したゲームソフトは、脳を活性化するという内容のものと、英語のトレーニングをするもの。脳を鍛えるゲームは瞬間記憶、計算、色彩識別などができ、ゲームというよりは知能検査。英語のゲームも聴く、書くという上達のためのテキストをこなしている気分になる。対象は完全に大人と言ってもいい。

 1970年代後半からインベーダーゲームが一世を風靡(ふうび)し、大人も熱狂する社会現象になった。自分が小学生のときも、家庭用テレビゲーム機が次々と登場し、持っている子供の家にみんなが集まった。近所の駄菓子屋に置いてあった1回100円のテーブルゲームも、数人で取り囲んで一喜一憂したものだ。

 ただ、一昔前は大人向けのゲームソフトが今より少なかった気がする。マージャン、将棋など一部は記憶にあるが、今ではゲームタイトルに「大人の○○」とストレートな表現もある。久々のゲーム売り場散策で、近年の大人向けソフトのバリエーションの豊富さに驚かされた。

 ゲーム世代がそのまま大人になったのだから、企業戦略として当然といえば当然だが、そんなことを感じている時点で、世の中の流れに乗れていないと痛感した。自分の中でこびりついていた「ゲーム=子供」の固定観念は消滅させなければいけないと思う。

 固定観念といえば、北海道・室蘭市で新しい動きを聞いた。先月末に「室蘭カレーラーメンの会」が発足した。言葉の通り、カレー味のラーメンを名物にしようという動きで、すでに取り扱いのある市内21店舗が賛同。発祥の地は別にあるというが、みそ、しょうゆ、塩に続く北海道第4の味として大々的にPRしていくという。

 カレーとラーメンという珍しい組み合わせに、聞いた瞬間に「げぇ!」と思った人もいるだろうが、ラーメンの味は決まっているという固定観念をなくした新たな動きといえる。人気定着の程はどうあれ、果敢な? 挑戦に声援を送りたくなる。

 約1トンのそりを引っ張るばんえい競馬でも、史上初の女性調教師が今春、デビューした。泥だらけになりながらのパワー勝負という圧倒的な男性世界と言われている。そんな中で「女子は難しい」という固定観念を打ち破ろうとするチャレンジに注目したい。

 時代の流れに乗るには、先入観を捨てて、真新しい気持ちで物事を見つめたいものだ。固定観念の打破から新しい流れが生まれると思う。ちなみに、脳の活性化させるゲームで、自分の脳年齢が57歳という判定が出た。就寝直前だったという言い訳をする前に、固定観念を捨て去ることから、若返りを図ろうと思う。

May 4, 2006 12:22 PM

2006年05月03日

機微溢れる高校野球:浜崎孝宏

 先月末に春季九州高校野球大会を取材した(ちなみに今春のセンバツに出場した沖縄の八重山商工が初優勝)。会場は熊本市にある藤崎台県営野球場。スコアボード横にある大きなクスノキが有名で、この“気になる木”は、ソフトバンク秋山2軍監督、西武伊東監督らスーパースターの成長を見守ってきた。藤崎台球場は60年の熊本国体で完成した。96年にはメーンスタンドの改修工事が行われ、身体障害者席などを整備した。

 記者席も身体障害者席と同じメーンスタンドの3階にある。試合が終わるとエレベーターに乗って3階から1階へ移動。両チームの監督に話を聞くための正面玄関中央で左右に目配せする。監督の取材が終わると選手へ。敗戦のショックで落ち込んだ選手はなかなかロッカー室から出てこない。そんなこんなで、あれこれ取材を終えて記者席に戻ると、次の試合の3回まで進んでいたなんてケースは多々ある。

 3回までのスコアブックを追いかけてつけなきゃいけないが、そんな私を支えてくれるのが、記者席で知り合った1人の高校野球ファンだ。白髪のダンディーな62歳の男性で、名前は坂口士孝(しこう)さん。藤崎台球場の改修工事で身体障害者に開かれた球場となって以来、高校野球が開催されると足しげく通っているという。坂口さんは、生まれつき足が不自由で車いす生活を余儀なくされた。「自分が何かするというわけじゃないけど、次に大会があるというと意識して行こうかなって思う。生きる上での楽しみだね」。ちなみに大会は4月22日から28日まで開催されたが、皆勤賞はもちろんのこと、現場到着は私より早かった。

 坂口さんは小学校卒業以来、自宅に引きこもりがちだったが、38歳のとき天草のリハビリ施設に移った。そして、50歳のとき身障者の仲間が熊本市で1人暮らしを始めるというので「自分も」と一念発起し、熊本市で初の1人暮らしをスタートさせたという。

 高校野球の魅力と自分の踏ん張りをダブらせていた。「高校生が汗ビッショリで滑り込みとかやっている姿を見ると自分もあのグラウンドで野球をやってみたいな、という気持ちになるんですよ」。親や施設の世話になってきた坂口さんだが、高校生のそんな姿に触発され「勇気が要った」という銀行ATMでのお金の出し入れなど生活面でも積極的になったと感じているようだ。

 藤崎台球場では高校野球の場合、身体障害者はメーンスタンド1階で受け付けを行えば入場は無料。福岡から試合観戦に訪れていた身体障害者もいたようだが、そんな人々に刺激ある球場の環境を見ると、逆に熊本県や市の確かな仕事ぶりを肌で感じられる。

 夏の甲子園へ向けて6月には沖縄大会が先陣を切って開幕する。今回の熊本同様、04年の夏の宮崎大会で私のスコアブックをつけていたのはトマトを栽培する農家の社長だった。地方大会に足を運べば、記者もいろんな人と知り合い、そして、その人の生きざまや機微に触れることができる。グラウンド内外でもパワーを分け与えてくれる夏の高校野球が待ち遠しい。

May 3, 2006 10:34 AM

2006年05月02日

何のため言語学ぶ?:山内崇章

 少し手前みそになって恐縮だが、3歳半になる娘の話から。約5カ月間、親族が暮らす韓国・ソウルに滞在していた娘がつい先日、帰国した。背丈や表情の成長ぶりに心も和むが、現地語を何げなく話す姿には驚いた。国際電話では別れを惜しむ自然な会話が弾む。親としては、離れて暮らしていたつらさも、少しは報われた気分になった。

 日本語を忘れていないか。そんな心配もしていたが、何のことはない。母親と日本語で話していたこともあり、私には日本語で近づいてくる。おそらく無意識に出てくる韓国語であり、日本語なのだろう。見るもの、聞こえるもの、肌で感じたものを自然に受け入れ、必死に自己主張を繰り返しているだけなのだろう。

 文部科学省の諮問機関、中央教育審議会は先ごろ、「小学5年生から週に1時間程度は英語を必修科目とする必要がある」との見解を示した。東京・品川区では、この4月から小中一貫教育を実施。新しいカリキュラムには、小学1年生から英語科目が組み入れられている。国や地方自治体も国際化への対応に積極的に動き始めている。

 可能な限り幼少期から外国語教育を施すことには大賛成だ。初めて外国語に触れた13歳のころを思い起こすと特にそう思う。黒板に書かれた文法を必死に覚え、ノートには繰り返しスペルを書き写した。定期考査や受験に備えて徹夜で暗記。そんな努力も少しサボるときれいに頭から抜けていく。理由は明白だ。言葉そのものが自分の表現方法として身に付いたわけではない。英語を使う機会が限られているのも確かだが、中学以降の外国語教育では、進学という目標も相まって言葉に自分の意思を込めるのは難しい。

 最近はスポーツ選手の外国語に対する依存度も高まっている。卓球の福原愛が中国のテレビカメラの質問に愛嬌(あいきょう)を交えて答えている。中国語に堪能な知人に聞いても、彼女の中国語は、発音も表現法も含めて相当高い水準のものだという。サッカー日本代表の中田がイタリア語で会見に臨んだり、元メジャーリーガーの長谷川が英語を話す姿も生き生きとしていた。

 海を渡り、明確な目標へ向かってひた走る人にとって、現地言語の体得は自分の居場所を確保し、働きやすい環境を整えるための大切な手段であることをうかがわせる。プロ野球の横浜でプレーするクルーンは外国語への認識をこう語る。

 「日本語のマスターはとても難しい。でも『勝ちたい』『この山を乗り越えよう』とか、いくつかの重大な場面では、短いフレーズでもチームメートと感情を共有できる。自分の気持ちを伝えよう、相手に分かってもらおう。感情をストレートに押し出す姿