記者コラム「見た 聞いた 思った」

2006年04月25日

タブー覚悟の叫び:松井清員

 清原突然の乱闘予告には本当にびっくりした。「もし今度当てられたら、命を懸けてマウンドに突っ走って行って、そいつを倒したい」。日本ハム戦で左手小指に死球を食らい、一夜明けた21日のこと。診断結果は打撲で最悪の骨折は免れたが、会見では感情むき出しで怒っていた。でもさすがに乱闘予告は反響が大き過ぎる。非難を浴びることも確実だ。会見の後、はやる気持ちを抑えながら清原本人に真意を問うた。

 「さっきの発言、まずいんとちゃいますか」

 「かめへん。言うたことそのまま書いといてくれ」

 「大変なことになったら家族も悲しむのでは」

 「そんな甘い考えで野球はでけへん。当たりどころが悪かったら、こっちは選手生命が終わってまう。死んでまうかも知れへん。命懸けて戦ってるんやぞ!」

 その覚悟に圧倒された。これまで首脳陣批判など反響の大きい発言をした選手に真意を確認すると「優しく書いておいて」とか「発言を取り消して」がほとんど。「そのまま書いて」は記者人生で初めてだった。そして焼き付いたのは「命懸け」という切実な言葉。華やかなプロ野球には縁遠く思えるフレーズだが、舞台裏ではきれいごとでは済まない戦いがあることをあらためて思い知らされた。

 どんな死球でも“お返しする”と言っているのではない。すっぽ抜けなど不可抗力は仕方ない。ただ清原が許せないというのは「故意」や「当ててもいいや」の気構えで投げてきた場合だ。その空気は打者特有の感性で、マウンドと打席の18・44メートルの間で感じ取ることができるという。標的にされた場合、受け身でしかない打者は無防備で無力。選手生命を絶たれた選手は何人もいる。清原はボールを凶器的に使った場合に限定して、乱闘辞さずを警告したのだった。

 「内角に投げるな、内角を攻めるなと言ってるんじゃない。ギリギリに投げられるコントロールもないのに狙って、目や頭に当たって命を絶たれたら誰が家族を守ってくれるんですか」。

 タブーの領域だけに誰も公には口にしない。だがこれは全打者に共通の思いだろう。ぶつけた投手は危険球退場で終わる。だが当てられた打者に報復は認められていない。清原は89年にロッテ平沼投手にバットを投げつけたことを反省し、「以後18年間どんな死球にも耐えてきた」という。だが、昨年も頭部死球を浴びてから反射的に打撃フォームを崩し、絶好調だった打撃は急降下。巨人から戦力外通告される一因となった。通算196死球は史上最多。骨を折ったこともある。誰よりも多く選手生命の危機に立たされてきただけに「命懸け」の叫びは本物だった。

 プロ野球がスポーツである以上、暴力や報復が許されるものではない。それでも清原は「非難や制裁は覚悟の上で」と、一大決心して声を上げた。バッシングするのは簡単だ。だがそこまで過激発言しなければならない背景にも、しっかり目をむける必要があるだろう。死球も野球のうち。だが選手生命を奪いかねず、意図的で危険な死球までもが野球のうちなのか。後に大きな悲劇と不幸を起こさないためにも、全打者の思いを代表した重大提言だったと受け止めたい。

April 25, 2006 12:03 PM