2006年03月30日
ベクトルを同方向に:岡山俊明
このところ日本が世界舞台で脚光を浴びている。トリノ五輪金の荒川静香、WBC優勝の王ジャパン、そして25日にUAEで開催された「競馬の五輪」では、有馬記念馬ハーツクライがチャンピオンディスタンスと呼ばれる2400メートルのG1を逃げ切った。レース前に「野球に続きたいね」と王ジャパンを引き合いに出していた橋口弘次郎調教師は有言実行。加速した勢いは競技の枠を超えて連鎖した。
フィギュアスケートや競馬は一昔前まで野球以上に世界のトップと大きな隔たりがあったのだから、快挙3連発は感慨深い。日本人って不可能を可能にする民族なのだろうな。フィギュアの低迷期は「欧米人の方が体形がスマートだから、採点も有利に働く」などといったセクハラまがいの理由が不振の一因に挙げられ、妙に納得させられていた。ならば技で勝負しようとジャンプを武器に挑んでも、フィギュアは軽業じゃないと否定された。日本人の世界一など想像できなかった。
競馬にしてもタケシバオーやシンボリルドルフといった国内では断然の存在が、外国の厚い壁にはね返された。JRAが強い馬づくりを掲げて81年に創設したジャパンCの第1回も二線級の米国馬に勝たれて、日本馬は5着が最高。この時も「騎馬民族と農耕民族の差」という不思議と説得力を持つ説が流布して暗たんとした気持ちになり、世界制覇など夢のまた夢のような気がした。初めての海外G1制覇は98年シーキングザパール。わずか8年前のことだ。時期を同じくして大種牡馬サンデーサイレンス(SS)の産駒がブレークした。日本馬の血統レベルは飛躍的に上がり、SSを導入した社台グループは高額な種付け料で得た資金を、良質な繁殖牝馬の輸入や設備投資に回し、さらに生産馬の質を上げていった。今や日本馬は米国やアイルランドの生産馬と比較しても引けを取らない。ハーツクライも亡きSSの遺産。あきらめずに頂点を目指して試行錯誤を続けてきた人々の努力が今の隆盛を築いた。不遇の時代、絶望していた自分が恥ずかしい。
日本人が1つの目標に立ち向かう時の結束力は本当に強い。WBCでイチローが「このチームでメジャーでやりたいぐらい」と酔いしれたのも、チーム全員のベクトルが同じ方向を向き、誰1人として一丸ムードを壊さず、ベストを尽くしたからだろう。
これが例えば多民族国家のスペインだったら、こうはいかない。2大都市のマドリードとバルセロナの仲の悪さに代表されるように、サッカーの代表チームもなかなかまとまらない。ベクトルが分散しているから、実力はあるのにW杯で3位すらない。
ドイツW杯開幕まで2カ月余り。Jリーグ創設から13年が経過した日本のサッカーは日進月歩。ジーコジャパンは心を1つにできるだろうか。個人技で劣るなら、組織で対抗すればいい。サッカーだけが世界一になれない理由はない。
March 30, 2006 10:33 AM
