2006年03月17日
閉廷後に見せた別の顔:桐越聡
事件は終わっていなかった。
今年1月、仙台市内の病院から生後間もない赤ちゃんが誘拐された。身代金授受のため犯人が病院長を高速道路へ呼び出すなどドラマのように展開した事件。直接取材した事件だけに男女3人の逮捕後も気になっていた。
13日、仙台地裁で初公判を傍聴した。主犯格の根本信安被告は起訴事実をおおむね認めたが、共謀したとされる根本被告の妻、フィリピン国籍のカルメンシタ被告は「誘拐の計画は聞いたが、反対した。赤ちゃんをかわいいと思い、面倒をみただけ」。涙を浮かべ「共謀はない」「無罪」と訴えた。
検察とカルメンシタ被告はタガログ語の通訳をはさんで約1時間、さまざまなやりとりを続けた。
検察「夫から誘拐計画を打ち明けられたとき、『連れてくる赤ちゃんの面倒をみてくれ』と、頼まれたのではないか」。
被告「計画は打ち明けられたが、『面倒をみてほしい』と言われたかどうかは記憶していない」。
検察「供述調書には『そのように言われた』となっているが」。
被告「取り調べの時は泣いてばかりいたから、何と話したのかは、よく覚えていない」。
検察「計画に反対していたのなら、赤ちゃんが連れてこられたとき、どうして警察や病院に通報しなかったのか」。
被告「通報して夫が逮捕されると娘がショックを受けると思った。娘の面倒を見られなくなるかもしれないとも思ったから」。
あきれた。もちろん、カルメンシタ被告と根本被告は共謀していないのかもしれないし、無罪なのかもしれない。裁判の作戦は自由だし、どんな主張をしてもとがめられることはない。しかし、一時生命の危険にさらされた赤ちゃんや、想像を絶するような時間を過ごさなければならなかった両親に対する謝罪の言葉を、ほとんど口にしないのはいかがなものか。「一生懸命に世話した」から無罪だ。そんな自己中心的な発想がむき出しの主張に腹が立った。
公判が終わり、法廷から裁判長がいなくなると、カルメンシタ被告は突然、根本被告に顔を向けてにらんだ。「気が弱いから夫に逆らえなかった」と繰り返した審理中とは別人のような鋭い目つき。どんな理由があったのかは分からないが、視線を合わそうとしなかった開廷中との落差に驚いた。傍聴席に知人の女性を見つけてほほ笑んだ同被告は、小さく手を振りながら退廷した。赤ちゃんの両親が傍聴していたとしたら、どのような気分になっただろうか。
連れ去られた赤ちゃんはもうすぐ生後3カ月を迎える。寝返りを打とうと動いたり、声を出して笑うようになったという。事件の影響は見られず、すくすく育っていると聞いて、ホッとした。
供述調書によると、赤ちゃんの母親は「事件で味わった苦痛、不安、失望は一生忘れない。被告は長く刑務所に入ってほしい」と話した。これはカルメンシタ被告の耳にどのように届いたのだろうか。「赤ちゃんの面倒をみたのがどうして犯罪なのか。法律で非難されるようなことはしていない」。同被告の弁護人の主張は釈然としない。むなしく聞こえた。
March 17, 2006 12:22 PM
