2006年03月08日
ムダだと言われても:荻島弘一
トリノ五輪も終わって、ようやくテレビ観戦が原因の時差ボケからも解消された。それにしても、金メダルの力はすごいと思ったのは、女子フィギュア荒川静香の活躍。テレビで何度も映像が繰り返され、CDショップでは「荒川金メダルのフリー演技曲!」というポップが躍る。小学校では「イナバウアー」と叫びながら、荒川のマネをするのがはやっているという。
「大切にしている技だし、名前が出るのはうれしい」と荒川が言う「イナバウアー」は、今年の流行語大賞も取りそうな勢いだ。まず、その語感が素晴らしい。子供のころ「ベッケンバウアー」と聞いて、何かすごそうなサッカー選手だと思ったのにも似ている。
「アクセル・ジャンプ」や「ビールマン・スピン」と同様に、イナバウアーも人の名前。今から50年も前に活躍したドイツの女子選手だ。もっとも、この技自体は単に足の動きを表すもので、体を反るのは荒川のオリジナル。「エビぞり型イナバウアー」とでも言った方がいいかもしれない。いや、いっそのこと「アラカワ」の方がいいか。
すごいと思うのは、これを荒川が完全に自分の技にして、採点の対象にならないことを知りながらあえてプログラムに加えたこと。「自分の技」に対する自信とこだわり。その強い思いが、フィギュアスケート界で日本人初の金メダルを生んだのだと思う。
88年のソウル五輪で競泳背泳ぎの鈴木大地が金メダルに輝いた時は「バサロ」が流行した。あおむけの状態のまま潜水し、ドルフィンキックだけで進む泳法。ジェシー・バサイヨという個人メドレーの選手が始めたものだが、大地はこれを自分のものにした。「体力の消耗が激しい」と言われたが、決勝の大舞台ではリスクを冒して潜水距離を延ばし、ライバルを逆転した。
日本人はマネが得意と言われる。荒川のイナバウアーにしても、大地のバサロにしても、もともとは人の技だ。しかし、それを自分のオリジナル技にまで進化させたからこそ、金メダルを手にすることができた。最初はマネかもしれない。しかし、無駄や無謀という周囲の声に惑わされずに自分の信じた技で突き進んだからこそ、成功したのだ。
荒川の金メダルの後、テレビでは街頭インタビューが流れた。「勇気をもらった」「自分も頑張ろうと思った」と、多くの人が話していた。1度は引退を決意しながら競技を続け、最後は自分を信じて演技しきった荒川。その結果としての金メダル獲得だったからこそ「勇気をもらい」「頑張ろうと思う」のだろう。
スポーツだけに限ったことではない。さらに高みを目指すのであれば、新しい何かを始めるのであれば、たとえ無駄や無謀と言われても、自分が磨いた技を信じ、自分自身を信じることだ。その後に、きっと「金メダル」がついてくる。
3月。Jリーグが始まった。プロ野球シーズンも幕開けが近い。新しい季節がやってくる。そんな時期、荒川のイナバウアーは、我々に新しい活力を与えてくれた。「頑張ろう」という気持ちにさせてくれた。
March 8, 2006 11:07 AM
