2006年03月03日
日韓歴史顧みる責任:山内崇章
ちょうど1年前の本欄で、韓国出身の盧載鎭記者が1919年に朝鮮半島全土で起こった「3・1独立運動」について取り上げていた。同運動を「韓国国民が決して忘れることのできない悲しい歴史」と定義しながらも、続けた個人的な意見には、過去の日韓のいがみ合いに対する徒労感、両国の将来への憂いがにじんでいたようにも思えた。
「できれば、もう忘れたい。他国に攻められて自力で守れず、結局支配されてしまった。実に恥ずかしい話である。自分の国を守れず、子孫に悲しい思いをさせたのだから。歴史は繰り返されるというけれど、国益のために、国民が悲しむようなことは、あってはならない」。
独立運動が起こる9年前に日本は韓国を併合した。創氏改名、神社参拝、日本語教育、徴用…。以降36年間、韓国は日本の運命に翻ろうされた。運動は、日本の支配から民族の独立を世界に訴えたものだった。全国で200万人が参加。日本の軍・官憲による弾圧を受け多数の死傷者を出しながらも、5月まで繰り返された。
昨日3月1日は、韓国では「3・1節」という国民の祝日だった。いわゆる独立記念日。韓国に滞在していた10年以上前のこの日、下宿のおばさんから「今日は外に出ない方がいい」と忠告されたことを鮮明に覚えている。高校時代、受験対策で年代と日付を一義的に学習し、大学で知り合った韓国人留学生から意識の低さを痛烈に批判されたこともあった。それだけに、冒頭の盧記者の見解には少々の驚きを感じた。
最近の韓国では盧記者のように、自国の姿勢を問いただす動きがにわかに出始めている。先日、韓国政府は植民地統治下で日本企業や軍に徴用された韓国人の遺族らに、自らが個人補償を行う方針を固めた。昨年10月に小泉首相が靖国神社に参拝した際にも、韓国紙の複数の知り合いからこんな話を聞いた。「日本に嫌悪感を示すやり方に市民は飽きている」「日本批判に固執する限り韓国に進歩はない」。
韓国から長く疎ましく思われてきただけに、この変化を「寛容」ととらえてしまいそうだ。しかし、日本への感情が和らいだとの考えは都合が良すぎるように思える。むしろ、他国に批判の目を向けるより、自分たちを主体とした歴史認識の確立を積極的に行おうとする姿勢がうかがえる。
翻って日本の姿勢は。一方が「忘れたい、恥ずかしい」と思うほどの悲しい過去に、一層傷口を広げるような外交トップの発言が最近も聞かれた。「台湾という国を日本に帰属することになった時、日本が最初にやったのは義務教育。結果として、ものすごく教育水準が上がり識字率が向上した」。名指しした地域こそ違え、あまりに遅れた発想に思えてならない。
日本人としての私の意見は、隣国に不快な思いをさせた歴史は忘れるべきではないと思う。それは、相手があって自分たちも存在する、今の国際社会に生きる者の責任だとも思う。自国の過去を顧みることが、自尊心を傷つけるものではない。盧記者の記事を読み返して、あらためて思った。
March 3, 2006 10:54 AM
