2006年03月31日
大学サッカー界の今:岡本学
高校サッカーとJリーグの間で、ちょっと地味な印象がある大学サッカーだが、ここ数年はその存在価値が見直されている。
今日30日に日本代表はキリンチャレンジ杯でエクアドル代表と対戦するが、そのメンバーの浦和DF坪井慶介(26)は福岡大、千葉FW巻誠一郎(25)は駒大出身。Jリーグ清水で背番号10を背負い、主力として活躍しているMF藤本淳吾(22)も昨季まで筑波大に在籍していた。3人はユニバーシアード(2年に1度開催)日本代表で世界一も経験し、プロになってからも順調に成長している。
93年にJリーグがスタートした当時は、高校の有力選手は卒業と同時にほとんどがJリーガーになった。J発足初期はJクラブの選手層の薄さもあって、ちょっと実力があればJリーガーになれる時期でもあった。その一方で、大学へ進学する選手には「Jクラブのスカウトたちの目に留まらなかった」というような劣等感もあり、大学サッカーが空洞化していた時期もあった。だが、今は違う。
もちろん最近も、高校の有力選手が卒業と同時にJリーガーになるケースは多い。だが、高校卒業時にプロとしての実力が疑問視された選手の中にも、大学サッカーで鍛えられ、成長し、卒業後にプロとして活躍している坪井、巻のような日本代表選手もいる。また、高校卒業時にプロから誘われながらも、実力に自信が持てない選手の中には、あえて大学進学を選択するケースも出てきている。
高校時代に芽が出なかった選手でも、頑張れば成長できる環境が大学サッカーにある。26日には大学サッカーの日韓定期戦「第3回デンソー杯」が埼玉スタジアムで行われた。結果は巻、原の駒大FWコンビの活躍もあって全日本大学選抜が全韓国大学選抜を延長戦の末に下したが、何より定期戦へ至るまでの過程がいい。毎年、全国の地域大学選抜チームが1カ所に集いリーグ戦を行い、そこで活躍した選手が全日本大学選抜に選出される仕組み。選ばれた選手は海外へ遠征(今年はスペインへ約1週間)し、最後の締めくくりとして全韓国大学選抜との定期戦で貴重な経験を積む。全日本大学選抜の広井主将(駒大)は「スペインでの数試合の経験で、ひと回りもふた回りも大きくなった」という。
デンソー杯のほかにも日本が3連覇中のユニバーシアードもあり、大学サッカーという枠の中で国の威信をかけて戦うチャンスもある。もちろん、Jリーガーと同様にU-20(20歳以下)日本代表としてワールドユース選手権(2年に1度)U-23日本代表として五輪に出場するチャンスや、昨季の藤本のように大学に籍を置きながらJクラブの特別指定選手としてJリーグに出場する機会もある。
大学サッカー界のタレントが多く集まる関東大学リーグは4月1日、名門・早大が9年ぶりに1部復帰して開幕。他地域を含め、将来の日本サッカーを背負う選手が埋もれる、大学サッカーにも注目してほしい。
March 31, 2006 11:33 AM
2006年03月30日
ベクトルを同方向に:岡山俊明
このところ日本が世界舞台で脚光を浴びている。トリノ五輪金の荒川静香、WBC優勝の王ジャパン、そして25日にUAEで開催された「競馬の五輪」では、有馬記念馬ハーツクライがチャンピオンディスタンスと呼ばれる2400メートルのG1を逃げ切った。レース前に「野球に続きたいね」と王ジャパンを引き合いに出していた橋口弘次郎調教師は有言実行。加速した勢いは競技の枠を超えて連鎖した。
フィギュアスケートや競馬は一昔前まで野球以上に世界のトップと大きな隔たりがあったのだから、快挙3連発は感慨深い。日本人って不可能を可能にする民族なのだろうな。フィギュアの低迷期は「欧米人の方が体形がスマートだから、採点も有利に働く」などといったセクハラまがいの理由が不振の一因に挙げられ、妙に納得させられていた。ならば技で勝負しようとジャンプを武器に挑んでも、フィギュアは軽業じゃないと否定された。日本人の世界一など想像できなかった。
競馬にしてもタケシバオーやシンボリルドルフといった国内では断然の存在が、外国の厚い壁にはね返された。JRAが強い馬づくりを掲げて81年に創設したジャパンCの第1回も二線級の米国馬に勝たれて、日本馬は5着が最高。この時も「騎馬民族と農耕民族の差」という不思議と説得力を持つ説が流布して暗たんとした気持ちになり、世界制覇など夢のまた夢のような気がした。初めての海外G1制覇は98年シーキングザパール。わずか8年前のことだ。時期を同じくして大種牡馬サンデーサイレンス(SS)の産駒がブレークした。日本馬の血統レベルは飛躍的に上がり、SSを導入した社台グループは高額な種付け料で得た資金を、良質な繁殖牝馬の輸入や設備投資に回し、さらに生産馬の質を上げていった。今や日本馬は米国やアイルランドの生産馬と比較しても引けを取らない。ハーツクライも亡きSSの遺産。あきらめずに頂点を目指して試行錯誤を続けてきた人々の努力が今の隆盛を築いた。不遇の時代、絶望していた自分が恥ずかしい。
日本人が1つの目標に立ち向かう時の結束力は本当に強い。WBCでイチローが「このチームでメジャーでやりたいぐらい」と酔いしれたのも、チーム全員のベクトルが同じ方向を向き、誰1人として一丸ムードを壊さず、ベストを尽くしたからだろう。
これが例えば多民族国家のスペインだったら、こうはいかない。2大都市のマドリードとバルセロナの仲の悪さに代表されるように、サッカーの代表チームもなかなかまとまらない。ベクトルが分散しているから、実力はあるのにW杯で3位すらない。
ドイツW杯開幕まで2カ月余り。Jリーグ創設から13年が経過した日本のサッカーは日進月歩。ジーコジャパンは心を1つにできるだろうか。個人技で劣るなら、組織で対抗すればいい。サッカーだけが世界一になれない理由はない。
March 30, 2006 10:33 AM
2006年03月29日
安全、配慮はどこ?:千葉修宏
「Gawker Stalker(ゴーカー・ストーカー)」っていう言葉、知っていますか? 今、こちら米国でちょっとした議論の的になっている、「Gawker.com」というインターネット・サイトの中のコーナーの名前です。
簡単に言うと、映画スターやスポーツ選手ら、セレブたちがどこにいるのかをネット上の地図に表示するというものです。「誰がどこにいる」という目撃情報は、町中にいる一般人から寄せられます。それをサイトの運営者が順次更新していくので、このサイトを見ると、スターたちが今どこにいるのかが一目で分かってしまうというものです(何をしているとか、様子を描写したコメント付きです)。
この「Gawker Stalker」が人々のストーカー行為を助長するのではないかと、米国では今、さまざまな意見が飛び交っています。セレブたちの居場所が分かれば、そこまで見に行きたくなる人はいるでしょう。そんな人たちの中に、悪意のある輩が潜んでいないとは言い切れません。
でも、よく考えると日本でも似たようなことはあります。テレビ番組でスターの目撃情報を募集したり、レストランや洋服などのショップの中には、セレブ御用達を売りにしている店もあります。“時間”こそ特定できなくても、すでにスターが現れる“場所”は特定されてしまっているのです。これでは彼らが完全に安全だとは言い切れないでしょう。
もちろん野球選手をはじめ、スターがファンと触れ合うという機会は大切だと思います。そのために選手は球場でサインをしたり、芸能人は握手会などを催したりするのです。例えば町中や、移動する際の空港、電車の駅などで有名人をつかまえてサインをねだるというのは、特に安全面から考えると適切ではないでしょう。
以前、ある野球選手が食事中にファンに囲まれ、サインを頼まれるのを目撃したことがあります。その選手は「僕は別にいいですよ」と言いながら、イヤな顔ひとつせずにサインをせっせと書いていました。ですが、気づくと店の外までファンの行列ができていました。いくらセレブが公人とはいえ、彼らのプライバシーを尊重する配慮も必要なのではないでしょうか。
これまで米国では、そのあたりのモラルはしっかりしていると思っていました。ただ前述の「Gawker Stalker」なんかが出だすと、それも崩壊していくのかなと、一抹の不安を覚えます。
まぁ偉そうなことを書いてきましたが、考えてください。仮に自分の居場所がネット上で特定されていたら、どんな気分がするでしょうか。「28日午前11時、千葉修宏が銀座のスタバで鼻をほじくりながらお茶」なんて書かれていたら、おちおち仕事をサボることもできません。
そういう思いを、普段から有名人たちはしているのではないでしょうか。そんなことを考えながら、好きな有名人のことは分別のある方法で応援していこうと思うのでした。
March 29, 2006 11:36 AM
2006年03月28日
Jの理想支える情熱:荻島弘一
懐かしい名前だった。高橋高、42歳。アマチュアサッカーの国内リーグ最高峰、JFLを戦う栃木SCの監督だ。80年代の国士大黄金時代にDFとして活躍し、85年の神戸ユニバーシアードで日本代表も務めた。国士大らしい屈強なストッパーで、名前の通り高さもあった。日本国籍取得前のフランス人ミシェルとセンターバックでコンビを組み、ボランチには1学年下の柱谷哲二がいた。守備は大学NO・1と言われた。
体格の良さは相変わらず。人柄の良さも変わっていなかった。19日のJFL開幕戦のFC琉球戦では、試合中に大声で選手に指示を出し、逆転勝ちすると大きな体を折り曲げるようにスタンドに向かって何度も頭を下げた。そんな姿を見ながら、20年も前に西が丘サッカー場で聞いた「上から読んでもタカハシ、タカシ~下から読んでもタカハシ、タカシ~」というサッカー部員の大合唱を思い出した。
「今なら、迷わずJリーグに行きますよ」と高橋監督は言った。しかし、当時はプロリーグなど夢だった時代。日本リーグに進む仲間たちと別れ、故郷の栃木に帰って教員になった。栃木教員でプレーを続け、関東リーグでも活躍した。その間にJリーグが誕生。かつての仲間はJリーガーとなり、遠い存在になった。
選手からコーチ、監督、栃木教員が栃木SCと名前を変えてもチーム一筋だった。宇都宮市立鬼怒中で保健体育を教えながら、夜はチームを指導した。そして今年、大きな変化が訪れた。正式にチームがJリーグを目指すことが決まったのだ。「うれしいですよ。Jリーグという目標ができた。夢でしたから」。サッカー選手としては果たせなかったJリーグという夢を、指導者として果たすチャンスに恵まれた。
スタジアムの問題など、まだまだクリアしなければならないハードルは多い。しかし、高橋監督の情熱に引っ張られるように、選手たちも熱い思いでJリーグを目指している。26日には三菱水島FCに勝って開幕2連勝。「はっきりとした目標が、チームを強くしている」と監督は話した。
今、Jリーグは1部(J1)2部(J2)を合わせて31のクラブが活動している。JFLでは栃木SCやFC琉球など5チームが加盟準備を進め、26日行われた日本サッカー協会の評議委員会では9つの県がJリーグ入りの準備をしていることが分かった。「Jクラブを持とう」という考えは、日本中に広まってきている。
高橋監督のように、情熱を持ってJリーグを目指している人は、日本中にいるはずだ。国士大サッカー部で高橋監督とともに活躍した宮沢ミシェル氏は、Jリーグを目指す北信越リーグのツェーゲン金沢のスーパーバイザーも務める。「高橋も大変そうですね。完全にボランティアだし。高橋にしても、ツェーゲンにしても、頑張っているのを見ていると、応援したくなります」という。
Jリーグには「100クラブ構想」がある。非現実的な話だと思っていたが、高橋監督のような人の情熱に支えられて、それが現実になるのも、そう遠いことではないかもしれない。
March 28, 2006 11:40 AM
2006年03月27日
証人喚問ありきに?:桐越聡
証人喚問しか方法はないのだろうか。
1カ月以上続いている「送金指示」メール問題。24日の衆院懲罰委員会では永田寿康議員が情報仲介者の名前を明かし、焦点は、メールを提供したとされる男性の証人喚問へと移った。なぜ「偽物」を渡したのか。だまそうとする意図があったのか。もしかしたら誰かに依頼されたのか。証人喚問の内容次第では、真相が解明されることになるかもしれない。
渦中の男性を証人喚問をする、と決めたのは懲罰委員会の理事会。その言い分はこうだ。永田氏と情報仲介者、どちらの言っていることが正しいのか分からないことには、永田氏の処分は決められない。だから男性には国会に出て証言してもらわないといけない。参考人招致ではいいかげんなことを言われてうやむやになるかもしれないから、証人喚問しかない。
これはもっともらしく聞こえるかもしれないが、後から理屈が付いてきただけ。取材を通じて、この懲罰委員会には以前から証人喚問ありきのような雰囲気があった、と感じている。
その証拠に懲罰委員会の理事らはキッパリと言っている。「この際だから、いいかげんな情報持ち込んで、面白おかしく陰でニヤニヤしているような人をほっておいていいのか」。「永田氏はだまされたと言っているのだから、だました情報仲介者が主役だ」と。永田氏の処分を決めるために開かれた委員会が、いつの間にか永田氏だけを裁く場所でなくなった。こんなことしたら証人喚問する-。報復とは言わないが、見せしめにする、というような発想が次第に見え隠れするようになっていた。
このようなスタンスは、不正や巨悪を暴いてもらいたいから知っている情報を提供するというような、勇気ある行動に出ようとする人を委縮させることにはならないか。4月1日には犯罪や違法行為の内部告発者を保護する公益通報者保護法が施行される。そんな時代の流れにも、逆行しているような気がしてしまう。
永田氏は「だまされた」のだから「被害者」だと主張する。果たしてそうか。日刊スポーツにもさまざまな情報が寄せられる。中には怪しいと感じる情報もある。しかし「裏」が取れなければ記事にはならないし、裏付けのない情報に基づいて人を傷付けるような記事が紙面に掲載されることはまずない。そんなイロハのイを怠るようなことをして、「生命線」と話していた「情報源の秘匿」をあっさりと覆すのは、筋が通らない。
情報を提供したとされる男性に非がないとは思っていない。しかし、見方を変えれば、突然、国民の視線にさらされることになった情報提供者は、ある意味では「被害者」だ。国会での発言は、院外で責任を問われることはない、という特権がある国会議員の不用意な行動によって、立場の弱い民間人が集中砲火を浴びるのはいかがなものか。こんな民間人いじめのようなことがまかり通るなら、情報は提供されにくくなり、さまざま疑惑の追及は難しくなってくるのではないか。
March 27, 2006 01:08 PM
2006年03月26日
VTRで誤審訂正を:松井清員
WBCの日本優勝には久しぶりのハッピーエンドを見た。微妙な判定に泣いた米国戦惜敗も、準決勝進出が一時絶望的となったイチローが「野球人生最大の屈辱」と語った韓国戦敗戦も全部チャラ。ここ一番で打たれた選手も打てなかった選手もミスした選手も、みんなが救われた。見ている方も最高に温かい気分だ。
だがどうしても気になることがある。例の審判問題だ。日本-米国戦ではタッチアップをめぐってセーフがアウトになり、メキシコ-米国戦では本塁打がフェンス直撃と判定された。いずれもデービッドソンという審判員が下した判定なのだが、この際彼の技量、思惑は棚に上げたい。それよりも問題は、間違いを間違いと正せない判定方法にあるのではと思えてならない。
審判を6人に増員したり技術向上に励んでも、常時100%正確な判定を下すのは不可能に思う。いくら「プロ」とはいえ精密機械ではない。審判も我々と同じ生身の人間だからだ。体調や感情、また死角でのプレーにより必ず誤審は発生する。特に際どい場面では「審判の目」だけに責任を押し付けるのは酷にも感じる。人間は必ず間違いを犯す。それを認めた上で、選手やファンが納得できる新しい運営方法を模索していくべきではないだろうか。
その1つにVTRの活用がある。日本では大相撲が先駆けだが、世界でもすでにNFLやNBAの一部で採用。また全米テニス協会も今年の4大大会からの採用を決め、プレーが連続するサッカーですら導入賛成の声が上がってきた。今や映像は年々ハイテク化。テレビ観戦していてもプレー後1分以内でVTRが再生され、判定の正誤が一目瞭然(りょうぜん)で確認できる。その時審判が「判定は絶対」と主張しても何の説得力もない。逆に誤審の場面が何度も再生されるほど「威厳」も失墜するように思えるのだ。
もちろん日本プロ野球でもVTR活用問題は何度も議題に挙がってきた。特に99年は巨人清原が甲子園で放った本塁打がフェンス直撃と判定されるなど、外野飛球でモメたケースが5件もあった。だがセ理事会は野球規則にある「審判員の判断に基づく裁定は最終のもの」を根拠に却下。理由は「審判員の判定は絶対的で、ビデオ活用は審判員の存在を否定することになりかねない」というものだった。果たしてそうだろうか。今の時代、VTR活用こそ審判の存在を「肯定」できるのではないだろうか。
ある在阪審判員は言った。「私たちは1度判定を下してしまうと、たとえ間違いと分かっても、間違ってないと言い続けなければならない。これは非常につらくて苦しいことです。だからVTRの導入はある意味賛成です」。また日刊スポーツが00年に球宴出場選手60人に実施したアンケートでも、半数近い27人から「本塁打やフェア、アウト、セーフなどプレーが止まるケースで導入を検討しては」との意見が寄せられた。
人間にはミスがある。それをすぐ訂正すれば、だれも責めないのではないか。日本では現在沈静化しているが、そのうち起こるであろう誤審で問題が再燃するのは間違いない。「誤審も野球の一部」の時代は、もう終わったのではないだろうか。デービッドソン審判員の本音も聞いてみたい。
March 26, 2006 11:22 AM
2006年03月25日
おばあちゃんと原田:村上秀明
3日前、北海道釧路市阿寒町の雌阿寒(めあかん)岳(1499メートル)が噴火した。降灰はあったが、ごく小規模なもので、現時点では大規模な噴火につながる心配はないというが、いい気分ではない。北海道は十勝岳、駒ケ岳など多数の活火山を抱え、天災に悩まされてきた歴史がある。今回も、火山に詳しいおなじみの大学教授が分析する様子がテレビに映っていた。「あれから丸6年か」と記憶がよみがえってきた。
2000年3月31日。火山活動が活発化していた北海道の有珠山(標高737メートル)が噴火した。住民の避難を伴う噴火は77年8月以来で、水蒸気爆発で5つの火口ができ、噴煙の高さは約3200メートルに達した。山ろくの虻田町は、札幌から車で約2時間の地点だが、テレビに映し出された黒い空と噴火シーンは、つくられた特撮映像のようで、現実に受け入れるまで時間がかかったことを覚えている。
札幌からも取材陣が飛び出していった。自分も避難所や町役場を回ったが、想像以上に過酷な現場だった。民宿が主体となる近隣の宿泊先はどこもいっぱいだった。確保できた10畳1間の部屋に4~5人の雑魚寝なら、まだましな方で、車中泊もあった。起床すると、車のフロントガラスに積もった降灰で現実に引き戻された。
もちろん、もっと過酷だったのは被災者だった。避難生活をしていた虻田町民の中には、風呂や洗濯の場所確保や受け入れ先の諸事情で、最初の1週間で4回の避難所移動を余儀なくされた住民もいた。体育館の冷たい床に毛布を敷いて寝る生活に、相当のストレスがたまったはず。最終的に約40キロ離れた長万部町まで避難した町民の憔悴(しょうすい)しきった表情を見続けると心が痛んだ。
何人もの避難住民の叫びを聞いたが、70歳代と思われるおばあさんだけは今でも鮮明に覚えている。避難所の隅に1人ぼっちで毛布にくるまり、配給されたジャムパンをかじっていたとき、声を掛けた。一通り現状を聞いた後「大変ですね」と声を掛けると、こう返ってきた。「また町さ、戻ったら畑(仕事)をやるよ。ボロになったけど生きているし、新聞屋さんも遊びにおいで」。そのたくましさに、逆に勇気づけられた。
「ボロボロになるまで飛んでいたい。その願いはかなった」。スキージャンプの原田雅彦は20日の引退会見でそう話した。世界現役最年長選手として37歳になってまで空を飛んだ。98年長野五輪団体の金メダリストだが、ここ数年は惨敗が続いた。プライドは何度も傷ついただろうが、それでも飛び続け、自らの美学を最後まで貫いたように見えた。
スポーツ選手の考えの中には「惜しまれながらやめたい」と、余力を残しながらの引き際もあるだろう。その姿勢に正解、不正解はない。ただ、避難所のおばあさんと原田の2人に共通することは、例え格好が悪くても必死に歯を食いしばり、前に突き進んだ、もしくは突き進もうとする姿だと思う。それは、とてもかっこいいと感じた。
March 25, 2006 11:22 AM
2006年03月24日
頑張れ地産地消球児:浜崎孝宏
「ワールド・ベースボール・クラシック(WBC)」が終了したばかりだが、今日23日からは、センバツ高校野球が甲子園球場で幕を開ける。25日からはパ・リーグ開幕とまさに球春到来といった感じだ。そんな中、今日の甲子園初日の第3試合に登場する初出場の伊万里商に九州出身者の私は、エールを送りたい。
佐賀県西部に位置する伊万里は、隣接する有田と並び、陶器の町として有名。陶器の知名度は全国区だが、意外に知られていないのが、きめ細かく弾力性抜群の肉質を誇る伊万里牛だ。知名度のある松坂牛などと比べても肉質は遜色(そんしょく)ないと思う。私の自宅は福岡市の西部にある。伊万里牛のうまさに食欲をかられ、車で約2時間の道のりも苦にならないほどだ。伊万里牛を提供する約10店舗がタッグを組み「ステーキロード」と名付けられるほどの地元では名物グルメで、町おこしの起爆剤として期待されている。
昭和の牧歌的風景があちこちに残る景色の中に、伊万里商もある。創立106年目にして、春夏通じて初の甲子園切符。たまたま朗報が学校に届いた日は、取材に出向いていた。修学旅行中で主力選手は長野に「出張中」だったが、会議室には、インターネットと50インチテレビを接続し、旅行先の長野・上田市のマルチメディアセンターに集まった野球部24人を結んだ「ホットライン会見」は新鮮だった。
そんな最先端のハイテク会見同様、野球スタイルも最近はやりの「スモールベースボール」だ。伊万里牛のようにきめ細かい野球が売りで、レギュラーの平均身長は約170センチと小柄ながら、つなぎの打線で昨秋の九州大会4強。昨年、日本一に輝いたロッテのボビー・バレンタイン監督ばりに4番打者にもバント、エンドランありの機動力野球で勝機をものにしてきた。秀坂監督は94年夏の甲子園で優勝した佐賀商の副部長として、手堅い野球を学んできた。監督就任3年目にして、夢舞台への扉が開いた。強さの秘密は徹底したチーム打撃にある。シート打撃では左翼に守りをつけず「中堅から右」を意識させ、フリー打撃で万が一、左翼方向に打球が飛べば打った本人が自ら球拾いにいくという。左右打ちは2人ほどいるが、ほとんどが右打者とあって、左翼いらずの打撃練習は、チームカラーを象徴するものだった。
地元で生産したものを地元で消費する「地産地消」が全国的なブームだが、4番打者の伊万里牛? 同様、野球部のメンバーも中学時代に伊万里に誕生した硬式のリトルリーグチームの出身者。伊万里商はこの地で生まれ、育った、まさに「地産地消」の野球少年たちだ。
全国の強豪校には「野球留学生」で編成されるチームも見られるだけに「地産地消」の伊万里商は、応援したくなる。高校野球の良さは何といっても、地元を離れて全国、津々浦々で奮闘する人々にとっても励みになることだ。伊万里商ナインには「伊万里牛パワー」で普段着野球を見せてほしいものだ。
March 24, 2006 11:16 AM
2006年03月23日
国旗の下だからこそ:山内崇章
4年前に韓国で公開されたある恋愛映画でこんな場面が出てくる。若い男女がテレビでサッカー観戦。ヒロインが「日本対韓国」の大一番に夢中になっているところ、彼女にほれ込んだ男が思いを告白する。彼女が返したセリフは「神聖なる韓日戦を前に何を言うの!」。場の空気を読んでよ、とほおを膨らませる。
95年の一時期、ソウルで学生生活を送った。このときも似た空気を感じた。やはりサッカーの日韓戦が行われた日。下宿の居間には、寝食を共にする15人の男子学生が結集。一喜一憂、テレビに向かって声を張り上げていた。心を1つにし、純粋に代表選手に声援を送る姿に圧倒された。
自国の勝利を心から願う姿勢は日本人も同じだ。しかし、当時からどこか私たちとは違う感覚があるように思えた。「神聖なる戦い」と表現される国家代表の一戦。そこには韓国特有の国を愛し、思いやる自然な国民感情が浮かび上がる。
野球の世界一を決めるWBCで、日本は見事に優勝を成し遂げた。一方で、その日本に2勝した韓国の強さはとても印象的だった。私個人、日本はアジア最強だと確信していただけに、悔しい気持ちも残った。
韓国の躍進の背景には、大会そのものに向かう姿勢にあったのではないか。韓国スポーツソウル紙の記者は「選手もスタッフも、国民の後押しで1つになった結果だ」と語る。メジャー、国内選手を問わず代表入りをためらうものは皆無だった。「太極旗のユニホームで国のために戦う。国同士の決戦の前に、直後のシーズンを心配する人はいません」とも話していた。
スタッフも万全だった。金寅植代表監督は、国内のハンファ監督。脇を固めた宣銅烈投手コーチはサムスンを、金在博打撃コーチは現代を指揮する現役監督だ。日本代表ならソフトバンク王貞治監督の下で、巨人原辰徳監督が打撃部門を統括、横浜牛島和彦監督が投手コーチを務めたようなもの。直近のペナントレースを度外視し、国家代表の勝利を一義的に追求する姿勢が韓国にはあった。
同記者は続ける。「旗の下でふがいない戦いをしては国民は許さない。国の期待を背負うからには最高のメンバーとスタッフが必要。その中で選手たちは、普段は出せない力も出した」。国民の高い関心はチーム編成にも強く影響を及ぼしている。選手らのモチベーションの高さも、それと無関係ではないようだ。
王監督の下、日本選手らの執念も決して韓国に劣っていなかった。だからこそ3度目は見返せた。冷静で紳士な振る舞いで知られるイチローが、歯に衣着せぬ口調で韓国国民から反発を買った。それほど勝ちへの執念はにじみ出ていた。
ただし、わずかでも目前に控えたシーズンとてんびんに掛けた節が、日本になかったか。個々が重きを置く価値を一概に否定はできないが、本気で臨んだ韓国の強さは鮮明に現れていたように思えてならない。
19日の準決勝を中継したTBSの平均視聴率は36・2%、試合終了直後には瞬間最大視聴率50・3%を記録した。WBCは3年後にも開催される。日本の国民だって、韓国に負けないぐらい国家代表に声援を送る力を持っている。
March 23, 2006 10:52 AM
2006年03月22日
32歳“自分の居場所”:小林千穂
私事ですが、おとといは誕生日でした。年齢なんて気にしません。なんて気負っていても、やっぱり気にしてしまう。ああ、32歳、今の自分は望んでいた姿なのかとか、この先は…とか。誕生日なんてなかったことにしようかとも思ったが、今度レンタルビデオの会員証を更新するときには「32歳」って書かなきゃいけないし、このコラムのプロフィルだって書き換えなきゃ。何人かの友人や家族からの「おめでとうメール」も複雑な気持ちで眺めてしまった。
何日か前、40代半ばの俳優にインタビューした。新作映画では年齢相応のさえない中年男を演じていた。それまでのパワフルなイメージとはあまりに違っていたので「年齢をさらけ出す役って勇気いりませんか。老いていくことを認めるって怖くないですか」と問うた。彼はこう答えた。「気負うのは自分や自分の居場所が好きになれないからですよ」。トップで活躍し続ける彼だからこそ言える言葉だと思い、すっと染み込んでこなかった。遠い世界の、遠い言葉という気がした。あるいは、彼も気負いを隠しているのか、とも思った。
誕生日にもらった友人からのメールの1つに、これまでの職場を辞めること、同じ職種だが新しい場所で頑張ることなどの近況がさらりと書かれたものがあった。その人はかつて自分の仕事について「私の天職だと思う」と言ったことがあったのだが、その言葉を実践している決断は、生活の計に仕事をしているような毎日を過ごしていた私には、果てしなくうらやましい決断に思えた。「何かを見つけたい」とか「本当にしたいこと」なんて言葉、本当に大っ嫌いで、こっ恥ずかしいだけなんだけど、心の底ではそんな言葉が渦巻いているのも確かだ。
さて、その19日、芸能取材の現場は、ちょうどWBCの日本-韓国戦と時間が重なり、ソワソワした雰囲気に包まれていた。そこにいるほとんどの人が、携帯で試合速報を見ていた。タレントが登場する直前、報道陣の1人が、会社でテレビを見ている人からの「速報」メールを読み上げた。「福留が先制2ランだって」。全部で15人くらいしかいない現場だったけど、確実に全員が「おぉ~」っと声を上げた。いつもは冷静な某テレビ局のリポーターが、本当に跳びはねていた。直後のタレントへの質問に、野球の話題が加わったことは言うまでもない。タレントもひときわテンション高く「王ジャパン、おめでと~!」。むりやり感も否めなかったけど、ひねくれた(?)人たちがそろっている芸能の現場が、そわそわしちゃう出来事はそうそうないんです。
本当にちっちゃいことですが、ちっちゃくても生に直結してる雰囲気を味わえるのは現場にいるからこそ。「遠い世界の言葉」とか「うらやましい」なんて思っていたけど、こんな雰囲気が好きなんだな、と。ちっちゃいと言えば、その日の夜「遅くなつたけど誕生日おめでとう」という、ちっちゃい「っ」を打ててない家族からの携帯メールを見て、もうちょっと頑張ってみるか、とも思ったのでした。
March 22, 2006 10:11 AM
2006年03月21日
原石探す新たな挑戦:岡本学
Jリーグに続いて、19日からアマチュアサッカーの国内最高峰、日本フットボールリーグ(JFL)が開幕した。今季は2チーム増の全18チームが参加。12月3日の最終戦まで、各チームが34試合を戦い優勝を争う。18チームの中にはJ入会を目指すクラブチームもあれば企業、大学チームもある。その中で注目しているのがJリーグ千葉の下部組織、ジェフ・クラブだ。
千葉は00年(当時市原)、市原市民が立ち上げる形で95年に発足した「市原スポーツクラブ」の将来を見据え、傘下に収めた。以降、県リーグから関東リーグを順調に駆け上がり、今季からJリーグの下部組織としては初めてJFLに参戦することになった。才能が開花していない若いアマ選手の受け皿として、サッカーができる環境を与え、プロ選手へ育成することが狙い。関東リーグ2部に所属していた一昨季には、トップへ2選手を送り込んだ実績もある。今季は03年世界陸上男子200メートル銅メダリスト・末続慎吾のいとこのFW松本憲(18)を獲得。トップの練習に参加させながら、Jで通用する選手へ鍛えている。
そんなジェフ・クラブが今季から新たな挑戦を始めた。トップでプロ契約しながら出番に恵まれない若手にJFLで実戦経験を積ませようというもの。15日には5人をトップの登録から抹消し、ジェフ・クラブに登録。19日のJFL開幕戦、アローズ北陸戦に3人を出場させた。千葉の昼田強化部長は「サテライトリーグが30試合ぐらいあれば、そこで若手を鍛えることができるが今季はたった6試合。34試合あるJFLの真剣な戦いの中で若手に経験を積ませ、レベルアップすることでチーム内競争を激しくしたい。ボトムアップからトップアップへということ。お金のあるクラブは移籍で選手を獲得し補強すればいいが、ウチのようにお金がないクラブは知恵を出し、工夫して選手を育てるしかない」。
欧州ではトップの選手が下部組織の試合に、登録変更せずに出場できるのが一般的。ただ、国内では前例がなかった。日本協会、Jリーグ、JFLでは15日に千葉から登録変更手続き、問い合わせがあったのを受け対応を協議中。下部組織とトップをシーズン中、何度も行き来できるか、それを認めた場合に問題が生じないかなど検討している。
千葉は02年、アマ所属の選手をトップ傘下の選手ということで、登録変更せずサテライトリーグに出場できるよう認めさせた。今回どのような判断になるかは近く決定の見通しだが、結果はどうであれクラブの努力は評価できる。ユース年代にスターでなかった若手にジェフ・クラブでサッカーを続けられる環境を与え、今季から人材派遣会社をスポンサーにつけ仕事の面倒もみている。プロになりたいという埋もれた「原石」に間口を広げ、プロになった選手にはトップで活躍できるよう環境を整備する。千葉のチャレンジは、サッカー界を確実に活性化させている。
March 21, 2006 12:47 PM
2006年03月20日
黒星で甦る強者の闘志:岡山俊明
頂点を極めたアスリートには、強すぎるが故の悩みがある。シドニー五輪柔道100キロ級金メダリストの井上康生は、アテネ五輪代表に決まるまでの4年間で「気持ちの高め方の難しさを感じることがあった」と告白している。どんな一流選手でも、勝利を目指す明確な動機付けがなければ練習にも試合にも熱が入らない。偉業を達成した後に目標を見失い、心にポッカリと空いた穴を埋めるまで苦しむ。203連勝の大記録を打ち立てた最強にして最高の柔道家、山下泰裕氏でさえ勝ち慣れによる中だるみがあったと聞く。「心」が伴わなければ「技」も「体」も生かせない。
厳しい調教に耐えてレースに臨む競走馬も同じアスリート。今から思えば、有馬記念で初の敗戦を喫したディープインパクトはモチベーションが下がっていた。走りたくなかったのだ。武豊騎手はレース後「今日は飛ばなかった。なぜなのか分からない」と首をひねった。乗っている者が飛んでいるかのように感じる上下動の少ない極上の背中は、あの日に限って特別ではなかった。心が欠けていたからだ。
無敗のまま海外へ飛躍するという壮大な夢は幻想と気付かされた。シンボリルドルフを超えるカリスマの雄姿を期待した人々は打ちひしがれた。どんな強い馬もいつかは負ける。そんな一般論を当てはめて欲しくなかったが、生き物である以上は毎回ベストの精神状態で臨めるはずもない。水曜と金曜に追い切る異例のハードトレーニングが課された有馬ウイークは、調教で嫌気が差してしまったのだろう。武豊も今週の会見で「彼を追い詰めていたのかな」と同様の感想を漏らしている。
屈辱の1敗から3カ月。19日、ディープインパクトは阪神競馬場で今年初戦を迎える。「1月、2月と元気すぎるぐらい元気」と市川明彦厩務員。栗東トレセンの調教馬場に出ると、両後ろ脚を思い切り蹴り上げる尻っぱねのしぐさをするようになった。ダービーのパドックでも見られた好調時の癖が出てきた。競走馬の多くは人間に走らされているのに、史上6頭目の3冠馬は違う。牧場時代から駆けっこが大好きだった。思い切り走れる競馬場はお気に入りの場所で、デビューから7連勝は楽しく走った結果。子馬のころの気持ちを取り戻した今なら、もう心配はいらない。
モチベーションを上げるのに、敗戦ほど効果的なものはない。井上康生も4連覇をかけた04年全日本選手権でライバル鈴木桂治に敗れ、再び闘志に火が付いた。「全日本で負けて振り出しに戻り、また勝ちたい気持ちが強くなった」と黒星が気持ちを奮い立たせたことを認めている。ディープインパクトだって悔しかったに違いないのだ。敗戦の劇薬が、競馬界のプリンスをよみがえらせた。
今夏以降、キングジョージや凱旋門賞を視野に入れた世界制圧プランが描かれている。夢は終わっていない。再出発をじっくりと拝見しよう。
March 20, 2006 01:21 PM
2006年03月19日
冬季リーグ開催も手:千葉修宏
この原稿は、パソコンで「ワールドベースボールクラシック(WBC)」の日本-韓国戦を見ながら書きました。僕はフロリダ州タンパにいるのですが、日韓戦というカードは、(アジア系以外の)アメリカ人にはあまり人気がないらしく、テレビ放送も当然のごとく録画。それならばということで、大リーグ公式ホームページのライブ放送を視聴してみました。世の中、便利になったもんですね。
まぁともかく、このWBCという大会については、開催する時期の問題や、投手の球数制限などのため、その価値を疑問視する声もありました。僕も、もともとW杯のない野球という競技に、国別対抗戦というコンセプトはそぐわないのではないかと思っていました。ところが、いざ始まってみれば、これが面白いのなんの。ドミニカ共和国-ベネズエラの試合なんて、ほとんど大リーグのオールスター戦のようなメンバーですから。テレビで見ていても興奮しますよ。
惜しくも日本はライバル韓国に2度も負けてしまいましたが、アジアの代表として韓国とともにレベルの高さを見せてくれたと思います。ですが、もっと驚いたのは中米勢。前述の2チームにキューバ、プエルトリコなどを含めた彼らの“熱さ”は尋常じゃありません。死球の報復合戦とか、普通にしてますし。国際問題に発展しなければいいなと、真剣に思ってしまいました。
そんな彼らの姿を見ながら、なぜ3月のこの時期から、100%に近いコンディション(体調はもちろん、精神的にも)で試合に臨めるのかを考えてみました。その時、やはりウインターリーグの存在を見逃すことはできません。
ウインターリーグとは、毎年11~2月にかけて、メキシコ、ドミニカ共和国、プエルトリコ、ベネズエラなどで開催されるリーグ戦のこと。自国のプロ選手だけでなく、多くの大リーガーも、調整のために試合に出場したりします。一方で若手が実戦の経験を積むのにも、絶好の舞台となっています。西武カブレラ選手はベネズエラ代表チームの4番として「カリビアン・シリーズ(カリブ4カ国の代表チームが優勝を争う大会)」でも勝利しました。
中米チームの中には、このオフも冬季リーグで試合を行っていた選手が結構いるのです。WBCにすんなり入っていけた要因は、そんなところにもあるわけです。
日本の選手たちも、かつてハワイで行われていたウインターリーグに参加していたことがあります。ただ最近はそういった機会に恵まれていません。でも、ちょっと待ってください。アジアでも冬季リーグを開催できそうな国があるじゃないですか。
そう日本ですよ。こんなにドーム球場がたくさんあるんですから。冬の間、マスターズリーグだけに使わせておくというのはもったいない。韓国、台湾、中国の選手たちも呼んでリーグ戦をすれば、日本プロ野球の若手たちにとっても大きな財産になるはずです。また現役大リーガーたちが帰ってきて少しでもプレーすれば、集客も期待できるはず。日本でウインターリーグって、良いアイデアだと思うんですけどね。
March 19, 2006 08:27 AM
2006年03月18日
「棺おけ」無用の信念:荻島弘一
「棺おけに片足突っ込んじゃったよ」。Jリーグ初年度にV川崎(現東京V)の監督に就任した松木安太郎氏は、会見後に苦笑いした。最初は「大げさだな」と思った。アマチュア時代の監督は基本的に社員で、やめても部長になったり、スカウトに転身したりと道はあった。多くは長期にわたって務め、シーズン中の交代も珍しかったからだ。
しかし、松木さんの言葉を実感するまで、時間はかからなかった。契約半ばの解任も普通になった。コーチの時はいいが、監督になったら後は退任(解任?)を待つだけ。監督をやめた後は、チームも去るのが当たり前になった。「プロだから」という言葉に、何の違和感もなくなった。
とは言うものの、横浜FCの監督交代には驚いた。わずか1試合。解任された足達氏も、コーチから昇格した高木氏も、驚いたことだろう。フロントは「1試合だけの結果ではない。昨年のキャンプから総合的に判断して」決めたという。ならば、どうして昨年のオフに交代しなかったのか。
若手育成に定評のあった足達監督が昨年就任した時は、J1昇格へ長期的な目標を立てていた。契約期間も07年1月までの2年間だった。ところが、シーズン中にチームの体制が変わり「すぐJ1へ」となった。FWカズを獲得し、MF山口を入れ、大幅にメンバーを入れ替えた。ただ、監督だけは代えなかった。
「若手を育ててくれ」から「J1に上がってくれ」と突然目標を変えられたのだ。足達監督は戸惑ったと思う。ある意味で、チーム変革の犠牲者だった。高木監督は「J1昇格」を目標にコーチに就任したからまだいい。しかし、それでも開幕2試合目から監督をやるとは思っていなかったはず。こちらも犠牲者だ。
シーズン前から指揮をしていれば、成績不振も自分の責任として納得がいくだろう。しかし、わずか1試合での監督交代。何かを修正する時間もないまま、試合がある。すごく損な役回りだと思うが、高木監督は前向きだ。「それも監督の楽しさだから」と、ネガティブなことを口にしない。
現役時代のFW高木は、しんの強い選手だった。代表戦で絶好のチャンスに簡単なトラップをミスした。マスコミも、サポーターも一斉にたたいたが、黙って耐えた。実は足首を痛めていて、満足に動かない状態だった。「ケガだと言えばいいのに」と言うと「言い訳はできませんから」と言い切った。ラモスやカズら有言実行の選手が急増した時代の不言実行。国見-大商大で培った精神的な強さは、半端ではなかった。
高木監督は「棺おけに片足-」とは思っていないはずだ。初めての監督業を楽しんでいる。就任10日目の16日の練習後も「楽しんでいますよ。プレッシャーも現役の時に比べたら、大したことはない。やるのは選手ですから」と、笑顔で話した。チーム状態は決して良くない。それでも、立て直しにやるだけのことをやって、あとは「選手を信じる」と言い続ける。持ち前のおおらかさと明るさを支える強い信念。日本を初めてアジアの頂点に押し上げた元日本代表ストライカーの足には、棺おけなど似合わない。
March 18, 2006 11:09 AM
2006年03月17日
閉廷後に見せた別の顔:桐越聡
事件は終わっていなかった。
今年1月、仙台市内の病院から生後間もない赤ちゃんが誘拐された。身代金授受のため犯人が病院長を高速道路へ呼び出すなどドラマのように展開した事件。直接取材した事件だけに男女3人の逮捕後も気になっていた。
13日、仙台地裁で初公判を傍聴した。主犯格の根本信安被告は起訴事実をおおむね認めたが、共謀したとされる根本被告の妻、フィリピン国籍のカルメンシタ被告は「誘拐の計画は聞いたが、反対した。赤ちゃんをかわいいと思い、面倒をみただけ」。涙を浮かべ「共謀はない」「無罪」と訴えた。
検察とカルメンシタ被告はタガログ語の通訳をはさんで約1時間、さまざまなやりとりを続けた。
検察「夫から誘拐計画を打ち明けられたとき、『連れてくる赤ちゃんの面倒をみてくれ』と、頼まれたのではないか」。
被告「計画は打ち明けられたが、『面倒をみてほしい』と言われたかどうかは記憶していない」。
検察「供述調書には『そのように言われた』となっているが」。
被告「取り調べの時は泣いてばかりいたから、何と話したのかは、よく覚えていない」。
検察「計画に反対していたのなら、赤ちゃんが連れてこられたとき、どうして警察や病院に通報しなかったのか」。
被告「通報して夫が逮捕されると娘がショックを受けると思った。娘の面倒を見られなくなるかもしれないとも思ったから」。
あきれた。もちろん、カルメンシタ被告と根本被告は共謀していないのかもしれないし、無罪なのかもしれない。裁判の作戦は自由だし、どんな主張をしてもとがめられることはない。しかし、一時生命の危険にさらされた赤ちゃんや、想像を絶するような時間を過ごさなければならなかった両親に対する謝罪の言葉を、ほとんど口にしないのはいかがなものか。「一生懸命に世話した」から無罪だ。そんな自己中心的な発想がむき出しの主張に腹が立った。
公判が終わり、法廷から裁判長がいなくなると、カルメンシタ被告は突然、根本被告に顔を向けてにらんだ。「気が弱いから夫に逆らえなかった」と繰り返した審理中とは別人のような鋭い目つき。どんな理由があったのかは分からないが、視線を合わそうとしなかった開廷中との落差に驚いた。傍聴席に知人の女性を見つけてほほ笑んだ同被告は、小さく手を振りながら退廷した。赤ちゃんの両親が傍聴していたとしたら、どのような気分になっただろうか。
連れ去られた赤ちゃんはもうすぐ生後3カ月を迎える。寝返りを打とうと動いたり、声を出して笑うようになったという。事件の影響は見られず、すくすく育っていると聞いて、ホッとした。
供述調書によると、赤ちゃんの母親は「事件で味わった苦痛、不安、失望は一生忘れない。被告は長く刑務所に入ってほしい」と話した。これはカルメンシタ被告の耳にどのように届いたのだろうか。「赤ちゃんの面倒をみたのがどうして犯罪なのか。法律で非難されるようなことはしていない」。同被告の弁護人の主張は釈然としない。むなしく聞こえた。
March 17, 2006 12:22 PM
2006年03月16日
日本シリーズ改革を:松井清員
セ・リーグでも来年から「ポストシーズンゲーム制度」が導入されることが内定した。具体的なシステムはまだ決まっていないが、パ・リーグ同様、リーグ優勝を逃しても、2位か3位に入っておけば日本シリーズ進出のチャンスがあるわけだ。一昨年からプレーオフを実施しているパが成功していることが大きな要因という。だがリーグ優勝チームがシリーズに出場できない可能性のあることが、どうも納得できない。
現行制度でレギュラーシーズンは、セが146試合、パが136試合。半年間戦って1位になった価値はどう評価されるのか。私はキャンプから汗まみれになり、総力でつかんだリーグ優勝ほど尊いものはないと思う。いわばシリーズはその労に報いるためのご褒美のイベントで、ある意味、日本一よりリーグVの方が価値は高いと感じている。
それがほとんどアドバンテージももらえず、最長5試合程度の短期決戦で「リーグ優勝の価値」をはく奪される可能性があるのだ。現にソフトバンクは2年連続でパを制しながら、シリーズ出場権を得ることなく、泣いた。一方、昨年、西武はシーズンで負け越しながら3位に入り、日本一への挑戦権を得た。もし西武が勝ち上がっていれば、一体どうなっていたのだろう。
野球界を盛り上げる新たな試み、制度導入は大歓迎だ。ただ、どうしても(両リーグが)ポストシーズンゲームを開催するなら、私は日本シリーズのシステムも変える必要があると思う(もちろん野球協約の日本シリーズに関する条文改正も必要になるが)。
何もセ1パ1の代表決戦にこだわる必要はない。何よりリーグ優勝したチームには敬意を表し、無条件でシリーズ出場権を与えるべきではないか。私はその発想からスタートしたい。提案したいのはリーグ戦方式のシリーズ開催だ。
たとえばセ・パの2、3位チームの4球団でポストシーズンゲームを戦う。その1位とセ・パ優勝チームとの3球団総当たりでシリーズを戦う。毎日1球団は試合を行わないが、それはそれでよいではないか。仮に4球団にしても、セ1位パ1位にはかなりのアドバンテージを与えたい。それほどリーグ1位は優遇されてしかるべきだと思う。
パは今季からリーグ1位にプレーオフ1勝分のアドバンテージを与える。セはポストシーズンゲーム制度に踏み切っても、リーグ1位を優勝球団とすることで一致。どちらもリーグ優勝に多少は配慮しているが、余計に話をややこしくしている感はぬぐえない。仮にセが言う「ポストシーズンゲーム」の方式が、パのプレーオフ方式と同じようなものになれば、5割を切った3位同士が日本一の座を争うかも知れないのだ。
ここ2年、あいまいな優勝ルールをめぐってファンからも疑問の声をよく聞く。なかなか足並みがそろわない今こそ、逆転の発想が必要なのではないか。試してダメなら、また新しいスタイルを模索すればいい。メジャー方式に右へならってばかりいる必要はない。新たなシリーズの方式を今度は日本から発信してみてはどうだろう。
March 16, 2006 10:20 AM
2006年03月15日
泥水が教える気配り:村上秀明
突然、目の前を横切った泥水を見て、1つの教訓があらためて身に染みた。
この時期になると毎年同じ気持ちになる。現在住んでいる大好きな札幌が大嫌いになる、ということだ。全国5位の人口約188万人を有する都市で、個人的にはとても生活がしやすいと感じる。時計台、大通公園など全国的に有名なスポットがあり、観光地としても誇りに思う。自慢できる食べ物も多く、ラーメン、ジンギスカン、スープカレーなど全国に発信する食文化もある。夏のさわやかな気候を考えると、本当にいい街だと思う。
ただ、この季節だけはどうしても好きになれない。理由は単純だ。町の中が1年間で一番汚くなるからだ。春の訪れとともに、道路脇の残雪から雪解け水が歩道や道路に流れ出す。歩くことではねた泥水がズボンのすそに付く。雪が解けないと春が来ないのだから、どうしても仕方のないことだが、札幌を含めた雪国の住民には共通の悩みではないだろうか。
先日、通勤中に歩いていると泥水が横からシャワーのように飛んできた。走行中の車が、道路にできた水たまりを減速せずに通過した時のものだった。間一髪で、頭からかぶることは免れたが、想像したらぞっとした。これまで何度も車に泥水をかけられた人を見てきた。お笑い番組のコントでも見ない光景だが、この時期には珍しい話ではないといえる。
ただ、自分も車の運転をする機会は多い。運転中に歩行者に対し水をはねてしまったかな、と反省した場面を思い出した。夜道の水たまりなど、運転していて避けにくいケースもあるだろうが、ちょっとした配慮で嫌な気分になる人は少なくなる。「もし自分が歩いている側だったら」。反面教師として、そんな気持ちを忘れないようにしようと思った。
相手の気持ちになってみる。それを完全に忘れてしまったのが、札幌で表面化した耐震強度偽装問題の当事者、浅沼良一2級建築士ではないか。7日の記者会見で最後にこんな問答があった。
記者「あなたなら(自分が構造計算を行った)マンションを買いますか」。
浅沼建築士「…。(数秒間の沈黙後)やはり、ユーザーの立場からすると、安全を数値で立証しないと理解いただけないと思う」。
記者「買わないということですか」。
浅沼建築士「はい」。
結局、自分が買わないと思っているものを売ろうとしていたことになる。構造計算書の作製中に一瞬でも、もし自分が購入者になったらという思いがあれば、こんなことは起きなかったのではないか。
慌てたり、急いでいるとき、必死になっているときこそ、少し立ち止まって相手の気持ちになってみようと思った。自戒、反省の意味を込めて、もう少し余裕がほしいなと感じた。自己満足かもしれないが、相手に配慮する気持ちを持つことで、少しは快適な生活になりそうだから。飛んできた泥水を見て、そんなことを考えた。
March 15, 2006 10:40 AM
2006年03月14日
強烈!眠い!敵地洗礼:浜崎孝宏
会社勤めも4月で14年目を迎えるが、仕事、仕事では息が詰まる。珍しく仕事をパーフェクト? に終えた日には、女子マラソンの有森裕子さんばりに自分にご褒美をあげたくなるものだ。メジャー取材で米アリゾナ州ピオリアに滞在中。たまには野球以外のスポーツも勉強すべしと米4大スポーツの1つ、プロバスケットボール(NBA)を観戦した。地元フェニックス・サンズの試合で相手はミルウォーキー・バックスだった。
バスケットボールの試合自体、見るのは初めて。試合以上に驚いたのは「アウエーの洗礼」だった。第1ピリオドの12分間が終了し、天井からつるしてある大型ビジョンにCMが流れた。サンズがバックスを倒す、というシンプル・ストーリーで「YES」「NO」のはっきりしている米国だけに表現は露骨で、しかも強烈だった。
内容はこうだ。バックスの球団キャラクターのシカが、サングラスをかけて悪役を演じる。腰の曲がった老婆に体当たりして、バッグをひったくる。サンズの球団キャラクターのゴリラは、悪事を見かねて退治に乗り出す。お金を釣りざおの針に下げ、シカの通り道に何げなく差し出す。落ちているお金を拾おうとするシカを道路までおびき寄せ、道路にまんまと出てきたところを、トラックに乗ったゴリラが一気にブッ飛ばす。最後はゴリラがシカの首を壁に飾り、鹿肉をおいしそうに食べて、ジ・エンド。
滞在1カ月となった。入国後は時差ぼけで、深夜に2、3度、目が覚めた。マリナーズ城島取材で日本から集結している記者陣に話を聞くと、時差ぼけ解消に苦労したようだ。夜、眠れるようホテルで縄跳びをしたり、酒をあおったり。ちなみに私は、アルコールを選択してみたが、飲みすぎてもなかなか寝付けないものだ。
さらに、やっかいなのが日本の新聞社の仕事時間が、米国の早朝にかかることだ。フェニックスと日本の時差はマイナス16時間。こちらで朝の仕事スタートは日本時間の深夜すぎになる。取材した原稿を出す時間は、米国では深夜だが、日本では夕方。最近では空いた時間に「昼寝」をして、睡眠時間を確保している。ありがたいことに原稿の打ち合わせを行うデスクが、早めに睡眠を取らせるように配慮? してくれる。うっかり寝過ごすと日本から“深夜のモーニングコール”が鳴り響くので、安心して寝ていられる? が「時差」は本当の意味でアウエーの洗礼だろう。
日本時間13日から、いよいよWBC決勝ラウンド進出をかけた王JAPANの戦いが始まった。早大時代に国際大会の経験があるソフトバンク和田毅投手は、時差ぼけ解消もかねて低反発の「マイ枕」をスーツケースに忍ばせていた。日本代表が米国入りしてから約1週間経った。時差ぼけが抜けきれない選手もいるだろうが、そんなことは言ってられない状況。会場は米カリフォルニア州アナハイム(時差はマイナス17時間)で、日本時間では早朝に熱戦が繰り広げられる。
NBAの会場では、ホームチームが敵をブッ飛ばすCMが流れたが、王JAPANには、アウエーに屈することなく難敵を打ち破ってもらいたいものだ。
March 14, 2006 12:48 PM
2006年03月13日
夢の途中を支える人:山内崇章
福岡の繁華街に野球関係者が集まる小さな飲食店がある。100球以上あるプロ選手のサインボール、主に80~90年代に活躍した選手のユニホーム、バット、グラブが店内のいたる場所に置かれている。
薄明かりに映える野球道具は、第一線で活躍した選手のものばかりではない。むしろ、選手時代のほとんどをファームで過ごした人の思い出の品が多い。
この店のマスターは、15年以上も前からウエスタン・リーグの大ファン。福岡出身だが、1軍が使用するドーム球場には、ほとんど行った経験がない。応援に出掛ける先は決まって雁ノ巣球場(ソフトバンクのファーム本拠地)だ。
「あの子たちの野球が何より好きなんですよ」。
目当ての選手も、地元球団に限らず名古屋、関西、広島から来る若者までと幅広い。店を訪れた夜に居合わせた酔客も、やはりファーム暮らしが長かった苦労人だった。遠征で福岡に来た際にマスターと知り合った元選手だ。
マスターが、雁ノ巣にいない日はほとんどない。肌寒い春も秋も、日差しの強い真夏にも。少ない観客席の中ではマスターの声が一層際立つ。試合前後には手作りの弁当を差し入れ、夜は店で彼らの“帰り”を待つ。自分の子供をねぎらうように夕飯を用意して。
「一生懸命なんです、あの子らのプレー1つ1つが。『なぜ自分はここにいるのか、どうすれば上に行けるのか、もう上がれないのかもしれない』。みんな不安の中で戦っている。息遣い、汗、この世界で生き残りたいという真剣な顔を見ると黙っていられないんです。頑張って生きろよって応援したくなります」。
「早く上で頑張って親を喜ばせたい」。「嫁さんや生まれてくる子供にいい暮らしをさせたい」。店の床は、選手たちのため息も涙も吸い込んできた。
よく語られる言葉だが、プロの世界で輝くスターはほんの一握りしかいない。現実を目の前で語られると、言葉以上の重みが胸にのしかかる。必要とされる存在でなくなれば、食べていけない。プロに入るほどの実力がありながら、認められない苦しみや葛藤(かっとう)は想像を絶する。
「これ、オレの宝物」。マスターが差し出したのは、酔客の現役時代のヘルメットだ。3年前に引退。10年間をプロで過ごしながら、1軍出場は数える程度しか得られなかった。20代後半、何度か野球をやめようと思って相談を持ちかけたこともある。この店で思いとどまった。「要らないと言われる前にやめちゃいかん」。真剣に話を聞いてくれ、真剣に怒鳴られた。
マスターが彼らを見る目は、選手としてよりも人として接し、人生を応援してきたことをうかがわせる。宝物を保管する前に、タオルでなでるように磨いたマスターのしぐさが印象的だった。愛情は本物だ。
ユニホームを着る限り、誰もが可能性にかけ、未知の力を信じている。華やかな舞台で戦う選手と同じように、彼らもまた、温かいファンの声援に支えられて夢を追い続けている。イースタン・リーグ、ウエスタン・リーグは、ともに25日に開幕する。
March 13, 2006 11:19 AM
2006年03月12日
舞台あいさつでの錯覚:小林千穂
「しずかちゃん」フィーバーが徐々に収まってきたところだが、最近また「しずかちゃん」に驚かされることがあった。
「ドラえもん」の新作映画が封切られ、初日の舞台あいさつ取材に行ったときのこと。そう、これはアニメの話です。舞台にはドラえもんたち、レギュラー陣の着ぐるみが登場して掛け合いを始めた。そして、しずかちゃんのミニスカートからチラリと「赤」のパンツが見えたのだ(事実は後に判明)。「子供たちに見えませんように」と、軽く祈ってしまうくらいの濃い赤。くぎ付けになった。
確か、1カ月前のイベントでも濃い色だったはず。ノートには「しずかちゃんのパンツが黒? 赤?」と、直球の疑問が書いてある。終了後、親子連れと話してみたら、私と同世代とおぼしきお母さんが「赤でしたねー、ちょっとびっくりしちゃった~」。2人で「しずかちゃんのパンツは白ですよね」と納得し合って別れたことがあったのだ。スカートが赤だったので、白のパンツがチラリするより、スカートと同化するほうがいいんだろう、と推測した。初日でもやっぱりパンツの色は変わっていなかったので、制作した人に、あえて赤にした理由を聞いてみた。
着ぐるみ制作を発注した小学館プロダクションの方から返ってきた解答は「赤のパンツは作ったことがありません」。えっ、確かに見たんです、私だけじゃないんです、本当ですか、本当ですか…、としつこく聞いてみても「白です。赤ということはないです」。さらに「スカートの色が投影されて赤に見えたのかもしれませんね」などという分析をしてくれた。
目の錯覚? すごい錯覚したなー。いまだに思い出せるくらいの赤が目の錯覚なんて! 聞いてみないと分からないものです。こんな質問に、いろんな方に聞いて答えてくれた小学館プロダクションの方、ありがとうございます…。あのお母さん、パンツは白ですよ~。
それはそうと「ドラえもん」に限らず、最近はアニメのアフレコを有名俳優がやることが多い。子供のころはあまりなかったような気がする。どうやら90年代半ばからゲスト声優として、俳優に入ってもらうことが多くなってきたようだ。注目度を高めたいという製作側の意図も分かるし、取材している私たちも名の知れている俳優たちを中心に書いてしまう。ただ、本職の声優たちにとって疑問に思うこともあるようだ。ある人は「作品が注目されるのはうれしい」と言いながらも「この人じゃないと、という理由付けが分からないことがある」と話していた。以前、アニメ映画のイベントで、お笑いタレントがゲスト声優として登場したことがあった。キャラクターをおちょくるなど、はしゃぎっぷりが度を越していたので、舞台の隅っこに追いやられた主役声優が激しくにらみつけていたことがあった。これは目の錯覚じゃなかったんだな。ちっちゃなことでも、生で見るといろんな面白いことがあります。
March 12, 2006 09:24 AM
2006年03月11日
ピンチをチャンスに:岡本学
ピンチをチャンスに変え、そのチャンスを生かす。そんなたくましさを「見習いたい」と思った。
W杯ドイツ大会(6月9日開幕)を控えるサッカー日本代表が、2月28日にドイツのドルトムントでボスニア・ヘルツェゴビナと親善試合を行った。結果はMF中田英寿(ボルトン)のロスタイム同点弾で2-2の引き分け。守備面などで課題も多かったが、何より1次リーグの最終ブラジル戦(6月22日)を行うウェストファーレン・スタジアムで試合ができたこと、5月末からキャンプを張るボンで合宿できたことは、本番へ向け良かった。宿泊するホテルには「日本語のテレビ放送を入れてほしい」、グラウンドのロッカー室には「ドライヤーを使うためのコンセントをつけてほしい」など、選手、スタッフからさまざまな要望が出され、W杯直前合宿でストレスを最小限に食い止め、集中して練習する環境づくりができた。他のチームと比べ、予行演習ができたことは大きなアドバンテージになる。
収穫が多かったシミュレーション合宿だが、本来なら「ないもの」だった。当初はW杯前唯一、欧州組を招集できる国際Aマッチデー(3月1日)にアジア杯予選の第2戦が予定されていた。それが抽選前日の1月3日になって、W杯へ出場するチームに限って予選を延期し、W杯に向けた強化試合を入れることをアジア・サッカー連盟(AFC)が許可。昨年から3月1日をアジア杯予選に使うことに反対し、主張が全く受け入れられなかったために、アジア杯予選第2戦への準備を完了していた日本にとって、まさに「寝耳に水」の決定で、「何を今更」という思いも強かったはずだ。
だが、ここから日本協会の対応は迅速だった。まさに「ピンチをチャンスに変える」とはこのこと。川淵三郎キャプテンの大号令の下、仮想クロアチアのボスニア・ヘルツェゴビナとの親善試合を決めただけでなく、W杯会場での試合、W杯直前キャンプを行うボンでの合宿を短い準備期間にあっという間に決め、実行した。さらに協会スタッフはこの遠征後に、6月4日にマルタとデュッセルドルフで親善試合を行うことを決め、サポーター、スポンサー、報道陣の活動拠点となるG-JAMPS(ジー・ジャンプス)の開設打ち合わせなども行った。
3月1日にライバル国のクロアチアはスイス・バーゼルでアルゼンチンに3-2と勝利、ブラジルもモスクワでロシアに1-0と勝利し、結果的には引き分けの日本を上回った。しかし、トータルでみればW杯会場、練習グラウンド、宿泊ホテル、さらに空港からホテル、ホテルからスタジアムの移動なども経験するなど、準備を進めた日本の勝利だった。ピンチをチャンスに変え、チャンスを確実に生かしたたくましさは、我々がピンチに陥ったときの良き手本。皆さんもピンチに動じることなく、チャンスをつかみとるべく、前へ進んでいきましょう!
March 11, 2006 09:22 AM
2006年03月10日
何のための将棋中継:岡山俊明
「将棋界の一番長い日」と呼ばれるA級順位戦最終日を、全国1500万人の将棋ファンは毎年楽しみにしている。今季の焦点は森内俊之名人への挑戦権を誰が得るのか。羽生善治4冠か、谷川浩司9段か。文字通りの大一番は3日に行われたが、お粗末なテレビ中継にがっかりした。
都合で東京・千駄ケ谷の将棋会館に足を運べなかったので、NHK衛星第2の生中継に備えて自宅のテレビ前に陣取った。午後10時から翌午前1時半まで豪華3時間半の生放送。将棋でこれだけ長時間の生放送が見られるのも年に1度しかないから、胸は躍る。
ところが放送が進むに連れ、ストレスがたまり、怒りすら込み上げてきた。肝心の盤面をなかなか映してくれないのだ。普通は5局のうちの1局が順次取り上げられ、解説役のプロ棋士と聞き手の女流棋士が局面を検討する。解説者が大盤で駒を動かし、序盤からその局面までの進行が再現され、勝負の流れが分かる。ああでもない、こうでもない、こう指すとこうなる、と検討を深めていき、どちらが優勢なのかを判断する。視聴する側は「ここは5五銀だろう」とか「玉の早逃げか」などと、自分の読みを入れながら観戦している。相当な腕自慢でもプロの解説があって初めて優劣が分かる場合も多い。将棋中継は将棋の勉強の場でもある。勝負の結果も大事だが、対局者と一緒に考える時間が至福なのだ。
それなのに、放送は対局者の生の表情に不必要にこだわり、対局風景が長々と流された。渡辺明竜王、深浦康市8段と充実した解説陣をそろえながら、2人の活躍の場は奪われた。宝の持ち腐れ。結局、初手から投了場面まで振り返られた対局は1局もなかった。
進行役のアナウンサーも将棋に不慣れな言動丸出しで、対局者の表情や姿勢から優劣の判断を求めて渡辺竜王をあきれさせた。こちらは「大盤で解説をさせろ」とむなしくつぶやくしかなかった。
野球中継に例えれば、3回表2死二塁から凡退したのか安打を放ったのかが分からない。6回裏無死満塁から無得点に終わった攻撃がどんな内容だったのか、知らされないまま最終回を迎えた。
午前1時すぎに全対局が終了。結果は羽生善治4冠と谷川浩司9段がともに勝って8勝1敗で並び、プレーオフにもつれ込む劇的な展開になった。それだけに羽生と谷川がどんな戦いをして、どんな読み筋で攻めたのか、気になって仕方がなかった。放送時間は余ったのに、両者のインタビューもなかった。
製作側の意図が測りかねる。大体、リーグ優勝決定戦に、素人のアナを起用するだろうか。誰でも初体験はぎこちないものだから個人を責められないが、何も1年で最も大事な日に登板させなくても良かったのではないか。
厳しい意見を述べさせてもらったが、これも高い受信料を払っているから。それに見合う番組の提供が、NHKの信頼回復につながる。
March 10, 2006 11:01 AM
2006年03月09日
熱戦に一役30年発言:千葉修宏
野球の国別対抗戦「ワールド・ベースボール・クラシック(WBC)」が盛り上がりを見せています(よね?)。こちら米国では、スポーツ専門放送局ESPNが、なんとアジアラウンドからWBC全試合を中継。日本戦もしっかりと放送されていました。
そんな中、大会前から面白い(と言って良いと思うのですが)ことがありました。発端は日本代表イチロー選手がアジアラウンドを前にして発した「向こう30年間、日本には勝てないなと(相手に)思わせるような勝ち方をしたいですね」との言葉。イチロー選手は「特定の国を狙ったものではない」と説明しているようですが、これに韓国メディアが反応しました。
韓国の主要新聞は「野球は個人スポーツではない。イチローが全打席でホームランを打ったからといって、いつも勝てるものではない。うちのチームをなめているようだが、必ず勝ってみせる」「プロ入団後、5回代表チームに選ばれた。しかし、00年シドニー五輪や02年釜山アジア競技大会など、すべての大会で日本に負けたことは1度もなかった」「日本の野球が一枚上だって? とんでもない。同じレベルだ。いつでも勝てるチームだ」などの代表選手のコメントを紹介。舌戦に拍車を掛けてきました。
そして日本戦に勝利すると「朴賛浩(パク・チャンホ)、『妄言』イチローに完勝」(朝鮮日報)などのタイトルで勝利を報道しました。まだ2次リーグ以降の試合が残っていますが、現時点では韓国代表選手の言葉が正しかったということが証明されたわけです。
僕は、日韓の過去の歴史を頭に入れた上で、これらの発言の応酬が良いか、悪いかということには、実はあまり興味がありません。それよりも、ヒートアップした代表選手たちが意地をぶつけ合って素晴らしい試合をし、結果的に世界的に見てもレベルの高い野球を披露してくれたことに意味があると思うのです。
僕は昨年行われた「アジアシリーズ」を取材しました。そこで感じたのは優勝した日本代表・ロッテと、他の韓国、台湾、中国代表チームとの力の差でした。この差を埋めない限り、大会の盛り上がりや、今後の成功はあり得ないと思いました。WBCについても同様です。各国の力の差がない方が試合はスリリングになり、当然、盛り上がります。その意味で、闘争心をあおるような言葉の応酬は、歓迎しても良いのではないでしょうか。
もちろん国同士が戦争をしたり、両国の国民がいがみ合ったりしてはいけません。でもスポーツ選手が自らの力を証明するために、時に子供のように相手をけなしたり、自らの優位を唱えるのは、そんなに悪いことには思えません。むしろ、人間的で魅力的に見えたりもします。本人としては本意ではないのかもしれませんが、大会前のイチロー選手の「30年発言」が、WBCアジアラウンドの盛り上がりにつながったことは言うまでもありません。
March 9, 2006 10:44 AM
2006年03月08日
ムダだと言われても:荻島弘一
トリノ五輪も終わって、ようやくテレビ観戦が原因の時差ボケからも解消された。それにしても、金メダルの力はすごいと思ったのは、女子フィギュア荒川静香の活躍。テレビで何度も映像が繰り返され、CDショップでは「荒川金メダルのフリー演技曲!」というポップが躍る。小学校では「イナバウアー」と叫びながら、荒川のマネをするのがはやっているという。
「大切にしている技だし、名前が出るのはうれしい」と荒川が言う「イナバウアー」は、今年の流行語大賞も取りそうな勢いだ。まず、その語感が素晴らしい。子供のころ「ベッケンバウアー」と聞いて、何かすごそうなサッカー選手だと思ったのにも似ている。
「アクセル・ジャンプ」や「ビールマン・スピン」と同様に、イナバウアーも人の名前。今から50年も前に活躍したドイツの女子選手だ。もっとも、この技自体は単に足の動きを表すもので、体を反るのは荒川のオリジナル。「エビぞり型イナバウアー」とでも言った方がいいかもしれない。いや、いっそのこと「アラカワ」の方がいいか。
すごいと思うのは、これを荒川が完全に自分の技にして、採点の対象にならないことを知りながらあえてプログラムに加えたこと。「自分の技」に対する自信とこだわり。その強い思いが、フィギュアスケート界で日本人初の金メダルを生んだのだと思う。
88年のソウル五輪で競泳背泳ぎの鈴木大地が金メダルに輝いた時は「バサロ」が流行した。あおむけの状態のまま潜水し、ドルフィンキックだけで進む泳法。ジェシー・バサイヨという個人メドレーの選手が始めたものだが、大地はこれを自分のものにした。「体力の消耗が激しい」と言われたが、決勝の大舞台ではリスクを冒して潜水距離を延ばし、ライバルを逆転した。
日本人はマネが得意と言われる。荒川のイナバウアーにしても、大地のバサロにしても、もともとは人の技だ。しかし、それを自分のオリジナル技にまで進化させたからこそ、金メダルを手にすることができた。最初はマネかもしれない。しかし、無駄や無謀という周囲の声に惑わされずに自分の信じた技で突き進んだからこそ、成功したのだ。
荒川の金メダルの後、テレビでは街頭インタビューが流れた。「勇気をもらった」「自分も頑張ろうと思った」と、多くの人が話していた。1度は引退を決意しながら競技を続け、最後は自分を信じて演技しきった荒川。その結果としての金メダル獲得だったからこそ「勇気をもらい」「頑張ろうと思う」のだろう。
スポーツだけに限ったことではない。さらに高みを目指すのであれば、新しい何かを始めるのであれば、たとえ無駄や無謀と言われても、自分が磨いた技を信じ、自分自身を信じることだ。その後に、きっと「金メダル」がついてくる。
3月。Jリーグが始まった。プロ野球シーズンも幕開けが近い。新しい季節がやってくる。そんな時期、荒川のイナバウアーは、我々に新しい活力を与えてくれた。「頑張ろう」という気持ちにさせてくれた。
March 8, 2006 11:07 AM
2006年03月07日
落ちたまま終わるな:桐越聡
前代未聞のドタバタ劇が繰り広げられた「送金指示メール」問題は、ようやく収束へと向かった。
先週前半のある日、永田議員が入院した都内の病院に張り込んだ。対応策を協議するため、民主党の幹部が病院に駆け付けるかもしれない。永田議員が急きょ退院して、何らかの行動に出るかもしれない。そんな読みから、寒風吹き付ける病院の玄関前で半日待ったが、表面上の動きはなく、空振りに終わった。消灯時間が過ぎたころ病院を後にして、近くの食堂でラーメンをすすりながら思った。「入院が長引くほど、騒ぎは拡大するんじゃないのかなあ」と。
案の定、民主党国会議員のブログには「国民をなめるな」「失望した」「愛想が尽きた」「2度と投票しない」「支持をやめる」「もう何も期待しない」「税金を茶番劇に使うな」「解党しろ」…。さまざまな批判が日増しに増えていった。永田議員はもちろん、謝罪が遅れた民主党に対する国民の信頼は「地に落ちた」といっても過言ではないのかもしれない。
武部自民党幹事長の二男の周辺だけでなく、ある意味ではメールの送信者とされた堀江容疑者も、永田議員の質問によって傷ついた。発言が撤回されたからといって、傷はすぐに癒えるわけではない。謝罪がなされても、当事者が「ハイ分かりました」と、簡単に受け入れられるものではない。このような過ちはどうして起きるのか。繰り返されてはならない。そう思った人は少なくないだろう。
しかし、自滅した野党第1党が「地に落ちた」ままでいいのだろうか。06年度の政府予算案が衆院を通過した先週の木曜日。傍聴した衆院の予算委員会と本会議で、民主党議員が謝罪を繰り返すのを見ていて、そんな思いがした。
庶民の生活に直結する米国産輸入牛肉問題や耐震強度偽装問題は、このまま尻すぼみになってはいけない。官僚の天下り問題と絡んで根深いものがある防衛施設庁の談合事件や、ライブドア事件にかかわる疑惑や問題が、徹底追及されないままでいいはずがない。「対案路線」を強調している今の民主党は単なる疑惑の追及だけでなく、政府ともっと政策論戦を繰り広げてもいいのではないか。
民主党はとかく「ばらばら」とか「寄せ集め」などとやゆされてきた。今回もまた、野田国対委員長の後任として打診を受けた議員が次々と辞退するなど、政党としてもろさのようなものが見え隠れする。そんな政党にどれほどの力があるのかは分からないが、「送金指示メール」問題を引きずったまま委縮して、政府や巨大与党の“独走”を許すことがあっていいのか。むしろ“独走”のじゃまをする責任が増しているのではないか。
謝罪の記者会見を終えた永田議員は、衆参両院の民主党議員を前に言った。「民主党を愛しています。お前になんか言われたくないと思われるかも知れませんが、民主党がよくならないと、民主党が力を付けないと、日本の政治はよくならないと思います」。この“メッセージ”は民主党議員の胸にどう響いているのだろうか。「お前が何をいまさら」と、片付けられてしまっているのだろうか。
March 7, 2006 12:22 PM
2006年03月06日
伊勢エビにならんと:松井清員
オリックス高知キャンプ中、清原と佐々木主浩氏(日刊スポーツ評論家)の対談に同席した。目の前には土佐の海で捕れたばかりの魚介類の舟盛り。清原はその中心に鎮座する伊勢エビを指して言った。
清原「やっぱり伊勢エビは目立つなあ。どうせならこの伊勢エビにならんとな。下の方にあるキュウリになっても仕方ない」。
清原は舟盛りを今のプロ野球界に見立てていた。伊勢エビはスーパースターでツマのキュウリは他の選手。大皿に乗るだけでもたいへんな世界だが、プロとして、同じやるなら一流を目指さないと意味がないという清原流の例えだった。
絶妙の言い回しに、プロ野球界から「伊勢エビ」が減ったことを痛感した。スポーツ紙的にいえば1面を張れる個性的な選手、華のある選手だ。一流選手のメジャー流出もあるが、取材していてもドキドキ、ワクワク感に巡り合うことが少なくなってきた。技術のある選手はいくらでもいる。何かが物足りない。その何かとは。清原を取材していて感じたのは「ショーマンシップ」の有無だった。
もし清原が単に打つだけの選手だったら、ここまで人気が出ただろうか。タイトルを取ってきたわけじゃない。同じように2000本安打しても、記憶に残らない選手もいる。清原にあるもの…それは豪快なホームランだけでなく、ファンを魅了しようとする強烈なプロ意識があった。巨人時代の悔しさをピアスに込めた思い、ヒーローインタビューでの涙…。何よりファンに訴えかけていく、熱くてウイットに富んだ自分の言葉がある。
清原「プロやから勝つのは大前提や。でも勝ち方とか負け方いうもんがある。そういうことをもっと意識して、ホームランを打つとかそれだけでないことをやっていかなあかんと思う」。
プレーだけでファンを引き付けられるのは、イチローぐらいだろうか。今の時代“おれの無言の素晴らしいプレーを見に来い”だけでは、ファンも高い入場料を払わない。プロは「魅せて」ナンボ。ファンの心をつかんでナンボ。そのためには選手自身がショーマンシップを示し、ファンを取り込んでいく必要がある。「最高です。ご声援よろしくお願いします」の味気ないヒーローインタビューはもうたくさん。その点で清原は、あの手この手のパフォーマンスで沸かせる日本ハムの新庄について「最高のプロフェッショナルを持った男や」と称賛した。
清原「最近パンチの効いたヤツが減ってる。ホンマにサイン欲しいと思える選手がどれだけいるか。キャラ、人間性やね。テレビ中継でもそいつの打席でチャンネル回されたらアカン。野球嫌いの人にもパッと止めさせるぐらいでないと」。
野球界を見渡すと、選手の没個性、サラリーマン化が進んでいるような気がしてならない。チームの勝利や自分の成績が最優先で、ファンに魅せるという大事な視点が置き去りにされているのではないか。ホームランバッターやタイトルホルダーだけが「伊勢エビ」になれるわけではない。もちろんプロである以上、誰にもその可能性はある。ファンから愛される「伊勢エビ」になれるかどうかは、個人の意識の持ち方1つだと思う。
March 6, 2006 10:17 AM
2006年03月05日
ミス喜ぶ寂しい歓声:村上秀明
輝かしい金メダルの裏で、寂しい思いがした。
2月26日に閉幕したトリノ五輪。日本勢最高の盛り上がりは、もちろん同23日のフィギュアスケート女子シングル・フリーだった。各国のメディア、オリンピック委員会の事務所ブースが集まったメーンメディアセンター(MMC)で、日本の関係者が隣接するエリアでは、テレビ観戦者が当然のごとく燃え上がった。
近くを警備する警察官2人が、見回りに来たほど、拍手と「キャー」という大歓声に包まれた。最高の舞台で最高の演技をした荒川の金メダル獲得に大興奮だった。フィギュアスケート界初に加え、今大会の日本勢唯一のメダル。大喜びして当然だが「違うんじゃないの」と思うことが、その直前にあった。
荒川の登場直前に演技したショートプログラム首位のコーエン(米国)の演技がテレビ画面に映し出されたときだった。出だしのジャンプで転倒。その瞬間、日本の関係各所から「やったー」「いいぞ!」という声が聞こえた。次のジャンプでも両手をつき、再び「オー」という失敗を喜ぶ大歓声。恥ずかしい気分になった。
荒川にメダルを取ってほしいという気持ちは、もちろん自分もあったし、分かる。「30年ぶりのメダルゼロか」とささやかれ始め、日本選手団にとっても本当に欲しかったメダルだっただろう。実際、日本メディアも地元紙に「メダルのない日本メディアが大挙して有力選手を追い掛けている」と、皮肉られた。本当に救世主だった。
荒川の素晴らしい演技に拍手喝采は当然のこと。ただ、コーエンの演技のミスで大喜びするのはどうなのか。最終滑走だった優勝候補スルツカヤ(ロシア)の演技ミスでも同様に歓声が上がった。もし、競技場内で同じ盛り上がりをしていたらと想像したら、何か情けなくなった。
スピードスケート会場は、連日、スケート王国オランダのファンが大挙詰めかけた。男子5000メートルでは、オランダ人が一時首位に立ったが、すぐに米国人が逆転優勝。その瞬間はため息が漏れたが、優勝者のウイニングランでは大きな拍手でたたえた。女子1000メートル優勝のティメル(オランダ)は「彼らは平等。だってスポーツを楽しんでいるから」と言った。
大リーグで野茂英雄は96、01年と2度のノーヒットノーランの偉業を達成した。ともに敵地での快挙だったが、観客は敵味方関係なく、総立ちのスタンディングオベーションで称賛したという。ひいきのチームが無安打無得点されるのは決して気分のいいものではない。それでも「素晴らしいものは素晴らしい」と、認めることができる価値観がある。これがスポーツを心からエンジョイしている姿ではないかと思う。
コーエン、スルツカヤはともに失敗したが「金メダルを取る」という執念は十分に伝わってきた。五輪は確かに国別対抗の色合いはあるが、一生懸命だった全選手に拍手を送りたいと思った。
March 5, 2006 10:19 AM
2006年03月04日
城島救う日本人先生:浜崎孝宏
2年ぶりに戻ってきたアリゾナの地。灼熱(しゃくねつ)の太陽を自分の夢とだぶらせて、まぶしそうにしていた。
04年の春季キャンプ。コロラド・ロッキーズのマイナー選手として、メジャー入りを狙っていた坂本充氏(25)は同州トゥーソンでキャンプ参加していた。マリナーズ城島の取材で、同地に近いピオリアに滞在中の私は、坂本氏と2年ぶりに再会した。昨年末に現役を引退し、今回は城島の専属通訳としてサポートしている。
突然の出来事だった。05年のロ軍春季キャンプに備えて渡航準備をしていた坂本氏にビザは下りなかった。マイナーでの活躍が認められなかったのだ。球団とは契約を済ませていたが、ビザが下りず、メジャーへの夢はあっさり消えた。
同氏は02年6月の米ドラフトでロ軍から日本人初となる24巡目指名(全体711番目)を受けた。身長188センチ、体重92キロの日本人離れした大柄な体で50メートル走5秒6の快足外野手だった。3Aまで上がった時期もあったがあと1歩だった。
ロ軍1A(ダスト・デビルズ)時代は、国籍の違う選手と3人で家賃月8万円の部屋を借りて共同生活も経験した。1つのベッドを誰が使うかでけんかになることもあった。1Aでの年収は約60万円だった。坂本氏は自分の果たせなかったメジャーでの成功を城島に託す。「日本で新外国人選手が1年で結果を出さないと解雇される。こちらでは当然ですが、日本人は外国人だから見る目は厳しい。ジョーさんには成功してほしいし、1年目が大事です。生活面で野球以外の神経を使わせないようにしたい」。
最近では日本で成功した後、メジャー入りする日本人選手が多くなってきたが、坂本氏はマイナーの本当の姿を知る1人だ。「坂本みたいにアメリカの大学から、英語を覚えた人がいい」。城島は「英語の日本人先生」から聞けるマイナー選手の貴重な苦労話に耳を傾けていることだろう。坂本氏は、生活面だけではなくキャンプ中はほぼ毎日、球場に現れ、城島の目の届かない投手や打者のメモを取る。頼まれたわけではないが、城島から意見を求められれば、気付いた点を報告できるようバックアップ態勢を取っている。
キャンプ中、城島は球場近くのアパートで、坂本氏と藤田専属トレーナーとの男3人暮らし。週3回、球団のクラブハウス内で英会話授業を終え、アパートに戻れば、坂本氏のワンポイント英語レッスンをこなしている。城島のコミュニケーション能力は急速に上達しており、約1週間前からブルペン投球後の投手と球団通訳を交えず、何とか言葉を交わしているほどだ。
日本の球界でも、ここ10年ほどで“身銭”を切って専属トレーナーと契約する選手が増えた。最高のパフォーマンスを披露するためには自分に「先行投資」して、すべての環境整備をしなくてはいけないようだ。城島の英会話能力の上達ぶりを間近に見せられると、普段の仕事だけで終わっている自分にあらためて気付づかされた。
March 4, 2006 11:19 AM
2006年03月03日
日韓歴史顧みる責任:山内崇章
ちょうど1年前の本欄で、韓国出身の盧載鎭記者が1919年に朝鮮半島全土で起こった「3・1独立運動」について取り上げていた。同運動を「韓国国民が決して忘れることのできない悲しい歴史」と定義しながらも、続けた個人的な意見には、過去の日韓のいがみ合いに対する徒労感、両国の将来への憂いがにじんでいたようにも思えた。
「できれば、もう忘れたい。他国に攻められて自力で守れず、結局支配されてしまった。実に恥ずかしい話である。自分の国を守れず、子孫に悲しい思いをさせたのだから。歴史は繰り返されるというけれど、国益のために、国民が悲しむようなことは、あってはならない」。
独立運動が起こる9年前に日本は韓国を併合した。創氏改名、神社参拝、日本語教育、徴用…。以降36年間、韓国は日本の運命に翻ろうされた。運動は、日本の支配から民族の独立を世界に訴えたものだった。全国で200万人が参加。日本の軍・官憲による弾圧を受け多数の死傷者を出しながらも、5月まで繰り返された。
昨日3月1日は、韓国では「3・1節」という国民の祝日だった。いわゆる独立記念日。韓国に滞在していた10年以上前のこの日、下宿のおばさんから「今日は外に出ない方がいい」と忠告されたことを鮮明に覚えている。高校時代、受験対策で年代と日付を一義的に学習し、大学で知り合った韓国人留学生から意識の低さを痛烈に批判されたこともあった。それだけに、冒頭の盧記者の見解には少々の驚きを感じた。
最近の韓国では盧記者のように、自国の姿勢を問いただす動きがにわかに出始めている。先日、韓国政府は植民地統治下で日本企業や軍に徴用された韓国人の遺族らに、自らが個人補償を行う方針を固めた。昨年10月に小泉首相が靖国神社に参拝した際にも、韓国紙の複数の知り合いからこんな話を聞いた。「日本に嫌悪感を示すやり方に市民は飽きている」「日本批判に固執する限り韓国に進歩はない」。
韓国から長く疎ましく思われてきただけに、この変化を「寛容」ととらえてしまいそうだ。しかし、日本への感情が和らいだとの考えは都合が良すぎるように思える。むしろ、他国に批判の目を向けるより、自分たちを主体とした歴史認識の確立を積極的に行おうとする姿勢がうかがえる。
翻って日本の姿勢は。一方が「忘れたい、恥ずかしい」と思うほどの悲しい過去に、一層傷口を広げるような外交トップの発言が最近も聞かれた。「台湾という国を日本に帰属することになった時、日本が最初にやったのは義務教育。結果として、ものすごく教育水準が上がり識字率が向上した」。名指しした地域こそ違え、あまりに遅れた発想に思えてならない。
日本人としての私の意見は、隣国に不快な思いをさせた歴史は忘れるべきではないと思う。それは、相手があって自分たちも存在する、今の国際社会に生きる者の責任だとも思う。自国の過去を顧みることが、自尊心を傷つけるものではない。盧記者の記事を読み返して、あらためて思った。
March 3, 2006 10:54 AM
2006年03月02日
新真打ちの本分とは:小林千穂
皆さん、注目ですよ~。トリノ五輪にくぎ付けだった人も、こっちで~す。
今日、落語協会に新真打ち5人が誕生する。昨年の正蔵襲名やドラマ放送などに比べると「ちょっと地味じゃない」なんて言う人もいるし、実際、新真打ちの名前を言える人が少ないのも確か。それでも、ファンにとっては楽しいイベントであることは間違いない。
さて、昇進直前夜、5人のうちの1人、柳家さん光改め甚語楼師匠(37)に話を聞いた。昇進を目の前にした人ってどんな気持ちでいるんだろう、と…。ちなみに、名前が変わるのは大体3月のうちにということで、明確な線引きはないそうだが、連絡先の「はい、柳家さん光です」という留守電はいつ変えるんですか、としつこく聞いたら「じゃあ、1日から変えましょうか」とのことだったので、もう甚語楼師匠でいかせていただきます。
お会いした師匠、「緊張…、期待は特に…。披露目が無事に終わるかという不安はありますけどね」と、意外と淡々とした様子。直前夜の高揚感を聞きたかったので、拍子抜けするくらいあっさりしていた。そのあっさり感はどこから、と思って話を聞いていくうちに「私たちは『ちゃんとやって』ればいいんです」という言葉が出てきた。師匠にとっての「ちゃんと」とは「いちげんさんも常連さんも喜ぶようなことをやるってこと」とのこと。いわく「初めて落語を聞く若い人たちがたくさん来たとしても、無理に現代風のクスグリ(ギャグみたいなもの)を入れたりしない。といって常連さんが引くようなこともしない、両方に分かるやり方が必ずある。本分はそこ」と。落語家にはそれぞれ「ちゃんと」や「本分」があるんだろうけど、甚語楼師匠は自分がやる「ちゃんと」を分かっているからこそ、この静かさなんでしょう。
いちげんさん、常連さんの話を聞いて不満を思い出した。最近、落語会はいつも常連さんで満員。いちげんさんと常連さんが同じような配分で集まれる場が少ない。先日、東西、協会の垣根を取っ払って活動している「六人の会」が中心となって行う落語会「落語アーベント」の開催が発表された。5日間開催で各日60席限定。あ、あまりにも少なすぎ。チケット取れる気がまるでしない。先輩記者とも「『六人の会』って落語界活性化とか、もっと
