記者コラム「見た 聞いた 思った」

2006年02月28日

まだ走る52歳名脇役:岡山俊明

 何度叫んだことだろう。「大塚、そのまま!」。玄人好みの騎乗でうならせた大塚栄三郎騎手が、今月限りで29年間の騎手人生に別れを告げた。引退セレモニーを辞退して、静かに身を引いた。派手なパフォーマンスを嫌う、いぶし銀の男らしい引き際だった。

 94年カブトヤマ記念を最後に12年間も重賞勝ちから遠ざかっていたから、競馬を始めたばかりのファンにはなじみが薄いかもしれない。G1も勝っていない。最近はレースにも乗っていなかったが、全盛期は「逃げの大塚」がレースの行方を左右した。欠かせない名脇役で、時に主役を食った。忘れたころに出す大穴は、本命党を嘆かせた。重賞15勝中5勝を、10番人気以下の人気薄で挙げている。

 中央競馬担当に復帰して間もない昨年正月、関東NO・1の藤沢和厩舎で調教を手伝っていると知り、足を運んだ。朝の調教後、ごみ出しなどの雑用もテキパキとこなす大ベテランの顔には、生気がみなぎっていた。「土日は午前1時半起き。昔の4倍働いているよ。あんちゃん(見習い)のころを思い出すね」と目を輝かせていた。騎乗機会は訪れなかったが、2日に1度の減量を欠かさず、体重を50キロに保つプロ魂には感心させられた。

 それからしばらくして調教助手に転身する計画は頓挫し、10月で藤沢和厩舎を離れた。トレセンで姿を見ない日が続いた。ドウカンヤシマ、サニーライト、ハシノケンシロウ…。昔、大好きだった馬たちの背には大塚騎手がいた。いてもたってもいられずに自宅のベルを鳴らした。「どうしたの? まあ上がって」。職人かたぎで近寄りがたかった雰囲気はすっかり消え、穏やかな笑顔で迎えてくれた。

 小学校の卒業アルバムに残る馬の絵は、大塚少年が描いた。「夢はかなえられたからね。良かった。デビューして10年ぐらいが一番乗っていたかな」。一番悔しい思い出は、サニーライトで挑んだ菊花賞。「後ろの馬にトモ(後ろ脚)を引っ掛けられて競走中止。後ろから鉄砲で撃たれたようなものだよ。馬は安楽死さ。(ダービー馬の)ダイナガリバーなんて併せ馬で相手にしなかったんだから、惜しいことをした」と悔いた。

 主催者から重い処分を科されたこともある。「駅から京都競馬場に向かう途中、ファンと意気投合して飲んじゃった。向こうはジョッキーとは気付かなかったけど。競馬場入りが遅れて結構食らったな」。

 思い出話は尽きなかったが、華やかな騎手稼業も馬から下りてしまえば厳しい現実が待っている。職探しの日々。望んでいる調教助手のクチは、年功序列による高賃金が障害となってなかなか見つからない。また、年配者を使いにくいと感じる調教師も多い。

 「体づくりをしないと、少しの歩様の違いを感じ取れない。脚元は見られると自負しているよ」。トップ厩舎で学び、実戦経験も豊富な52歳の知識や技術をこのまま埋もれさせてしまうのは、あまりにも惜しい。トレセンで再会できる日を信じて待ちたい。

February 28, 2006 12:12 PM