2006年02月20日
がばいおばあちゃん:小林千穂
先日、芸能面の連載で高田文夫氏が、映画に絡めて「おばあちゃんブームが来るかも…」と書いていたが、何だか鼻の奥がツーンとしてしまった。
両親が共働きだったこともあって、おばあちゃん子だった。和裁が得意で、行儀に厳しく、暑い日も寒い日も、庭や畑で作業していた。学校から帰るとおばあちゃんがいて-祖母と書くべきなのかもしれないが、あえておばあちゃんで書かせてもらいます-、夏休みも冬休みも、両親がいない家では、ほとんどをおばあちゃんと一緒に過ごした。
高田氏の連載が載った翌日、タイミング良く、その映画「佐賀のがばいばあちゃん」の完成会見に行くことになった。B&B島田洋七が佐賀でおばあちゃんと過ごした子供時代を描いた作品で、「がばい」は「すごい」という意味の佐賀弁。貧乏でも明るくパワフルに生きたばあちゃんと、ばあちゃんと過ごした日々を見る目は本当に温かい。
実は、ちょっと避けたい取材だった。ばあちゃんという文字を見ただけで、もううちのおばあちゃんにすり替わってしまう。鼻の奥がツーンとしたのは、懐かしさだけではなく、正月からこっち、おばあちゃんのことを思い出すのがつらかった。
しゃんとしていたおばあちゃんの頭の中で、ちょっとした変化があった。その変化は2年ほど前から何となく現れ始め、ここ1年でさらにはっきりしてきた。大みそか、こたつで紅白歌合戦をうだうだと見ていたら「あけましておめでとう」。手にはお年玉を持っていた。「お正月は明日やからさ…」と押しやったが、何だかすごいショックで顔を合わせられなかった。
一緒に暮らしている両親は慣れているらしく、うまいこと対応してるし、割とあっけらかんとしていた。頭の中がすっきりしている時もあるようだけど、年に2回帰省すればいい方の私には激しすぎる変化だった。
今思えば「ありがとう」と言って受け取るべきだったのかもしれない。「明日…やったかね?」と言って自分の部屋に戻って行くおばあちゃんの後ろ姿を思い出すたび、繰り返し後悔している。大みそかの夜、31歳の私に、お年玉を持ってきたおばあちゃんの頭の中では、どんなことが起こっていたんだろうか。孫が帰ってきたといううれしさが引き起こしたんだとすれば、うれし悲しい気持ちになる。
おばあちゃんの思い出には楽しいものも多いけど、やっぱり後悔するものもある。学生時代、突然おばあちゃんが戦中戦後の話をしてきたことがあった。中国にいたこと、赤ん坊だったうちの父と一緒に引き揚げてきた時の話…。何だかよくある、どこかで聞いた話のような気がして、聞いていたけど、真剣に聞いていなかった。なぜ「おばあちゃんの話」として聞くことができなかったのだろう。なぜ、あの時、私にあの話をしたのだろう。
おばあちゃん、頭の中がすっきりしてる時、またあの話してくれますか。
February 20, 2006 11:10 AM
