2006年01月07日
「子供たちの大会」に:荻島弘一
元サッカー日本代表のDF、金子久氏に会ったのは去年の7月。横浜FC入りしたカズの初戦、三ツ沢球技場のスタンドで、親子で観戦していた。「いやあ、息子が見たいって言うからさ」。十数年ぶりに会ったのだが、笑顔は少しも変わらなかった。古河のアジア制覇にも貢献した代表史上屈指のストッパーは「今? 今はただの会社員よ」と言って、豪快に笑った。
この時期になると、金子氏のプレーを思い出す。今から28年前の高校選手権、名門帝京は圧倒的な強さで優勝した。初戦から無失点で勝ち上がり、決勝で四日市中央工を5-0と一蹴。すでに日本代表入りしていたFW高橋貞洋や高校生離れしたセンスと技術を持つMF宮内聡らを名将古沼監督が率いていた。史上最強と呼ばれたチームだった。
高校時代のポジションが同じだったこともあって、特に金子氏のプレーは忘れられない。とにかく強い。恵まれた体を生かして、相手の攻撃を抑え込む。それ以上に驚いたのは、その高さ。セットプレーでは、相手DFよりはるかに高い位置からヘディングシュートをたたき込む。四日市中央工との決勝戦でも豪快な一発を見せた。あこがれるというよりも、同じ高校生のプレーとは思えなかった。とにかく、すごかった。
そんなことを思い出しながら高校サッカーを見ていると、選手たちはあまりに小粒だ。当たり前だ。出ている選手たちは何年たっても高校生だけれど、こちらはどんどん年を重ねる。かつて「お兄さんたち」が出ていた大会は「自分たちの目標」となり「後輩たちのもの」になる。しばらく間があって、今は「子供たちの大会」になっている。
今年、甥(おい)っ子が埼玉大会で準決勝まで進んだ。優勝した浦和東に敗れたが、応援するこちらは結構夢中だった。もう完全に「子供の代」になっているのだなと思いながら。高校ラグビーで決勝に残った桐蔭学園のCTB仲宗根の父弘明さんは元花園出場選手。かつて取材した選手の子供が出ているのだから、こちらが年を取るのも当たり前か。
Jリーグが誕生して、高校サッカーも様変わりしてきた。かつては、高校選手権出身で、すぐに日本リーグで活躍する選手も多かった。しかし、リーグのレベルが上がり、即戦力も減った。クラブユースが充実して優秀な指導者が全国に散り、特定の学校に選手が集まることも少なくなった。日本代表が2、3万人しか集められないころ、高校選手権決勝は国立を超満員にした。かつては選手の「究極の目標」だったが、Jリーグができてからは「通過点」に代わってきた。それはそれで、いいことだ。
鹿児島実が残り2試合完封して無失点優勝しても、帝京のインパクトには及ばないと思う。しかし、それは帝京世代だから思うことで、今の高校生たちとは感じ方も違うはずだ。それぞれの人に、それぞれの時代の大会がある。「思い出の大会」が世代によって完ぺきに分かれるのも、高校スポーツのいいところ。だからこそ、いつの時代も高校スポーツは受け入れられるのだろう。「子供たち」の大会もあと2日。今年は親の気持ちで楽しもうか。
January 7, 2006 10:12 AM
