2005年12月23日
それは本物ですか?:永井孝昌
あの。ちょっとお伺いしてもよろしいですかね。そんなにご面倒をおかけする話でもないんですが。怪しい? いえいえ、そんなことないですから。
あ。そうですね。質問ですね。伺いたいことというのは、このページにたどりつくまでに何本かお読みになった記事、本物でしたか? 何枚かご覧になった写真、本物でしたか? ってことなんですが。
なぜにそんなことを聞く? すみません。まずはそれをご説明しなきゃいけませんね。
最近、若いカップルのこんな会話を聞いたんです。
「ごめぇ~ん、待ったぁ?」
「オレも今、着いたとこだよ」
「よかったぁ!」
「それより、今日は何だか雰囲気違うんじゃない?」
「うれしィィィい。分かったぁ? このナチュラルメーク、2時間もかけたんだからぁ」
「似合ってるよぉぉ」
どうでしょう、この会話。ウソばっかりじゃないですか。いや、ウソではないですね。でも、まやかしばかりと思いませんか。2時間かけたナチュラルメークって。通がうなるカップラーメンって。
世の中、本物と偽物、もっといえば本物と本物でないものの区別がどんどんなくなっているような気がします。現場で取材した原稿。現場で撮った決定的瞬間。しかしそれらは、ひとたび疑ってみれば底なし沼のように次々と疑念が浮かび上がってきます。3分前にイタリアで行われた記者会見の内容を、まるでその場にいたかのように布団の中で書ける時代。150キロの直球を打ち返した瞬間の写真を、テレビを見ながら画面の中で作り出せる時代。だからこそ、お伺いしたのです。お読みになった原稿は、ご覧になった写真は本物でしたか、と。
疑い出せば、身の回りは疑心暗鬼にさせるものだらけです。昨日すし屋で頼んだイクラ、お湯に落としても濁らない人工モノじゃありませんでしたか。今夜の忘年会、「生!」って注文しても発泡酒が出てくる居酒屋じゃありませんか。大枚たたいたクリスマスプレゼント、ニセモノつかまされていませんか。明日地震が起きたなら、マンション、大丈夫ですか。
本当の「素顔」を2時間かけて“素顔”に変える時代では、バレなきゃいい、面白きゃいい、もうかればいい、そんなことばかりが優先されて、大切なことがあいまいになっているような気がしてなりません。真実ゆえの美しさが、愚直な誠意が、誰かの心のスキにある「ま、いっか」に凌駕(りょうが)される現実。寒空の下を歩き回ってつかんだネタが指先でネットの中を飛び回って見つけた情報に駆逐される時、本物と本物ならざるものの稜線(りょうせん)にある「ま、いっか」がいかに甘美なものであるかを痛感させられます。
詐欺。偽装。不透明な解禁。なくならない不祥事と見え隠れする権力が、日常の不安を駆り立てます。進歩する技術が、時にあるべき信頼関係を邪魔します。キャッチセールスもどきの原稿を書きながら、現場の記者としての矜持(きょうじ)だけは失わないようにしなければ、とフェイクファーの襟を立てて思う年の瀬です。
December 23, 2005 12:59 PM
