2005年12月15日
大阪のお笑い版DL:横田和幸
31歳の春、自ら事業を起こし、来年で8年目を迎えようとしている。いわゆる、彼は青年実業家。現在38歳、夫人はタレントさん。社業も順調に進んできた(私と同じ学年だというのに、うらやましい)。
その人と私の会話を1つ披露したい。
「もしもし、横田さんか? ワイや。ところで今日(大阪発行10月26日付)の日刊スポーツの1面見てくれた?」
「そら、自分とこの新聞やから見ますよ。1面は阪神の日本シリーズ3連敗もの。ロッテ強いなあ」
「ちゃう、そこに藤川球児が写ってるやろ。その左上を見てや。三塁側のネットのへん。ぼんやりと写った顔は、ワイや。素顔のワイや。1面に自分が出るのはうれしいもんやな」
正体は大阪プロレスの社長兼主力レスラー、スペル・デルフィンだ。謎のマスクマンのはずだが、甲子園球場に素顔で観戦にいったところ、本紙1面に激写された? らしい。(興味ある方は、どんな顔か調べてください。でも薄暗くて分からないと思います)。
99年4月に関西初の団体「大阪プロレス」を大阪市内で創設した。50ほどの団体が乱立する現在、倒産が相次いでいる。でも大阪プロは健全経営で、朝日新聞など一般紙にも紹介されている。
デルフィンを一躍全国区にしたのが、94年新日本の「ベスト・オブ・ザ・スーパージュニア」。獣神サンダー・ライガーとの決勝戦で大阪府立体育会館を超満員にした。当時はみちのく所属の無名も、華麗な空中戦やコミカルな動きが支持を集め、場内は大デルフィン・コール。優勝したライガーは後日、自身の飼う犬を「デルフィン」と命名したほど、準優勝者の実力を認めたという逸話だ。
「決勝前夜は、ミナミの美容院で8時間も髪形をドレッドにしてたんや。重圧? ない、ない。当日は気分良かったで。闘魂三銃士、藤波、長州を差し置いてワイがメーンや。ほとんどの客は、ワイを応援やで」。決勝用に特別マスクを30万円で作るなど、先行投資も惜しまなかった。
冒頭の会話のように、最近のITの青年実業家とは程遠い軽いキャラだが、経営の才能は抜群だ。興行会場を大阪市内のフェスティバルゲートに固定。巡業形式をとらないことで、移動費やリング設営費が不要になる。毎週末の2興行で、計400人以上の集客があるから安定した収入が可能だ。11選手を抱え、給料の遅延など一切ない。最近は週末が仕事という客層のため、平日の興行も行う。
主力選手はくいしんぼう仮面、えべっさんらに加え、芸人のケンドーコバヤシをプロレスデビューさせたり、社長主導の豊富なアイデアと実行力は、あの11年前と同じだ。試合前は、くいしんぼう仮面が観客にお菓子を配るサービス(競争率は約4、5倍程度)もある。大阪にお越しの際は「お笑い版ディズニーランド(とはホメすぎか?)」に1度、足を運んでみてはいかがですか。
December 15, 2005 02:10 PM
