記者コラム「見た 聞いた 思った」

2005年11月30日

世界へ恩返しする番:岡本学

 「優勝」は本当にいい。少年野球のコーチになって約半年、10チーム足らずが参加しての市内大会だったが、ようやく指導者として初Vを経験した。記者としてスポーツ現場で何度も優勝シーンは見てきた。なのに、その感動は特別だった。勝つことで恩返ししてくれた子供たち。納会では、さらなる成長を願って焼き肉パーティーでお祝いをすることになった。

 私事でコラムを始めたが、そんな出来事があった27日、日本サッカー協会の小倉純二副会長(67=FIFA理事)から国際電話をもらった。内容は、日本協会を代表して出席したサッカー全英アマチュア選抜、ミドルセックス・ワンダラーズ100周年記念パーティーの様子を伝えるためのものだった。いつも明るく気さくな小倉副会長だが、この日、受話器から伝わってくる声の様子はいつも以上にハイテンションだった。

 02年W杯日本招致の「顔」としても活躍し、往年の名プレーヤーとして世界的に有名なボビー・チャールトン氏ら460人が出席する中で、同副会長は日本を紹介するプレゼンテーションを行った。同時に日本代表に「けいこ」をつけてくれた「恩人」たちへ記念品を贈呈。「今年は100周年とあってパーティールームに人が入りきれないほど盛況だったんだよ」。同副会長の声は弾んでいた。

 ミドルセックス・ワンダラーズといっても、ピンとこない人も多いだろう。初来日はメキシコ五輪予選を控えた67年5月だから、40年近く前になる。釜本や杉山ら翌年銅メダルに輝く日本代表を3-1で一蹴し、74年まで11試合で6勝2分け3敗。本場としての強さを見せつけた。60年代には欧州や南米代表を日本に呼ぶなど夢だったが、ワンダラーズは交通費だけで来てくれた。

 小倉副会長は「このチームがなかったら、日本はもっと遅れていた」と言う。100年間で44カ国を回ったという放浪者=ワンダラーズは、どんな気持ちで日本協会の使者をパーティーへ迎えたのだろうか。「けいこ」をつけてから35年で日本は02年W杯を成功させ、日本代表は今年、3大会連続のW杯出場を決めるまでに成長した。サッカー大国へと成長した日本の勇姿に、感動も特別だったのではないだろうか。

 今度は日本が世界へ恩返しする番だ。日本協会では現在、アジアの3協会へ代表監督を派遣している。「将来的には欧州にも指導者を送りたい」と川淵三郎キャプテン(会長=68)は言う。ミドルセックス・ワンダラーズの来日から38年の歳月を経て、指導者のみならず優秀な人材やチームが日本から海外へ出て、サッカーのレベルアップに貢献する機会も一層、増えることだろう。

 小倉副会長は「日本協会でもあんなパーティーができたらいいねえ」。100年間ワンダラーズがやってきたこと、日本協会、そして我々のような少年少女の指導者たちがやろうとしていること。競技やレベル、規模、やり方の違いこそあれ、その思いは同じだ。

November 30, 2005 11:29 AM