2005年11月28日
マナーは守らナイト:千葉修宏
先日、ロッテ球団を取材するために都営新宿線に乗り、市ケ谷方面に向かっていました。午前10時くらいだったのですが、制服姿の女子高生と思われる2人組(かなり化粧が濃く、ブランド品のバッグを複数所持!していたため“なんちゃって”かもしれません)が、地下鉄の優先席に堂々と座っていました。
車内は満員だったのですが、足をおっぴろげて(下品ですいません)、下を向いて寝ています。目の前には、お年寄りも数人立っていました。しかし知ってか知らずか、2人が目を覚ます様子はありません。僕は市ケ谷駅で電車を乗り換えてしまったので、その後のことは分かりません。ですが、注意できなかった自分の小心ぶりと、2人への憤りで、悲しい気持ちになりました。
でも最近、電車の優先席に平気で座っている若者って、増えた気がしませんか?こう書くと自分がすごく老けたような気がしますが、本当に最近、よく目にするんです。僕の妻は妊娠中なのに、席を譲ってもらうことができなかったこともあります。
今年は約6カ月ほど米国で取材しましたが、そういうことって、向こうではあまり見かけませんでした。お年寄りや、体の不自由な人には、みんなちゃんと席を譲っていました。でも、だからといってアメリカ人がみんな素晴らしい人格者かというと、そうではありません。一緒に取材していると分かりますが、米国にだって日本と同じでイヤなやつはたくさんいます(すいません、アメリカ人の皆さん)。
でも、少なくとも公共の場では他人に親切にするという考え方の根本とは何なのでしょうか。僕はそれは人間としてのプライドだと思います。先日、チャリティー目的のパーティーでロッテのバレンタイン監督から話を聞く機会がありました。彼は「私の父親は裕福ではなかったけれど、よく他人に何かを分け与えてあげる人だった。そんな姿から私は多くを学んだ」と話していました。“自分が貧しくても他人に良くしてあげたい”っていう考えの中にあるのは「人として格好良くありたい。善良な市民としてのプライドを持ち続けたい」という気持ちだけですよね。金銭などの見返りなんかがないわけですから。
そんなことを考えていた時、偶然インターネットで「騎士道」について書いてあるサイトを見つけました。そこには騎士道の説明として「騎士として、武勲を立てることや、忠節を尽くすことは当然であるが、弱者を保護すること、信仰を守ること、貴婦人への献身などが徳目とされた」と書いてありました。中世ヨーロッパで生まれた騎士道精神が、欧州からの多くの移民たちが作り上げてきた米国社会の根底に流れていると考えるのは、そんなに不自然なことではないと思います。
電車の優先席以外にも、道端に座り込んだり、列に平気で割り込んだり、喫煙場所以外でたばこを吸ったり…。最近、街には格好悪いことがあふれています。もっと人としてのプライドを持とうよ、と思う今日このごろです。
November 28, 2005 11:32 AM
