記者コラム「見た 聞いた 思った」

2005年11月23日

武蔵の努力限界なし:永井孝昌

 本当は、優勝を祝って書きたかった。

 昨年のK-1GP決勝翌日。準優勝した武蔵に対して、ファンからの苦情・抗議のメールは1500件にも達していた。内容は、準決勝のセフォー戦の判定に対する批判ばかり。「あれは武蔵の負け」というものがほとんどだったが、中には「もう引退しろ」と迫るものまであった。そのメールの中身を聞いた武蔵は「そんなこと言われるならやめてもいい」と関係者に引退を口にした。あの温厚な男が、と周囲を驚かせた。今になれば「売り言葉に買い言葉みたいなものだった」と振り返るが、内心は忸怩(じくじ)たる思いだったに違いない。「応援してくれるファンもいる。裏切るわけにはいかない」と翻意して、もう1度、優勝だけを目指した今年のGP。だが、結果は無残だった。

 19日に東京ドームで行われた今年のGP決勝。1回戦、カラエフ戦での2度のバッティングでまぶたが腫れ、右目が見えなくなっていた。試合を終えてアイシングルームに戻ると、本人はしっかりしているつもりだったが、セコンド陣は「おい、武蔵が寝てるよ。起きろ。起きろっ」と騒然としていた。完全に意識がとんでいた。負傷した左腕の痛みに気付かず、右足をアイシングするほどもうろうとしていた。そんな状態で迎えた準決勝のフェイトーザ戦は、飛んできた左の蹴りが見えず5年ぶりのKO負け。試合後は唇の内側を5針縫い、病院へ直行した。視界の閉ざされた目からは涙があふれてきた。悔しさに唇をかむことすらできなかった。

 デビュー時の体重は、83キロ。K-1の舞台でナチュラルにヘビー級の体格を持つ外国人選手たちと伍(ご)して戦うためには、力対力の勝負を挑んだところで結果は見えていた。「いつも判定ばかり」「試合がつまらない」という批判を何度耳にしても「KOが醍醐味(だいごみ)のK-1で、スピードとテクニックでファンを魅了したい。そのためにもっと技術を上げたい」と言い続けてきた。ホームランバッターぞろいのK-1にあって、生き残るためのバントヒット。1発もらったら倒れるからディフェンス技術を身につけ、1発では倒せないからスピードを磨いた。時には犬用のガムまでかんでアゴを鍛えていた努力を知っていたからこそ、担当を離れてからも「バントヒットで世界を取ってやれ」と心の中で声援を送っていた。

 だが、今年も頂点には届かなかった。それでも本人の闘志は少しもなえてはいない。今は周囲に「自分の中でやらなきゃいけないことは明確に出ている。フェイトーザに実力差があって負けた、と思われるのは悔しい。やり返したるねん」と話し、リベンジに燃えているという。派手さはない。2メートル近い大男たちが1発のパンチで、蹴りで崩れ落ちる迫力に比べれば、試合も面白みに欠けるのかもしれない。それでも、努力ではどうにもできない天賦の才がある、と信じたくない凡人の私にとって、武蔵の存在は常に励みだった。高い技術を誇ったホーストが最後に優勝したのは02年、37歳。来年34歳になる武蔵が紡ぐドラマには、限界は才能にはあっても努力にはない、という結末が待っていることを願う。

November 23, 2005 10:15 AM