記者コラム「見た 聞いた 思った」

2005年11月09日

10万が感動 松永の一礼:高木一成

 スポーツに記録はつきものだが、今年は本当に久々の出来事が多い。プロ野球では千葉ロッテが31年ぶりの日本一に輝き、メジャーリーグではホワイトソックスが88年ぶりにワールドシリーズを制覇した。そういえば、巨人がドラフト入団を拒否されたのは25年ぶりだとか。そして競馬では、ディープインパクトが21年ぶりに無敗の3冠馬になった。

 だが、○年ぶりってことなら、先日、東京競馬場で行われた天皇賞はもっと大変な1日だった。天皇、皇后両陛下が観戦に来られたのだが、皇太子時代は別として、天皇の競馬観戦は1899年5月の明治天皇以来。実に106年ぶりのことだった。もともとはJRA創立50周年にあたる昨年観戦される予定だったが、直前に新潟県中越地震が発生したため延期となった経緯がある。2年越しのビッグイベントに、馬主、調教師のなかにも「陛下の前で馬を走らせられるなんて光栄なことはめったにない」と気合の入っている人も多かった。

 僕個人としては当日までは「天覧」と聞いても、ピンとくるものがなかった。「そういえば、長嶋茂雄が天覧試合でサヨナラホームランを打ったのが、子供のころテレビで話に出ていたな」ぐらいの感覚。だがレース後のワンシーンで、やっぱりすごいことだったんだと思わされた。

 勝者の松永幹夫騎手(38)とヘヴンリーロマンスは、ウイニングラン後、両陛下が観戦されたメモリアルスタンドの貴賓室正面で立ち止まった。そして、向きを直したジョッキーがヘルメットを脱いで馬上から深々と一礼。レース後で興奮状態にあるはずの馬も、誇らしげに堂々と立っていた。それは、それまで天覧競馬に特別な意識を持ってなかった自分にとっても感動的な光景だった。一瞬、厳かな雰囲気に包まれた後、10万人を超えるファンも惜しみない拍手を送っていた。各人の思想、また馬券の損得を抜きにして、みんなが独特の雰囲気に感じるものがあったのだと思う。受け入れ態勢を整えた東京競馬場の船一郎場長(55)は「あのシーンに収束される。ずっと続けてきた日々の苦労が報われた感じがした」と振り返る。

 この日、JRAでは、もっとも客が入るダービー時以上に、警備スタッフの人員を配置した。前日には警察とともに、排水溝や天井裏など普段何もしないところにも、入念なチェックを入れた。同競馬場の皆川亨安全対策課長(41)は「こういうご時世ですから、万が一のテロの気苦労とかもあった。レースが終わって陛下の車が門を出たときには、そばについていたスタッフはみんな脱力したようです」と話す。数カ月前から緊張が続く状態だったのは想像に難くない。当然、そう度々行えるものではなく、100年たっても「天覧競馬」が計画されることはないかもしれない。そう考えると、あの日の光景を生で見れたのは、いい経験だったと思えてくる。

 それにしても…。最後は俗な話になるが、馬券は惨敗。女系天皇容認の動きが出てきたときに、単勝で18頭中14番人気の牝馬が優勝するとは…。競馬は世相を反映するとは、よく言ったものだ。

November 9, 2005 11:49 AM