記者コラム「見た 聞いた 思った」

2005年11月02日

新たな“発掘”続ける:栗原弘明

 ロッテ担当を1年間やってきて、最高のプレゼントをもらった気分だった。阪神に4連勝しての日本一。阪神ファンがロッテをたたえる姿も印象的だった。ふと、1年前のことを思い出した。昨年9月17日、労組日本プロ野球選手会と日本プロ野球組織の労使協議で、ストライキ決行が決まった。「プロ野球にとって最悪の日」と感じた。あの日は、一生忘れないだろう。昨年、連盟担当だった私は、野球記者であるのに、1年間、野球の試合どころではなかった。ロッテも西武との合併などが取りざたされていた。

 そのロッテが、今季開幕後から快進撃を続け、プレーオフを制し、とうとう日本一にまで上り詰めた。バレンタイン監督の繰り出すマジックは新鮮だったし、それを解き明かそうと必死だった。試合の取材は楽しい。かといって、野球界の問題はなくなったわけではない。そういう気持ちから、自由な題材がこのコラムの特徴ではあるが、あえて野球を書き続けてきた。

 1回目のコラムで「開かれた野球場を」と訴えた。ロッテの本拠地、千葉マリン球場は構造上の問題もあり、チームの取材エリアが狭い。そこで、メディアへのアピールを考えれば、そこを再考してはどうかと提案した。その記事を読んでくれた球団は、即座に動いた。キャンプ中に選手会と話し合いを持ち、オープン戦から駐車場など、今までは閉鎖されていたエリアが取材可能になった。気軽に選手に取材できるようになり、プレーオフ、日本シリーズでもその「成果」を生かすことができた。球団が変わろうとしている姿勢は、開幕前から十分に伝わってきていた。

 私自身はやり残したことも多かった。日本シリーズでブレークした今江は、初戦で活躍した直後「自分が新聞に大きく載るとしたら、霧でそれが小さくなるのは嫌やなあ」と冗談交じりに漏らした。私は、それを笑えなかった。今江の4安打でチームは圧勝したが、濃霧コールドゲームという異例の幕切れだった。

 今季、何度もロッテ選手を取り上げてきた。今江も精神面を含めて、間違いなく、将来は球界を背負って立つ人材になると確信してきた。だが、翌日の大見出しは「ロッテ」「バレンタイン監督」がほとんどだった。最大の功労者はバレンタイン監督だから、それは仕方のないことかも知れない。だがスポーツ新聞の大きな役割の1つは、クサくなってしまうけれど、次代を担う新たなヒーローの発掘にあるはずだ。自分がもっとアピールしていれば。内面に踏み込んだ記事を書いていれば。「今江」をはじめとする選手の見出しは、何度も大きくなっていたかも知れない。「新聞」と口にしてくれた今江はありがたいが「活躍しても個人のことは、なかなか取り上げてくれない」と感じさせてきたことは、心残りだった。

 と思っていたところ、人事異動で私のコラムも最後になってしまった。10年以上前、駆け出し記者として悪戦苦闘していた東北総局に赴任する。今までとは違った立場で東北のスポーツ、文化に接することになる。どんな小さな出来事でも見て、聞いて、思う、という努力を続けていきたい。

November 2, 2005 11:52 AM