記者コラム「見た 聞いた 思った」

2005年10月12日

短くも貴い「13時間」:小林千穂

 人間関係を深めるのは決して時間だけではないと感じた、ごくごく個人的な出来事を書きます。

 5年半前、旅行から帰国する機内で、同年代の日本の女性と隣り合わせた。彼女はイタリア中部の恋人の家に住んでいたのだが、母親の病気で急きょ帰国するところだった。そんな状況の中でも彼女は、よく話し、よく笑い、おいしそうによく食べ、イタリアの料理についても話してくれ、「健やか」という言葉を思わせた。急に帰国するくらいだから、決して良い状況ではなかったはずだ。それでも、彼女はよく話し、よく笑った。約13時間の機内、お互いを知るには、短すぎる時間だったが、それでも彼女にひかれた。成田で別れる前には住所を交換した。ここまでなら、よくある旅の一場面なのかもしれない。何度かはがきをやりとりして、それで旅を思い出す、よくあることだ。

 しかし、彼女とはその後ずっとはがきのやりとりが続いた。決して筆まめな方ではない私だが、お互いがどこかに旅行に行った時にははがきを送り合った。そして、5年の間に、彼女は当時の恋人と結婚し、子供が2人生まれ、今はイタリアに住んでいる。お母さんは、その後、亡くなった。「今年の休みはどこに行くの? イタリアに来たら寄ってね」。はがきにはいつも同じ言葉を書いてくれた。

 そして今年、休暇でイタリア行きを決め、彼女からのはがきが届いた。彼女に会いに行こうと決めた。あの「健やか」な彼女にもう1度会いたいと思った。ただのセンチメンタルな旅なのかもしれない。ここまできても、よく、ではないがたびたび聞く話のようだと思うかもしれない。それでも、通り過ぎるように人と接してくるだけだった日常、彼女との短い時間については特別だった。

 列車を乗り継ぎ、ちょうど長靴のふくらはぎから少し南にある小さな町に着いた。日本で手に入るガイドブックには載っていない町。駅のホームには、5年半前の健やかな優しい笑顔を残したままお母さんになった彼女がいた。「会いたかった」と言ってくれた。簡単だけど日常ではほとんど口にすることのない言葉が、ズンときた。

 3世代同居の6人家族。90歳の夫のおばが今でも台所の主役だ。100年以上前から続くというレシピの家庭料理をごちそうになり、私が「おいしい」と言うたびに、彼女は誇らしげに「おいしいでしょ」と笑う。たくさん遊んでひざの上に乗ってくる子供たちからじんわりした汗を感じ、髪や服からは、洗濯したばかりの温かいせっけんのにおいがした。ベッドに入り、同じにおいの中で眠った。ちょっと涙が出そうだった。

 丸1日、あまりにも短い滞在だったが、13時間の出会いが5年半を超えた。自分にこんな再会ができた…。時間だけじゃない、会った回数じゃない、そんなことを考えた秋休み、でした。

October 12, 2005 10:40 AM