2005年10月31日
Jも千葉11・5必見:岡本学
プロ野球でロッテが31年ぶりに日本一に輝いた。少年野球のコーチをするほど野球好きだが、サッカー担当をしている関係もあって、恥ずかしながらMVPの今江をはじめ、若手選手のほとんどの顔と名前が一致しなかった。23日の第2戦を観戦した千葉市民でもある日本サッカー協会の川淵三郎キャプテンも完封勝利を飾った渡辺俊、今江を知らなかった。そして、その活躍に驚いたという。
日本シリーズに入ってテレビ中継が全国ネットになり、ロッテの快進撃とともに選手の顔と名前を一致させた人も多いことだろう。テレビ観戦した人の中には今江の8打席連続安打にしびれ、地面すれすれから浮き上がってくる渡辺俊の投球に驚き、スタンドとグラウンドが一体になるロッテファンの応援に魅せられ、来季は千葉マリンスタジアムへ応援に行きたい、と思った人も少なくないだろう。私も31年前、金田正一監督のパフォーマンスと優勝に刺激され、ロッテファンクラブに入り、神宮球場に試合を見に行った。
今季のロッテのように、日本一を争うような大舞台でプレーすることは、チームを大きくする可能性を秘めている。ロッテと同じ千葉市にホームを置く(市原市もホームタウン)サッカーJリーグのジェフ千葉にも、その可能性がある。G大阪とのナビスコ杯決勝(11月5日午後1時5分開始、東京・国立競技場)で、Jリーグが開幕した93年以降、初のタイトルを狙う。
千葉は98年にナビスコ杯決勝で磐田に0-4と敗れ、J初タイトルを逃しており、今回は鼻息も荒い。というのも、今年10月に千葉市内に新スタジアムがオープン。昨季まで8年連続のJ1観客動員最下位という不名誉な状況を抜け出すにはこれ以上ない「ハード」が完成したからだ。フクダ電子アリーナ(フクアリ)はJR蘇我駅から徒歩圏のサッカー専用スタジアム。就任3年目のオシム監督の下、実力をつけた千葉にとって、多くのサポーターを集められる環境がこれまで以上に整った。
ナビスコ杯決勝はそのホーム、フクアリではなく、国立競技場で行われる。だが、Jリーグでは少なくなった地上波全国ネット(フジテレビ系列)で生中継がある。サッカー記者の間でも「見ていて面白い」千葉オシムサッカーをアピールできる絶好の機会。今後、毎回のようにフクアリを満員にし、J1観客動員の「万年」最下位を脱出する転機になる可能性もある。
前千葉担当(93、94、04年に担当)としてナビスコ杯決勝には、ぜひ、注目してほしい。日本代表MF阿部の堅実な守備に右足からの決定力があるFK、同FW巻の体ごとゴールへ向かうヘディング、またMF坂本のハードマーク、MF佐藤の果敢な攻め上がり、さらに水本、水野、山岸らイキのいい若手もいる。走りまくる攻撃的なサッカーを展開する千葉の戦いぶりに、川淵キャプテンが今江、渡辺俊を見て驚いたように、新たな発見があるかも。お見逃しなく!
October 31, 2005 11:10 AM
2005年10月30日
謙虚が見えた上村騎手:高木一成
目が悪くなってだいぶたつ。毎日仕事でパソコンの画面を長時間見続けているだけではないだろうが、学生のころは1・0はあった視力が、ここ数年は両目とも0・2。それでも車の運転以外はメガネはしないし、コンタクトもしたことがない。「大丈夫なの?」とよく聞かれるが、馬の調教とかレースは双眼鏡で見るし、特に困ると感じることはない。たまに間違って知らない人にあいさつしちゃうぐらいか。1度、徹夜でマージャンして、そのまま午前中の健康診断を受けたら0・4に上がったことがあったが、あれは何だったのだろう? それ1回だけでまた0・2に戻ったので、いまだに謎だ。
1年ぐらい前に大学時代の先輩が、レーザー治療ですごい視力が良くなったと聞いた。「どうせならそれで治すか」とも考えたが、その費用を馬券でもうけて工面しようと考えたのが失敗。まず、貯(た)まらない。もっとも、人がコンタクトをつけるのを見ても怖いと思うぐらいで、本音はどっかに目の手術への恐怖があるからためらってるだけなんだけど。
30日の天皇賞にアドマイヤグルーヴで参戦する上村洋行騎手(32)は昨年、その大事な目を4回も手術した。いや、せざるを得なかった。実は2年前の12月、一緒に食事をする機会があったときに「最近右目がやばいんですよ。よく見えなくて。でも(競馬に)乗せてもらえなくなるとまずいんで、周りには言わないでくださいね」と聞いていた。本格的な検査の結果、「黄斑膜(おうはんまく)角膜炎」という原因不明の病気だと判明。右目の視界はすりガラスを通して見るように白く濁っていたという。ごまかしながらの騎乗は限界がある。「人に迷惑を掛けることになったらまずい」。翌1月には戦線を離れ手術に踏み切った。
だが、とても珍しい症例で、すぐには思うような成果は出なかった。「騎手に戻りたい」という強い意志で手術を繰り返したが、3回目の手術を終えても視力は回復しない。「騎手をやめたくないと思う一方で、別の仕事を考えざるを得なかった。学歴があればな、と本気で思った。でも結局ほかにできる仕事は浮かばなかった」と悩みに悩んだ。
結局、術式を変えた4回目の手術で何とか視力を取り戻すことができた。昨秋に戦列復帰。再び乗れることが何よりうれしかった。92年のデビュー年に新人賞受賞と華々しいスタートを切った上村騎手だが、手術前の数年の成績はひと息。「こんなはずじゃない、とくすぶっていた。前は余計なプライドが邪魔をして謙虚になれなかった」と振り返る。だが、今は違う。熱心に厩舎を回る姿などが、関係者の信頼を回復していった。今年は乗りクラも増え、勝ち星につながっている。「自分をリセットするいいきっかけになった」。今でも右目の視力は元の2・0には程遠い。それでも、手術の不安を乗り越え、病気を克服したことで違うものが見えてきたということか。同じ年でもある上村騎手が、この先どんな騎乗を見せるか、個人的に注目している。
October 30, 2005 12:29 PM
2005年10月29日
選手の能力信じる:千葉修宏
僕は野球の監督も、一般社会における会社などの組織の長も、基本的になすべきことは同じだと思っています。
今季、日本のプロ野球でボビー・バレンタイン監督(55)のロッテが、31年ぶりの日本一となりました。大リーグではオジー・ギーエン監督(41)のホワイトソックスが、なんと88年ぶりとなるワールドシリーズ優勝を勝ち取りました。この2人をひとくくりにすると、両者から怒られるかもしれませんが(笑い)、2人の采配には共通する部分があります。そしてそれは実社会でも通用する選手(社員)操縦法ではないでしょうか。
僕が思うに、彼らはあまり選手を「指導する」という意識がないのではないでしょうか。それよりも、選手の能力を信じ、彼らが力を発揮できる環境を整えることが最も重要だと考えているようです。
ある日、ホワイトソックス井口選手が打席に向かう際、片言の日本語で「アホ、バカ!」という声が聞こえたそうです。振り向くとギーエン監督がニヤリ。もちろん冗談で、緊張を解きほぐそうとしたのでしょう。別の日には、擦れ違いざまに「キムタク!」と言われ、「何で知ってるの?」と笑ってしまったそうです。こんな監督だからこそ、すぐにチームに溶け込み、実力を発揮できたのではないでしょうか。
またデータ重視のバレンタイン監督も、実は選手が意気に感じる「浪花節」的采配も目立ちます。左投手にあえて李選手をぶつけたり、シーズン中の黒木投手の復活ストーリーなんかは、監督の頭の中に最初から描かれていたのでしょう。打てない時も4番サブローを使い続けたり、プライドをくすぐり力を出させる方法を知っています。
逆に、今季もまた最下位を突っ走った某メジャー球団の監督は、担当記者に聞くと、まさに「オールドスクール(古いタイプ)」の監督だそうです。(実績だけはあるので)自分の経験則だけで話し、自らの威厳を保つことを一番に考えるタイプ。いつも気難しい顔をしてメディアにも高圧的で、ほとんどの中心選手に、そっぽを向かれていました。僕が以前取材したある日本人の監督さんは、報道陣の前で延々と選手批判。そういう監督(上司)のために「やってやろう」という気にはなりませんよね。
バレンタイン、ギーエン両監督のやり方がすべて正しいとは言いません。ただ、野球でも仕事でも実務を行うのは選手であり、会社の部下なわけですから、その力を100%組織のために発揮させることを優先するのは当たり前です。
でも軍隊流の上下関係がはびこってきた日本の社会では、力を生かすよりも、下の人間の欠点を矯正しようとしがちです。しかも的確に矯正するならまだしも、意味のない罰を与えたりすることもあります。
例えば、試合に負けた時、グラウンドを100周させても、また同じ失敗をします。選手の能力を生かすなら、試合に負けた時、仕事でミスした時、冷静に反省して失敗を分析させた方が、次の機会で有効です。バレンタイン、ギーエン両監督はミスに対してもそういう対応をします。2人の成功は、指導者の進むべき方向性を示したという意味で、本当に素晴らしいことだと思います。
October 29, 2005 10:46 AM
2005年10月28日
一緒に戦うロッテファン:荻島弘一
千葉ロッテが日本シリーズで圧倒的な強さを見せている。別にロッテファンではないけれど、プレーオフから続く感動的な試合に、ついついテレビを見入ってしまう。何よりも感動的なのが、その応援スタイル。以前から「12球団一」と言われてきた応援だが、実際に見る機会は少なかった。しかし、このシリーズで全国的に知られただろう。
外野席ではレプリカユニホームに身を包んだ若者たちが、立ち上がって声援を送っている。旧来の野球にあったようなメガホンを使った応援ではない。声と拍手で選手を鼓舞する。統制のとれた応援は、チームにとって大きな力。バレンタイン監督も、選手も、お立ち台では大勢のファンへの感謝の言葉を忘れない。
多くの若者たちが一斉に立ち上がり、手を前方に伸ばして跳びはねる様子は、何かに似ている。そう、Jリーグのゴール裏だ。サッカーで一般的になった「サポーター」が、プロ野球にもいた。相手チームの選手にも拍手を送り、試合後にはゴミ拾いまでして帰る。02年に毎日スポーツ人文化賞で表彰された応援団は、チームの誇りでもある。
最初にバレンタイン監督が就任した95年がきっかけだったという。「何か違う応援を」という考えから、今の応援に行き着いた。Jリーグや大リーグも参考にして、独自のスタイルをつくり上げた。自然発生的にサポーターズクラブができ、遠征では応援ツアーなども企画されている。
今までのファンと違うと感じるのは「ともに戦う」という意識だろう。もちろん、これまでのファンに意識がなかったわけではないが、より選手やチームとの距離は短くなった。その象徴が永久欠番「26」だ。
スタンドに「26」と書かれた巨大なフラッグ(75メートル×15メートル)が掲げられるようになったのは03年から。ベンチ入りする選手は25人、ファンも26番目の選手としてともに戦うという意味だ。これに応え、球団側も今季から「26」を永久欠番とした。Jリーグのチームが「12」を欠番としているのに似ている。ちなみに、プロ野球の楽天も「10」が欠番だけれど。
ブラジルとイングランドの通信員から、同じような話を聞いた。応援するチームが負けた時に「自分のチームが負けた」と言わずに「自分が負けた」というのだという。一緒に戦っている意識が強いからこそ「自分が負けた」になる。その思いは選手へのプレッシャーにもなるが、同時に選手の大きな力にもなる。
かつてスポーツは「やるもの」か「見るもの」だった。今は、ここに「参加する」という選択肢が加わった。プレーする選手たちに感情移入し、自分たちも試合に参加するという感覚。単に選手を応援するだけでなく、選手と一緒に戦うという意識。それが、特別なことではなくなった。スポーツへのかかわり方には、いろいろな形がある。応援のスタイルも、人それぞれだろう。ただ、新しい形としてロッテの応援がある。そういうものが出てきたことが素晴らしいと思う。
October 28, 2005 09:52 AM
2005年10月27日
地震予知できません:桐越聡
死者51人、重軽傷者4795人。13万世帯近くが被災した新潟県中越地震から1年が経過した。
皆川貴子さん(当時39)と長女真優(まゆ)ちゃん(同3)が犠牲になり、長男優太ちゃん(3)が奇跡的に救出された長岡市妙見町の土砂崩れ現場。追悼式典に出席した優太ちゃんの祖父皆川敏雄さん(69)は「悲しみというのは薄くならないんですね、やっぱり」と小さく話した。返す言葉が浮かばなかった。心が痛んだ。
皆川さんが力を込めて話した。「地震専門の学者や先生方に頑張ってもらって、地震予知ができればありがたいなと思います。天気予報みたいに地震の予知ができれば、もっと被害が少なくなって、いいんじゃないかと」。地震が予知されれば被害規模は確実に小さくなる。地震予知に期待したい。その気持ちは、痛いほど分かる。
国の地震予知研究は40年前に始まっている。しかし、95年の阪神大震災以後、研究者の間では「あきらめるべき」という空気が広がったと聞く。「予知できるような観測体制ではない」「予知は神話」などと、国の取り組みを厳しく批判している専門家がいる。
「地震予知は夢物語だね」。大学時代、地震学の講義を担当した先生はハッキリと話していた。しかし、「地震予知連絡会」など、地震予知という言葉は今も残っている。理想としては分かるが、現実とは懸け離れすぎている。
以前、こんなことが報道された。2年前、宮城県で震度6の地震が続いた直後の中央防災会議で「今回の地震で予知はあったのか」と、小泉首相が尋ねた、と。小泉首相ですら、そうだった。地震予知という魔法のような言葉を信頼して「いざ、というとき予知情報が出るのでは」と、漠然と思っている人は少なくないと思う。
1年前、被災地の大混乱を目の当たりにした。たくさんの人が「地盤がしっかりしているから大丈夫だと思っていた」と途方に暮れていた。「残っているのはふろの水だけ。赤ちゃんにミルクをあげられない」と、飲料水を買い求めるため、崩落しそうな山道を急ぐ人がいた。「車の中は暖かいし、余震も怖くない」と笑みを浮かべていた人が数日後、エコノミー症候群で亡くなった。市民に地震への備えはほとんどなかった。
もちろん、地震予知につながっていく観測や研究は進めてもらいたい。しかし、現時点で地震予知は幻想にすぎない。それならば、被害を食い止め、実際の混乱を抑えるような分かりやすい政府の啓発活動が、必要なのではないだろうか。政府の地震調査委員会は「大地震の確率は○%」と随時、公表しているが、低い数字には安心してしまう危険性がある。分かりにくい。
今夏「クールビズ」という言葉は地球温暖化対策への意識とともに広く浸透した。「地震予知はできません」。地震対策の啓発活動をそんなコピーから始めるのも悪くはないと思うのだが…。
皆川さんら51人の遺族の涙を、決してひとごとにしてはならない。
October 27, 2005 12:08 PM
2005年10月26日
ツネにリーダー宮本:横田和幸
悪夢としか言いようがない。JリーグG大阪のDF宮本恒靖(28)が、22日の大分戦(万博)で右ひざを負傷した。担架で運ばれる苦悶(くもん)の表情は、ナビスコ杯決勝やリーグ戦の出場が厳しくなったと、容易に察知できた。全治は4週間だから全戦絶望ではないが、無冠クラブが一気に2冠獲得のチャンス。これは、本人が最も悔しいだろう。
G大阪でプロ契約を結んだ95年から11年間、彼の成長を見てきた。学生時代からチームでは主将、学校では生徒会長や学級委員を歴任したという。男前で英語が得意で、知性も兼備している。
02年W杯では、鼻骨骨折しながらフェースガード姿で活躍し、大ブレーク。NHK紅白歌合戦の特別審査委員に選ばれ、個人カレンダーや写真集は7000部以上が即座に完売。世間の愛称は「ツネ様」。嫁も子供もいて、ポジションは地味なDFなのに、ここまで存在感を示せたのは、ある意味でFWカズに並んだといっても過言ではない。
表面的には完ぺきな人間と思えるが、決してそうではない。
もう時効だろう。03年4月29日の鹿島戦(万博)だった。後半ロスタイムに宮本が相手にPKを与え、G大阪が逆転負け。試合後の宮本の「あの判断は間違っていなかった」という談話がメディアに流れ、チーム内も揺れた。最低でも引き分けで終わらせたい展開で、関係者は「それは言うべき言葉じゃない」と憤慨した。
本人は決して「オレが悪くない」と示唆したかったのではない。ペナルティーエリア内だったが、あの場面でチャージしないと決定機になった。それに対するプレーの根拠を述べただけだが、プロの集団だからそんな1フレーズが、カチンとくることもある。思ったことはストレートに表現する宮本に、取材をしているこちらが、ヤキモキしたのも数回ではない。当時、26歳だった。
G大阪で初主将を務めた00年もそう。シーズン中断中にセリエAブレシアの紅白戦に参加した。イタリアへは2泊4日の強行軍というから驚いた。リーグ戦を控えた状況で、冷静沈着な宮本の奥底に眠る無鉄砲さに、違和感をおぼえた。欧州移籍の願望が強すぎたのかもしれない。当時、まだ23歳の若さだった。
今年の宮本は主将の肩書はないが、シジクレイ主将を補佐し、周囲を冷静に見渡せしている。8月末にセリエAトレビソからオファーが届いた際に「G大阪で優勝したいから」と移籍を断念した。精鋭が集まる代表で発揮していたリーダーシップが、ようやくクラブで自然体で表現できている。彼にもリーダーとしての経験が必要だった。
優勝の重圧がかかる終盤戦。宮本が仮に欠場していても、練習場でリハビリに励む姿があれば、チームに活力を与えるはずだ。「ツネさんのぶんまで頑張らないと」とはエース大黒。真のリーダーになった28歳の宮本は、こんなケガに負ける男ではない。私も1日も早い復帰を願っている。
October 26, 2005 12:39 PM
2005年10月25日
願えばかなう!?進化論:上野耕太郎
先日あることに気が付いた。千葉・鎌ケ谷で日本ハムの若手選手が練習していたときだ。「鎌倉って足、長いなぁ」。他社のベテランカメラマンが20歳の鎌倉健投手のランニング姿を見てつぶやいた。確かにそうだった。189センチの長身で腰の位置がすごいところにある。
ただし気付いたのは鎌倉の体形ではない。「足が長い」という褒め言葉を久しぶりに聞いたということだ。子供のころ「足の長さ」は絶対的な威力を誇っていた。松田優作、草刈正雄のスタイルも話題になっていた。私の母は言う。「石原裕次郎が出始めのとき、その足の長さにびっくりした」。股(また)下何センチというデータが重要視されていた。
男性の格好良さ=足の長さという時代が存在した。少女漫画では体の5分の4が足っていうすさまじい「生物」も存在した。小学校時代の身体検査の話。座高を測るとき、猫背になるという姑息(こそく)な手段を用いた。田舎の子供は暇だ。その数値の引き算が測定後の話題になった。嫌な思い出だ。
今、足の長さって「死語」なのかもしれない。今の10代では長いのが普通になったからだ。それに代わって褒め言葉の王座に君臨するのが「顔、小さいねぇ」だ。「伝道師」はタモリだ。笑っていいとものテレフォンショッキングで出演した芸能人に連発。小顔の芸能人があこがれの対象になった。永年の布教活動の末、新しい価値観を創造した。って、大げさ?
そうすると、いつの間にか小顔になっていく。日本ハムの若手選手の顔もやはり小さい。鎌倉、ダルビッシュ、鵜久森と長身の選手たちは、体にちょこんと顔が乗っている感じだ。モデル体形で野球がうまい。それは反則だ。それに加え、ファンの目がある。素材が磨かれていく。
体形の変化って昔に比べ食糧事情が変わり、欧米化が進んだから? 違うな。新しい格好良さの基準の創造→なりたいという願望→現実化-という流れが世代にわたって具体化している。「末代までたたってやる」というセリフがあるが「末代まで願ってやる」という感じか。これまでも「彫りが深い」「背が高い」「足が長い」「顔が小さい」という難題をクリアし、平均値を上げている。
社会全体の願いは実は、かなったりするのではないか。ただし、世界平和とか人に優しくといったものではなく、「モテる」ことに直結するものだけだが。進化って意外と単純な願望からきているのかも。加速する進化に加え、注目されることでの研磨があるスポーツ選手って次世代の未来形なのかもしれない。
「丸顔」「だんごっ鼻」「手足が細い」のがセクシーなんて時代が来たとする。10年後、かつて中日の投手として活躍した宣銅烈(現サムスン監督)のような選手が続々と出現。20年先、街角にはアンパンマン顔の若者が大量発生していたりして。
ダーウィン先生、今西錦司先生、そして宣銅烈監督、バカみたいな「進化論」ですいません。
October 25, 2005 10:15 AM
2005年10月24日
値踏みされた“器量”:永井孝昌
値踏みされたな、って実感した経験、ありますか。
18日は欧州CLの取材でミュンヘンへ。取材申請許可が下りたのが17日の午後だったので、慌ててあれこれ手配したけれど、どうにも宿だけが見つからない。ネットで検索してもダメ。電話しても「満室」の返事ばかり。困った揚げ句に駆け込んだ旅行代理店でようやく1室だけ見つけた5つ星ホテルの空き部屋は、1泊、日本円にして約4万円ナリ。高い。高すぎる。と思ったけれど、ほかにないので予約を入れた。
当日。取材を終えてホテルに到着したのは、午前1時前だった。重厚な入り口の扉を開け、フワフワのカーペットの上をトランク引きずりながらフロントへ向かうと、待っていたのは50歳ほどの、深夜にもかかわらず一切の乱れなく高級スーツを着こなしたコンシェルジュ。で、この人がオレを見る。とにかく見る。なめ回すようにオレを見る。ジャケット、時計、ズボンに靴。「今、ここを見てます」とはっきり分かるくらいあからさまに見る。「あぁ、値踏みされてるな~」と実感して立ち尽くしていると、いきなり高圧的な口ぶりで「名前は?」と言われたからカチン、ときた。
「あなたは当ホテルにふさわしいお客さまではございません」といちいち感じさせるような口調と態度。頭に血が上った。「ポーターが必要か」という素っ気ない声をきっぱりと断って、部屋に入ると前夜は徹夜だったというのになかなか寝つけなかった。
だが一夜明け、冷静になって、気付く。「あなたはこのホテルでは快適に過ごせませんよ」と言っていたかのようなコンシェルジュの応対は、朝、ネクタイを、化粧をした紳士淑女ばかりに囲まれたレストランでの朝食ではっきりと感じた居心地の悪さをあらかじめ伝えていたのだと。値踏みしていたのは財布の余裕ではなく、心のゆとりなのだと。そこでは、4万円払えば4万円分の快適が約束されるわけではない。代価では手に入れられない精神性と格式が、そこにはあった。
代償を求める風潮。何かをすれば、それに見合うものが返ってくるのが当然、という思考。その甘い認識にどっぷり漬かり、心の豊かさを失っていたのかもしれない。
「あいさつされても、あいさつを返さない先輩とはいかがなものか」と嘆くのは、目上に対して敬意を表現するという、あいさつの持つ本来的な精神性を忘れていないか。「メシをおごってやったのに礼もない」と怒るのは、おごった相手が悪いのではなく、おごる相手を見誤った自分の眼力不足ではないか。「そう考えられないのが、今のあなたの器量ですよ」。気高きコンシェルジュに、そう教えられた気がした。
ローマで高級レストランに入った時、「こちらへどうぞ」と言う案内係にさりげなく背中を押されたことがある。彼らは、スーツの手触りで客を値踏みして、案内する席を決める。ただでさえ一流レストランの格調高さに気押されているのに、「あ、値踏みされた」と気が付いてさらに動揺するのが今のオレ。35にもなって、5つ星の「精神世界」はまだまだ着こなせないでいる。
October 24, 2005 12:10 PM
2005年10月23日
素直に使った「奇跡」:栗原弘明
私が担当しているロッテが31年ぶりの優勝を果たした。歴史的な瞬間に立ち会うことができ、なお優勝原稿が書けるということは、記者みょうりに尽きる。17日のソフトバンクとの第2ステージ5戦目、午後9時46分に優勝が決まった。31年ぶりの胴上げだから、わずかなしぐさも見逃すことはできない。まさに目をひんむいて、その瞬間を見届けた。プレーオフの前から、自分なりに「優勝したらどういう気持ちになるのだろう」と思い描いていた。実際には感動するより先に冷静にものを見なければ、という気持ちが先に立っていた。とにかくすべてを見なければ、と自分に言い聞かせていた。
最後はレフトフライとなったが、その飛球が飛んだ瞬間、と言ってもいいぐらい早く、三塁側ベンチから選手が飛び出した。その先頭集団の中に小宮山悟投手がいた。プレーオフの前に、ロッテの快進撃の理由を取材していたが、頭脳派らしく、感情を抑えた、冷静な語り口が印象に残っていた。そんな40歳の小宮山投手が真っ先に走りだしたのだ。長年、エースとしてチームを支えてきたベテランだ。「ああ、やっぱり、優勝に飢えていたのだ。それだけ、うれしかったのだ」としみじみ感じた。
アメリカには胴上げの風習がない。それでも、バレンタイン監督は3度、宙に舞った。形は良くなかったが、逆にそれが新鮮だった。祝勝会では、シャンパン・ファイトとビールかけが行われた。通常なら優勝記者会見→ビールかけのタイムスケジュールが多い。だが、今回はそれを逆にした。喜びを素直に、早く分かち合いたいというバレンタイン監督らしかった。本当は優勝直後、ロッカールームでやりたかったらしい。施設面の問題があって、それは実現しなかったが。
プレーオフ第1、第2ステージを通じて感じたのは、接戦の好ゲームが続いたことだ。計7試合で1点差が5試合、2点差が2試合。一方的な差がついたゲームはなかった。1つのプレーで流れが変わっていく。最後までわからない、野球の面白さを再確認した。今まで原稿を書いてきた中で「奇跡」という文字はなるべく使うまい、そんなに簡単なものではない、と胸に秘めてきたが、今度ばかりは素直にその文字を使ってしまった。
ただ、下位チームにハンディをつけるアドバンテージについては議論する必要があるだろう。レギュラーシーズン1位と2位、2位と3位、いずれもだ。プレーオフは面白かった。だが仮にロッテが第1ステージで負けていれば、今年の歴史的な快進撃は何だったのか、ということになる。ソフトバンクについても、2年連続でレギュラーシーズン1位の価値はどうなるのか、と思う人もいるだろう。2年間実施してみて、ここは変えた方がいいだろうと、肌で感じた部分があるはずだ。今日22日から、いよいよ日本シリーズが始まる。株だ何だという動きは、せめてシリーズの間ぐらいは自粛して欲しいと願っている。
October 23, 2005 11:54 AM
2005年10月22日
「イメージ」を大切に:小林千穂
最近、私にとってちょっと衝撃的なニュースがあった。映画「スター・ウォーズ」シリーズのダース・ベイダーが、タスキを掛けて、札幌の地下鉄で1日駅長をやっていた。写真を見て軽く「え、え~っ」とのけぞってしまった。ダース・ベイダーといえば、このシリーズの主役と言ってもおかしくない。黒ずくめの衣装、ボイスチェンジャーを通した低音ボイス、空をつかむだけで離れた相手を倒す圧倒的な強さ。悪の権化なんて言われているキャラクターだが「ダークサイド、落ちてもいいかも」「コスプレするならベイダーがいいな」みたいな魅力があるんですよ。なのに、なのに、タスキを掛けて立っている彼はめちゃめちゃ弱そうだった…。
今年7月の「エピソード3」公開前後に、某チョコレートとタイアップしたCMにベイダーが出ていたのを見たときにも「あらら…」という悲しみを感じた。だって、強さを発揮する相手が、チョコレートに手足が付いたキャラクターなんだもん。いいのか、ベイダー! と思い、自分の中のベイダー像が崩れていくのを止められなかった。
映画会社からの要請を受けてイベントを行った、スター・ウォーズのコスプレ集団は、その世界観をこよなく愛している人たちで、世界そのものに入っちゃおうってな考えなので、キャラクターイメージを守ることも大事にしている。ベイダーのコスプレをする場合には「手は振らない、頭は下げない」などのルールがある。それでも、関係者は「子供たちが寄ってきて、握手を求められたら無視できません」と話していた。ちなみに、福岡にもダース“駅長”ベイダーが出現したそうだ…。
イメージつながり、映画つながりで、もう1つ。東京・銀座の映画館、丸の内ルーブルが12月から「サロンパス ルーブル丸の内」になるというニュースにも驚いた。施設命名権、いわゆるネーミングライツを、久光製薬が興行会社から取得したのだ。丸の内ルーブルといえば、天井に大きな戦艦みたいなシャンデリアがある場内を思い浮かべる。暗くなるのと同時に、その戦艦が上昇していく。学生の時初めて行って「東京の映画館はすごいなー」と、天井を見上げてしまったもんだ。
映画館とサロンパスが頭の中でシンクロしないのは「慣れ」の問題が大部分なのだと思う。思い浮かべるのは「味の素スタジアム」の誕生。使用から2年余りだが「味スタ」と、名前が定着した証拠の略称で呼ばれている。サロンパスの方は契約期間は3年ということだが、3年後にはすっかり慣れているんだろう。まあ、劇場の名前で映画館を選ぶわけでもないんだし。
ただ、私たちが思ったり感じたりすることの大半は、イメージに起因し、想像力で補われている。覆される驚き(いい意味の)もあるけれど、ちょっと大事にしたいものもあったりする。
以上、心の中の小っちゃいイメージに保守的な、小っちゃい人間のたわごとでした。
October 22, 2005 10:38 AM
2005年10月21日
プロは影響力大きい:岡本学
埼玉県内で少年野球チーム(幼稚園~小学5年)のコーチをしている。毎回「相手の胸を狙ってボールを投げろ」とか「ゴロは腰を落として捕れ」と繰り返し基本を教えているが、なかなか身につかない。そんな子供たちにとって元プロ野球選手の教え、プレーは特別だったようだ。
先日、巨人で投手として活躍した水野雄仁氏が野球教室の講師として、チームが練習する小学校へ来た。体育館での講演と校庭の実技など、ほんの数時間の滞在だったが影響力は大。水野氏から「四球を出さないためには、どうすればいいか」を教わったエースのM君は、その教えを実践して練習し、四球数を減らした。また、水野投手からヒットを打ったU君は自信をつけ、チームで中軸を任せられる打者に急成長した。記者は水野氏とは同い年だが、元プロ野球選手との影響力の違いは、歴然だった。
一般的に子供たちがプロ選手と触れ合う機会は、決して多くない。だが、子供たちと話しているとテレビ中継などを見てプレーを参考にしたり、まねたりと、プロから受ける影響は大きい。指導者として、実際にいいプレーはまねしてほしいと思うし「昨日の○○選手のプレーを見たか?」などと模範的なプレーを題材にして教えることも多い。これは野球だけでなく、サッカーをはじめほかのスポーツにもいえることだろう。
だが、サッカー担当記者として見ているJリーグのプレーには「参考にしてほしい」と、薦めることをためらうようなシーンも少なくない。選手から審判への見苦しい抗議もその1つだが、最悪と感じるのは選手の倒れ込みだ。相手選手に少し触れただけで簡単に倒れるし、反則をもらおうと主審を欺くようにオーバーアクションで転倒したり、主審の笛を強要するかのようにボールをつかんでしまう選手もいる。先日は、ペナルティーエリアへ切れ込んで得点機を迎えながら、相手に軽くタックルされただけで大げさに倒れ、PKをアピールする選手もいた。主審は倒れた選手のシミュレーションとしてイエローカードを提示する妥当な判定を下したが、大げさに倒れて反則の笛が鳴ることが多いのも事実。これでは、子供たちが「倒れておけば」と錯覚してもおかしくない。
8、12日の日本代表戦で、Jリーグでは反則となるような相手タックルに、笛が鳴らないシーンがたくさんあった。海外での国際試合、欧州でのリーグ戦を見ていても、倒れ込んでも簡単に反則をとっていない。少々の接触、反則にも相手ゴールへ向かう姿勢を崩さないのが世界基準。Jリーグが「倒れ込み」を放置していれば世界から取り残され、急成長した日本サッカーの進歩も止まる。
Jリーグにはいいプレーもたくさんある。倒れ込みは「悪」の一例だが、Jリーガーは将来を担う子供たちへ、大きな影響を与える立場にあることを肝に銘じ、プレーすべき。指導者の1人としても見本になるプレーが増えることを望む。
October 21, 2005 11:50 AM
2005年10月20日
感じよう名馬の魅力:高木一成
「あの強い馬どうしてますか?」。
先日、競馬にはほとんど興味のない大学時代の後輩と飲んだときに聞かれた。1年ちょっと前に会ったときは「あの弱い馬どうしてますか?」だったのを覚えている。
前者は、今週末23日に京都競馬場で行われる菊花賞で3冠制覇を狙うディープインパクトで、後者は高知競馬で連戦連敗でも頑張る姿が話題となったハルウララ。競馬サークルの関係者は別として、ほんのちょっと前まで世間一般の人にとって一番有名だった馬は、「強い馬が勝つ」という競馬の本質とはちょっと外れたところにいる馬だった、ように思う。
だけど今回は違う。デビュー以来無敗で皐月賞、ダービーを制覇したインパクトの強さが、広く一般にまで注目を集めている。電車の中づり広告を見ると、今週発売の週刊誌の見出しに名を連ねているし、レース後はNHKで特集も組まれる。「社会現象」というのがどこまで当たっているかは分からないが、社会面のコラムで話題になってもいいぐらいの認知度はすでにあると思う。以前、1頭の人気に頼りっぱなしの盛り上げ方では「ディープこけたら皆こけた」で終わってしまうのではないか、と書いた。だが、もうそれで押してもいいのかなとも思いだした。何しろ競馬に興味を持ってくれる人が増えてくれればいい。
ちょっと弱気に聞こえるかもしれないが、昨年11月からこのコラム班に入って感じたのは、競馬ってこっちが思っているほど、ポピュラーではないのかなということ。テーマ設定や、個人の技量のせいかもしれないが、競馬ネタのときは悲しいぐらい反響がない。禁煙についてだとか、カジノに行っただとか、個人的なことを書いた方がはるかに反応がある。前回、マージャンのことを書いたときは「ぜひウチのジャン荘に遊びにきてください」というメールまでいただいたぐらいだ。
そういえば、昨年の年度代表馬ゼンノロブロイが今夏の英国G1に出走した時は、地上波でのテレビ中継なし。日本馬で史上初の米国G1制覇となったアメリカンオークスも同様だった。ほかの(個人的には)マイナーと思われるスポーツも、世界的な試合は少なくとも深夜では放送がある。そう考えると、競馬の露出はとても少ない。「好きな人だけ見ればいい」はあまりに視野が狭い考え。多くの人が見てくれて、その上で本当に興味を持った人が続けて競馬ファンになっていくというのが理想だろう。
話は変わるが、サッカーを始めたばかりの小学生時代、初めてテレビでブラジル代表の試合を見たとき「こいつらはすごいなー」と思った記憶がある。技術的にどこがうまいとかは分析できなかったし、点差が開いているから強いと評価したのでもない。どことなく漂う本物の雰囲気を感じたのだと思う。もしかしたら、今回のディープインパクトを見れば、これまで競馬に触れてこなかった人もそういう雰囲気を感じ取れるんじゃないか。
競馬を知らない人も魅了させてしまう名馬。そんな可能性を感じるからこそ、今年の菊花賞はぜひ、皆さんに見てもらいたい。
October 20, 2005 11:59 AM
2005年10月19日
村上Fより大切な事:千葉修宏
良かったです。パリーグ・プレーオフが最後に盛り上がって。いや正確には、手に汗握る熱戦が続いていたにもかかわらず、僕らメディアの報道が、途中までそれ相応ではなかったと言うべきですね。
先日、大リーグ取材から帰国しました。田口壮外野手(36)の所属するカージナルスが、地区シリーズで大塚晶則投手(33)のいるパドレスに3連勝した試合まで取材。そして日本に戻ってきました。
いまさらですが、インターネットって本当に便利ですよね。今では世界中どこでも、様々な情報を収集できます。昔は海外出張のたびに、データ等を詰め込んだ分厚いノートを何冊も持っていったこともありましたが、現在はパソコン一つで済みますから。
そんな中、米国出張中も常に気に掛けていたのが、プロ野球ロッテの動向です。僕は昨年、ロッテを担当していたので、彼らがプレーオフに進出した時はうれしかったし、わずか2年でチームをここまで導いたバレンタイン監督や、瀬戸山代表、関係者の方々の手腕には脱帽の思いでした。
僕は当然、ロッテの連日の活躍がスポーツ新聞のトップに踊っているんだろうとワクワクしながら帰国しました。しかし現実は違いました。成田エクスプレスのホームにある売店で日刊スポーツを手に取ると、そこには「村上ファンド小泉流要求 虎上場 ファン投票」の文字が…。
「はぁっ?」。もちろん村上ファンドが阪神タイガースの親会社である阪神電鉄株を大量所有していることは知っていました。でもタイガースが上場するかどうかって、そんなに大事なことですかね? そんなことを考えていたら、今度は楽天がTBSの筆頭株主になったというニュースです。
報道する僕らが悪いんですけど、そもそもこれらは連日、新聞の1面をさくほどのことでしょうか。村上ファンドの件も、別にタイガースがなくなるわけではないし。楽天がTBSの筆頭株主になっても、1株主が2球団を保有する問題は、オーナー会議等で結論を導き出せばいいだけ。こんな問題があると、また“あの人”に意見を求めて、それが大々的な記事になる悪循環。あ~我ながら、日本のメディアって進歩してないよなぁ。
昨年の球界再編時のように、これらの動きが球団合併につながるなら問題です。でも個人的に言わせてもらうと、またファンを無視して合併うんぬんを画策しているオーナーがいるとしたら、本当のアホですよ。逆に、単なる身売りなら、いいじゃないですか。資金力のあるオーナーがチームを買うのは、どこの世界でも当たり前です。
そんなことより、これらを大々的に取り上げることで、熱戦を繰り広げているパ・リーグ・プレーオフに水を差すなんて、本当に失礼だと思いませんか?(ファンの皆さん、スイマセン)。日本のスポーツを盛り上げていくことは、僕らメディアの使命の一つ。それを肝に銘じて、今後もやっていきたいです。そういう意味では、地上波で「ソフトバンク対ロッテ」を放送してくれたテレビ東京さん、さすがです!
October 19, 2005 10:53 AM
2005年10月18日
失敗をどう生かすか:荻島弘一
誰にだって「死んでしまいたい」と思う瞬間が、1度や2度はあるだろう。10月8日のサッカーW杯アフリカ予選最終日、カメルーンのDFウォメは、決めればW杯出場となるPKを外した。試合終了間際のロスタイム、結局決勝点を奪えずにエジプトと1-1。W杯出場権をコートジボワールに逆転で奪われた。ユニホームで顔を隠したウォメは、いったいどんな気持ちだったのだろう。
5大会連続出場を逃したカメルーン。首都ヤウンデのスタジアムを埋めたファンたちは大騒ぎになった。ウォメの愛車は壊され、実家も襲われた。放火まで予告された。3日後、ミラノで会見したウォメは「殺されるかと思った」と、試合直後を振り返った。
ウォメがPKを外す数時間前、ラトビアでは日本代表のMF中田浩二が、痛恨のミスを犯した。2-1とリードした場面でバックパスを奪われ、同点ゴールを決められた。W杯予選で敗退したラトビアに2-2の引き分け。MF松井とFW大久保の欧州組を加え、W杯本番へのテストとなる試合。勝利だけが目的ではなかったが、勝ちきれなかったことは反省すべきだ。
これがW杯の本番でなくて良かったと思う。もっとも、中田浩は02年大会決勝トーナメント1回戦のトルコ戦でも中途半端なパスを相手にさらわれている。直接失点にこそならなかったものの、そこから奪われたCKで失点し、日本は0-1で敗退している。「またか」と思ったファンも、決して少なくないはずだ。
もちろん、ミスした選手だけを責めることはできない。あくまでも敗戦は「11人の責任」だ。とはいえ、敗戦の責任は誰かに負わせたくなるもの。外しまくったFW、機能しなかったMF、ピンチに競り負けたDFが、やり玉に挙がる。問題は、その選手がミスをその後にどう生かすかだ。
82年のW杯スペイン大会で、圧倒的優勝候補だったブラジルはイタリアに敗れた。2次リーグ最終戦、引き分けでもいいのに、2-2から攻めに出て2-3で敗れた。決勝点のきっかけは、MFトニーニョ・セレーゾのミスパスだった。イタリアのFWロッシにさらわれ、決勝点にされた。
今の鹿島監督は、当時を振り返り「ブラジル人全員が、誰かに責任を負わせようとしたんだ」と話した。話しているうちに目が潤むほど、辛い経験だったのだろう。それでも「あのミスがあったから、今の自分がある」とも言った。痛恨のミスをバネにイタリアで飛躍し、サンパウロに戻ってトヨタ杯を連覇。38歳で同杯のMVPにも輝いた。
ウォメと中田浩は、同じ79年生まれ。ともに高い潜在能力とセンスの良さが認められ、若くして代表入りした。26歳ながら、Aマッチ50試合以上出場と経験も豊富。監督やチームメートの信頼も厚い。そして、より輝くであろう将来もある。
トニーニョ・セレーゾが決定的なミスをしたのは27歳の時。ウォメと中田浩が、苦い経験を今後にどう生かすか。サッカー人生は、まだまだ長い。
October 18, 2005 10:48 AM
2005年10月17日
民意がすべてなのか:桐越聡
政府が今国会に提出した郵政民営化関連法案が14日、成立した。
3カ月前には5票差だった衆議院の本会議採決(11日)は200票の大差。衆院選で当選した前自民党の「反対組」13人中、反対を貫いたのは平沼赳夫元経済産業相(66)だけ。参議院の本会議採決(14日)では離党した2人を除いて、自民党の「反対組」20人中19人が賛成に回った。
14日の参院本会議。議場から出てきた中曽根弘文元文相(59)は「賛成票を投じました。前回とは大きく状況が変わったと思います。教育基本法の改正など、自民党の中でやらなければならない大事な仕事がたくさんある」と話した。「投票行動が変わったことで、参院不要論が強まるのでは」と問われると「時間がない。申し訳ありません」と言葉を濁すようにして足早に立ち去っていった。
衆参ともに賛成に転じた「反対組」のほとんどは「民意が示された」と、同じような理由を挙げている。民意と国会議員の活動は深く関係しているから、そんな言い分も分からなくはない。しかし、「民意」「民意」とだけ繰り返すような説得力のない説明は、全く説明になっていない。
「反対組」は今夏、法案に対して勢いよく「NO」を突き付けたが、あの反対票は一体、何だったのだろうか。745億円の費用がかかった衆院選が終わるとひょう変して、ほとんど同じまま提出された法案に賛成する。筋が通らないような転向はどうも、ふに落ちない。「反対組」にあるはずの政治家としての信念とは、どのようなものなのだろうか。
衆院選では「法案に問題点がある」と主張した「反対組」に賛同して投票した有権者が、間違いなくいる。「否決した参議院をあまりにもバカにしている法案だ。選挙で勝ったから民意だと言っても、参議院も民意だ」。14日の参院本会議で棄権した亀井郁夫氏(71)のように突っぱねるのが「反対組」の筋ではないのだろうか。
日本は議院内閣制だ。大臣、副大臣など政府の要職にある議員は政府案には賛成しなければいけないが、自民党議員がいつも、政府の政策に賛成しなければいけないというのはおかしな話だ。
そういう意味では、除名など処分をちらつかせながら、賛成を強要するような今回の自民党執行部のやり方はどうか、とも思っている。
しかし、だからといって大勢に従うために政治主張を撤回したり、信念を曲げてまで党へ情状酌量を求めたり、そんな「反対組」の行動はちょっと納得できない。政治家としての理想像を描いたころの初心と懸け離れてはいないだろうか。
「政治家が話すことのすべてを信じてはいけない」。社会面担当になったとき、会社の先輩記者に言われた。実際、そんな政治家もいるかもしれない。しかし、憲法改正など郵政民営化法案以上の政治課題が山積している今、「反対組」のような行動をあっさりと見過ごしたくはない。目を見開いてしっかりと見ていきたい。
October 17, 2005 10:20 AM
2005年10月16日
根付け浪速のバスケ:横田和幸
年をとれば、芸能界の話題にはついていけない。自分の中で男性アイドルの歴史は、光GENJIで止まっている。10年前からそうだった。
「この少年ら、誰やねん?」
95年秋に大阪・舞洲アリーナで行われたバレーボール女子のW杯。取材現場を歩いていると、廊下の踊り場で複数の少年が座っていた。すると、マイク持参で彼らはバレーコートに出ていくではないか。
その正体は、ジャニーズのアイドルグループ「V6」だった。試合前にデビュー曲を披露するという民放テレビ局の企画。だから観客は9割以上が女子中高生で、超満員。動員をかける有効手段として、タイアップものは当時から行われていた。
先日、同様の熱気ある現場に遭遇した。bj(男子プロバスケットボール)リーグのプレシーズンマッチ、大阪エヴェッサ対埼玉ブロンコス戦。大阪側の本拠地なみはやドームで開催され、無料とはいえ平日の夜に5042人、客席の約7割が埋まるという信じられない動員に成功した。
年齢は10代後半から20代前半が主で男女半々。アイドルでも来場するのかと思ったが、純粋なバスケットボールの興行だ。前列の女性ファンは、大阪の選手名を書いたプラカードを掲げている。まるで芸能人のコンサート級なのだ。
bjリーグは、日本初のプロリーグとして11月5日に開幕する。大阪からは大阪エヴェッサが新興球団として誕生した。チームコンセプトは、実力と同時に個性的であること。ドラフトで男前をそろえ、記者でさえ気付かない速さで、大阪の人気が上昇していた。
バスケットボールは、日本では地味な印象だが、大阪の競技愛好者は、東京の37万人を上回る日本一の46万人。日本バスケットボール協会へは約60万人が登録、サッカーは同約86万人。「地味な競技」というのは、国内にプロが存在していたかの差だと気付く。「ここまで応援してもらえるとは。次はサイン会とかで触れ合う機会があれば」とは大阪のCF中村友也(22)。イケメンの彼は、あの当時のV6の姿とだぶる。
不景気な時代背景で、男前をそろえたから、実力があるから繁栄するわけでない。しかし、大阪の会場はダンスチームによる一体感を生むパフォーマンス、派手な照明設備、音響といい、エンターテインメント性が確立されている。お笑いの吉本興業が協力しており、開幕戦はサプライズのゲストまで送り込んでくるという。競技1本だけで成功させるといった片意地も張っておらず、球団はとにかく観客の満足度を高めたいという。
ちなみに「エヴェッサ」とは、商売繁盛の神様・えびす様から由来している。開幕当日といえば、Jリーグのナビスコ杯決勝でG大阪が初王座をかけて戦う歴史的な日。大阪の記者は本当に忙しい秋を迎える。プロ野球、サッカーに続いて、バスケットボールが、浪速の街に根付くことを祈りたい。
October 16, 2005 01:22 PM
2005年10月15日
「逆境」こそ試される:上野耕太郎
第2の人生-。言葉では簡単に表現することができるが、直面すると難しい。4日、私が担当する日本ハムで8人の選手に戦力外通告がなされた。その2日後には岩本、芝草、山田というベテラン3選手が退団することになった。コーチ5人が解任され、スカウトは3人、すでに球団を離れることが決まった。プロの世界は厳しいと頭では理解しているつもりだった。その現場に直面すると胸が痛くなることもあった。
私は今年で35歳になる。自分と同じような年代の選手たちが戦力外となっていく。体力と技術の世界は、自分の技量だけではなく若い選手の台頭などいろいろな側面を持つ。「高額の年俸をもらっているじゃん」という声もあるかもしれない。ただ、子供のころからやってきた野球と決別するのは選手にとっても大きな決断が必要だろう。引退後も野球に携わる仕事に就けるのはほんの一握りだ。
戦力外通告を受けた選手たちは一様に「この日がいつか来ると思っていましたが、実際に来てみると…」と複雑な表情をみせた。投手コーチを打診されていた岩本も「野球人として現役希望の気持ちが強い。ファイターズで燃え尽き、現役を全うするのが夢だったが…」と現役続行を決意した。ただし、野球の世界だけではない。サラリーマン社会も会社の倒産、リストラといった現実がある。
退団していく選手を取材しながら自分に置き換えてみた。マンションのローンあと、34年もある。経理や簿記ができるわけでもなく、営業職もやったことのない自分にとって転職が容易ではないと想像できる。美容師をやっている1つ下の弟は「腕」がある。自分にはそういった「売り」がない。
と、暗くなりそうな時、自分の地元のある動物園のことを思い出した。私が中学、高校時代だから20年以上前の話だ。ラーメンが有名な我が町はデートコースといえる場所が皆無だった。そんな時、唯一のテーマパークであるこの動物園に足を運ぶことはなかった。友達同士でも「なんまら、がっせー(標準語訳=とても格好が悪い)」という評判だったからだ。96年には年間入場者が26万人とピーク時の半分に減少。地元の人からも興味を持たれず、ひっそりと営業していたその動物園は市議会でも不要論が飛び出し、閉館の危機を迎えた。
逆境と発想、そして信念が重なり合った。「動物のありのままを見てもらう」。その独創的アイデアが「行動展示」という見せ方につながった。98年、オランウータンが空中で散歩し、ペンギンが水上を跳ねた。そう、旭川市にある旭山動物園は息を吹き返した。昨年度は7、8月と本年度は7月から3カ月間、上野動物園を抜いて月間入場者数が日本一になるなど快進撃を続ける。小泉首相が地方のV字回復の例えに使うほどの人気だ。
言葉は悪いがまさに「火事場のばか力」だ。転機を迎えた選手だけではなく、自分にもいつか「逆境」は訪れるだろう。そのとき、自分の持っている力をどこまで発揮できるだろうか。正念場に強くありたいと思ったりする。
October 15, 2005 11:43 AM
2005年10月14日
失ってから感じる幸せ:永井孝昌
見覚えのない、財布だった。
朝、ある記者が街を1人で歩いていると、突然、右肩にドン、と衝撃を感じた。少し前につんのめりながら驚き、振り返ると、後ろには肩にぶつかった制服姿の警官が立っていた。
目の前に回り込む警官を目で追う。前をふさぐようにして立ち止まった警官が、視線を落とす。つられるように下を向くと、そこには、見知らぬ財布が落ちていた。
「おい、オレの財布がお前から落ちたぞ」
つたない英語で言っている。言っていることは分かるが、何のことなのかは分からない。だが警官は構いもせずに財布を拾い、中を開け、続けた。
「金が足りない。盗んだんだろう。お前の財布を見せろ」
わざと財布を落として詐欺に持ち込む旅行者狙いの犯罪がある、とは知っていた。だがとっさのことで、しかも制服を着た警官が相手では、頭の整理が追いつかない。両脇を通り過ぎる人々は、ちらりと目をやることはしても立ち止まることはない。
言われるままに財布を出した。盗難に備えて手渡すことはせず、自分で握りながら
「では確認してくれ」とだけ伝えた。
そのタイミングで、今度は左後方から別の警官がやってくる。
「何をやっているんだ」
こちらも英語はたどたどしい。だが、説明しようとしてもなかなか置かれた状況を説明するうまい言葉が見つからない。その、思案していた数秒で“ヤツら”の仕事は終わっていた。
「もういい」
財布を調べていた警官が言うと、2人は足早に、街の雑踏に消えていった。
慌てて財布を確認する。一見する限り、カードを盗まれた様子はない。お金も残っている。だが、これが“ヤツら”の手口だった。
円を少し、グリブナを少し、そしてユーロも少し、実際に数えてみなければ分からない程度に巧妙に、抜き取られていた…。
これが世にいう「財布拾い」。日本代表取材で報道陣が泊まっているお湯の出ない、バスタブの栓もない、夜中になればバカでかい冷蔵庫が突然ブンブンとうめき出すウクライナのホテル近くで、報道陣の1人が被害に遭った。その方はこう、言っていた。
「ガイドブックで『財布拾い』は知ってはいたけど、いざ警官に呼び止められると怖さが先にたって混乱する。いくら気を付けていても、やられる時はやられちゃう」。
海外で、街灯のない夜道に迷い込んで「うっ、暗いな」と思った瞬間に込み上げる恐怖心は、日本の比ではない。メーターのないタクシーに乗り込んで、降りる瞬間の「ふっかけるのか?」という緊張感は、怖い思いをしたことがないから緊張で済む。
年末年始が近づいて海外旅行の準備を始めた方も多いと思うが、君子でも、ひとたび狙われれば危うきに近づかずには済まされない時代。大丈夫、と高をくくるのは簡単だが、暖かいシャワーもそう、気軽に街を歩ける治安もそう、あるべきものがあるべきところにあるという幸せは、あるべきものがあるべきところにない時にしか感じない。
October 14, 2005 11:49 AM
2005年10月13日
確率で回避は寂しい:栗原弘明
まったく「確率」というものはアテにならない。数年前のことだ。ちょうどいいマンション物件があり、申し込んだ。ある積み立てをしており、抽選になった場合、10倍優遇されることになっていた。申し込みが締め切られ、ほかに1人いたため、私の当選確率は11分の10となった。間違いなく当たると思うのは当然だろう。抽選機に1から11までのボールが入り、1から10までの数字が出れば私の当たりとなる。だが、目の前に出てきたボールはまさかの11。人生最大の買い物をしようとする時、ここまでツキがないとは…。起こったことが、しばらく信じられなかった。
10月3日のプロ野球ドラフト会議。これは例年になく「確率」が影響した。今年から制度が変わり、まず高校生ドラフトが先に行われた。1巡目で指名した選手が重複した場合、抽選となる。ここで外せば、ウエーバー順で成績下位チームから選手を指名していくことができる。例年なら1巡目の抽選で外した場合、次に指名した選手が再び重複しても、抽選のチャンスが生まれる。
だが今年から抽選は1回勝負。特に成績上位にいるチームはクジで外すと指名順で不利になる。幸運を信じてクジにかけるか、競争率の高い選手は避けるか…。結果、冒険しない「安全策」のドラフトになったという感じがした。
4、5球団の競合になるかと思われた大阪桐蔭の超高校級左腕・辻内投手の指名は結局、2球団に落ち着いた。指名されれば12球団OKの姿勢を明らかにしていたのに、である。抽選は辻内を含め、福岡一の陽内野手2球団、報徳学園の片山投手2球団となった。当然、それぞれの球団は制約の中で最高の素材と判断した選手を指名したと思う。だが少々、肩透かしの気持ちもした。ドラフト会議直前まで他球団の動向をにらみながら、競合がどれぐらいになるかを図っていた球団もあった。フタをあけてみれば1選手に集中することはなく、「バラけた」形になった。
高校生に逸材が多く、1巡目候補が多かったという事情もある。多球団競合のリスクを冒す必要はない、という判断が球団によっては働いたのだろう。ただ現行のドラフト制度が続いていくならば、過去にあった「目玉選手に指名が殺到」という事態は起こりにくくなる可能性もある。
果てには当たりクジが外れ、外れクジが当たりという勘違いまで起こる騒動になった。舞台裏の報道陣も混乱した。あんな勘違いが2回も起こるとは…。「絶対にクジは外せない」というプレッシャーが、抽選の紙を見間違うという事態を生んだのかも知れない。
確率というものはアテにはならないが、それだからこそ、ほれ込んだ選手には強運にかけてみるドラフトも見てみたい気がする。長い間、スカウトが追いかけ、評価した選手がいたのに「当たる確率が低いから」回避するのは、寂しいと思うのは私だけだろうか。
October 13, 2005 10:02 AM
2005年10月12日
短くも貴い「13時間」:小林千穂
人間関係を深めるのは決して時間だけではないと感じた、ごくごく個人的な出来事を書きます。
5年半前、旅行から帰国する機内で、同年代の日本の女性と隣り合わせた。彼女はイタリア中部の恋人の家に住んでいたのだが、母親の病気で急きょ帰国するところだった。そんな状況の中でも彼女は、よく話し、よく笑い、おいしそうによく食べ、イタリアの料理についても話してくれ、「健やか」という言葉を思わせた。急に帰国するくらいだから、決して良い状況ではなかったはずだ。それでも、彼女はよく話し、よく笑った。約13時間の機内、お互いを知るには、短すぎる時間だったが、それでも彼女にひかれた。成田で別れる前には住所を交換した。ここまでなら、よくある旅の一場面なのかもしれない。何度かはがきをやりとりして、それで旅を思い出す、よくあることだ。
しかし、彼女とはその後ずっとはがきのやりとりが続いた。決して筆まめな方ではない私だが、お互いがどこかに旅行に行った時にははがきを送り合った。そして、5年の間に、彼女は当時の恋人と結婚し、子供が2人生まれ、今はイタリアに住んでいる。お母さんは、その後、亡くなった。「今年の休みはどこに行くの? イタリアに来たら寄ってね」。はがきにはいつも同じ言葉を書いてくれた。
そして今年、休暇でイタリア行きを決め、彼女からのはがきが届いた。彼女に会いに行こうと決めた。あの「健やか」な彼女にもう1度会いたいと思った。ただのセンチメンタルな旅なのかもしれない。ここまできても、よく、ではないがたびたび聞く話のようだと思うかもしれない。それでも、通り過ぎるように人と接してくるだけだった日常、彼女との短い時間については特別だった。
列車を乗り継ぎ、ちょうど長靴のふくらはぎから少し南にある小さな町に着いた。日本で手に入るガイドブックには載っていない町。駅のホームには、5年半前の健やかな優しい笑顔を残したままお母さんになった彼女がいた。「会いたかった」と言ってくれた。簡単だけど日常ではほとんど口にすることのない言葉が、ズンときた。
3世代同居の6人家族。90歳の夫のおばが今でも台所の主役だ。100年以上前から続くというレシピの家庭料理をごちそうになり、私が「おいしい」と言うたびに、彼女は誇らしげに「おいしいでしょ」と笑う。たくさん遊んでひざの上に乗ってくる子供たちからじんわりした汗を感じ、髪や服からは、洗濯したばかりの温かいせっけんのにおいがした。ベッドに入り、同じにおいの中で眠った。ちょっと涙が出そうだった。
丸1日、あまりにも短い滞在だったが、13時間の出会いが5年半を超えた。自分にこんな再会ができた…。時間だけじゃない、会った回数じゃない、そんなことを考えた秋休み、でした。
October 12, 2005 10:40 AM
2005年10月11日
秋は「全日本ユース」:岡本学
サッカー日本代表は8日の国際親善試合でラトビアと2-2と引き分け、12日にはウクライナと戦う。Jリーグは9日にJOMOオールスターを終了。今週末からリーグ戦が再開され、残り8節の中で優勝が決まる。05年も4分の3を終え、今年の国内サッカーも終盤戦に入った。
注目が日本代表、Jリーグに集まる中で、ユース年代のNO・1チームを決める大会が行われている。野球なら春のセンバツ、夏の全国選手権が日本一を決める大会だが、サッカーは夏の高校総体、正月の全国選手権がその年代の日本一を決める大会ではない。サッカーには高校の活動とは別にJリーグの下部組織をはじめとするクラブチームが存在し、日本クラブユース選手権、Jユース杯も開催されている。
高校、クラブのチームが「真の日本一」を懸けて争うのは年に1度。先月23日開幕の高円宮杯全日本ユース選手権が、その舞台になる。全国9地域で開催されるプリンスリーグU-18が全国大会の「予選」で、勝ち抜いた高校、クラブの20チームに高校総体と日本クラブユースの優勝、準優勝の計4チームを合わせた24チームが、全日本ユースに出場。今日10日午後1時から、埼玉スタジアムで決勝(札幌ユース-東京Vユース)が行われる。
昨年の大会で活躍した広島ユースのFW前田俊介(現広島)星稜高MF本田圭佑(現名古屋)は今季、J1年目から試合に出場している。もちろん、今年の大会にも滝川二高のFW森島康仁、鹿児島実高のMF赤尾公、横浜ユースのFWハーフナー・マイク、広島ユースのDF柏木陽介ら将来の日本サッカー界を背負うであろう選手が、多数出場。正月の高校選手権と比較すると、注目度はまだまだ低い。だが、高校とクラブが互いの意地を懸けた戦いは、この大会でしか見ることはできない。テレビ中継も3年前から始まるなど、将来的に楽しみな大会になりつつある。
試合増を目的にリーグ戦方式(1次ラウンド)を導入してから今年で3年目。日本サッカー協会の川淵三郎キャプテン(会長)が「強豪同士の対戦が増えて選手、チーム力がアップしている」と話すように、ユース年代の強化に欠かせない大会になっている。同キャプテンは「(日本サッカー協会と大会を)共催する新聞社だけが大きく報道するのではなく、高校野球のようにどこの新聞社にも大きく扱ってもらえるような大会にしたい」とメジャー化を望んだ。
今日の決勝には、川淵キャプテンが「将来性がある」という札幌ユースのFW藤田征也、川村賢吾、MF西大伍が出てくる。東京Vユースにも、8日の準決勝で広島ユース相手にアベック弾を決めた征矢(そや)貴裕・智和兄弟ら楽しみな選手が多い。「夏」といえば「甲子園」というように、「秋」といえば「全日本ユース」、「体育の日」といえば「全日本ユース決勝」といわれる日が近い将来に来るかもしれない。
October 11, 2005 11:41 AM
2005年10月10日
マージャンは潤滑油:高木一成
新宿に、よく行く雀荘がある。そして土曜日に顔を出すと、必ず見掛ける4人組がいる。年のころは70~80代。早朝に店に集合し、終電の時間になると、また来週末の席の予約をして帰っていく。「勝った」「負けた」で各人の機嫌はさまざまだが、4人ともゲーム中の表情はいつも生き生きしている。本当にこの時間を楽しみにしているんだなーと感じる。
前に1度、こっちの卓の仲間が興奮し、奇声を発したのを、静かにたしなめられたことがある。役満を上がった喜びの声ならともかく、チョンボ発覚の叫び声だっただけに余計情けないが…。謝った後「毎週来られてますね」と話しかけると「健康のためにね。ウォーキングもいいけど、僕らは指のウォーキングの方が合ってるから」と、1人が笑って牌を指でなぞった。
僕が大学生のころ、よく行っていた雀荘のおばちゃんが「最近の子はマージャンをやらなくなった」といつもぼやいていた。だが、逆に最近は高齢者の介護予防、コミュニケーションの場として広まっているらしい。“お金を賭けない”“たばこを吸わない”“お酒を飲まない”健全なマージャンを提唱し、1988年に設立された「日本健康麻将協会」(ギャンブルの“マージャン”と違いを出す意味で表記は“麻将”)は、昨年実績で会員約10万5000人と盛況だ。同協会事務局は「団塊の世代が定年で会社を卒業する時代になり、その後の人生の中で仲間をつくりたいという人が多くなっている」という。調べてみると、「行政」が積極的にマージャンの場を住民に提供するケースも増えている。例えば、品川区は福祉高齢事業の一環として「生き生き健康マージャン広場」を行っており、定員締め切りになるほどの反響を得ている。
「マージャン=ギャンブル」の悪いイメージを持っている人は多いと思う。でも、コミュニケーションの場としての可能性はバカにしたもんでもない。ある催しのアンケートで「同じ卓に座った人と話してみたら、今まで知らなかった隣の家の人で、その後、付き合いが始まった」なんて答えがあったらしい。今の世間の無関心さを表す怖いエピソードでもあるけど、こんなことが近所付き合いの活性化につながることもあるのだ。
頭脳スポーツとして頭を活性化させる一面もある。冗談抜きで、徹マン明けで寝ようとして目を閉じると、暗闇の中に牌が浮かんでくることがある。おそらく、起きている時に、それだけ脳がフル回転していたということ。体が硬くなっても、発想は柔らかく。ボケ防止の意味でも、高齢者にはいい効果があるはずだ。
いやいや、よく考えれば何も高齢者ばかりの問題じゃないかも。先日も自殺サイトが話題になったが、早い時期から考えることを拒否して、人生に生きがいを見いだせなくなったり、生身の他人とコミュニケーションをとるのが下手だったりって若者が増えている。そういう人にも、効果があるんじゃないだろうか(もちろんマージャンである必要はないけど)。生き生きした顔で興じる新宿の4人組を見ていると「こんな老後もありだな」と、ほのぼのとさせられる。
October 10, 2005 01:03 PM
2005年10月09日
魅力的な逆輸入もの:千葉修宏
僕もいくつか持っているカシオの腕時計「Gショック」は、アーティストのスティングが着けていたことで、日本でも人気が爆発しました。現在は国内でも知名度を得ている歌手の倖田来未は、かつて米ビルボード誌のダンスチャートで1位になったこともあるそうです。
レストラン「NOBU」は今や東京、ニューヨークをはじめ全世界に店舗を構えていますが、もともとはシェフの松久信幸氏がロサンゼルスに店を開いたのが始まりだとか。米アニメ専門テレビ局で放送され、全米で大ブレーク中のPUFFYのアニメ番組「ハイ! ハイ! パフィー・アミユミ」も日本で放送されています。
これらのものに共通するキーワードが「逆輸入」。もともとは日本のもの(人)なのですが、海外で認められてから、国内でも成功を収めたという点が似ています。
そんな「逆輸入もの」の中で最近、特にニュースになっているのがトヨタの海外向け高級車ブランド「レクサス」じゃないでしょうか。国内販売を始めた「レクサス」2車種の受注台数が、発売約1カ月間で、約4600台となったそうです。これは目標(1200台)の4倍に近く、極めて好調な滑り出しと言えるでしょう。
そういえば去年ロッテを取材していたころ、統計担当のポール・プポ氏にこんなことを言われた記憶があります。僕はかつて米国車に乗っていたことがあるのですが(あえてどの車とは言いません)、彼にその話をすると笑って全否定されました。
「あんな車はゴミみたいなもんだよ。最高なのはレクサスだね。インフィニティ(日産の海外向けブランド)や、アキュラ(ホンダの海外向けブランド)も素晴らしい。君はなんで日本の車に乗らないんだよ」。実際に僕も米国で取材中にインフィニティ(日産)のFXという車に乗ったことがあります。安定性、乗り心地など確かに良く、日本車にはない感じのデザインも気に入りました。ですからプポ氏の言うことも納得できました。
もちろん外国製品にも素晴らしいものはたくさんあります。でも自国の製品が外国人に評価されるというのは気持ちの良いものです。その気持ち良さが、「海外でも評価されているんだから品質は安心できる。しかもイメージ的に格好良い」という逆輸入ものの「ブランド力」につながっているんじゃないでしょうか。BMWなどの外国車が大好きで「国産はちょっとなぁ」と言っていた僕の友人も、「レクサスならほしい」と話しているぐらいですから。
もうずいぶん前からそうですが、ビジネスで成功するキーワードの1つとなっている「逆輸入」。昔、英語がしゃべれて、服装もあか抜けた帰国子女の女の子のことを「いいなぁ」と思いながら見ていた感覚に近いのかな、とふと思いました(ちょっと違いますかね)。まぁ僕も今年は1年間米国を中心に取材をしてきたわけですが、魅力的な「逆輸入もの」に慣れているのかどうか。疑わしいところではあります…。
October 9, 2005 12:02 PM
2005年10月08日
オールスターは不要:荻島弘一
サッカー日本代表の東欧遠征が始まった。あす8日にはラトビアと、そして12日にはウクライナと対戦する。小野が復帰し、大久保と松井も呼ばれた。欧州組の攻撃陣をどう構成して戦うのか楽しみは尽きないが、残念なこともある。このチームが「ベスト布陣」ではないということだ。
今回の遠征は、Jリーグのオールスター(9日)と日程が重なった。オールスター戦に出場すると、遠征には参加できない。「どちらを優先するか」という議論も起きた。結果として、ファン投票で選出された日本代表選手たちは、遠征に参加できなくなった。
欧州の代表チームとアウエーで対戦できる数少ないチャンスだ。しかも、ウクライナには昨年の欧州最優秀選手に輝いたACミランのFWシェフチェンコがいる。宮本や中沢ら代表DFにとって、世界最高峰のストライカーと対戦するのは来年のW杯に向けて貴重な経験になるはず。オールスター戦のために、日本は絶好の強化の機会を逃した。
だからといって「オールスター戦より代表を優先すべき」とは思わない。むしろ逆だ。リーグと代表の日程が重なることは、珍しくない。そんな時、優先すべきはリーグだと思う。基盤としての国内リーグが低迷していては、その頂点にある代表が本当の意味で力をつけることなどできない。オールスター優先は、当然の判断だとは思う。
ただし、オールスターの是非は別の問題だ。密な日程をやりくりしてまで、開催する意味はあるのだろうか。Jリーグが発足した当初は「普及」という大きな目標もあった。日本リーグ時代に「東西対抗」が開催されたのも「普及のため」だった。しかし、Jリーグ発足後10年以上が過ぎ、その役目も終わったはずだ。
もちろん「お祭り」としてのゲームを否定するつもりはない。多くのファンの支持もある。今回もチケットは完売だし、ファン投票総数は190万もあった。かつては遠く及ばなかったプロ野球の、今年のファン投票総数は約330万。ずいぶんと肉薄してきた。それでも、サッカーにオールスターは似合わない。
海外のリーグで、このような試合をしているのは、韓国や米国など、ごく一部だ。仮にJリーグが2リーグ制なら、普段は見られない対戦が見られるなど楽しみも増えるかもしれない。しかし、各国リーグは総当たり。「夢の対戦」などあるはずもない。今年のプロ野球のオールスターがいまひとつ盛り上がらなかったと感じるのは、その前に交流戦があったからだろう。
はっきりいって、今のオールスターに魅力は感じない。スポンサーがついて、地上波で試合が見られるのはいいが、それにどれほどの価値があるのか。毎年のように、選出された選手が辞退するのも、興ざめする一因だ。もう、オールスターはいらない。いや、無理をして開催する必要などない。ただでさえ、ハードな日程に選手たちは疲れ切っているのだから。
October 8, 2005 12:35 PM
2005年10月07日
平和な地球信じたい:桐越聡
宇宙にあこがれた子供のころに少しだけ戻れたような気がした。
スペースシャトルに搭乗した宇宙飛行士・野口聡一さん(40)の「帰国報告会」に足を運んだ。
「ハッチを開けて宇宙空間に出た瞬間、美しさというより、強烈な存在感の地球が見えました。地球は命に満ちあふれている、命の輝きに満たされている天体なんだ、すごい存在なんだ、という確信が、天啓のような形で自分の中に起こっていました」。
「地球は青いといいますけど、それも微妙に表情を変えていく。雲を通しての白い青。南太平洋上で太陽を浴びて、鏡のように輝くブルー。さんご礁のあたりでは、ハッと息をのむようなエメラルドグリーンのブルー。単純に青という言葉で表現していいのかな、というぐらい、さまざまな表情をみせる地球に感動しました」。
自ら「口下手なんです」という野口さん。「(知人で歌手の)槙原(敬之)君なら、もっときれいな言葉で再現してくれるでしょうけど、自分の言葉で吐き出したいと思ったんです」。10月1日、東京・江東区にあるイベント会場で飾らない言葉を使い、身ぶりと手ぶり、冗談を交えて約1200人の参加者に語りかけていた。映像、写真だけでは決して分からなかった野口さんの感動を少しだけ、分けてもらった。漆黒の空間にクッキリと浮かぶ地球を眺めたような気分になった。
しかし、そんな酔いしれた気分は会社へ戻ると吹っ飛んだ。インドネシア・バリ島で連続爆発-との一報が届く。捜査当局はテロと断定した。時間の経過とともに死傷者が増えていく。犠牲者に日本人がいるとの情報…。パソコンのキーボードを連打し、記事にまとめるのが苦痛になっていく。複数回ある締め切り時間をクリアして最後の記事出稿を終えると、卑劣なテロに対するやり場のない怒りが込み上げてきた。
野口さんは飛行12日目の目覚まし用の曲にSMAPの「世界に一つだけの花」(槙原敬之作詞、作曲)を選んだ。「世界平和の曲で、大好き」という理由からだった。歌詞にある「ナンバーワンにならなくてもいい もともと特別なオンリーワン」のフレーズを借りれば、テロリストらは「オンリーワン」の意味をはき違えている。人種、宗教、思想など「オンリーワン」は尊重されるべきだが、「オンリーワン」である尊い命を奪うテロを繰り返して世界を変える、「ナンバーワン」になる、ともくろむことは決して許されない。テロが広がる背景には「ナンバーワン」だと誇示する米国の存在があるのは分かるが…。
報告会には約1200人が参加した。野口さんは詰め掛けた子供たちに「夢を持つのが難しい時代といわれますが、やりたいと思ったことを、長い時間かけても追い求めていくことが大事だと思います。夢に向かって、真っすぐ歩いていけば、いつの日か夢はかなうと思います」と呼び掛けた。
平和でなければ子供たちの夢はかなわない。人類共通の夢、平和が訪れる日が来ると信じたい。
October 7, 2005 01:10 PM
2005年10月06日
トレーナーの選手眼:横田和幸
あれから5年。00年秋華賞で、初めて購入した馬券が当たった快感は忘れられない。ふと立ち寄った場外馬券場で、ユニークな馬名だったティコティコタックの単勝を買った。結果はズバリ。ヤマカツスズランを差し切った。
「ははは、それは代表的なビギナーズラックでしょう、ははは」。
笑い飛ばしたのは、ボクシングWBCバンタム級王者長谷川穂積(24=千里馬神戸)を教える、山下正人トレーナー(43)。今年4月には最強王者ウィラポンから王座を獲得、9月には初防衛を成功させた名コーチ。今回のV1戦に密着している最中に、山下さんが万馬券を当てた。だから自慢話で対抗したが、一笑に付されてしまった。
山下さんは馬券購入の際は、必ず阪神競馬場に足を運び、パドックで馬の様子を確かめる。好相性の和田騎手で、あとは自分の観察眼と経験則。だから今回の万馬券は、偶然の結果ではない。財布の中を見せてもらったが、数百円単位で細かく買った馬券があり、小遣いであらゆる可能性を求めていた。生涯成績は「負け越し」らしいが、天性のセンスは間違いない。
トレーナーの仕事は、競馬の調教師と似ている。実際に調教師も「トレーナー」と呼ばれているし、いかに競走馬を最高の状態で出走させられるかは、ボクシングと同じ。職人的な世界で、細かい神経がないと絶対にできない。
今回の防衛戦も、山下さんの仕事ぶりは鮮やかだった。試合8日前に挑戦者の故障で、左から右利きの選手に変更された。長谷川に動揺はあったが、6日前にはWBA世界フライ級の王座戦を後楽園ホールで観戦させ闘志注入、翌日は銭湯でリラックス、その次はホテルの部屋でK-1のテレビ中継を見させ、徐々に戦闘モードへと移行させていった。緊張と緩和。選手をうまく操縦していた。
実際に技術面は、長谷川の特長を伸ばすべく強打に重点を置いた。テレビで放送された完ぺきな打撃戦を見れば、その指導が正しく、KO率の低かった長谷川が成長している事実が理解できる。王座奪取の春より強い。そこにはビギナーズラックは存在しない。
兵庫県警の暴力団担当だった山下さんは異色の経歴でボクシング歴はない。相手のクセを見抜く目は、県警時に築かれた。職種が変わっても、要はその人の資質があれば名トレーナーになれたわけで、長谷川からは「人の精神力をコントロールする天才」と尊敬されている。
山下さんの給料は、長谷川のファイトマネーから支払われる。十分なお金を得られていない世界王者だけに、その額は高額ではない。
「結果を残したことで、こんなヤツもおると分かってもらったらうれしい。長谷川も競馬? 私についてきて時々、小額ですが、買ってますよ(笑い)」。業界には名トレーナーに贈られるエディタウンゼント賞がある。万馬券以上にうれしい賞が来春、山下さんに届くはずだ。
October 6, 2005 10:28 AM
2005年10月05日
ダルの武器は「自分」:上野耕太郎
3日に高校生ドラフトが行われた。対象となった選手たちにとってはドキドキの1日だったと思う。ただし、私がこの原稿を書いているのは2日の夜なので結果は分からない。お手数ですが、詳細は3日の野球面をお読みください。
さて、私が担当する日本ハムは残念ながらプレーオフ進出がならず、シーズンは終了した。昨年のドラフト時期から担当を始め1年が過ぎようとしている。早かった。しみじみ思う。前日にこのコラムで永井記者が1週間を振り返っていた。私も負けずにこの1年を思い出してみたいと思う。
やっぱり、個人的にはダルビッシュに始まりダルビッシュに終わった1年だった。昨年のドラフト会議終了後、東北高や地元の大阪を行き来した。取材した最初の印象は「口の重い少年」だった(失礼)。1月の新人合同自主トレではいきなり、右ひざの関節炎でドクターストップがかかる。2月、沖縄でのキャンプでも練習メニューは限定。動けないけど、毎日同じような質問ばかり受ける。自分を含めてだが。イラだっていたのが分かった。
そしてキャンプ中の喫煙が発覚し、無期限の謹慎処分を受けた。キャンプ帯同が中止になった。ダルビッシュを追いかけ同便で急きょ沖縄から羽田に向かった。空港には200人以上の報道陣とテレビカメラが待ち受けていた。手荷物を受け取る場所からガラス越しに見えた騒然とした雰囲気に私は思わずのまれてしまった。横を見た。ダルビッシュは全く表情を変えなかった。目の前にある現実に1歩も引かないその性格の一部を垣間見た気がした。
3月末あたりから投球練習ができるようになった。ゆとりができたのかしゃべり方も、変わってきた。「ホンマっすか」「ちょっと、面白い話があるんすけど」と会話もするようになった。そして6月15日、プロ初先発で初勝利を挙げた。その後もローテーションを守り、5勝を挙げた。
ある日のこと「緊張をしないのか」と聞いた。そうすると少し考えこう言った。「緊張をするのは自分をよく見せたいとかこう思われたいとかそういう気持ちがあるからじゃないですか。自分にはない。出た結果が今の自分のすべて。それ以上でもないし、それ以下でもない」。高校を卒業したばかりの少年の言葉にハッとした。あまりにクールな発言にも取れるが、本質を突いている。確かにそうだが、平常心を保つのは難しい。慌てれば顔に出るし、耳も赤くなる。その言葉にダルビッシュの根っこの部分があるように思う。
札幌の寮に住むが、1人で買い物に出かける。各選手が移動用にブランド品のオシャレなバッグを所持するなか、ダルビッシュはスポーツメーカーの色のはげたものを肩に担いでいる。服装も髪形もこだわらない。「人にどう評価されるかってあんまり関係ないんです。自分は自分の目で見たものを信じます。ただし、自分のことは自分で見れないので…」。
多彩な変化球、長身から繰り出す角度のある直球-。その特長のなかで一番、際立っていたのは、その少年の「自分へのスタンスの取り方」だったような気がする。
October 5, 2005 12:03 PM
2005年10月04日
日記は自己セラピー:永井孝昌
あれやこれや、やたらと「へぇ」だ「むぅ」だと考えることが多かった1週間だった。たわいもないネタを無理やり原稿1本分に伸ばしても中身が薄くなるばかりなので、今回は日記形式で。
9月26日(月)
「カノッサの屈辱」以来、必ずあった深夜のお気に入り番組が絶滅する日がやってきた。仕事もそこそこに帰宅して「内村プロデュース」最終回を見る。明日は「ヘビメタさん」も最終回。これでもう、録画してまで見る深夜番組がひとつもなくなった。深夜枠がすっかりゴールデンへの“昇格審査場”に堕(だ)したせいなのか、それともオレが歳をとったのか。
9月27日(火)
海外出張直前だというのに痛烈な歯の痛みに見舞われて、4年ぶりに歯医者へ。抜かれた神経を初めて見たが、思ったよりも図太くなかった。強がってはいても中身はチキン、ということか。そんなことを考えながら、夜は知人と焼き鳥屋へ。最近「耳が弱い人は右耳に息を吹きかけられると右半身だけに鳥肌が立つ」と聞いたが、いまだ確認できていない。
9月28日(水)
恵比寿で関係者と一杯。「デトックス・ダイエット」なる言葉を初めて聞く。体内の毒素を排出して健康になる、というものらしい。ここは先の衆院選で初当選した「チェリー隊」((C)前原民主党代表)にもデトックスに挑戦してもらいたいところ。毒素より先にサビが出てきそうだが。付け出しの「とうもろこしの刺身」にいたく感動して帰宅。
9月29日(木)
銀座で知人と天ぷら。「(天ぷらの名店)近藤はうまい」「冷凍エビは揚げても尻尾が開かない」などと語る知人のうんちくを聞きながら、超高級店とは「客の客」のためにあるものと再認識する。接待できる店を100知っていても、自分の金で、迷わず行ける店を持っていなければ「うまい店を知っている」とは言わない。
9月30日(金)
お台場で知人と寿司。カウンター越しに見えるレインボーブリッジが虹色に照らされていて驚く。何ごとかと聞けば「こんな色にライトアップされたのを見るのは初めて。クリスマスは、普段は白色の橋の最上部の点滅灯が赤と緑になったりするんですがね」と大将。調べてみれば10月1日からの道路関係4公団の民営化を記念した一夜限りのイベントだったそう。「民営化しても談合疑惑の消えない橋が玉虫色とは」と心の中で憎まれ口をたたく。
10月1日(土)
海外出張へ出発直前のオレに気遣ったのか、後輩企画の「壮行麻雀会」に参加。勝った負けたと日記に書くのは家計簿をつけているみたいでイヤ、と理由をつけて結果は明記しない。
10月2日(日)
コラム締め切り。15歳の時、好きな女の子の名前をおふくろにのぞき見されたのをきっかけに書くのをやめた日記だが、今や、のぞき見どころか書いた日記を自ら不特定多数に発信する時代。伝えたいことばかりがはんらんする中で、日記は、伝えたくても伝えられない苦悩、逡巡、葛藤をたたきつける「自己セラピー」としての意味を強めていくのかもしれない。
October 4, 2005 11:12 AM
2005年10月03日
ボビーの善意は本能:栗原弘明
自分のボランティアに対する意識は、どれぐらいあるのだろう。赤い羽根の共同募金は、子供のころからやっていた記憶があるが、それ以外となると…。身近なところでそういう活動があれば協力するだろうが、果たして日常生活の中ではどうだろうか。希薄な気がする。それが海外となれば、なおさらだ。ロッテのボビー・バレンタイン監督(55)が、意外なところで口を開いた。レギュラーシーズンの大詰めの戦いの真っ最中だった。試合前のベンチ前。「話すことがある」という。アメリカを襲った超大型ハリケーン「カトリーナ」の被災者支援のことだった。同監督と球団の意向が一致し、9月17日からの千葉マリン6連戦で募金を行い、62万1100円が集まった。同監督は自ら同金額を寄付して計124万2200円を被災者家族に送ることを明かした。そういったボランティア活動に熱心だ。プレーオフへ、そして日本一へと必死の戦いを続ける中、その気持ちを忘れなかった。その理由を説明してくれた。
バレンタイン監督「(避難する途中で)車が進まないから、ガス欠になって道の横に何百台もガソリン待ちになる。トラックにガソリンを乗せて持っていくが、それも間に合わない。ガソリンスタンドに行くために、3マイルも渋滞が起こるありさまだ。困っている人がいれば、助けなければいけないし、助けたい」。
アメリカで起こった災害に対してだけではない。心臓移植手術が必要な千葉県在住の今井友輝君(6)への募金呼びかけを、球団などとともに、9月20日から千葉マリンで行われたソフトバンク戦で行った。これも424万4327円にのぼった。
バレンタイン監督「自分は名を知られた存在だから、小さな善意を集めて大きくすることができる。500円でも、それが1000人なら50万円と相当な額になる。それを実現するのに手助けができる存在なら、やらなければいけない。監督、選手の存在が他の人の良き見本になる行動をするべきだ。それをすることで、他の人も同じことをしようという気になって欲しい。小さいことでも助けたいと思う気持ちを持てば、それはいいことだ。人のために役立つのがチャリティーならば、生涯、私は何らかのかたちでかかわっていると思う」。
チャリティーへの考えを、同監督は単純明快に説明した。私の胸の内を考えてみれば、今まで大っぴらに慈善活動をすることに、どこが気恥ずかしく感じていた部分もあったと思う。それをひっそりと行うことが美徳となるような、そんな意識が日本人の心の奥底にあるのではないか。バレンタイン監督には迷いがない。すごいな、とも感じた。これから先、どんな災難があるかわからない。そういう時に、自分がどういう行動を取ることができるのか。ちっぽけな力しか持っていないかも知れない。だが、バレンタイン発言に「自分をすこしずつ変えて行こうかな」という気持ちになった。
October 3, 2005 01:32 PM
2005年10月02日
人間関係和らぐ方言:小林千穂
最近、方言ブームなのだとか。書店には方言本コーナーもあり、バラエティー番組でも、地方出身芸能人が登場する「方言禁止!」なんてコーナーが人気だ。私もけっこう喜んで見ていたりする。女子高生の間でも方言を使ったやりとりをしているそうだ。本当なんかい、と思い渋谷のセンター街で女子高生たちに聞いてみた。メールを見せてと言ったら「『個人情報』っていうんだよねー」と言った子もいて、ちょっとびっくり。ま、それはさておき…。
まずは基本NO・1は、だべ。「『だべ』はもう標準語だし」なのだそうだ。神奈川県南部、横須賀や湘南の方言だ。ある子は「『だべ』って方言なのかなって思うくらい、普通に使ってる」と。基本NO・2は「なまら」。北海道の方言で「とても」という意味。「ダサかわいい」のだそうで。
女子高生たちのニューカマーは広島弁。「仁義なき戦い」のイメージですか? いやいや、かわいさがすべての基準の彼女たちにとっては「ほいじゃけー」(だから)が1番人気だった。確かに、ちょっとかわいらしいかも。さらに、次にきそうな方言は名古屋弁なのだそう。「あっ、河村たかし(衆院議員)?」と聞いてしまいましたが、「誰それ」と一蹴され…。気を取り直して、どんな名古屋弁がかわいいのかと聞いてみると、ほったらかすの意味の「ほかっとく」がいいんだと。「でら」(とても)もよく使うが、メジャーになりすぎたのでこれも「標準語化」しているのだという。
彼女たちにとって、方言は、人間関係をやわらかくするコミュニケーションツールのようだ。電話よりメールでのやりとりが主流になった今、絵文字をどんなに使っても「不機嫌じゃない」ことが伝わりにくいという。そんな時に、方言を入れるとちょっとユルい雰囲気が伝わるんだとか。「相手からの文に方言が付いたのを見ると、まったりしてる感じがする」と話した子もいた。もう、電話で話しちゃえばとも思うが、なかなか電話のハードルは高い。それもちょっと悲しい気もするが。
考えてみると私にとっての方言も、彼女たちと同じように甘じょっぱく、コミュニケーションツールの1つだ。高校卒業後に実家を離れたので、今では思考も標準語ですることがほとんどだ。どんな言葉で物を考えてるんだろう、と意識することってあまりないが、頭の中でもどうしても直らない言い回しは、「つらい」という意味の「えらい」くらい。だが、離れた家族と話す時はかなり意識して、ばりばりの方言を使う。聞き苦しいくらいに使う。そんな言葉、若い世代は使わないよ、ってな言葉も使ってみる。そうすると、ちょっと喜ぶというか、安心するのだ、家族が。離れて好きなことをさせてもらっているので、少しでもさみしさを感じさせたくないという、罪悪感に似たものかもしれない。
October 2, 2005 11:40 AM
2005年10月01日
謝罪して信頼回復を:岡本学
サッカーJリーグ2部(J2)昇格1年目のザスパ草津に不祥事が連続している。9月中旬には、仮設スタンド購入の補助金をめぐり、草津町との協定に違反していたことが発覚。昨年10月に草津町で行ったJFL(日本フットボールリーグ)佐川印刷戦で、仮
