2005年09月23日
愛のムチと暴力の境:栗原弘明
愛情のある厳しさと、暴力とはどこが違うのだろう。
今年の高校野球を考える時、近年にないほど部内、指導者の暴力が問題になった。夏の甲子園大会の直前には明徳義塾、直後には駒大苫小牧の事件が表に出た。来年のセンバツにつながる秋季大会前にも、全国で不祥事が明るみになっている。
私自身、スポーツをしている時は「いじめ」や「暴力」とは無縁だった。高校、大学とも普通の学校で、普通の陸上部だった。個人スポーツという性格上、指導者は選手の自主性に任せていたし、部内は居心地が良かった。練習がストレス発散の場になっていた。勝つことを義務づけられている名門校から見れば、それは甘い、ということになるのだろうか。
アマチュア野球を担当していた01年夏、忘れられないことがあった。PL学園の部内の暴力事件である。直接、担当していたわけではなかったが、名門中の名門で起こったことと、夏の大阪大会不出場という点で衝撃的だった。私は記者の目で以下のように述べた。
◆記者の目 問題は「厳しさ」と「いじめ、暴力」の違いにあるのではないか。線引きが難しいのは当然だが、どこまでが許され、許すべきでないのか。(中略)その線引きをあいまいにしてはこなかったか。指導者、学校側に実態把握の甘さはないか。(一部抜粋)
あれから4年。今年からくしくもロッテ担当となり、今江敏晃内野手(22)と接するようになった。今季から三塁の定位置をつかみ、いきなりブレーク。打率ランキングでも一時期トップに立ち、若き首位打者の座も夢ではない。
今江にとって、高校最後の夏はやって来なかった。PL学園が不出場となった夏、しかも、彼は主将を務めていたのだ。「あの夏のことを聞くのは、やっぱりイヤ?」と問いかけると「そんなことはないですよ。実は、あまり聞かれたことはないんです」と正面から受け止めてくれた。
今江は夏の大会前、ドラフトの目玉に挙がっていたわけではない。大阪大会が自分の人生の夢を実現するアピールの舞台でもあった。それが奪われる事態になった。主将として責任も感じた。「出場できないことを聞いた時、謝罪しようと思った。寮から飛び出して、監督のところへ走って行ったんですが、はだしだったようです。それを自分は覚えていないんですよ」。それほど動揺していた。「主将として、自分のことだけをやればいいというものではない。常に、全体を見ていなければいけないですから」。その中で、起こってしまった事件だった。
その夏を乗り越えて自主トレを続け、プロ入りを果たした。現在、ロッテの快進撃の柱となっている。人間性から見ても、将来、チームを背負って立つ人材になることは間違いない。不幸な事件で、活躍の場を失った高校球児は少なくないだろう。だが、それは取り戻せる。今江の活躍はそれを勇気づけるものであると思う。そしていま1度、愛情のある厳しさと、暴力をアマ球界が考え直す時だと感じている。
September 23, 2005 03:47 PM
