記者コラム「見た 聞いた 思った」

2005年09月22日

芸能も生が断然いい:小林千穂

 「スポーツは生がいい」と当欄で先輩記者が書いていたが、何事も生がいいと感じたことをいくつか。

 大阪へ落語を聞きに行った。チケットをもらったので(東京在住の人間によくもまあ…)出掛けて行った。出掛けていったというより、飛んでいった。飛んで伊丹空港に着き、某航空会社のポスターに書かれた「おさきに」というキャッチコピーが「おおきに」に見えるくらい、ハイテンションになってしまった。

 落語は生で聞くのが断然いい。生で聞くと、いい意味でハードルが低くなる。心地いいのだ。中には、ちょっとやそっとじゃ笑わんぞという人もいるが、私はユルくなる。ユルくなるばかりじゃない。信じられないかもしれないが、スポーツと同じくらい、演者と客席が一体になるような時もある。緊張がぐーっと高まって高まって、つばを飲むのもはばかられるくらいの時がある。この落語会でもらった別の会のチラシで、「かぶりつき特別席」というのを見た。1万円で最前列中央なのだという。最前列で見たいかどうか、前方ならそれでいいのかは別にして、生の迫力というのは、スポーツにも負けていない。生の次に楽しめるのは音だけ。ひたすら想像と妄想の世界に浸れるのだ。

 面白くないのはテレビだと思う。「大阪落語ツアー」(勝手に名付けました)からいい気分で帰宅したので、徹底的に落語漬けになろうと、録画しておいた落語番組を見た。高座ではほんわかした優しげな笑顔の師匠が、とんでもない悪人顔に見えてびっくりした。おかげで「憎めない」主人公の男が憎たらしかった。そして、やっぱり面白くなかった。

 今回ばかりではない。テレビで落語を見て満足したことがない。今回の大阪みたいに興奮しなくていいが、会場に向かうにつれ楽しみが増す感じ、客席や会場の雰囲気、演者の表情、声…、トータルで楽しめるのはやっぱり生しかない。落語はそんなに動きがないから、テレビでも十分楽しめるでしょう、と言う人もいるが、だめなんです。そういう意味で、朝4時とか5時とかとんでもない時間に追いやられている落語番組は、それでいいような気もする。これが落語じゃない気がするというか、思われたくないというか。つまりは「生が断然面白い!」と言いたいわけで…。

 落語のことを書きすぎたので、歌についても少し。あるアーティストのイベントで、他社の女性記者が、取材にしては珍しく拍手して帰っていった。後日、彼女が「あれからヘビーローテーションで彼の曲を聴いている」と。生で聞いたからこそだったと思う。私も先日同じようなことがあった。インタビューをした歌手がイベントで1曲歌うというので、記事に書き込めることがあればと取材に行った。ピアノの弾き語りが始まると、透明感のある声が、ビルの吹き抜けを「駆け上がった」ような気がした。生の魅力そのものだった。1曲、ほんの数分、ちょっと別の世界だった。

September 22, 2005 01:35 PM