2005年09月04日
J審判問題は根深い:永井孝昌
どうしてそこで止めるのか。
どうしてそれが反則なのか。
J1は8月20日から後半戦に突入した。現場で3試合を取材したが、気になるのが審判の笛。正直に言ってしまえば、気になるどころではない。ひどい。
リーグ再開からJ1は3節、27試合を消化して、クラブ側からJリーグに提出された意見書、要望書はすでに4件。1節あたり1・3件強もの「誤審」の訴えがあるのは、プロスポーツとしては異常な事態といえる。こんな状態が続けば、今季のリーグ優勝の価値にまで傷がつきかねない。
何が問題なのか。
審判問題の根は深い。プロリーグ発足からわずか13年目の日本では、過渡期ゆえの問題にも直面している。例えば審判の高齢化。今年1月発表の今季J1の主審19人の平均年齢は40・8歳と、定年制の導入を本気で検討すべき時期を迎えている。野球文化の根強い日本では、選手としてのサッカー経験を持たない審判が多いのも事実。審判間の経験差、レベル差も大きく、プロの審判がまだ6人しかいない環境は、待遇を含めた整備が急務といえる。
技術不足を補おうとするあまり、無駄な笛を乱発し、高圧的に選手を“支配下”に置こうとする審判も目につく。つまらない試合を繰り返して観客が減るのはチーム側の自業自得。だが不快なレフェリングを理由にファンの足がスタジアムから遠のいたら、チームはどうすることもできない。
だからこそサポーターは、利害を抜きにした不可解な判定にはこれまで通り、大いにブーイングをとばすべき。だが同時に、審判の好判断には、拍手を送ることでも「オレたちは見ているぞ」という意思表示は十分できる、ということも考えてほしい。選手も、審判の技術不足を嘆く気持ちは理解できるが、ならば明らかなシミュレーション行為はまさに欺まん、と認識すべきだろう。
審判部は各試合をビデオで検証し、ミスが認められた場合には処分を科している。その処分内容が非公開なために過保護、とする意見もあるが、サッカー文化の成熟を待たずに処分内容を公開すれば、招くのはその審判への偏見と不要な混乱だけ。審判部も積極的に研修制度の充実などで一層の技術向上を目指すべきだが、周囲も、過保護だ技術不足だと批判するだけでは問題の解決にはならない。
最後に、Jリーグ藤口技術委員長の話も紹介しておきたい。「レフェリーはレフェリーであって、アンパイアではない。審判ではなく、レフェリーと呼称を統一してはどうか」。アンパイアとは、試合を裁く存在。レフェリーとは、試合を成立させる存在であってジャッジではない。すでに線審=ラインズマンという呼称もアシスタントレフェリーにあらためられている。呼称を統一することでその立ち位置が明確になるのなら、一考する価値は大いにある。
レフェリーへの不信感は今、ビデオ判定、ICチップ内蔵ボールという技術導入の動きにつながりつつある。テクノロジーは判定への不満、疑惑をなくし、きっと「あいまいさゆえの魅力」もなくしていく。短絡的なレフェリー批判のツケを払う時は、すぐそこまで迫っている。
September 4, 2005 12:47 PM
