2005年08月28日
橋田さんの遺志、形に:桐越聡
「保険金が出たらフリージャーナリストを支援する基金をつくりたいと思っていましたが、難しくなりました」。昨年5月にイラクのバグダッド近郊で銃撃を受け殺害された橋田信介さん(享年61)の妻幸子さん(52)は肩を落とした。
幸子さんは長男大介さん(23)と「海外旅行傷害保険金の支払いを理由なく拒まれた」として、橋田さんが契約していた保険会社に保険金750万円の支払いを求めて提訴した。
23日、東京地裁で判決が言い渡された。「事故は保険金支払いが免責される『武装反乱』に当たる」。請求は棄却された。
「道半ばで亡くなった橋田の分も若い人には頑張ってもらいたい」。幸子さんは、橋田さんのように戦地取材へ出向くフリー記者に、渡航費用などを無利子貸与する基金の設立を計画していた。しかし、その原資にする予定だった保険金が出なければ計画は進まない。基金の立ち上げは厳しくなっている。
その一方で、橋田さんの遺志を継いだ「橋田メモリアル・モハマドくん基金」の活動は順調に進んでいる。同基金は、イラク戦争の戦闘に巻き込まれて左目にガラス片が突き刺さったモハマド・ハイサム・サレハ君(11)への支援金として全国から集まった募金をもとに、設立された。
橋田さんが治療を約束した、失明の危機に瀕したモハマド君の視力は0・2ほどに回復した。しかし、イラクにはモハマド君以外にも傷ついた子供が何万人といる。苦しむ子供を助けたい。日本人の善意を何らかの形で残したい。そんな思いから活動が続いている。
「橋田メモリアル-」から約550万円を出してイラク・サマワの孤児院内に診療所を開設することが決まった。モハマド君が住むファルージャ市からは、建設を計画した子供病院用の土地が無料提供されることが決まり、候補地の選定が始まったという。
幸子さんは「診療所は9月に着工して(橋田さんの)三回忌までには完成すると思います。子供病院は5年ぐらいはかかると思っていましたけど、少し早く完成する可能性が出てきました。イラクから女医さんと青年医師をトレーニングのために日本の大学病院に呼びたいと思っています」と、笑みを浮かべた。
「今年は暑いですね。昨年の夏は暑かったのか涼しかったのか、思い出せないんです。暑さを感じられる分だけ、精神的な余裕が出てきたのかなと思っているんですよ」。いつかはこのような時が来るという覚悟はあったという。とはいえ、最愛の人を失った悲しみは大きく、決して消えることはない。それでも、幸子さんは橋田さんの遺志を引き継ぎ、毅然(きぜん)として前へ進もうとしている。その姿に心を打たれる。
「橋田が最後に歩いたファルージャとサマワに病院を造って(橋田さんが銃撃された)マハムディヤに花を手向けられる日が来たらいいなと思っています」。
イラクでは駐留米軍、民間人などに対する攻撃や外国人の誘拐が相次いでいる。幸子さんが思い描くような子供病院の完成を、1日でも早く、と願わずにはいられない。
August 28, 2005 11:57 AM
