2005年08月25日
美しい日本語は守れ:永井孝昌
【ヤバーい】すごい、たまらない、などの意。感嘆の意思表示。「このパフェ、おいしくない?」「かなり--」。
【ビミョー】ちょっと違う、何かおかしい、受け入れがたい、の意。「アロハ、短パンに革靴ってどうよ?」「--」。
【萌え】(何かの対象物、時に架空の存在に対し)興奮する、情欲をかりたてられる状態。「お前、芸能人でいうと誰に---なの?」「山口---」。
と辞書に載っているわけがないが、最近の言葉の乱れ方ときたらなかなかすごい。7月に文化庁が発表した「国語に関する世論調査」でも話題になった冒頭の言葉は、従来の意味からはすっかり逸脱している。「萌え」なんて完全に新語。「激アツ!」なんて言い方が通用するようになったのはここ2、3年のことだと思うし、今ではすっかり一般的になった「キテる」という言葉も、一昔前は全然、キテなかった。
新しく言葉が生まれれば、消えていく言葉もある。先日、取材先である方と「そういえば聞かなくなったね~」と意見が一致したのが「待ちぼうけ」という言葉。上京したての15年前、携帯電話も持たずに渋谷の駅前あたりで待ち合わせできたことが、今では奇跡にさえ思える。
「B面」、なんて言葉も絶滅寸前種のひとつ。今の10代、20代はレコードやカセットテープを実際に使ったことがないから、B面、という概念自体が存在しない。シングルは45回転、と言われても何のことやら。「針を落とす瞬間の興奮」という言い回しは、もはや死語になりつつある。
そうして新しい言葉がはやり、すたれていくのは世の常。だが言葉が生まれ、消えていくスパンが短くなったからなのか、最近は特に、言葉そのものが持つ「力」が大きくなっているように感じる。
芸能界では、田原俊彦が「オレはビッグ」と言ったあたりから記者会見での一言がその後の芸能活動を、ややもすると人生まで左右するようになった。お笑い芸人は、1発でも流行語を掘り当てれば大ブレーク。クールビズ、というちょっと瀟洒(しょうしゃ)に聞こえる言葉が、1年前の球団買収騒動の時には「ネクタイも締めないなんて」と言っていた世間のネクタイまで外す。クールビズが「地球温暖化対策ファッション」と呼ばれていたらここまでみんなネクタイを外したのかな、と考えると、言葉は、「コピーライター」という職種がもてはやされたころ以上に世論を動かすだけの力を持ち始めている。
だからこそ、目先の言葉のインパクトに惑わされることなく、美しい日本語だけは守っていかなければならない、と思うのだ。経済成長ばかりを優先したヒートアイランドの陽炎(かげろう)に「暑さ寒さも彼岸まで」「四季折々」という言葉はかすみ、闇なき夜空におぼろ月夜も宵の口ももはやない。つつましやかでもたおやかでもない、思い通りにならなければ戦うまで、という権力闘争が政治なら、この国はどこへ行くのか。言葉は時代を映す鏡。ならば言葉の乱れはむなしいかな、然(さ)もありなん。
August 25, 2005 12:39 PM
