2005年08月22日
世界体感を早くから:岡本学
サッカー日本代表のジーコ監督が「いばらの道」と表現した06年W杯ドイツ大会アジア地区予選が終了した。最終予選の最終戦となった17日イラン戦(横浜国際総合競技場)の開始前、選手、サポーターは黙とうをささげた。3月25日に行われたアウエー戦終了後にイランの勝利に興奮した地元サポーターが会場のアザディ競技場出口に殺到、亡くなった5人(40人がけが)の冥福を祈るものだった。20秒ほどだったが、黙とう後に当時の競技場の状況が鮮明に頭の中に浮かんだ。
12万人と通路も見えないほどのサポーターで埋まったスタンド。試合後に両監督の記者会見に向かうため、スタンド記者席からスタンド下にある会見場に向かおうとした。無理だった。勝利に興奮しながら帰路へ就くイランサポーターがスタンド上段にある出口に向かって殺到。勢いに押されて倒れそうになった時には、身の危険も感じた。「急がなければ」という思いとは裏腹に、逆方向へサポーターが動くのを待つしかなかった。日本では記者とサポーターの動線がほとんど交わることがなく、昨年2月18日の1次予選からのホーム6戦を通じて、取材に支障をきたしたことは1度もなかった。今季、Jリーグではサポーターによる暴行事件が何件か起こっているが、世界と比較すれば国内試合の安全度は世界トップ水準といえるだろう。
だが、イランを含めアウエー戦6試合中5試合の取材で「国内基準」は通用しないことを体感。イランで身動きがとれなくなっただけではない。携帯電話が肝心な時に通じない。原稿が送信できない。取材をするために必要なパスがなかなか手に入らない。取材エリアへスムーズに入れない。トラブルを数えたらキリがない。W杯予選のアウエー戦は我々にとっても何が起こるか分からない「いばらの道」だった。
若いころから世界を経験しているジーコジャパンの選手たちも同じだっただろう。コルカタ(インド)では試合中、停電に見舞われた。標高1300メートルのテヘランでは、空気の薄さに少なからず苦しみ、12万人という日本の倍に当たるサポーターの圧力を受けながら試合をした。さらに、第3国開催となった北朝鮮戦(バンコク)では、練習日に日本で経験できない激しい雷雨も体験した。日本だけで戦っていたら味わうことができない、予期せぬ出来事に何度も遭遇。ジーコジャパンも過酷なアウエー環境に動じなくなったはずだ。
今月14日まで行われた世界陸上で、海外レースへ積極的に挑戦した男子400メートル障害の為末選手が銅メダルと結果を出した。日本サッカー協会ではユース年代のアジア予選を国内に誘致せず、海外で戦うよう方向転換している。日本では味わえないことを、若いうちに海外へ出て体感する。「世界で戦うことを目標にするなら、どんな競技でもなるべく早く海外へ出た方がいい」。身をもって学んだW杯予選だった。
August 22, 2005 10:08 AM
