2005年08月31日
馬にユメ託す高校生:高木一成
札幌競馬の開催中で、今月15日から北海道に長期出張している。先週22日に、静内農業高校を訪れる機会があった。日本で唯一サラブレッドの生産、育成を授業に取り入れている高校だ。今年2月には同校で生まれたユメロマンが、東京競馬場で新馬戦を快勝した。高校生の生産馬の勝利はJRA史上初の快挙。この記事は社会面に大きく載ったので、「ああ、あの時の学校か」と思う方もいると思う。
18日に旭川で行われたホッカイドウ競馬では、またも同校の生産馬で、ユメロマンの半弟サクラホウジュがデビュー勝ちを飾った。ちょうど開催中だった甲子園では同じく南北海道代表の駒大苫小牧が勝ち進んでいる最中で、新聞やテレビはその話題で持ちきり。ちょっと寂しくもあったが、関係者の中では、こっちもちょっとした注目を集めていた。
実習作業は畜産科(生産科学科)の生徒、馬術部のメンバー30人が中心になって行う。出産を見守り、毎日の世話を行い、セリに立ち会う。ちなみにユメロマンは250万円、サクラホウジュは400万円の値がついた。多感な時期に、生命の大事さや生き物を育てる難しさを肌で感じ、また一方で自分の努力が何百万という大金で評価される喜びを経験できるのだから、なかなかほかでは味わえないことだなと思った。
取材した時は夕方の厩舎作業中だったが、生徒たちは熱心に馬の体を洗ってあげていた。競馬の取材で見慣れているはずの光景なのだが、何となく新鮮に見えた。馬は敏感な生き物でフラッシュ撮影などは本来は厳禁なのだが、担当の先生は「慣れてるので大丈夫ですよ」とあっさりOK。今年4月に生まれ、7月のセリで300万円で落札された桜可憐(サクラカレン=幼名)の写真を撮ったが、全く動じることがなかった。馬より人が多い環境で育っていることが、物おじしない性格につながっているのかも。
生徒の生活スタイルは当然、馬に合わせたものになる。厩舎近くの寮に住み、朝起きるのは毎日4時半から5時くらい。馬の運動を行い、カイバを与えてから、自分の朝食にたどり着ける。「眠いけど、毎日の変化を見るのが楽しいですから」。苦労よりも充実感の方が上回っているのだろう。生徒の1人は「競馬に興味があったので、早くから馬を扱えるこの高校に入った。将来は中央競馬に入りたい」と夢を持っている。ほかでは扱われない分野だけに、北海道外からの入学希望者も多いと聞くと、まだまだ馬の仕事に関心がある人は多いんだな、とうれしくなった。ここ数年は未成年者の凶悪犯罪や、やりたいことがなく無気力な若者のニュースも多いが、目標に向かって一生懸命頑張る高校生の姿は、馬の育成であれ甲子園であれ、やっぱりすがすがしい。
ユメロマンたちの母で、学校で唯一の繁殖牝馬サクラトキメキは地元の牧場の好意で寄贈された馬。高額な種牡馬の種付け料は教育的配慮で、予算内で収めてもらっている。不景気に悩む馬産地にとっては明るい話題につながるだけに地元の応援態勢はばっちり。同校生産馬の活躍はもちろん、同校出身者が将来競馬サークルで活躍してくれることを期待したい。
August 31, 2005 11:39 AM
2005年08月30日
体罰に頼らぬ指導を:千葉修宏
いや~、本当に良かったです。部長が暴力行為を行った駒大苫小牧野球部の、甲子園優勝が取り消されなくて。選手権大会の臨時運営委員会は27日、「指導者の行為の責任を選手に負わせるのは適当でない」として、同校の優勝を取り消さないことを決めました。これで57年ぶりの夏連覇という偉業を達成したナインたちにも、笑顔が戻るんじゃないですか。
当然といえば当然の判断なんですけどね。高野連は相当、駒苫の対応のまずさ、遅さを問題視しているみたいだったので、「もしかしたら優勝取り消しも!?」という不安はぬぐいきれませんでした。しかも、同じく不祥事で対応の遅れた明徳義塾は、夏の甲子園を辞退していたから(なんで高野連の処分を待たずに自ら出場辞退するのか、よく分かりませんが)。余計そう感じたのでしょう。
でも騒動の流れを追ってみても、今回の駒苫の場合は、ナインの無実は明らかです。
▼8月22日 同校野球部長が、6月と8月の2回、部員を殴るなどの暴力を振るっていたことが判明。被害部員の父親は、事実関係について反論。
▼同24日 駒大苫小牧・原教頭が被害部員に対し、圧力に近い発言をしたことを認めた。
▼同26日 部長、校長に加え、香田監督も同席して謝罪。双方が和解。
暴力を振るったのも、対応を遅らせたのも、まずい対応をしたのも、すべて学校関係者=大人。これで優勝はく奪になっていたら、夢や希望を抱いて高校野球部の門をたたく球児なんていなくなってしまうのでは、とまで思いました。
ただ指導者たちにとって今度の出来事は、もう1度自らのあり方を考える良い機会なのではないでしょうか。高野連は「高校野球は教育の一環」としていますが、今回の部長のように教育を“誤解”している指導者も少なからず存在します。心のどこかに「教育だから殴ってもいいんだ」という旧態依然とした、ゆがんだ愛のムチがある限り、このような事件はなくなりません。
僕も支局勤務時代にアマチュア野球を取材していましたから、素晴らしい監督、コーチ、先生方をたくさん知っています。でも、彼らは体罰に頼らず、ナインのモチベーションを高めるのが上手でした。
プロ野球ではロッテのバレンタイン監督や、02年に巨人が優勝した時の原監督。今年ア・リーグ中地区を独走するホワイトソックスのギーエン監督なんかまさにそうです。ナインが100%の力を発揮できるよう環境を整え、信頼していることを言葉で伝え、その気にさせる。高校野球でも同じで、そういうことができる人が本当に有能な指揮官なのではないでしょうか。
何か伝えたい時、拳を振り上げるのは最も簡単ですが、最も知性に欠けたやり方です。日々、新聞、テレビやインターネット等で海外の情報まで仕入れている現代の選手たちは、それでは納得しません。高校野球の“旧態依然な感じ”を助長している一部の指導者たちも、経験則だけでなくもっと知性を磨く必要があります。
August 30, 2005 04:08 PM
2005年08月29日
座り込み抗議の無駄:荻島弘一
J2仙台の選手バスを取り囲んだ100人ほどのサポーター。「いったい何をやってんだ!」「都並監督と話をさせろ!」。容赦のない罵声(ばせい)が飛び交った。いつまでもサポーターは、その場を離れようとしない。バスの前に座り込む人までいた。
20日の仙台対横浜FCのJ2リーグ戦は、0-0の引き分け。J1昇格争いをしている仙台にとって、2位福岡との勝ち点差が11と開く、ホームで痛い試合だった。カズと城の元日本代表コンビは抑えたが、決定機にゴールが奪えず。サポーターもフラストレーションがたまったのだろう。
バスの前の一団の中には、何と子供までいた。仙台というチームが好きで好きで仕方がないのだろうが、あくびをし、目をこすりながら座り込む姿は痛々しかった。夜の11時。驚くとともに、ショックだった。
クラブがサポーターとの話し合いの場を持つことを約束して事態は収束した。結局、2時間近くたってからバスは出発した。猛暑の試合、疲れた選手は早く帰りたかったに違いない。中には、クラブハウスに戻って、ケガの治療をする予定の選手もいたという。
何よりも驚いたのが、これが珍しくない光景だということ。「いつものことですから」とクラブ関係者はあきれ、記者たちも「またか」という顔で取材をしている。最近は、他のクラブでも負け試合の後などで目にすることがある。選手バスを囲むのは、サポーターの流行なのだろうか。
「直接抗議をするため」とサポーターは言うが、チームのためになるとは思えない。チームに対する抗議は悪いことではない。しかし、ほかにも方法はあるだろうに。「あれじゃあ、居酒屋トークだよ」と話していた記者がいたが、その通りだ。だいたい「いつものこと」では、チームに危機感が生まれるはずもない。
クラブ側の対応もお粗末だった。優先すべきは、バスを出すことのはず。何よりも、閉じこめられた選手たちがかわいそうだ。バスを取り囲むような行為を許さないこと。サポーターを大切にするのはいいが、バスを囲むことを許すのとは訳が違う。「もう応援しないぞ」の言葉に「来ていただかないと困ります」と困惑していたが、時には毅然(きぜん)とした態度も必要だろう。
仙台スタジアムの雰囲気は、驚くほど素晴らしかった。サッカー専用競技場がチームカラーの黄色に染まり、大声援が屋根に響き渡った。2万人程度の収容人員のスタンドがいっぱいになると壮観。Jリーグが本当に地域に根ざしたのだと実感した。ここでプレーできる選手は幸せだとも思った。それだけに、バスを取り囲むことがスタジアムでよくある風景だと知った時は、ショックだった。
Jリーグは発足前にファンを対象にアンケートをした。「応援で最もふさわしいのは」の設問に、最も多かったのは「チアリーダー」だった。今では、欧州や南米などサッカー「先進国」のスタジアムの雰囲気が、日本でも見られるようになった。しかし、同時に不要なものまでまねているようにも思う。試合後にバスを取り囲む「無駄な」行為。こんなことにサポーターも、クラブも、慣れて欲しくはない。
August 29, 2005 11:02 AM
2005年08月28日
橋田さんの遺志、形に:桐越聡
「保険金が出たらフリージャーナリストを支援する基金をつくりたいと思っていましたが、難しくなりました」。昨年5月にイラクのバグダッド近郊で銃撃を受け殺害された橋田信介さん(享年61)の妻幸子さん(52)は肩を落とした。
幸子さんは長男大介さん(23)と「海外旅行傷害保険金の支払いを理由なく拒まれた」として、橋田さんが契約していた保険会社に保険金750万円の支払いを求めて提訴した。
23日、東京地裁で判決が言い渡された。「事故は保険金支払いが免責される『武装反乱』に当たる」。請求は棄却された。
「道半ばで亡くなった橋田の分も若い人には頑張ってもらいたい」。幸子さんは、橋田さんのように戦地取材へ出向くフリー記者に、渡航費用などを無利子貸与する基金の設立を計画していた。しかし、その原資にする予定だった保険金が出なければ計画は進まない。基金の立ち上げは厳しくなっている。
その一方で、橋田さんの遺志を継いだ「橋田メモリアル・モハマドくん基金」の活動は順調に進んでいる。同基金は、イラク戦争の戦闘に巻き込まれて左目にガラス片が突き刺さったモハマド・ハイサム・サレハ君(11)への支援金として全国から集まった募金をもとに、設立された。
橋田さんが治療を約束した、失明の危機に瀕したモハマド君の視力は0・2ほどに回復した。しかし、イラクにはモハマド君以外にも傷ついた子供が何万人といる。苦しむ子供を助けたい。日本人の善意を何らかの形で残したい。そんな思いから活動が続いている。
「橋田メモリアル-」から約550万円を出してイラク・サマワの孤児院内に診療所を開設することが決まった。モハマド君が住むファルージャ市からは、建設を計画した子供病院用の土地が無料提供されることが決まり、候補地の選定が始まったという。
幸子さんは「診療所は9月に着工して(橋田さんの)三回忌までには完成すると思います。子供病院は5年ぐらいはかかると思っていましたけど、少し早く完成する可能性が出てきました。イラクから女医さんと青年医師をトレーニングのために日本の大学病院に呼びたいと思っています」と、笑みを浮かべた。
「今年は暑いですね。昨年の夏は暑かったのか涼しかったのか、思い出せないんです。暑さを感じられる分だけ、精神的な余裕が出てきたのかなと思っているんですよ」。いつかはこのような時が来るという覚悟はあったという。とはいえ、最愛の人を失った悲しみは大きく、決して消えることはない。それでも、幸子さんは橋田さんの遺志を引き継ぎ、毅然(きぜん)として前へ進もうとしている。その姿に心を打たれる。
「橋田が最後に歩いたファルージャとサマワに病院を造って(橋田さんが銃撃された)マハムディヤに花を手向けられる日が来たらいいなと思っています」。
イラクでは駐留米軍、民間人などに対する攻撃や外国人の誘拐が相次いでいる。幸子さんが思い描くような子供病院の完成を、1日でも早く、と願わずにはいられない。
August 28, 2005 11:57 AM
2005年08月27日
中学部活に新モデル:横田和幸
サッカー日本代表は来年のドイツ大会で、3大会連続の出場を決めている。Jリーグの誕生で競技人口が増え、選手の質が飛躍的に向上した結果だろう。
しかし、黄金時代が永遠に続くわけではない。「日本が20XX年W杯本大会出場を逃す」。2010年、14年、18年大会、いや、その先かもしれないが、近い将来、冬の時代が訪れる可能性は十分にある。
日本の少子化に歯止めがかからない。女性1人の平均出産数は最高だった71年が2・16人で、04年が1・29人。最近は4年連続で過去最低を更新中という。少子化が進めば、サッカーの競技人口や質まで低下するのは必然的だからだ。
すでに学校体育の現場では、生徒数の減少で、大阪府下の中学では92年から8年間で約900の部活が休部に追い込まれたという。日本サッカー協会への選手登録は04年で約86万人。確実に増加傾向にあるが、未登録者の登録比率が上がっただけという指摘もある。
02年4月、大阪・吹田市の千里丘中学を舞台に「吹田JFC千里丘」(略称・千里丘FC)という男子中学生のクラブチームが誕生した。同校部員と周辺の他校選手で構成。千里丘中は新潟DF藤井、千葉FW川淵らJリーガーを輩出し、01年の全国大会で準優勝した名門だが、02年は少子化の影響などで部員が十数人に激減した。有能選手を抱えながら休部危機に迫られた。
千里丘中教諭の吉沢秀樹監督(43)は、同じ悩みを持つ中学が多いとは感じていた。そこで学校の壁を取り除き、各学校関係者や地域の理解と、吹田市サッカー連盟の後押しを受け、新概念の千里丘FCをつくった。
「基本技術を学ぶ大切な3年間に、何もしなければレベルは下がる。世界に通用するには、この年代の育成が欠かせないと思っていましたから」。
中学の部活とJクラブのジュニアユースが合体した感覚に近い。ある選手はクラブユースの大会を目指し、試合に出られない選手は中体連の大会に目標を変更する。ハード面を理由に競技と決別する選手を呼び止め、技量向上に有効な場となる。今は約80人の大所帯へと成長した。
千里丘FCを運営するのは、吉沢監督ら地域の大人たちだ。「吹田フットボールネットワーク」と命名し、この3月には特定非営利活動(NPO)法人の認可を受けた。「学校体育と地域スポーツの融合」を広く認知してもらうのが狙いだった。趣旨に賛同したセルジオ越後氏(日刊スポーツ評論家)が特別顧問に名を連ねた。
法人化発起人の四國(しこく)光氏(49)宮井教孝氏(42)は時間があれば、校庭内の練習を見守る。「大人がいれば、不法侵入者を防ぐ事件抑止効果もある。この組織が日本のモデルケースになればと思います」。Jリーグが掲げた普及スローガン「百年構想」は、Jクラブだけのものではない。千里丘FCが掲げた理念は、少子化に悩む日本を救う貴重なアシストとなる。
August 27, 2005 12:20 PM
2005年08月26日
駒苫…悲しいの一言:上野耕太郎
正直に言えば、今回のコラムは甲子園での駒大苫小牧の57年ぶりとなる連覇をテーマに書き終えていた。北海道に住む私としては単純にその快挙をかみしめていた。そして、優勝後の22日、野球部長の体罰問題が発覚した。日本高野連では優勝の取り扱いについて審議委員会を招集するという。
このコラムはその名の通り「見た聞いた思った」だ。私はその「思った」の部分をいまだ、まとめきれないでいる。
いろいろな意見があると思う。「甲子園は教育の場とするならばいかがなものか」「報告義務があるはずであり、注目度や影響も学校関係者は考えるべきであった」という意見の一方で「では、他の高校で体罰は本当にないのか」「一生懸命にやってきた選手はいったいどうなるのか」といった考え方を聞いた。
単純と思われても仕方がないが、今回の件で私が思ったのは「悲しい」という一言に尽きる。
選手たちもあの暑い甲子園で偉業を成し遂げた。その喜びは選手たちだけではなく、道民である私にも分け与えてもらった。私が記者として取材をする数年前まで、北海道の高校野球の地区予選では「人間フェンス」が登場したという。球場がなく、大きなグラウンドに野球部員が立ち、外野フェンス代わりになっていた。雪があり、インフラは整っていなかった。甲子園でも思うような成績を残すことは少なかった。
その十数年後、57年ぶりという連覇という「事件」が起こった。本州へのコンプレックスというわけではないが、胸のすく思いがした。当然のことながら北海道は熱狂した。視聴率も50%を超えた。町の中に設置されたテレビには人だかりができていた。大きな輪をつくり、夢中で応援する。こういうたとえは適当なのか分からないが、プロレスの力道山が外国人を空手チョップで倒していくような場面を思い浮かべた。堂々と戦い抜いていく球児たちを誇りに思った。
駒大苫小牧が劇的に強くなるその過程で多少の無理があったのかもしれない。昨年の優勝で道内では一気に注目度を増した。北海道拓殖銀行が破たんしてからは活気を失い、悪いニュースが続いていた。昨年は日本ハムが移転し、甲子園では優勝と久しぶりに素直に喜べる出来事だった。異様な熱狂とともにチームはオラが町のヒーローになった。それがかえって重圧にもなったのかもしれない。
今後、どういった処分が学校側に下されるか現時点では分からない。その判断については、いろいろな意見が出るだろう。優勝から不祥事発覚へと、ここ数日の目まぐるしい状況。選手たちにとって現状をどう受け止めてよいのか分からないだろう。出張中のため肌で感じることができないが、北海道でもその熱気が急速に冷めていっているかもしれない。個人の意見だが、選手たちは目標に向かい力の限りを尽くした。その戦いを私は決して忘れないでいようと思う。
August 26, 2005 10:30 AM
2005年08月25日
美しい日本語は守れ:永井孝昌
【ヤバーい】すごい、たまらない、などの意。感嘆の意思表示。「このパフェ、おいしくない?」「かなり--」。
【ビミョー】ちょっと違う、何かおかしい、受け入れがたい、の意。「アロハ、短パンに革靴ってどうよ?」「--」。
【萌え】(何かの対象物、時に架空の存在に対し)興奮する、情欲をかりたてられる状態。「お前、芸能人でいうと誰に---なの?」「山口---」。
と辞書に載っているわけがないが、最近の言葉の乱れ方ときたらなかなかすごい。7月に文化庁が発表した「国語に関する世論調査」でも話題になった冒頭の言葉は、従来の意味からはすっかり逸脱している。「萌え」なんて完全に新語。「激アツ!」なんて言い方が通用するようになったのはここ2、3年のことだと思うし、今ではすっかり一般的になった「キテる」という言葉も、一昔前は全然、キテなかった。
新しく言葉が生まれれば、消えていく言葉もある。先日、取材先である方と「そういえば聞かなくなったね~」と意見が一致したのが「待ちぼうけ」という言葉。上京したての15年前、携帯電話も持たずに渋谷の駅前あたりで待ち合わせできたことが、今では奇跡にさえ思える。
「B面」、なんて言葉も絶滅寸前種のひとつ。今の10代、20代はレコードやカセットテープを実際に使ったことがないから、B面、という概念自体が存在しない。シングルは45回転、と言われても何のことやら。「針を落とす瞬間の興奮」という言い回しは、もはや死語になりつつある。
そうして新しい言葉がはやり、すたれていくのは世の常。だが言葉が生まれ、消えていくスパンが短くなったからなのか、最近は特に、言葉そのものが持つ「力」が大きくなっているように感じる。
芸能界では、田原俊彦が「オレはビッグ」と言ったあたりから記者会見での一言がその後の芸能活動を、ややもすると人生まで左右するようになった。お笑い芸人は、1発でも流行語を掘り当てれば大ブレーク。クールビズ、というちょっと瀟洒(しょうしゃ)に聞こえる言葉が、1年前の球団買収騒動の時には「ネクタイも締めないなんて」と言っていた世間のネクタイまで外す。クールビズが「地球温暖化対策ファッション」と呼ばれていたらここまでみんなネクタイを外したのかな、と考えると、言葉は、「コピーライター」という職種がもてはやされたころ以上に世論を動かすだけの力を持ち始めている。
だからこそ、目先の言葉のインパクトに惑わされることなく、美しい日本語だけは守っていかなければならない、と思うのだ。経済成長ばかりを優先したヒートアイランドの陽炎(かげろう)に「暑さ寒さも彼岸まで」「四季折々」という言葉はかすみ、闇なき夜空におぼろ月夜も宵の口ももはやない。つつましやかでもたおやかでもない、思い通りにならなければ戦うまで、という権力闘争が政治なら、この国はどこへ行くのか。言葉は時代を映す鏡。ならば言葉の乱れはむなしいかな、然(さ)もありなん。
August 25, 2005 12:39 PM
2005年08月24日
「クジ運」鍵のドラフト:栗原弘明
プロ野球のドラフト戦線に異変が起きている。
駒大苫小牧が57年ぶりの2連覇を達成した夏の高校野球選手権。金の卵が期待通りの活躍を見せた。準決勝で敗れはしたが、大阪桐蔭の辻内崇伸投手は歴代2位となる65奪三振をマークした。平田良介外野手は1試合3本塁打も記録。両選手はともにドラフトで入札抽選(1巡目)で指名される可能性がある。甲子園は大きな盛り上がりを見せた。今年は高校生に逸材が多いと言われていたが、それを実証する大会となった。
例年ならば、バックネット裏でスピードガンを構えた各球団のスカウトからは「あの選手の素材は素晴らしい。ドラフト1巡目でいきたいね」という弾んだコメントが出るはずだった。早期に獲得表明すれば、選手、チームへの印象は良くなるし、熱意が伝わる。今までよくあった「意中の球団以外から指名された場合は、大学、社会人に行きます」という選手の“意中”に入る可能性も高くなる。
だが好選手、好プレーが続出したにもかかわらず「ドラフト候補? いい選手ではあるが、それについては言えないな。いろいろ総合的に判断しないといけない」というスカウトの慎重な姿勢が目立った。私としては、超高校級の記録が出た甲子園で、それは少し寂しい気持ちもした。
理由は今秋から導入される予定の新ドラフト制度にある。今までは高校生の有力選手を1巡目で獲得したい場合、指名が重複した場合は抽選を行った。クジに外れても、重複がなくなるまで抽選を繰り返すシステムだった。それが今年は高校生と大学、社会人の分離ドラフトになった。高校ドラフトでは、入札抽選に参加した場合、クジに参加できるのは1度だけ。外れたら、ウエーバー順の指名になってしまう。
10月3日に行われる高校生ドラフトのウエーバー順は9月26日時点での成績で決定する。仮に1選手の指名に12球団が集中した場合もクジは1度だけ。外れた場合は広島、楽天、巨人、日本ハム…という順序で指名していき、ソフトバンクは12番目でようやく回ってくることになる。上位にいる球団は「クジに外れたらアウト」の状態なのだ。ゆえに「抽選確率」も重要だ。2分の1ならOKか、3分の1なら回避か、5球団の競合なら避けるしかない…。他球団の動向を考慮しながら1巡目候補を決めていかざるを得ない。上位にいる球団からは「何で、こんなところにウエーバー順を持ってくるのか…」というボヤキも聞こえそうだ。
という、初体験のドラフトであるため、スカウト陣は慎重な姿勢を崩せないのだ。早期に1巡目指名の選手を表明しても、クジに外れて最後に回るかも知れない。その時に指名した選手に悪印象を与えかねないのだ。
現場の戸惑いの中、気付けば高校生ドラフトまで1カ月半を切っている。抽選にかける球団は、クジを引く人物を抽選で選ぶ-そんな話が冗談にならないほど、「クジ運」がキーワードになる今年のドラフトだ。
August 24, 2005 10:44 AM
2005年08月23日
意志の見える言葉を:小林千穂
映画やドラマの出演者の会見で気になる言葉遣いがある。
「~させていただきました」。
ほとんどの俳優が「○○役をさせていただきました、××△△です」と、判で押したようなあいさつをする。シンプルに「○○役をやりました」とか「○○役の××△△です」でもいいんじゃないだろうか。大勢の出演者全員がこれをやりはじめると、もう気になって、気になってしょうがない。もどかしい。みんなが同じ言い回しなので、かえって印象に残らず、ペンも止まる。言いにくそうなのも気になってしまう。新人俳優、俳優初挑戦のお笑い芸人など、ただでさえ慣れない場面なのに、こんな言葉を言うもんだから「させて…いただきました」なんてカミカミになったりして。
「させていただきました」で、謙虚な気持ちを表せるのかもしれない。「私がこんな役をできるのも、ひとえに、プロデューサー、監督のおかげです…」的な? でも「させていただきました」が「やりました」になっても、別にエラそうな感じもしないし、意気込み具合がよく伝わる気もする。謙虚な姿勢は大事なんだろうけど、もっと、生々しくて意志の見える、その人らしい言葉が聞きたい。放送作家の山田美保子さんも「メールなどのやりとりが多くなると、生の言葉で話そうとしても、会話力が退化している。とりあえず『させていただきました』と言っておけば、敬語として大丈夫だと思っているところがあるんじゃないでしょうか」と分析する。
だれもかれも「させていただきました」症候群だな、と思っていたら、出ました、ホリエモンことライブドア堀江貴文社長。衆院選への出馬表明会見。「決意表明させていただくことになりました」。無所属で出馬する理由を問われると「自分の意志で選ばせていただいて、自由にやらせていただきたい」。こんな場合こそ「決意表明します」と、スッキリ言えないものだろうか。党からの公認をもらったわけでもなく、無所属で出るのだから、別に「させていただいた」わけでもないだろう。
揚げ足取りなのかもしれないが「させていただきまして」を連発しているホリエモンを見ると、自由にやりますという雰囲気はまったく伝わってこない。「させていただいた」向こうに、当選後の追加公認とやらがスケスケに見えそうだ。
そういえば、政治の場面で「させていただく」の正しい? 使用法を見たことがある。今となっては、あの人は今の、学歴詐称問題で辞職した古賀潤一郎元衆院議員。
涙で訴えた「議員を続けさせていただき、渡米させていただき、残った単位を1つでも多く取らせていただき…」。選んでくれた国民に審判を委ねる姿勢を、過剰なまでの敬語と絶叫で表現していた。使用法が正しくても、さすがにこれは「いただけ」なかった。
August 23, 2005 11:36 AM
2005年08月22日
世界体感を早くから:岡本学
サッカー日本代表のジーコ監督が「いばらの道」と表現した06年W杯ドイツ大会アジア地区予選が終了した。最終予選の最終戦となった17日イラン戦(横浜国際総合競技場)の開始前、選手、サポーターは黙とうをささげた。3月25日に行われたアウエー戦終了後にイランの勝利に興奮した地元サポーターが会場のアザディ競技場出口に殺到、亡くなった5人(40人がけが)の冥福を祈るものだった。20秒ほどだったが、黙とう後に当時の競技場の状況が鮮明に頭の中に浮かんだ。
12万人と通路も見えないほどのサポーターで埋まったスタンド。試合後に両監督の記者会見に向かうため、スタンド記者席からスタンド下にある会見場に向かおうとした。無理だった。勝利に興奮しながら帰路へ就くイランサポーターがスタンド上段にある出口に向かって殺到。勢いに押されて倒れそうになった時には、身の危険も感じた。「急がなければ」という思いとは裏腹に、逆方向へサポーターが動くのを待つしかなかった。日本では記者とサポーターの動線がほとんど交わることがなく、昨年2月18日の1次予選からのホーム6戦を通じて、取材に支障をきたしたことは1度もなかった。今季、Jリーグではサポーターによる暴行事件が何件か起こっているが、世界と比較すれば国内試合の安全度は世界トップ水準といえるだろう。
だが、イランを含めアウエー戦6試合中5試合の取材で「国内基準」は通用しないことを体感。イランで身動きがとれなくなっただけではない。携帯電話が肝心な時に通じない。原稿が送信できない。取材をするために必要なパスがなかなか手に入らない。取材エリアへスムーズに入れない。トラブルを数えたらキリがない。W杯予選のアウエー戦は我々にとっても何が起こるか分からない「いばらの道」だった。
若いころから世界を経験しているジーコジャパンの選手たちも同じだっただろう。コルカタ(インド)では試合中、停電に見舞われた。標高1300メートルのテヘランでは、空気の薄さに少なからず苦しみ、12万人という日本の倍に当たるサポーターの圧力を受けながら試合をした。さらに、第3国開催となった北朝鮮戦(バンコク)では、練習日に日本で経験できない激しい雷雨も体験した。日本だけで戦っていたら味わうことができない、予期せぬ出来事に何度も遭遇。ジーコジャパンも過酷なアウエー環境に動じなくなったはずだ。
今月14日まで行われた世界陸上で、海外レースへ積極的に挑戦した男子400メートル障害の為末選手が銅メダルと結果を出した。日本サッカー協会ではユース年代のアジア予選を国内に誘致せず、海外で戦うよう方向転換している。日本では味わえないことを、若いうちに海外へ出て体感する。「世界で戦うことを目標にするなら、どんな競技でもなるべく早く海外へ出た方がいい」。身をもって学んだW杯予選だった。
August 22, 2005 10:08 AM
2005年08月21日
ブームで終わらすなよ:高木一成
今年のダービー馬の人気はやっぱりすごい。
17日、札幌競馬場で公開調教が行われた。一般ファンの人が、普段見ることのできない馬の調教風景を見学できるイベントで、早朝5時半から前年比379・1%の436人が駆けつける盛況だった。本来は21日に行われる重賞・札幌記念出走馬が主役だが、この日、ほとんどの人のお目当てはディープインパクト。調教開始から2時間ほど過ぎて、無敗のヒーローが馬場に入ってくると、それまでスタンド席に座って遠巻きに見ていたファンが、一斉にコース外のラチ際に集まり出したのが印象的だ。
武豊騎手がダービー前にファンから声を掛けられた時、いつもなら「武さん頑張って」と言われるところを、今年は「ディープインパクト頑張って下さいね」と言われたと聞いた。人でなく馬の名で応援されたのは名手をしても初めてのケース。「やっぱりすごい馬なんだな」と思わせたというから、久々に出た本当のアイドルホースといえるだろう。
深い政治の知識や有効な政策があるとは思えないホリエモンが、一時は自民党から「刺客」として白羽の矢を立てられたり(結局は無所属で出馬)と、知名度があれば何でもありの人気投票みたいになってきた今回の衆院選。ダービーでは単勝で約9万7000票も集めた人気馬が「廃止が相次ぐ地方競馬を救うため公営競馬の完全民営化を目指します」って、文字通り「出馬」したら当選しちゃうんじゃないか。軽い寝不足もあって、そんな冗談さえ思い浮かんだ。
ディープの周囲には新聞以外にテレビ、雑誌の密着取材陣が常にいる。「大変だけど、競馬界全体のため」と露出アップに協力するスタッフの寛大さには頭が下がる。ただ、その一方で思うのが、今の競馬の盛り上げ方が「ディープ」人気に頼りっぱなしになっていないか、ということ。ダービー当日の記念プログラムには同馬の特製ポスターがついていたし、等身大の像も登場した。引退した功労馬ならともかく、走る前から勝つのが当然、この馬は別格みたいな扱いに「やりすぎ感」を感じた友人もいた。
前述の公開調教中、何人かのファンに話を聞いてみたが、馬はディープインパクトしか知らない人がいて驚いた。同馬が活躍しているうちはいいけど、もし無敗でなくなったら興味をなくしちゃうんだろうか。先週の札幌競馬開幕週(13・14日)の売り上げは前年比約93%。新馬券「3連単」を先行発売した翌年ということを差し引いても、昨年獲得した新ファンに競馬が浸透したとは言い切れない。
せっかく出てきた歴史的ヒーロー。この馬を引っ張りに競馬をアピールするのは当然としても、1頭だけ覚えられても仕方ない。それこそ「刺客」となる強力なライバルがどんどん出てきてくれないものか。運に頼る部分も多いけど、「ディープ人気」がどっかで「競馬人気」に転換しないと、今の盛り上がりが短いブームで終わってしまう心配もある。そう考えると、本来の政策とは別のところに目を向けさせて、これだけ衆院選を注目させている小泉首相のやり方ってうまいのかな?
August 21, 2005 12:20 PM
2005年08月20日
「自分」を説明できる:千葉修宏
スポーツ選手のインタビューの受け答えには、その人が今後、活躍できるかどうかのヒントが隠されているように思います。僕が最近、取材した選手の中では、ホワイトソックス・井口資仁選手(30)が、最も成功の可能性を感じさせてくれました(すでに日本では大成功してますが)。
メディアからの取材を受ける時、選手には大まかに2つのタイプがいると思います。(1)自分の技術を論理的に理解し、記者の質問に対して、きちんと自分の言葉で説明、表現できる人(2)身体能力や、感覚的なプレーに優れているため、インタビュアーから技術的なことを質問されても、言葉で説明できない、またはしようとしない人。一般的には天才肌の選手ととらえられている。この2種類です。
イチロー選手もそうだと思うのですが、僕は成功するのは(1)のタイプだと思っています。先月、ホワイトソックスに帯同し、取材を行ってきました。井口選手を本格的に取材するのは初めてでしたが、何回か試合後の談話を聞くうちに、彼が技術面で自分自身を正確に把握し、外部に対して言葉で説明できる選手だと分かりました。つまり(1)です。
どん詰まりの一塁後方ポテンヒットを打った7月29日のオリオールズ戦以降、井口選手はよくこう口にしました。「『詰まってライト前』は僕が好調の証拠ですから」。井口選手によると、詰まるのは体を開かずに投手方向にきちんと踏み込み、かつボールを良く引きつけて見極められている証拠なのだそうです。
井口選手は調子を落としていた7月下旬、試合前の打撃練習を素手で行い、スイングの感覚を確かめていました。ダイエー時代、練習で大リーグのストライクゾーンを考え、外角球はボール2個分広く打つなど、渡米への“予習”も十分でした。彼は自分の打撃を固めるメソッドをすでに確立していたのです。
ホワイトソックスのウォーカー打撃コーチは、井口について「教えることは、ほとんどない」と言います。彼のスイングを「ビューティフル」と表現する同コーチは「井口は自分のスイングを理解している。だから不調時もどこが悪いのか分かる。それゆえ修正できる。彼が打率を落としていた時(7月中旬~下旬)も、絶対にまた調子を上げてくると確信していたよ」と話してくれました。
僕は以前、静岡支局に勤務していたことがあります。主にアマチュア野球を担当し、高校生や大学生、社会人野球の選手たちの取材をしていました。その時よく高校生が試合の抱負について「自分のプレーをしたい」と答える場面に遭遇しました。
でも、こちらが「じゃあ、君にとって『自分のプレー』って何?」と聞くと、言葉に詰まってしまうのです。形式的に「自分のプレー」と言うものの、きちんと理解できていない選手は多いです。プロもそうですが、特にアマチュアの選手には「自分のプレー」ではなく、自分がどういう選手で、どういうプレーをしたいのか具体的に説明できるようになってほしいです。そう考えながら練習、試合に臨めば、きっと井口選手のようになれるでしょうから。
August 20, 2005 12:06 PM
2005年08月19日
勝負を変える「意欲」:荻島弘一
サッカー日本代表のW杯予選が終わった。1位突破をかけたイラン戦は2-1と勝利。すでに両国とも出場を決めていた。しかし、ジーコ監督が「消化試合になどしない。勝たなければだめ」と話していた通り、選手たちは「1位突破するんだ」という気持ちで積極的にプレーし、きっちりと勝った。「選手が最後まで勝つんだという気持ちを持ち続けた」と、試合後のジーコ監督は振り返った。
「モチベーション(motivation)」という言葉がある。日本語では「動機付け」「意欲」。今でこそ一般的に使われているが、新聞でもよく見るようになったのは、Jリーグの発足後。かつてデスクに「サッカーの専門用語は使うな」と怒られたのは笑い話だが、サッカー用語と間違えられるほど、選手や監督らが好んで口にする。
どうしてサッカー界では「モチベーション」が頻出するのか。簡単なことで、精神的な部分が大きな要素を占めるからだろう。「モチベーションが足りなかった」「モチベーションで上回った」という発言は、試合後の決まり文句。要するに「やる気がある方が勝利する」ということだ。
別に技術的なこと、戦術的なことが軽んじられているわけではない。しかし、多くの得点が入る他の競技と違い、1点や2点を争うサッカーの場合は力が直接結果に結びつくとは限らない。素晴らしいプレーをしても、負ける時は負ける。防戦一方でも、ワンチャンスで勝つこともある。攻勢点や判定での勝敗はない。
結局は、気持ちの問題なのだ。乱暴に言えば、精神的に上回れば、力の差があっても勝てる。真に勝敗を分けるのはシステムでも、ましてDFの数でもない。相手より0・1秒でも早くボールに追いつき、相手より1センチでも先にボールにさわること。その積み重ねが勝利につながる。
コンフェデレーションズ杯で日本と引き分けたブラジルのMFロナウジーニョは「日本の方が気持ちが強かった」と話したし、東アジア選手権で北朝鮮に負けた後、DF中沢は「気持ちで負けた」と振り返った。試合に対するモチベーションが高い方が、試合前から有利になるというわけだ。
今後は、W杯本番までどうモチベーションを高めるかがカギだ。10カ月は短いようで、まだまだ長い。モチベーションを維持し、さらに高めるのは難しい。そこが、ジーコ監督の腕の見せどころ。東アジア選手権では、スタメン総入れ替えという思いきった起用をした。代表候補選手が多ければ、選手間に競争意識が生まれ、それがモチベーションになる。「闘志がない者は使わない」の厳しい姿勢も、緊張感を生むはずだ。
W杯の大舞台でブラジルやイタリアと戦えば、日本は闘志たっぷりにいい試合をするはず。しかし、大会までの過程でモチベーションを落としていれば、強化がうまくいくはずはない。親善試合の相手に強豪国を選び、どんどん厳しい試合をすることだ。サポーターやマスコミも、常に厳しい目で見守り、批判をすることだ。チームは、その中で成長する。あと10カ月、W杯で優勝するのは難しいだろう。それでも、いやだからこそ、ドイツでは「戦う日本代表」が見たい。
August 19, 2005 02:06 PM
2005年08月18日
「戦争」を知り語り継ぐ:桐越聡
空腹に耐えられなくなって軍靴をむさぼりながら息絶えた日本兵がいた。捕虜になることを恐れた兵士は、銃口を口にくわえて自決した。暗く冷たい太平洋の海底には今も戦死者のしゃれこうべが沈んでいる…。
東京・文京区の文京シビックセンターで15日まで開催された、鉄の造形作家・武田美通(よしとう)さん(69)の作品展を見た。戦争の悲惨さや、戦死者の無念さなどを表現した鉄製の等身大の像が並んでいた。その表情や動きのリアルさに、胸にグサッとくるようなショックを受けた。
テレビ局の関連会社役員を9年前に退職して造形を始めた武田さん。「終戦を迎えるまで『自分もやがて兵隊さんになって、お国のために死ぬ』と信じて疑わなかった。兵隊さんはあこがれでした」という。「悲惨な亡くなり方をされた兵隊さんたちが、今の世の中を見たらどのように思うだろうか?」。3年前から戦争をテーマにした創作に取り組んでいる。
武田さんは静かに話し始めた。「政治の動きに『再び戦争をする方向へと向かっているんじゃないか』という危機感を感じます。軍国主義、帝国主義という時代とは違って、米国の策略に巻き込まれて大変なことが起きる、そんな気がしてならないんです。しかし、平和ボケしたのか、危機感を感じない、関心もない、という日本人が増えている。『このままでは危険な道へ進んでしまいますよ! しっかり考えましょう!』。そんな気持ちを託しています」。
15日、日本は60回目の終戦記念日を迎えた。戦争体験者は高齢化し、戦後生まれは人口の7割を超えたという。国内の「戦争の記憶」はどんどん風化して、若い世代にとって戦争は遠い昔の話になりつつある。
一方では「戦争放棄」を規定した9条を含む憲法改正の動きが活発化している。「大量破壊兵器を所有している」という米国の論理で始まったイラク戦争が区切りを迎えると、政府はイラクへ自衛隊を派遣した。
武田さんは鉄の像だけでなく「戦死者たちからのメッセージ」と題した創作文も展示した。そこには次のように書かれていた。
「私たちは、かつての太平洋戦争中、お国のためにと戦場に駆り出され、戦死していった兵士たちです。当時はみな20歳前後の前途あるはずの若者でした。思い出すのさえ恐ろしい、あの地獄の戦線で、壮絶な戦いをしました。無謀、不条理な作戦命令のもと、銃砲火に、病に、あるいは飢餓の中で倒れていったのです。トカゲや蛇、サル、昆虫などはもちろん、わが身の銃創にわく、うじまで食べ尽くしての戦いでした。私たちの骨は今なお、東南アジア、中国大陸、沖縄や硫黄島、そして太平洋の海底に散らばっています」(原文から抜粋)。
多数の犠牲者を出した、痛ましい歴史を繰り返してはいけない。「戦争」をもっと広く、深く知り「戦争の記憶」を風化させないように後世に語り継がないといけない。
武田さんの作品展を見て、そんな思いを強くした。
August 18, 2005 10:08 AM
2005年08月17日
為末父にみた家族愛:横田和幸
夏の高校野球大会が佳境に入ってきた。スポーツ記者は、担当競技に関係なく1度は、この甲子園で取材のイロハを学ぶ。基本はアルプススタンド巡り。選手の家族を何千人の応援団の中から探し、取材できれば関門突破だ。そこでの出会いで、選手の思わぬエピソードを聞けたりする。選手との距離が縮まった気もする。その意味で家族という取材対象は、我々に欠かせない存在だ。
世界陸上ヘルシンキ大会で、為末大(ためすえ・だい、27=APF)が男子400メートル障害で2大会ぶりの銅メダルを獲得した。雨の中で拳を掲げる写真を紙面で見ると、熱いものが伝わってきた。
今から11年半前の94年1月、彼が広島・五日市中3年時に取材した。6種目で93年度の中学記録トップに立っていた。当時、広島総局で勤務していた私は「怪物ランナー」の特集を組むために学校に出向いた。河野裕二顧問(現美鈴が丘中校長)と2人で、体育教官室で応対してくれた。
「僕は小学校のころ、本当は練習が嫌いだった。長距離練習をしていると、頭の中で悪魔が『もうやめておけ』とささやく。でも中学になると、天使が『頑張れば記録が伸びるよ』と言ってくれるようになった。今は天使と友達なんです」。
15歳とは思えない感受性豊かで、人なつっこい笑顔の受け答え。最後に本人は「ずっと陸上選手でいたい」と話した。法大から大阪ガスに入社し、安定した生活を保障されながら03年に退社した。プロに転向したのは、当時から将来設計していたのかもしれない。
話は戻る。特集記事が掲載された当日、広島総局の会社を見知らぬ中年男性が訪ねてきた。「今日の日刊スポーツを10部ほど売っていただけますか?」。偶然に対応した私は、紳士然としたその人と会話しているうちに、為末の父親だと分かった。
「紙面に息子が載っているんです。記念にたくさん取っておきたいと思いましてね」。にこやかで、物腰の柔らかい人だった。広島の地元新聞社で事業関係の仕事をしているという。あれこれと、10分ほど会話が弾んだ。取材時の為末の笑顔は、お父さんから譲り受けたのだろうと、勝手に想像したりもした。
それが2年前の03年7月に、敏行さんは54歳の若さで他界した。小さな訃報(ふほう)記事を読んだ当時、私でさえショックを受けた。まだ20代の為末のことを思うと胸が痛んだ。01年の大会で獲得した銅メダルを、為末は母文枝さん(55)に贈っている。「今回のメダルは、父にあげる約束をしていました」。残念ながら果たせなかった夢。先輩記者の書いた記事を読み、再びジーンときた。
彼が中学卒業後は、取材機会に恵まれていない。それでも、身近に感じられるのは、お父さんとの出会いがあったから。取材対象との距離を縮めてくれた典型的な例だった。「侍ハードラー」の背中を、天国のお父さんが押している。私は為末父子をこれからも応援していく。
August 17, 2005 11:30 AM
2005年08月16日
「無駄」から「有効」へ:上野耕太郎
いやぁー、暑いですね。道産子の私としては、この時期の本州への出張はつらい。先日も日本ハムとともに千葉へ行ったのですがもう、暑いこと暑いこと。
そこで稲川淳二師匠のように怪談ができるほど筆力はありませんが、涼しくなる話を1つ。今、北海道では「雪冷房」というシステムを研究しています。簡単に言えば、冬に積もった雪を夏まで保管し、それを冷房代わりに使うという発想です。雪の利用法を探ろうと97年ごろから研究が始まり、最近では地元不動産会社が100トンを貯蔵できる貯雪庫付きの6階建てのマンションを建設。この冷房システムで二酸化炭素の排出量が減ったのはもちろん、経費が電気冷房より約3割安くすんだという。
すごいでしょ。冬ならば「もう勘弁して」と思うくらい、大量に降り積もる雪を有効利用してしまう。早く解かしてしまいたい雪を長く保存する技術を発達させる。研究者によれば札幌の「雪まつり」でつくった雪像を夏まで延命させることが可能だという。北海道まで物資を運んだ貨物船に雪を詰めて首都圏に送れば、エネルギーとして代金に変わる世界がすぐそこに来ている。愛知万博でも「雪冷房」のパビリオンがあるそうだ。
いやはや、無駄だと思っていたものも発想と努力があれば有効になるんですねぇ。旭川に住んでいたころ、毎日、学校へ通う途中、石狩川から湯気が出ていた。まるで温泉のように見えるが、要は気温より水温が高いからだ。ダイヤモンドダストがキラキラと輝き、大雪山が神々しくそびえる。まるで絵はがきのような光景。でも気温はマイナス20度。はなをすするとピタッとくっつき、一冬で右耳は凍傷に。おかげで右耳が巨大化し、眼鏡をかけると20度近く傾斜がつく。その後遺症から現在では眼鏡が傾いた間の抜けたおじさんになってしまった。
そう、雪とか冬とか私たちにとっては、厄介で大変なものなんです。でもその雪が夏になると恋しくなる。みそやキャベツや米を雪の中で熟成すると甘みがでておいしくなるという。実際、「雪冷房」の発想は農作物の保管や熟成から始まっている。マイナスをプラスに転じる発想、ホントに誰がやり始めたのだろうかと感心してしまう。
春に咲く「スノードロップ」という花がある。一輪、こぢんまりと下向きに咲く。柄にもないが、花言葉は「まさかの時の友」。ドイツの言い伝えでは、色が欲しかったが誰にも見向きもされなかった雪に、その花だけが白という色を与えた。その代わりに冬の間、雪がその花を覆い、守り続けているという。
なんて、書きながらふと思ったりする。今の自分にとって「自分のためにならないから」と思って素通りしている知人やものごとってありません?
「まさかの時の友」。自分がごう慢になりそうな時、別に北海道出身というわけではありませんが、その言葉を思い浮かべたりする。人を忌み嫌うのは簡単ですから。
August 16, 2005 11:36 AM
2005年08月15日
「内輪感」の心地悪さ:永井孝昌
「チャンスよォォ」だの「打てェェ」だの「前に、前にィィ」だの。
「現役女子高生がァァ」だの「絶対に負けられません」とあおっていたかと思えば試合後には「まだ次があります」だの「次こそ負けられません」だの。
何の騒ぎですか。
先の東アジア選手権、男女の試合とも久々にテレビで観戦したが、正直に言って試合に集中するどころではなかった。「代表の試合はテレビで見るもんじゃない」。そう思っていた理由が、何となく分かった気がする。
サッカー中継を見ていて味わう心地悪さ。その元凶はきっと「内輪感」にある。興奮するのは当たり前。応援するのがコンセンサス。ちょっと油断すると「テレビの前の皆さんも力を貸してください」と呼びかけられちゃうトンチン感。「応援しなきゃ非国民」的な、乱暴な前提のもとに放送が進んでいくから、静かに試合を見たいと思うと疎外感すら覚える。
注目度が低い大会だと、その色はさらに顕著になる。冒頭でちゃかすように書いたのは申し訳ないが、例えば完全に内輪になりきってしまっている解説だったり「内側」の視聴者を逃がすまいと必要以上に危機感をあおる実況だったり。日本代表戦の中継が時に40%、50%も視聴率を稼ぐ優良コンテンツに育ったことは、同時に20%では満足できないという焦りを生んでいるのかもしれない。それが無意味なテンションの高さにつながっているのなら、この国のサッカー文化のもろさ、根の浅さを痛感せざるを得ない。
元選手の解説のつたなさや、サッカー好きを自任するアナウンサーやタレントの増長っぷりも内輪感に拍車をかける。例えば語尾にね、いちいちね、ねがね、ついてね、内容よりも口調に気が散ってしまうような解説。海外サッカーの鮮やかなゴールシーンに「エッキシャイティン、ゴゥッ!」と叫んでしまうアナウンス。選手経験を踏まえた的確な解説や、冷静かつ巧みに試合を伝える実況も少なからず存在するだけに、そうしたある意味の未熟さ、計算された自己陶酔の演出が一方で放置され続けている現実が「何興奮してんだかよく分かんねえや」という内輪感を助長している気がして仕方ない。
この10年で、日本サッカーは急激に成長した。ファンの目も肥え、日本代表の試合なら何でも見たいという一時期のブームは取捨選択の時代へと移行しつつある。だからこそ今、サッカー界全体がさらに成熟するために伝える側が要求されているのは、サッカーをサッカー好きのためだけのものにしない内輪感、排他性の打破なのではないか。
「後半も見逃せません」と連呼してCMに突入し、選手にやたらとニックネームをつけるバラエティー的手法で試合をショーアップすることも、時には必要なのかもしれない。だがその手法も度が過ぎれば内輪感を加速させるばかり。力ずくで盛り上げようとするえげつなさは、内輪のファンすら興ざめさせる。主役となるべきは選手であり、試合そのもの。「ゴ~~ル」と叫ぶアナウンサーの肺活量ではない。
August 15, 2005 11:01 AM
2005年08月14日
薬物疑惑自ら晴らせ:栗原弘明
ちょうど、高校の時だろうか。スポーツドリンクがブームとなった。私も部活動の練習の最中、帰宅してからも欠かさず飲んでいた。大学では、牛乳にプロテインを溶かして飲んでいた。なかなか溶けずに、ドロドロのまま飲んでいた。とてつもなく、まずかったのを覚えている。効果があったのかは、わからない。誰でも、体を強くしたいという願望は共通してあるだろう。
当時は社会的に「薬物」への意識は、低かったように感じる。
それが、今やインターネットの発達で、わけのわからぬ薬物の名前を検索できるし、購入もできる。
私が担当するロッテで、一部週刊誌が選手の薬物使用疑惑を報じた。バレンタイン監督と瀬戸山球団代表は会見を開き、強い口調で違法な薬物使用を完全否定した。「ふざけるな。なぜ、オレたちがそんな疑いをかけられなくちゃならないんだ。しかも、こんな時期に」。グラウンドに向かう選手の目も怒りに満ちていた。
降りかかる火の粉は、払わなければならない、と思う。
薬物への対応は、日本球界として避けては通れない問題だ。アマチュア野球なら、国際大会があるからドーピング(薬物使用)検査への意識は高い。だが、プロ野球では現段階で薬物に関しての規定がなく、対応は整備されていない。
大リーグは1月に検査方法や罰則をより厳しくした新ドーピング規定を発表した。検査は全選手が年1回は受け、シーズン中、オフを問わず無作為で行われる。検査回数も上限がない。選手は1度目の使用で10日間、2回目で30日、3回目で60日、4回目で1年間の出場停止とした。
それでも、深刻な問題となっている。先月、史上4人目となる3000安打、500本塁打を達成して将来の殿堂入りが確実視されていたラファエル・パルメイロ一塁手(オリオールズ)が薬物使用規定に違反したとして、大リーグ機構から10日間の出場停止処分を受けた。「意図的にステロイド(筋肉増強剤)を使用したことはない。どのように体内に入ったかも説明できない」。選手会を通じて異議を申し立てたものの、調停人から却下され、処分に従うよう指摘されたという。この件で元ロッテのフランコ一塁手(ブレーブス)は「たとえ今回の薬物テストの結果が間違っていても、パルメイロには、ステロイド使用者というレッテルが張られてしまうだろう。僕は自分の担当医に頼んで、独自のテストを受けている」とコメントした。
選手としてはプライバシーの保護や、いろいろな問題があるだろう。薬物に関して使用した、しない、は水掛け論になりかねない。現状では、どこまでが許される薬物なのかもわからない。日本球界として禁止薬物を明示し、規定を設ける時代に来ているのではないか。すでに、日本プロ野球組織ではドーピング検査導入へ動いているようだが、活発な議論を期待したい。
疑わしきは、自ら証明する姿勢が大事だと思う。それがひいては、一般社会の薬物汚染を防ぐ手だてにもなるのではないか。
August 14, 2005 11:54 AM
2005年08月13日
「本当の姿」見たかった:小林千穂
動物ドキュメンタリー映画は観客動員が見込めるジャンルに成長しつつある。今年は「皇帝ペンギン」がヒットしている。約8800時間カメラを回し、過酷な環境、南極でのペンギンの子育てを追っている。映像は素晴らしかった。見たことのない景色が広がり、壮絶な子育てに驚いた。でも、果たして「本当の姿」を伝えているのか、と疑問もわいた。
ペンギンが、人になってしまっている。ドキュメンタリーなのに、お父さん、お母さん、子供ペンギンに俳優の声が当てられ、擬人化され感情を注入されている。子供が初めて雪の上に降りた時「冷たい!」。カモメに襲われた仲間を見て「かわいそうに、あの子はもうダメだ…」。そうなのだろうか。そして、ペンギンを襲う動物たちは、悪者として描かれている。「愛を語らう」というオスとメスのシーンの後には、卵を抱いたシーン。これじゃあ「ベッドに倒れ込む2人、そして数年後-」みたいじゃないか。ヒョウアザラシに襲われる場面も「多分襲われたであろう」というところで終わっている。残酷かもしれないし、子供には見せたくないと思うかもしれないけど「本当の姿」を見たかったなあ、と思う。
米国公開版は、ペンギン視点でのセリフはなく、アカデミー俳優モーガン・フリーマンが淡々とナレーションをしている。日本で公開する時に、ナレーションか吹き替えかの検討はあったのだろうか。配給した映画会社は「子供が見やすいように、吹き替えでいくことをまず決めました。私たちはこれがいいと思ったんですが、ドキュメンタリーとしての作品を期待してきた人の中にはうるさいと感じる方もいるようです。作品の賛否の焦点が、吹き替えかナレーションか、になっているようです」と話す。確かにそこが焦点になる映画も珍しい。どのくらい物語性を求めるかによって賛否は分かれるが、ドキュメンタリーのジャンルである以上、付け足したストーリーは必要じゃない。ただ、公開から1カ月弱で興収は5億円に届きそうな勢いだ。単館系でこのヒットは異例のこと。動物ドキュメンタリーの勢いを感じる数字だ。
イマイチだなあと言いつつ、頭の中はペンギンだらけ。そこへ、別の動物ドキュメンタリーの話が入ってきた。ブームが去ったと思われた直立レッサーパンダの風太が、映画になるという。立つ動物を集めたもので、最も出演時間が長い風太が「主演」なのだそうだ。父は生まれる前に死に、母は再婚し(?)おなかには、風太の義理の兄弟を宿している。家族と離ればなれになる風太を支えるのは恋人だけ…ってな状況が説明される。もう、こうなってくると擬人化どころじゃない。
そして最高気温が30度を超えた日、先輩記者が「ファー(毛皮)を着た犬を見た」と言った。こんな時こそ犬を擬人化させて「オレ自体がファーなんだよ! あっちいんだよー!」と叫ばせたい。
August 13, 2005 11:40 AM
2005年08月12日
サッカーをきかっけに:岡本学
スポーツ観戦をしているときに、スタンドのファンが選手に浴びせるブーイングの意味、背景について、考えたことがありますか? サッカー東アジア選手権取材のため8日まで韓国に滞在していたが、その間、男女日本代表チームの取材を中心にしながら、ブーイングに注目していた。
目撃した最も大きなブーイングは、7日最終日の第1試合、男子の中国-北朝鮮戦でのものだった。2-0とリードした中国は、終盤になってピッチに倒れ込む選手が続出。選手交代すれば、ベンチに下がる選手は極力ゆっくりとした走り方で時間を浪費しようとする。第2試合の韓国-日本戦に集まっていた韓国人サポーターは、中国選手へ容赦ないブーイングを浴びせていた。反則ではないとはいえ非紳士的行為を連発した中国選手に日本代表ジーコ監督も苦言を呈していたように、韓国人サポーターのブーイングも同監督の苦言と同じ意味合いのものだろう。ただ、そのブーイングを後押しした背景に韓国人サポーターが南北の過去を乗り越えよう、北朝鮮を歓迎しようという友好ムードがあった。南北対決も実現した今大会。中国相手に戦う北朝鮮を韓国サポーターが応援する姿は、南北が友好関係を促進させたことを印象づけた。
ちょうど1年前、中国でのアジア杯では、試合前の「君が代」斉唱の際に中国人サポーターから大ブーイングを受けた。過去の両国間の歴史が背景にあった。日本サッカー協会小倉純二副会長は「国歌へのブーイングを理不尽だと感じる人も多いと思いますが、そこで歴史の話をしてもらえれば。政治とスポーツは違うというけど、きれいごとだけではない部分がある。サッカーでのそんな場面が(国と国との関係を学ぶ)いいきっかけにつながってくれればと思います」。
韓国滞在中の6日には、日韓両政府が指名した「日韓サッカー親善大使」のお披露目会見が行われた。6月に行われた日韓首脳会談で、国交正常化40周年に合わせた「日韓友情年」の一環としてサッカー親善大使設置が合意され、元日本代表DF井原正巳、元韓国代表MF洪明甫の両氏が大使として指名された。冷え込んでいる日韓両国の友好関係改善が期待されており、12月には済州島での親子キャンプが開催される。
会見で井原氏は「サッカーの楽しさを伝えたいし、日韓交流を深めたい」と韓国語であいさつ。選手としてブーイングを浴びた井原氏が、韓国人記者から大きな拍手を浴びた。サッカーという競技をきっかけに国と国との関係を学び、サッカーを通じて過去を乗り越え未来へ友好関係を促進していく。小倉副会長は「政府マターでスタートしたのは事実だが、1回きりのものでなく、ぜひ継続していかなければならないと考えている」。7日の日韓戦で日本へのブーイングはほとんどなかった。このコラムが、日韓関係を少しでも考える「きっかけ」になってくれたらと思う。
August 12, 2005 11:09 AM
2005年08月11日
禁煙は未成年対策が大事:高木一成
今回はいつも書いている競馬と無関係なことで、思ったことに触れてみたい。
実は生まれてこの方、たったの1本、ひと吹かしもたばこを吸ったことがない。「たばこ吸い出してから、息苦しくなってタイムが落ちたわ」。きっかけは高校時代、大学の陸上部に所属していた先輩がポロッともらした言葉。これが、当時サッカーをやっていた自分の気持ちに響いた。「少しでも動ける体でいたいからな」。性格が単純ってのもあるけど、そこで吸わないでおこうと決心してから、大して運動しなくなった今でもたばこに興味が沸くことがなくきている。
そんな訳で最近まで全然知らなかったのだが、たばこの箱ってすごいことが書いてあるなと驚いた。先日友人と飲んでいたときに手にすると、大きな印刷で「喫煙は、あなたにとって心筋梗塞の危険性を高めます」。別の人のを見ると、肺がんの原因になるとか、脳卒中の危険性が高まるとか…、とにかく表現がストレート。これって競馬で言えば、券売機から出てきた馬券に「この馬券は当たらない可能性があります」とか「買い続けると年間で乗用車1台分の損失につながる危険性があります」とかって嫌がらせが書いてあるようなもの?
勉強不足を露呈してしまい恥ずかしいが、この健康警告表示は、今年発効した「たばこ規制枠組条約」の絡みで、昨年11月あたりから徐々に載り始めたらしい。今年7月出荷分からはすべての銘柄で義務付けられたので、吸うことのない自分でも目にする機会が増えたのだろう。
自分が吸おうと思わないだけで、僕は決してほかの人もみんな禁煙すべきなんて考えていない。各個人の判断でいいと思う。ただ、ここまで厳しく警告されれば、やめる人は多いのではと思ったが、周りに聞くと「そんなんで吸うのを控えようと思わない」「政府が言うから仕方なく警告の言葉を入れているだけで、本当は業者も売りたいんでしょ」って反応がほとんど。日本たばこ産業(JT)のお客様相談センターでも「もう吸わないぞ、なんて言ってくる人はいなかった」という。きつい脅し文句を押し付けられても、喫煙者の気持ちは少しも揺れないんだなって驚いた。
聞いた範囲では愛煙者の気持ちは簡単には動かない。それならば未成年者、特にスポーツをしている人向けのメッセージを交ぜてみてはどうか。生命力あふれる若者にとって、死を意識させる警告文はあまりリアリティーを感じさせない気がする。自分が高校時代にドキッとした「肺活量が○%落ちた例があります」とか、今回の甲子園の明徳義塾ではないが「高校生の喫煙が発覚したら、あなたの学校の部活は公式戦に出れなくなります」とか。一生懸命勝ちたい、うまくなりたいって思う気持ちや、仲間に迷惑を掛けたくないって気持ちをくすぐるのも1つの手だと思うのだが。
自分は高校時代がきっかけで一切たばこに興味を持たなかった。世界的な流れに乗って、日本も禁煙の方向に進んで行くのなら、まだたばこに興味を持つ前の未成年対策が大事な気がする。
August 11, 2005 11:21 AM
2005年08月10日
出場辞退必要なのか:千葉修宏
何かすごい違和感があるんです。部員の喫煙、暴力事件が発覚した高校野球の名門校・明徳義塾の甲子園出場辞退を聞いて。“名将”と言われていた馬淵監督が辞意を表明し、高知の代替出場も決まったというのに(明日10日に強豪・日大三と対戦します)。まだ心のモヤモヤが解けません。
「まじめに練習して甲子園出場を勝ち取った選手たちはどうなるんだろう」。あのニュースを聞いて以来、ずっと僕が思っていることです。喫煙をしたり、暴力を振るった選手たちが大会に出られなくなるのは仕方ないのかもしれません。監督が「責任を取る」と言って辞任するのもやむを得ないでしょう。でもまじめにやってきた選手たちには、精神面のケアが必要だと思います。なぜ自分たちが出場を取りやめなければいけないのか-。彼らはいまだに理由を探し出せずにいるはずです。
そもそも一部の部員が問題を起こしたからといって、学校として出場を辞退する必要が、本当にあるのでしょうか。今夏の山梨大会でも似たようなケースがあったそうです。日本航空(山梨)で7月5日に部員の暴力が発覚。翌6日に速やかに県高野連に報告したため、日本高野連の措置で、加害部員を登録メンバーから外しただけで、チームは甲子園にも出場しています。
日本高野連の田名部参事が「早い段階で報告があれば、出場の道もあったかもしれない」と話したという一部報道もありました。でも、早く報告するか“隠ぺい”するかは、あくまで周囲の大人の判断。それがまじめにやってきた部員たちの野球人生を左右してはいけないと思います。
僕は個人的には、高校野球は同年代との友好を深めるレクリエーション(娯楽)でしかないと思っています。ただ高野連が言うように野球が「教育の一環」だとすれば、すべての決定には教育的要素が含まれていなければなりません。しかし、ひたすら真摯(しんし)に野球に打ち込んできた選手が突然、大会出場を取り上げられて、そこに何か教育的意味合いを見いだすことができるでしょうか。
出場辞退を表明した記者会見で馬淵監督はこう言いました。「権威のある大会を汚してしまった。私が辞めて解決する問題ではないが、責任ある立場にいる者は潔く責任をとるべきだと思っている。特に3年生部員とその親御さんに対しては大変申し訳なく思っている」。僕はこの言葉の中に問題の本質があるような気がしました。
だいたい、大会の権威なんてどうでもいいじゃないですか。馬淵監督が辞めるのだって、甲子園を取り上げられた選手からしてみればどうでもいいことです。まず最初に、事件にまったくかかわりがないのに大会に出場できなくなった部員たちを気遣う言葉を言って欲しかった。今後はせめて、大学進学や就職活動などで、彼らに最善のケアをしてあげて欲しいです。
August 10, 2005 11:24 AM
2005年08月09日
カズの強烈プロ意識:荻島弘一
「巨人戦中止?」。突然カズに聞かれたのは、Jリーグ開幕前の日本リーグ時代だった。読売クラブの練習が終わり、シャワーを浴びて出てきたカズを記者が取り囲む。「中止だけど、どうして? ファンだったっけ」と聞くと、笑顔で返ってきた答えは「プロ野球がなければ、サッカーのスペースが増えるでしょ」。そこまで考えていたのだ。
当時の日本リーグは、アマチュア。プロ選手はいても、リーグがプロでないから、選手たちのプロ意識は低かった。しかし、カズは違った。ブラジルでもまれて帰国。本場で身につけたものは、経験や技術だけではなかった。強烈なプロ意識。それがあったから、日本のサッカーを引っ張れたし、キングになれた。
今でこそ巨人戦は絶対的なものではなくなったが、当時は「何もなければ巨人戦で」という時代。ナイターが中止になれば、サッカーのスペースは、2倍、3倍になる。だからカズは気にした。「中止だよ」と言えば、記事になるネタを惜しげもなく披露した。
「サッカーを盛り上げたい」という一心だったのだろう。Jリーグ発足は決まっていても、W杯出場など夢のまた夢。「日本をW杯に連れて行きたい」というカズの話は、絵空事のようにさえ聞こえた。カズは、そんな日本サッカーを変えようとした。まず、サッカーが露出すること。マスコミを通して自分自身を売り込み、競技を売り込む。ファンを増やし、人気を高めることこそ、プロとしての仕事だと考えていた。
Jリーグ開幕、ドーハの悲劇、大ブームを迎えた日本サッカーを引っ張った。Jリーグの初代MVPに輝くと、真っ赤なタキシードで登場した。ファンの目を意識して、練習にもスーツで現れた。「ピッチの上で結果を出すのがプロ」などとは決して言わなかった。ピッチの中でも外でも、カズはカズであり続けた。
当時、Jリーグ川淵チェアマンは「カズがいなければ、これほどサッカーは盛り上がることはなかった」と話したことがある。それほど「カズ効果」は大きかったのだ。95年大相撲秋場所、友人でもある若貴兄弟を激励した後、両国国技館の支度部屋中に響く声で言った。「みんなあ、相撲もいいけど、Jリーグもよろしく」。力士と記者の視線を集めると、右手を高々と上げて笑顔で出て行った。常にサッカーのアピールを忘れることはなかった。
J2の横浜FCに移籍してから2週間、6日の山形戦は敗れて移籍後3連勝はならなかったが、5台のテレビカメラに囲まれて「気持ちを切り替えて、やっていく」と言った。前向きの姿勢は相変わらず。常に、自分を、チームを、サッカーを前面に出してきた。
山形の鈴木監督は「彼は日本サッカーの宝。J2が盛り上がるのはうれしい」と話した。もちろん、カズ自身も分かっている。日本サッカーを引っ張ってきたように、今度はJ2を引っ張る使命感に燃えている。試合後、待ちかまえたファンにサインをした。中には山形サポーターまでいた。「J2を盛り上げる」というカズの挑戦は、まだスタートしたばかりだ。
August 9, 2005 12:22 PM
2005年08月08日
戦後60年 傷は癒えず:桐越聡
ポニーテールがよく似合う馮佳縁ちゃん(12)の目から大粒の涙がこぼれ落ちた。「学校の友達に言われました。『毒ガスを浴びたんだってね。近づかないでよ』って。(毒ガスは伝染する、との誤解から)友達は私から離れるようになって、ほとんど友達がいなくなりました。学校に行くと、今でも『近づかないでよ』と言われている気がします」。小さな肩が震え、言葉が続かなくなった。
2年前の8月4日、中国・黒竜江省のチチハル市の地下駐車場建設現場で、旧日本軍が遺棄した毒ガスが入ったドラム缶が掘り出された。液体を浴びた男性1人が死亡、汚染された土などに触れた43人が重軽傷を負った。
被害者のうち6人が、日本政府に医療体制の確立や生活支援などを求めるために来日している。5日には逢沢副外相に小泉首相あての要請書を提出した。
母親と一緒に来日した佳縁ちゃんは当時10歳。あの日、昼食を食べてから自宅近くにある中学校へ遊びに行った。校庭には高さ1~2メートルほどの盛り土がたくさんあった。半袖シャツに短パンの佳縁ちゃんは足が土に埋まっていくのを面白がって、土の山を上り下りしていた。土には湿り気があって形が作りやすく、丸めて投げたり、船の形を作ったり、土遊びに夢中になっていた。
2時間ほどすると佳縁ちゃんの両目は赤く腫れ上がり、痛くて開けられなくなった。土踏まずには直径8センチほどの水疱(すいほう)ができていた。
校庭にあった土に旧日本軍が遺棄した毒ガスが染み込んでいた。その日の早朝、建設現場から校庭の整地用としてトラックで運び込まれていたのだという。
2カ月入院し、学校に通えるようになるまで8カ月かかった。通院治療を続けているが、後遺症とみられる症状は治まらない。歩けないほど足が痛む。朝晩は、せきとたんが止まらない。目が痛くなり、白くかすみがかかったように見える。夜寝ようとすると息苦しくなる。週3~4日は38度前後の熱が出る。
佳縁ちゃんの母親は涙ぐむ。「体に水疱ができる夢に毎晩のようにうなされて『ママ!』と叫びます。天真らんまんだったのに部屋に閉じこもるようになりました。私の目を見て『これから私どうしたらいいの』と聞いてきますが、これからの人生、どんな後遺症が出るのかと思うと…」。
44人の被害者は日本政府が拠出した3億円を中国政府を通じて受け取っている。1人平均41万元(約570万円)、佳縁ちゃんは13万元(約180万円)。しかし、被害者の将来への不安は解消されていない。体力が戻らず働けない。集中力がなくなった。後遺症の恐怖から情緒不安定になる。性交不能になった…。平穏だった生活が一変している。
戦後60年。旧日本軍が遺棄した毒ガスに、何の罪もない一般市民が苦しんでいる。日本政府の推定では中国各地に遺棄された化学兵器は約70万発。その大半は処理されないまま残っているという。
August 8, 2005 11:46 AM
2005年08月07日
クイーン道歩む愛ちゃん:横田和幸
中国SLとは、日本でいう都道府県対抗戦で、世界最高峰のプロリーグ。12の地域が団体戦で争う。今季は6月に開幕し、12月3日の最終戦まで全22試合。契約は年俸制で基本給に加え、勝利給は1勝ごとに数万円、首位攻防戦など状況によっては10万円以上も支給される。最高で年俸1000万円前後、下は数百万円。ちなみに遼寧省は、全日空がスポンサーを務める強豪チームだ。
現地に借りた一軒家で、父武彦さん(63)母千代さん(52)と同居。日本からお米と調味料を持ち込み、母親の手料理で体調管理がなされている。東北3省の中の遼寧省は「北海の真珠」と呼ばれる港町。これだけだと最高の環境に思うが、想定外はホームアンドアウエー制による移動距離だった。
日本の約26倍という広大な面積を持つ中国。ホームはいいが、アウエーだと飛行機で3時間、さらにバスで5時間の移動はザラ。日本の道路事情とかけ離れ、高速路だけではなく砂利道の一般路が多い。夜間開催の場合、深夜に帰路につく。ほとんどの選手は故障を抱え、その大半が腰痛だ。
宿泊先は日本でいうホテルではなく、合宿所のような粗雑なもの。用意された食事は、クセのある味で同じ中国人でも口にしない料理がある。手配はすべて対戦チームがする。文句は言えないらしい。
この環境に、愛ちゃんは耐え抜く。日本に一時帰国した7月下旬、中国生活について本人は「移動疲れ? 私だけが(過酷な移動を)しているんじゃないので大丈夫。卓球の腕は? そこそこ。高望みしないでやってます」とケロリ。武彦さんが「卓球は下手になったねぇ。でもそういう挑戦に意味があるから」と笑っていた。
日本の学生を取材していると、卓球に限らず、例えば関西の学校が関東、九州に練習試合のためにバス移動して大変と耳にする。現在は夏休みの真っ最中。長時間の猛練習に耐え切れないで、退部届が出されるのもこの時期の特徴か。プロアマの差はあれど、目の前の難題を乗り越える行為は変わらない。5歳から中国遠征を繰り返してきた愛ちゃんの精神的強さには感服するしかない。
日本スポーツ界の模範生になる愛ちゃん。カズが「キング・カズ」と呼ばれたのと同じく、10年、20年後あたりには「クイーン(女王)愛」という称号を手にしているかもしれない。
August 7, 2005 11:58 AM
2005年08月06日
視聴率より満足度:上野耕太郎
巨人戦の視聴率が低迷しているという。僕の住む北海道でも移転2年目にして日本ハム戦が巨人の視聴率を上回ったそうだ。ただ、これって何かに似てません? そう、番組へのてこ入れなど常に言われているNHKの紅白歌合戦だ。
視聴率に一喜一憂するのはもう、いいのではないかと思う。時代は急速に変化している。
だって、最近、地上波のテレビを見てないもの。はっきり言えば暇がない。僕の場合、図式はこうだ。(1)不景気もあり1人の人間の仕事量が増えた→(2)ケーブルテレビやCSなどに最近入った→(3)子供が生まれ、自分の時間が減った→(4)テレビをつける行為が激減した→(5)毎回継続的に見る番組もそれによりなくなった。
それにより、弊害も出てくる。今、売れているお笑い芸人やミュージシャンの名前が極端に分からなくなった。「もう、自分はおじさんなんだなぁ」って再確認することが増えた。
まあ、加齢臭への階段を上っている自分の状況を重ね合わせてはいけないのだろうが、継続的に驚異的な数字を稼ぎ出すお化け番組の出現する可能性は少ないと思う。
ただし、そこにチャンスが転がっているのかも。インターネットなどの普及で今、世の中は細分化されている。「年収300万円時代を生き抜く経済学」の著者で経済評論家の森永卓郎氏(48)に昨年、取材した。その時の言葉が印象に残った。
森永氏「僕は『IT革命』の後は『OT革命』が来ると思う。『OT』って『オタク』のことなんだけど。今、圧倒的な国際競争力があるのはオタクなんです。ものすごい細分化された世界だけに、その分野では世界一になることもできるんです。好きなことを突き進むことによって自分の競争力を高められるかもしれない。資格を取ったり、専門学校に通ったりするのも無駄。お金があればコスプレ・メイド喫茶にでも行って見聞を広めた方がいい」。
物事は集中していた方が効率的だ。そうは言うがこれほど情報がどこからでも入手できる世界になると、「個」が拡散していく。力道山が日本を席巻した時代はもうないのだろう。圧倒的な力を持つテレビもまた、新しい時代を迎えている。それを見るにつけ、個性の真っ向勝負の時代が始まったとも思う。標準的なものが寄り集まって集合体をつくっても駄目なのだろう。
何人が見た…という視聴率って確かに重要な情報だ。それ以上に見た人がどのくらい満喫したという顧客満足度がもっと大切になると思う。ネットオークションでは売り手の評価も分かる仕組みになっている。ホテルを予約するときに使うホームページ「旅の窓口」(楽天トラベル)などでは利用者のコメント欄がある。「朝食が絶品」など利用者からの情報も有効だ。ユーザーは満足するために余念はない。そこで、テレビが自らをどう変化させていくのか。テレビ番組以上に実は気になったりする。
August 6, 2005 12:22 PM
2005年08月05日
違法駐車「悪い」が…:永井孝昌
季節感のなくなった今日このごろ。せめて旬と暦は大事にしたい、と先月28日の土用丑(うし)の日はウナギを食べた。が、路上駐車したのはマズかった。注文して、満喫して、食べ終わったころには愛車にチョーク。「ハイ、違反ね~」で、ウナ重1杯1万6000円ナリ(安月給の身、ウナ重は1000円の並でございました)。高いよ。精も出ません。反省。
その駐車違反取り締まりが変わる。昨年6月に成立した改正道路交通法が来年6月までに施行され、駐車取り締まりの民間委託がスタートする。
簡単にいえば、資格を取得した駐車監視員が警察に代わって違法駐車を取り締まる、というもの。警視庁が取り締まり執行力の強化などを理由に導入し、04年の取り締まり件数約159万件、罰金約240億円は導入後、倍増する見込み、という。
監視員は各警察署が定める重点取り締まり区域などのガイドラインに従い、違反車両を見つけると写真撮影しステッカーを張る。要はたとえ3分でも、パシャリ、ペタ、とやられれば「ハイ、違反ね~」という仕組み。「5分くらいなら…」なんて甘い気持ちは一切、通用しないことになる。
これでいいのか、なんて話をしても、施行は決定済み。何より、違法駐車は確かに悪い。ただ、その「悪い」の解釈が問題で、執行には不安もある。
「駐車場整備ガイドブック2002」によると、駐車場需要が1100万台以上といわれる現在、現実の駐車場収容台数は500万台程度。「停めたくても停められない」という車はどうするのか。民間企業が駐車場増設や監視員育成に投資した後では、パーク&ライド(郊外の駅に駐車場を設け、都心へはバスや電車を利用しよう、というもの)やロンドンで実施されている都心部乗り入れに対する課金制度の導入の動きに影響はないのか。それは、都心部の交通環境改善の抜本的解決を妨げないのか。
駐車場を持つ大規模店舗の集客がさらに有利になり、駐車場のない小型店舗はさらに厳しい状況に追い込まれるしかないのか。民間委託が監視員という名の警察OBの再雇用拡大や癒着、天下りの温床となることはないのか。そして、監視員が「1万円よこせば許してやる」なんて職権乱用する心配は本当にないのか。
来年6月ごろには「駐車場案内」なんて携帯サイトが人気になり、運転中にそのサイトを電話片手にピコピコやればばやっぱり罰金。ニセ監視員を名乗った新手の「駐禁詐欺」みたいな事件が発生し、施行に合わせて無理やり狭いスペースに作られた駐車場ではおばちゃんが車庫入れに悪戦苦闘。駐車場の絶対数が足りない現状では、下手すると「監視員監視員」とかいう違法駐車取り締まりをひそかに見張る闇商売まで横行するかもしれない。
「じゃあ、車なんて乗らなきゃいいじゃん」と言われれば、7月23日には地震で地下鉄に缶詰めになり、8月2日には羽田空港の管制システムダウンで出張のため乗り込んでいた飛行機の中に閉じこめられと「乗り物禍」が続く身では気持ちも複雑。結局、時間に追われる庶民はさらに不便な生活を強いられて、ウナギのぼりなのは摘発件数と罰金だけか…と思うと、精も出ません。
August 5, 2005 10:57 AM
2005年08月04日
頑張れ「ユキオさん」:栗原弘明
元気だと思っていても、知らない間に体力というものは落ちてくる。昨秋、私はフルマラソンに初挑戦した。短距離とはいえ大学時代は陸上部に所属していたから、走れるだろうとたかをくくっていた。ほとんどぶっつけ本番で周囲から「無謀だ」と指摘されたが、その通り、かかった時間は5時間50分。25キロで少し休もうと思って歩いたのを最後に、2度と走れなかった。以後、歩き通して何とかゴールした。
今春は、転んだだけでひざを骨折してしまった。反射神経さえ、にぶったのか? 38歳という年齢に、いろいろ考えてしまうことも多い。気が付けば、プロ野球選手にも同期や年上が減ってきた。ターニングポイントになる年齢なのだろうか。
プレーを見る度、心の中で「頑張れ」とつぶやいてしまう選手がいる。日本ハム田中幸雄だ。12月に同じ38歳を迎える。今、いくつかの大記録を目前にしている。
◆2000本安打(あと44=過去33人達成)
◆1000打点(あと3=過去24人達成)
◆400二塁打(あと15=過去9人達成)
◆300本塁打(あと19=過去30人達成) ※記録は1日現在。
先日、練習後に「ユキオさん」と声を掛けると、スタスタと引き揚げていく。アレレ、気が付かないのかな、とあわてて追いかけると「なんちゃって」と通路の奥で笑みを浮かべていた。ちゃめっ気のある人柄は、いつまでたっても変わらない。変にかっこつけたり、無言を貫く選手にも理由があるのだろうが、大記録に迫りながらいつでも自然体の田中幸を見ると、ホッとしてしまう。
高校を卒業してプロ20年目の同期の巨人清原のような、華々しさはない。だが、コツコツと地道にヒットを積み重ねてきた。「大記録間近? そういう感覚はないね。でも他の選手が達成して大きく取り上げられているのを見ると、ああ、そういう記録なんだな、という気持ちはする」という。
ケガとの戦いを続けてきた。特に右ヒジの遊離軟骨には長年、悩まされてきた。数年前には除去手術もした。「手術って、麻酔が切れた時がつらいでしょう」と問いかけてみた。「周りの話では、選手だから、人がいる時はしっかりしゃべっていたみたい。だけど、1人の時はうなっていた。内視鏡手術なら傷口は小さくて済むけれど、自分の時は開いたからね」としみじみ語った。
その右ヒジを「今年は不思議と痛まないんだよね。こんな状態でやれるのは、本当に久しぶりだと思う」といたわるように、さすった。実直にプレーを続けて来た選手への、見えない贈り物なのだろうか。
チームでは珍しく、打席に入る時のテーマ曲がない。「自分は自分らしく、それが一番いい」。派手なことが好きではないのだ。それは徹底している。
2000本安打が達成されれば、球団生え抜き選手では初になる。その偉業が成し遂げられた瞬間の「ユキオさん」の笑顔を楽しみにしている。
August 4, 2005 11:26 AM
2005年08月03日
「恋心」乗っかる商売:小林千穂
今さらかよ、と言われそうですが、韓流スターに恋する女性たちを目の前で見てきました。ブームは落ち着いたように思ってましたが、まだまだ恋心を失わない彼女たちの気持ちは、ある意味本物? なのかもしれません。
先日、チャン・ドンゴン(韓国焼酎のCMに出ていた俳優です)の取材で韓国・釜山に行きました。日本からのファン250人がツアーで見学に来ており、その人たちはなんとそのまま通行人のエキストラとして出ちゃっているのです。「チャン・ドンゴンさんとすれ違っても、じっと見ないで自然にしてくださーい」と注意されるのが、何ともおかしかったです。撮影した写真を見てみると、ドンゴンからちょっと離れた所にいる女性ファンは、明らかに目がハート。胸の前で手を組んでる人もいて、分かりやすすぎ! ここまでくると、かえってうらやましかったです。「こんなに情熱を注げるものが、私にはあるかしら」って。
単なるスターへのあこがれというよりは、恋心そのもの。取材不可だった夜のファンミーティングでは10人くらいずつドンゴンと写真撮影をしたらしいのですが、さぞ隣のポジション争奪戦が激しかったんだろうと思いきや、あらかじめくじ引きでポジションが決まっていて、粛々と撮影が進んだそうです。もちろん、混乱しないための取材者側の取り計らいなのですが、隣に座れなかった女性に「残念でしたね」と聞くと「いえ、浅ましいところを彼に見られなくて良かったです」。うぅ、けなげ。ホントに好きなのね…。
その恋心に乗っかるのは、やっぱり商売上手。ツアー代金は出発地によって多少違いますが、約9万円。ツアーを催行した旅行会社によると、詳細な内訳は公表できないそうですが、通常、釜山2泊3日の場合、航空券、ホテル代、現地での移動費で約4万円。残りの5万円がロケ参加費用と、ファンミーティングのイベント参加費になるわけです。
エキストラに参加した彼女たちには、お礼として1人ずつ1万ウォン(約1000円)が支払われたのですが、通常のエキストラなら最低でも5万ウォン(約5000円)はかかるとのこと。映画製作側にとっては、通常より低料金のエキストラと、確実に映画を見てくれる250人を確保できるのですから、一石二鳥。250人を少ないと言うなかれ。この小さな石が、口コミという大きな波紋を広げるのです。別の映画のロケツアーにも参加したことがあるという主婦は「現場を見ると思い入れが深くなって。前回の作品は7回も見ました」。7回…。すごい効果。
正直「あざといなあ」と感じてしまいましたが、何にどれだけお金を使おうと、使った人が満足できればそれでよし。日本映画でも、こんな風にファンに開放する日が1日でもあればいいかも。そんなことを思って帰国すると、母親からメールが届いてました。「ねえねえ、韓国出張ってもしかしてヨン様?」。件名のハートマークに、思わずぞぞ~っ。
August 3, 2005 10:05 AM
2005年08月02日
考える選手の作り方:岡本学
サッカー日本代表が出場する東アジア選手権を取材するため、7月29日から大田(韓国)に来ている。
韓国といえば…、と考えていると、数年前に見た情報番組を思い出した。確か、親が子供のために車を買い与えるのが当たり前、というような内容だった。子供の立場だったら「いいなあ」と思う半面「ちょっと過保護じゃない」と感じたことを思い出した。今回の取材で、報道陣の案内をしてくれているガイドの朴さんに実情を聞いてみると「お金に余裕がある家庭は車だったり、家だったり、いろんな物を子供に買い与えていますよ。昔よりはそういう家庭が少なくなり、都市では核家族化が進んでいますが、私の弟も車を買うときに援助してもらってました。その分、子供は親を大事にする、そして、自分たちが親になったときには子供のために、という気持ちが強いようです」と教えてくれた。自分や自分の周囲を見てみると、韓国まではいかないまでも、子供や後輩の面倒を「よくそこまでみているなあ」と思うことがよくある。
ただ、日本代表のジーコ監督を見ていると、いい意味で選手をほったらかしにしている気がする。
来年のW杯出場権を獲得し、今大会には新しい戦力として初招集組5人がメンバー入りした。故障者が2人出たことや、欧州組が招集できない事情もあってのことだが、昨年2月からのW杯アジア予選でFW大黒(G大阪)らたった3人しか初招集組がいなかったことを考えれば大量だ。
初代表組が初練習に臨むとき、ジーコ監督は円陣で拍手をしながら新人を迎える。今回はMF今野(東京)村井(磐田)FW田中達(浦和)巻(千葉)DF駒野(広島)。恒例の儀式だが、それ以上、ジーコ監督が新人に指示を与えることはほとんどない。
紅白戦やフォーメーション練習をするときも、円陣を組んで指示を与えるのはいつも主力組。チーム戦術を浸透させるとか、チームとして意思統一を図るなら、全員を集めて指示すればいいはずだが、練習が始まってから選手全員を集めて指示することはほとんどない。ジーコ監督の口癖は「いつチャンスが来るかは分からない。そのときのためにしっかり準備をしておけ」。代表に入ったなら神経を研ぎ澄ませ、集中し、自分がどう動けばいいのかを、自分で見て、自分で感じて、自分で考える。「いつチャンスが…」は、そんなメッセージなのだろう。「どうしていいか分からない」なんていう選手は代表に生き残れない。
今年1月にFW久保(横浜)の辞退で呼ばれた大黒は紅白戦、練習試合でベンチにいるときから、自分がどうすべきかをしっかりとイメージして実践した。だからこそ、結果を残しているのだと思う。今回、呼ばれた初代表組も練習から自分が何をすればいいのか、よく考えている。田中達には、動き回って積極的にゴールを狙う姿勢が見える。
過保護もいいが、ほったらかしもいい。
August 2, 2005 11:32 AM
2005年08月01日
騎手の減量死活問題:高木一成
「軽くやばい」。
軽快な音楽に乗って工藤静香や観月ありさがウエストの肉をつまむ某アルコール飲料のCM。あれを見て自分もやってみて「かなりやばい」って思った人って、結構多いのではないだろうか。
こう書くからには当然、自分もそのひとり。サッカーなどで動き回っていた学生時代と違い、社会人になってからはだいぶ体が重くなった。あまりの運動不足を解消しようと昨年秋にフィットネスクラブの会員になったが、意志の弱さには自
