記者コラム「見た 聞いた 思った」

2005年07月07日

苦しい時こそ安心感:上野耕太郎

 久しぶりの仙台出張は…、最悪だった。日本ハム担当の私は楽天戦の取材のため先月30日、仙台に向かった。その日、牛タンをほおばると、奥の歯ぐきが痛い。するとリンパ節がはれ上がってきた。翌日、起きるとのどが痛く食事が飲み込めない。2日の試合中には関節が痛くなってきた。「やばいなぁ。こんなの35歳で初めての経験だ」。思わず、自分の体の異変に緊張した。

 病院が苦手だ。5年前、背中がつって、身動きが取れなくなったことがある。「ゲームでもやりすぎたかな」と思ったが、トイレにも行けず1時間後、救急車を呼んだ。ストレッチャーに横たわると救急隊員のひそひそ話が聞こえた。「これって場所的に心筋梗塞(こうそく)かも」「う~ん、可能性ありだな」。一気に動転した。低血圧だった自分が血圧180と自己最高値をマーク。心臓外科に直行した。結局は問題なく、ハートがチキンだったことだけが判明した。

 試合後に覚悟を決めて、仙台の救急センターに向かった。熱を測ると39度。「もう、ダメだね」とぐったりした。そして診察を受けた。医師は初老の男性だった。「出張中なのかい? 難儀だねぇ」と柔らかい聞き慣れた北海道弁だった。診断はリンパ節とへんとうの炎症。医師は考え込んだ。「いつ北海道に戻れるの? じゃあ、きつい薬だけど、これにしようかな」とブツブツ。何度もカルテに消したり書いたり。その「あなただけに特別な処方せんを書いているのだよ」という姿勢にホッとした。熱が下がっていく気がした。

 周りが見えるようになってきた。待合室ではやけどをした生まれて半年くらいの赤ちゃんが運ばれてきた。落ち着いた対応で慌てる母親をまず冷静にさせていた。昔から「病は気から」と言う。救急医療を見てなるほどと感じさせられた。

 日本ハムのファームによく似た現象があることに気が付いた。今季から地元北海道の球団にやってきた佐藤義則2軍投手コーチ(50)のことだ。阪急、オリックスと投げ続け、95年8月26日の近鉄戦、球界最年長記録を更新する40歳11カ月でノーヒットノーランを達成した。北海道の生んだ偉大なる鉄腕だ。98年限りで現役を引退、オリックス、阪神でコーチを務めてきた。

 右肩痛で解雇が決まったミラバルの不調など、ローテーションの維持にチームは泣かされてきた。その中で佐藤コーチは投手を1軍に送り出す。昨年まで8年間で15試合にしか1軍登板のなかった矢野の復活を手助けした。右肩痛でファームで調整したエース金村は復帰後、「佐藤コーチのおかげ」と頭を下げた。注目のルーキー、ダルビッシュの鬼教官でもあった。選手は佐藤教室に「安心感」があるという。

 そうなのだ。経験に裏打ちされた技術と実直で熱い人柄。才能を持って入団する選手たちの「気持ち」の部分をそっと後押しする。苦しいときにこそ、そういう「医師」が必要なんだなって思う。

July 7, 2005 11:54 AM