記者コラム「見た 聞いた 思った」

2005年07月03日

常に本音でしゃべる:盧載鎭

 日本代表DF中沢佑二(27)が、横浜残留を決めた。1年後のW杯でベストパフォーマンスを見せるため、悩みに悩んだ末の結論だという。最も悩んだのは、当然中沢本人だろう。だが、横浜を指揮する岡田武史監督(48)も相当神経を使ったはずだ。リーグ戦再開が迫っているのに、主力DFの心が揺れている。メンバー構成も、残るか移籍かで当然、大きく違ってくる。他のメンバーの士気にも影響する。

 指揮官としては当然、使える駒は多ければ多いほどいい。それでも同監督は「クラブの都合で選手をクビにすることだってあるのだから、選手が自分の夢のために海外を目指すのはいいんじゃない。オレに引き留める資格はないし、だからオレは深く考えないようにしている」。

 監督は、マスコミの前で常に冷静を装っていた。「本音を隠している-」。取材をしていた僕は、そう感じていた。

 中沢は、残留を決めた前日(6月27日)に、監督室で同監督に相談を持ち掛けた。

 「監督はドイツでコーチ修行もしているし、僕はやはり行った方がいいんですかね。でもチームには迷惑ですよね」。「お前がいなくなれば、お前抜きの戦い方を考えればいい。オレはお前を止めない。自分で決めなさい。残ったところで、お前をレギュラーでつかう保証はないからな」。残留へ、気持ちが傾いていた中沢としては、止めて欲しかったという。しかし、岡田監督から「残って欲しい」の言葉はなかった。

 後にクラブ幹部が明かした。「山瀬の時も、今野の時も岡田監督は本人と会った時、積極的に加入を勧めなかった」。J2札幌からMF今野獲得を目指した時、同監督は本人と会った席で「レギュラーは保証しない。すべてはお前次第だ」と伝えた。

 結局、今野は横浜の誘いを断って東京行きを決めた。今季、浦和からMF山瀬を獲得した時も、同じ言葉を口にしたという。

 02年のシーズン途中、横浜は司令塔・中村俊輔をレジーナへ移籍させた。当然、横浜としては出したくない。移籍話が出始めたころ、悩んでいた横浜の幹部が横浜市内のバーで飲んでいたら、偶然、当時サッカー解説者だった岡田氏もその店にいた。大学の後輩でもある岡田氏に「何で難しい顔をして飲んでるんですか」と声を掛けられた。「実は俊輔の移籍の件で…」。

 「水が流れるように、チームも変化しないといけないんですよ。プロのクラブは水と一緒で、ためておくと腐ってしまう。優勝メンバーで翌年戦ったとしてもまた優勝できる保証はないし、発展もないんです。また違うチームで挑戦すればいいんじゃないですか」。岡田氏の言葉が、中村の欧州移籍を後押しした結果となった。

 岡田監督は、中沢の一件で、本音を隠していたわけではなかった。常に本音でしゃべっていたのだ。久々に「器の大きい人」と話ができ、僕はうれしくなった。

July 3, 2005 12:19 PM