記者コラム「見た 聞いた 思った」

2005年07月24日

バッシングはタブーか:小林千穂

 最高の栄誉を受けた日本映画が、苦難を味わっている。

 今年のカンヌ国際映画祭、世界中から集まった約1500作品の中からわずか21作品のうちの1本に選ばれ、メーンのコンペティション部門に出品された「バッシング」が、日本での公開が決まっていない。配給会社などと交渉を重ねた小林政広監督(51)は「最終的にお断りの連絡がきました。題材がリスキーだし、当たる要素がないと判断されたんでしょう」と話す。

 昨年起こったイラクでの拉致、監禁事件と人質に対する激しいバッシング騒動から作品のエッセンスを得たが、ショッキングな映像があるわけではない。劇場公開される他の多くの作品と比べても、上映に足踏みするような出来の作品ではないと思う。純愛、コメディー、アクション、ホラー…ジャンル分けが簡単で分かりやすい作品がヒットする中、確かにそそられる作品ではないかもしれない。ヒットは望めないかもしれない。しかし、スタートラインにすら立てないほどの作品だとは思えない。ちなみに海外では8カ国で公開が決まっている。日本のごく“私的”な出来事を描いた映画が、日本で見られないとは、なんて皮肉なことだろう。

 小林監督が言う「リスキー」の背景を考えてみると、直接的には実際の事件そのものが思想や政治問題を巻き込んでいたので扱いづらいという点がある。もう1つ、社会全体が、事件というよりバッシングした事実を「忘れてしまいたい」ことにしているからなのでは、と思う。

 騒動はまさしく騒動だった。「自己責任」の声はうねりになったが、結論も着地点もなく何となくうやむやにして、いつの間にかバッシングしたことにふたをしてしまった。タブーにしてしまったような気がする。そこには「騒ぎすぎたな」「たたきすぎたんじゃないか」という後ろめたさもある。私自身は当時、東京で事件の推移を取材していた。ほんの一端にいただけだったが、それでも「バッシング」のタイトルを見ると騒ぎの責任を問われているような気さえする。

 だが、仮にタブーに触れそうだとしても、カンヌにまで行った作品を公開しないなんて、もったいない。公開されない可能性が高そうなので言ってしまうが、内容はバッシングを受ける女性の生活を淡々と描いたもので、リスキーでも何でもない。

 劇場公開が難しい状況の中、小林監督はいくつかの映画祭での上映の可能性を探っている。「これからいい子に育ってくれればいい。何年か経って日の目を見る作品があってもいい」と、来月クランクインを予定しているラブストーリー「幸福」と一緒に上映できれば、という思いでもいる。

 事件や映画について意見を交わそうなどと大層なことを言うつもりはない。ただ、語るべき材料もない状況にするほどのことだろうか。ふたをしたタブーが澱(おり)になって沈むのなら、ビンを揺するくらいの機会はあってもいいんじゃない、と思うのだ。

July 24, 2005 11:43 AM