2005年06月22日
悠々自適は考え次第:松田秀彦
「そんなに急ぐことはないだろう。オレなんか、どこに行っても歩く。2、3キロは平気だから」。テレビを見ていたら、俳優の菅原文太(71)が、長靴を履いて全国を旅していた。海岸の再生のため、コンクリートの護岸を取り壊し、かつての磯を取り戻した青森県・下北半島の漁師町を訪ねていた。海岸を歩く姿を見ていたら、以前の取材で、普段の生活ぶりについて、そんなことを話していたなと思い出した。
7年前、東京・麻布のマンションを手放し、今は飛騨の山里に住んでいる。車もない。仕事の際にも、新幹線を乗り継いで5時間かけて上京する。都内に着いても、目的地が近ければ車に乗らず徒歩で移動する。映画撮影の地方ロケでも、スタッフが宿泊先に迎えの車を用意しても「先に行ってくれ」と言って、現場まで歩いていく。「ちょっと早めに出発すれば、大抵きちんと間に合う。それに景色を見ながら歩いていくのは、何より気持ちがいいからな」。
テレビで訪ねていた漁師町は、かつて近海でのイカ漁が盛んで、いつしか遠洋まで漁に出るようになった。大型船が必要となった。そのため海岸を整備した。皮肉なことにその後、イカが獲れないことが多くなった。安定収入を失った。町民の生活が苦しくなった。利便性を追求するあまり、身の丈を超えた行為が、町の疲弊を生み出した。町民は一念発起して磯を再生させた。海草や魚が集まるようになりそれらを獲ることで、細々とした形ではあるが、生活手段にもなった。一見、時代に逆行するような漁師町の試みを目の当たりにして、感銘を受けていた。
便利にすることで、失うものがある。脱線事故を起こしたJR福知山線が運転を再開したが、事故の遠因として、安全整備を怠ったまま、ひたすら利便性を追求したことが挙げられている。並走する私鉄に対抗して、過密ダイヤを設定し、ライバルよりも早く到着する快速電車を次々と走らせた。会社勤めの人で、移動時間をなるべく短縮したいと願う人は多い。ギリギリまで寝ていたい、満員電車に乗っている時間を極力縮めたい…。私も通勤で、JRに乗る。ところがラッシュ時をのぞけば、1本逃すと10分以上待たされる。それも乗換駅までわずか1駅移動するために。都内の地下鉄などが、数分刻みで乗車できることもあって、そのギャップにイライラすることもある。そうした利用客に応えるダイヤを設定することを責めることはできないが、その代償として今回の事故が引き起こされたとしたならば、あまりに大きすぎる犠牲だ。
悠々自適の文太流の現在のライフスタイルを、会社勤めの人間に単純に当てはめることはできない。「歩けばいいだろう」という考えもうらやましく聞こえる。それでも、不便を嫌がらないと心掛けることぐらいはできそうだ。
いつも最寄り駅でJRに乗り、次の駅で私鉄に乗り換えるが、自宅を早めに出て、乗換駅まで歩いてみた。電車なら3分間。歩くと20分近くかかった。イライラとは無縁の、気持ちよい1日の始まりだった。
June 22, 2005 10:51 AM
