記者コラム「見た 聞いた 思った」

2005年06月12日

得意技「封印」し挑戦:松田秀彦

 記者として仕事を重ねていると、しだいに親しい取材相手が増えてくる。ざっくばらんに話をする中で、貴重な情報を得ることもある。だから、ふと自由な時間ができると、そうした相手を訪ねることが多くなった。信頼関係もあるから、居心地はいいし、気楽に話せるから話題も豊富になる。そんな会話をきっかけにして得た情報が記事になることも結構ある。だからますます足を運ぶようになる。自分にとっては取材の“得意技”のひとつだ。

 だが先日、時代劇映画「花よりもなほ」の撮影現場を訪ねた時、そういう自分の状況が「ちょっとまずいかも」と思った。

 この映画の脚本と演出を手掛ける是枝裕和監督(43)は、昨年のカンヌ映画祭で、柳楽優弥(15)が主演男優賞を獲得した「誰も知らない」を筆頭に、社会性あるテーマを、ドキュメンタリータッチの作風で仕上げ、高い評価を得てきた。基本的に脚本を俳優に渡さず、撮影現場では、そのシーンの状況だけを説明し、セリフを含めて即興のやり取りを要求する。その結果「演技」には見えない、自然な雰囲気を引き出すことに成功している。映画監督になる以前は、テレビの制作会社で、主にドキュメンタリー番組を手掛けてきた。そうした下地もあって、得意のタッチで勝負し続けてきた。監督作は、常に国際映画祭で上映され、特に、俳優たちの大仰な演技と、派手さが売り物のハリウッド作品に飽き始めた欧州の観客から絶大な支持を得ている。「誰も知らない」はカンヌ効果もあって、日本国内で興行的な成功も収めた。従来よりも観客層が広がり、監督の名前とともに是枝流スタイルの認知度も高くなった。

 ところが、是枝監督は、その“鉱脈”を今回はあっさりと捨てた。新作「花よりもなほ」は、初めての本格娯楽作品。テロリズムの虚しさをさりげなく訴える社会性を保ってはいるが、登場人物たちの落語を思わせるやりとりなど、これまでにないほどエンターテインメント色が強い。撮影現場で細かい変更はあるものの、脚本も事前に書き上げ、出演者にも渡している。是枝監督は「伝え方の方法が違うだけで、自分の中でそれほど違うことをやっている意識はない」と周囲に話しているが、築き上げたスタイルとの決別は、勇気ある決断が必要だったはずだ。

 映画製作は、まだまだリスクが高いビジネスだ。今でこそ日本映画も、ベストセラーや、テレビドラマの映画化などによってヒット作も生まれているが、オリジナルの作品で勝負することは、リスクが高いのが現状だ。

 是枝監督は、得意技を“封印”して、チャレンジすることを選んだ。現場では時に笑みさえ浮かべ、淡々と撮影を進めていたが、その胸の内に強い決意を感じた。映画監督は、得意のスタイルを持っている人が圧倒的に多い。そこにファンも生まれる。居心地もいいはずだ。1つの道を突き進み、極めていく生き方も魅力的だが、あえて慣れないところに飛び込む是枝監督の果敢な姿勢に、刺激を受けた。

June 12, 2005 11:58 AM