記者コラム「見た 聞いた 思った」

2005年06月30日

バナナはおやつか?:飯島智則

 このコラムは掲載日の3日前までに、1度デスクへ大筋を提出する決まりになっている。その後も締め切りギリギリまで書き直しをするし、テーマ変更も認められているが、ひとつの決まり事として存在する。これを書いているのは掲載前日の28日なので、私は規則を守っていないことになる。ただし遅れてもペナルティーはない。

 規模が小さくとも、人が集まれば規則、決まり事ができる。学校ならば校則、会社ならば社則。クラブ活動でも、サークルでもルールはある。もっと言えば家庭でも、友人同士でも決め事はある。例えば、部員は毎月会費を納める。遅刻をしたら部室の掃除をするとか。もっともペナルティーを設けるか否かは、その組織の判断によって異なるだろう。

 プロ野球界は「倫理行動宣言」を出した。昨年起きたスカウト活動における不正防止を目的とするものである。前文には「再出発にあたり、私たち野球人は、フェアプレーとスポーツマンシップに立ち返ることから始めたい。それがプロ野球に対する国民の信頼を確保し、ユニホームの栄光を汚さぬ唯一の道であるからだ」などと記されている。その上で利益供与は一切しないと誓っている。

 利益供与は一切しない…言うのは簡単だが、難しい面もある。例えば話をするとき、お茶を出してもいけないのか。コーヒーは? 飲み物ならいいのか。お茶菓子を出してはいけないのか。では液体はよくて固形物がダメなのか。ゼリーはどっち? 小学生のころ、遠足のおやつは300円までと定められていたが、バナナはおやつに入るかどうか、学級会で論争になった。あれとよく似ている。

 実行委員会の議長を務めるパ・リーグ小池会長は「そういう議論は次元が低いし、切りがないでしょう」と言う。だから利益供与については明文化していない。各球団、スカウトの常識の範囲に任せる。つまりコーヒーがいいか悪いかは、自分の常識で判断する。違反の範囲やペナルティーは「コミッショナー裁定」とされている。

 この不正防止案について「甘い」という意見もあるだろう。だが、私はこれでいいと思う。そもそも野球協約は日本プロ野球組織(NPB)というサークルの内規に過ぎない。法律というより、サークルの決め事に近い。例えば遅刻者が続出して困るので「遅刻したら罰として部室の掃除」というルールを作った、という種のものと思う。そういうサークル内で警察のような監視機関や調査機関があること自体、無理があるし、適さないだろう。

 倫理行動宣言について、根来コミッショナーは「性悪説ではなく性善説に基づいている。つまり守られることが前提です」と説明した。不正防止は、それでいいと思う。ただ、だからこそドラフトは違反の起こりにくい制度にすべき…自由枠を撤廃すべきだろう。

 さて、私は今回でコラムのメンバーから退く。もともと1年ごとに交代すると決まっており、決して締め切りを守らずにきた処罰ではない。しかし、担当の南沢デスクからの信用は、かなり失っただろう。ペナルティーでもあった方が、気が楽だった。

June 30, 2005 12:01 PM

2005年06月29日

◎○▲☆信じます?:高木一成

 24日に福島市内で「ニッカン競馬教室」に参加した。夏のローカル競馬開催の時期に入って、今は福島競馬場が開催中。そこで新聞の部数拡張、宣伝といった狙いも込めてイベントが開かれたわけです。出席者はレース部から天野部長と鈴木記者、それと自分の3人。ほかでは恥ずかしくて、まず着られない自分らの似顔絵がプリントされたTシャツ姿で席に着いた。福島では昨年に続いて2年連続の開催で、約150人の方が集まってくれた。中には青森や埼玉からの参加者もいたと聞く。

 時々、競馬人気のためには騎手もファンとの接点を増やすべき…などと偉そうに書くときがあるけど、自分がそういうことをやるとなると苦手意識があるもの。この競馬教室のイベントは昨年あたりから一気に増え始め、新潟、横浜、都内など数回経験したが、始まりはいつも緊張する。原稿は見返して手直しできるけど、話すのは勝手が違う。マイクを持って黙るわけにはいかないので、とにかく何かしゃべるけど頭の回転がついていかないこともしばしば。みんなの目がこちらを見ていると思うと、ついうつむきがちになってしまう。こういう場で理路整然としゃべれる人ってのは、すごいなーといつも思わされる。

 「えー、この2人はここでしゃべった結果がボーナスの査定にも響きますので…」。冒頭は司会の天野部長の余計なプレッシャーから始まった。それから3、4レースの予想を話したわけだが、時々チラッと前を見ると、みんな結構熱心にメモを取っている。「参考にしてくれてるんだな」と安心していると、最後の質問コーナーで出たのが「お2人とも○○は無印にしてますが、この馬はダメですかね?」。これは毎回聞かれる質問。「やっぱり自分で決めた馬が買いたいんだな」と思うと、妙に納得した気分になる。そういえば自分も競馬記者になる前、予想した人の印通りに買ったことなんてなかったな、と。

 ただ、一方で「記者の印はあくまで参考程度」と割り切ってくれないのが競馬ファンの心理でもある。以前、武豊騎手がテレビ番組で「競馬ファンって、予想が当たると自分の予想がうまいって言うけど、外れると騎手のせいにする人が多いですよね」と笑っていた。「騎手」を「記者」に置き換えると本当に同感。友人とかに「お前を信じて失敗したよ」と言われると、「来ないと思うなら買わなきゃいいじゃん」と思ってしまうが、それってやっぱり言い訳になるかな。

 「当てたい」「もうけたい」「もっと当てろ」「オレの方が予想うまい」…。いずれにせよ「競馬教室」は、あらためてファン心理が感じられて勉強になることが多い。これからもあると思うので近くでやるときはぜひご参加下さい。普段原稿に書けないような話もありますよ。

 で、24日の予想の結果がどうだったかというと、翌日の福島土曜メーンは、何と記者2人そろって無印にした馬が1着。部数拡張どころか、読むのをやめる人が出たらどうしよう…。まあ、そんな時もあるということで。次は頑張ります。

June 29, 2005 12:46 PM

2005年06月28日

夢露芸能界で技磨く:横田和幸

 これも五輪舞台でメダルを獲得するための過程でしかない。

 スノーボード女子ハーフパイプ競技で、来年2月開幕のトリノ五輪代表に内定した成田夢露(めろ、17=夢くらぶ)が、今年10月から関西の民放テレビ局でレギュラー番組を持つことが内定した。出演は事前録画で、トークあり、歌ありといった芸能人顔負けの内容になるようだ。

 五輪を4カ月後に控えた時期に、遊んでいる場合? という批判も聞こえてきそうだが、本人は通常の練習を完全にこなした上での芸能界進出だ。

 スノーボードは採点競技という特殊性がある。5人の審判員を魅了させ、観客を自分の世界に引き込まないと高得点は生まれない。舞台俳優と同じ感覚だろう。だから芸の道に入り、共演者、視聴者との駆け引きを覚えるのは、大賛成。すでにスタイリストがつき、彼女はどんどんきれいになっていくのが分かる。

 歌手としてCDデビューの話も進行中だ。今春から大阪市内で発声練習を始めた。師事したのは、69年に「港町シャンソン」で60万枚のヒットを飛ばしたジャズシンガー原田信夫さん。70歳の師匠が「彼女は3オクターブの音階を持つプロ級の素材」と驚いている。

 先日はその歌声をライブハウスで披露した。原田先生のコンサートに飛び入り参加し、ラップグループ「童子-T」の曲に、自ら作った歌詞をはめ込んで「夢」という歌を歌った。前評判通りの歌唱力だった。

 「感想? 楽しかったですよ。歌詞は1週間で完成させました。スノーボードは自分が競技をして、楽しさと喜びが生まれる。歌はみんなと空気を分かち合う感じが好き。私はいろんな面で輝いていきたい」。

 17歳の瞳はキラキラしていた。今回の歌はトリノ五輪の会場でかける。8人が進出する決勝は1人60秒の競技時間内に、各自が選曲した音楽を流してもいい。夢露が作った歌詞で、夢露がメダルをつかむ。歌詞は変更せず、曲はヒップ・ホップグループ「キック・ザ・カンクルー」に作曲を依頼する案もあるとか。

 史上最年少の12歳でプロスノーボーダーとなり、大阪・加賀屋中を卒業後は高校に進学しないで競技に専念してきた。兄童夢(どうむ=19)弟緑夢(ぐりむ=11)も同競技のトップ選手で、この世界で「成田3兄妹」を知らない人はいない。代表内定以降、どこへ行くにも夢露にテレビカメラが密着し、ドキュメンタリー番組の制作も進む。

 現在は体のバランスを整えるために、トランポリンの練習をこなす。実際にその腕前も際立っており、08年北京五輪をトランポリンで狙う可能性がある。実現すれば、冬・夏季五輪のダブル出場になる。この年齢で、中期的な人生設計図が描けているとは恐るべしだ。

 大阪から誕生した大型ヒロインだけに、今後はさらに取材機会が増えそう。同じ大阪人。応援せずにはいられません。

June 28, 2005 03:22 PM

2005年06月27日

新人の存在は大きい:上野耕太郎

 新入社員の皆さん、仕事は慣れましたか。5月病(古い?)も乗り越えて、いよいよ周りも見えてきたころ。わが北海道本社にも2人の新人が久しぶりに入った。編集部に配属されたN君も、私を含めた先輩にどやされながら記者生活をスタートさせている。各業界、各社の新人君たちもバタバタと仕事に追われているのだろう。

 担当する日本ハムでも1人の新人が6月15日、ド派手なパフォーマンスでデビューした。そう、ダルビッシュ有投手だ。札幌ドームでの広島戦の9回、新井、野村に2発を打たれ降板したものの、高卒ルーキーでは99年西武松坂以来の初先発初勝利を飾った。1月の新人合同自主トレで右ひざ関節炎で別メニュー。2月のキャンプ中には喫煙が発覚し、無期限の謹慎処分と何かとお騒がせの18歳がつまずきながらも結果を出した。新人の初仕事をきっちりとやってのけたのは称賛に値する。

 この18歳の少年に何か勝負運、そしてハートの強さを感じた。試合直前になるとさすがにピリッとしたムードに変わったが、自然体そのものだった。登板日も午前11時までぐっすり眠った。前日には札幌の市内で買い物を楽しんだ。「これまで緊張したことがないっす」と言う。緊張感を感じさせない。そしてチームは彼を必要とした。エースのミラバル、金村が離脱、新外国人のナイト、トーマスもピリッとせず投手陣が手薄だった。投手陣が万全であれば、この時期に「初登板」が回ってこなかった可能性が高い。チャンスを自分でものにしたが、度重なるアクシデントもあった。そこにダルビッシュ自身の運の強さを感じてしまう。

 この新人の活躍がチームの起爆剤となった。交流戦11連敗とどん底を味わったが、ダルビッシュらの活躍で22日まで6連勝と勢いを取り戻した。ダルビッシュの投球は先輩たちに火を付けた。先発ローテーションを担う、ある選手は「一気に抜かれた感じで悔しい」と話し、年齢の近い別の選手は「うれしいけど、ちょっと複雑」と快投を見ながら漏らしたという。そうなのだ、悔しがる姿が正しい。

 30歳を過ぎたころ、会社の先輩の言葉を思い出した。「優秀な先輩から仕事を教えてもらうより、優秀な後輩を持つ方が成長するんだよ。負けたくないって思うものだしね」。企業や集団にとって、新人の存在って大きいと思う。自分たちを凌駕(りょうが)してくる発想やバイタリティーに負けたくないという気持ちもある。その緊張感が組織を活性化していくのだろう。変な派閥行動にならなければですが…。

 そして、ダルビッシュは早くも偉大な先輩に胸を借りる。明日27日、2度目の先発となる西武戦で松坂との対戦が濃厚だ。甲子園を沸かせた「平成の怪物対決」という大きな仕事が待ち受ける。伝え聞いたダルビッシュは「へっ? ホンマっすか…、予想外っす」と目を丸くした。そんな言葉の中にも楽しさが見え隠れする。楽しみなのはファン、そして担当の私も一緒なのですが。

June 27, 2005 01:28 PM

2005年06月26日

妖精よ故郷に力貸して:永井孝昌

 昔々、ドイツのケルン、という場所には多くの妖精が住んでいました。市民が寝静まると街へ出て、畑を耕し料理を作り、道を掃除し家を建て…とせっせと働く妖精たちのおかげで、ケルン市民は誰も働く必要がありませんでした▽ある日、意地悪なばあさんが「妖精たちの姿を見てやろう」と思い立ち、家の前にグリーンピースをまきました。そうすれば夜、妖精たちが足を滑らせコロリと転び、その物音で気付くことができるだろう、と考えたのです▽夜。妖精たちがやってきました。そして家の前で…次々と妖精たちが転んでいきます。その音で目覚めた意地悪なばあさんが見たのは、ケガをして「もうこんな街イヤだ」と逃げ帰る妖精たちの姿。以来、妖精たちは2度とケルンの街に現れることはありませんでした。

 ケルン、といえば、街の中心部にそびえ立つ大聖堂。1248年に着工し1880年に完成した高さ157メートルの巨大な聖堂ですが、今も毎日、補修工事が続いています▽大聖堂の建築責任者ゲルハルトは、名誉欲の強い男でした。彼が工事を始めると、毎日「こんな大聖堂なんて完成するわけがない」と嫌みを言いにくる男がいました▽この男、実は悪魔。街に教会を立てられてはたまらない、と邪魔をしにきたのです▽ゲルハルトは、悪魔とかけをしました。「もしお前が大聖堂が完成するより早く近くの街からケルンまで給水管を引くことができれば魂をやる」▽ゲルハルトは、かけに敗れてしまいます。「さあ、魂をよこせ」。悪魔に迫られた彼は、最後に言いました。「もし私が大聖堂を完成できなければ、誰も完成することはできないだろう」▽今も工事が続く大聖堂では「ゲルハルトののろいの言葉」と言い伝えられています。

 ケルンで有名なのはカーニバル。毎年11月11日に始まり、2月中に行われる木曜日から次の週の「灰の水曜」までの1週間がハイライト。来年は2月23日からで「バラの月曜」のパレードでは何万もの人が仮装して通りを練り歩きます▽モットーは「The Crazier,the better」。デュッセルドルフのカーニバルでは女性が男性のネクタイを切るのが有名ですが、ケルンではひたすら騒ぎ、笑い、パレードでは大量のお菓子がまかれます▽いつしかケルンでは、こう言われるようになりました。「ケルンには5つの季節がある。春夏秋冬、カーニバル」。

 日本がブラジルと大熱戦を演じる前日の21日、ケルン市の招きでライン川を船で遊覧するパーティーに参加してきました。来年のW杯へ向けた取材でしたが、夜のライン川に揺れながら、地元のケルシュビールを傾け、市の職員の方々からうかがったその土地に根付く民話や言い伝えの数々に感じたのは、郷土への愛と誇り。その後、私の故郷でまた大きな地震があった、と聞きました。遠くケルンで触れた郷土愛をかみしめながら、不安の中、故郷を思った夜。日本をたって3週間、柄にもなく「グリーンピースはまかないから、妖精よ、故郷に力を貸してくれないか」と思ってしまったのは、ちょっとだけ日本に帰りたくなってきた証拠なのかもしれません。

June 26, 2005 11:10 AM

2005年06月25日

劇的ドラフト復活だ:栗原弘明

 今年は久しぶりにドキドキ、のプロ野球ドラフト会議になるかも知れない。球界改革について話し合うワーキングチーム(作業部会)では、ドラフト改革のたたき台となる案を作成中だ。それに先駆けて、20日の実行委員会でスカウト活動における不正を防止するため、「倫理行動宣言」を発表した。「新人選手獲得活動において、利益供与は一切行わない」などが盛り込まれている。

 アマ側との契約交渉における「利益供与」の解釈について、ロッテ瀬戸山球団代表は「コーヒーもどうなるのか、ということになってしまうが、そういうことが本質ではない」という。では、交渉の際に持って行く、お茶菓子などの手土産の扱いは? ばかばかしいかも知れないが、今年のドラフト活動は何かとギクシャクしたものになってしまうかも知れない。

 アマ側にとっても、それは同じだ。例えば、高校生には(現時点で)逆指名権はないが、例年「希望球団以外なら大学、社会人」をにおわす選手もいる。限りなく「逆指名」に近いかたちになってしまうパターンもある。そういうこともあって、近年のドラフトは「安全策」が主流になっていた。優秀な高校生がいても、指名拒否や競合となってクジを外すことをおそれ、大学生、社会人へ自由獲得枠の行使に動く。結果的に「この選手に自由獲得枠か…」と疑問符がつくような安易な戦略を感じることもあった。

 だが今年はどういう制度になろうが、プロアマともに「クリーンなドラフト」が求められる。加えて、高校生中心のドラフトにもなりそうな気配だ。大学、社会人に目玉選手が少ない。その分、高校生が豊作だ。「大阪の四天王」といわれる大阪桐蔭の平田良介外野手と辻内崇伸投手、履正社の岡田貴弘外野手、近大付の鶴直人投手に、柳ケ浦(大分)の山口俊投手と思いつくままにあげても、西日本の高校生に逸材がそろう。プロとしては堂々と金の卵の指名に踏み切るおぜん立てはできているわけだ。

 高校生中心となればスカウト間の直前までの読み合い、探り合い、そしてクジ引き…と、不確定要素があり、ドラマも数多く生まれるかも知れない。

 個人的にドキドキしたドラフト…といえば98年11月20日だ。担当していた日本ハムは、目玉の松坂大輔投手(当時横浜高)を指名した。横浜、西武との競合でクジ引きとなった。日本中が注目していた松坂の運命。私も当時の上田利治監督の手元に注目…えっ? 何をするかと思ったら、クジの入った3枚の封筒すべてを箱から取り出し、会場の度肝を抜いた。さらに手で触って上、真ん中、下のうち、真ん中を引いた。しかも、外れに終わってしまったのである。その行動にムッとした表情を隠さなかった当時の西武東尾修監督が、結局、当たりクジを引いた。ドキドキした、というよりは、ビックリしたという方が適切だったかも知れない。

 今となっては懐かしい思い出だが、今年のドラフトは11月18日の予定だ。どんなドラマが生まれるか。その前に、しっかりした制度改革が出来てからの話だが。

June 25, 2005 11:53 AM

2005年06月24日

言い訳多い議員たち:中山知子

 郵政民営化法案を審議するため、国会の会期を延ばすか延ばさないか話し合う17日の本会議。夜の10時半までかかったが、本来のテーマからは大脱線した。酒を飲んでいるか、飲んでいないかで大モメした。金曜の夜。取材していて、脱力感だけが残った。

 本会議が始まった午後8時50分。本会議場の取材席は2階の本会議場を見渡す3階にある。最初、自民党の反対派の中に議場にいない議員がいる、と取材席の記者がざわめきだした。国会議員も気になるのか、野党議員の注目が自民党席に集まる。そのうち、怒声が飛び始めた。民主党の若手議員が本当に怒っていた。

 議場は広く、上から見ているだけでは怒りの理由はなかなか分からない。社民党の阿部知子議員の意見を聞いて、合点がいった。「赤ら顔で議場に入った議員がいる」。飲酒して本会議?、オイオイ…。民主党の議員が指さす方角を目でたどると、顔が真っ赤な議員がいた。自民党の秋葉賢也議員は、2階席から見ても「酒気帯び」というよりももっと赤い。罵声(ばせい)と注目を一身に浴び、ばつが悪そうな様子だった。

 この日は「徹夜国会」になるかもしれない、と言われていた。まず午後4時から、民主、社民両党が出した川崎二郎議院運営委員長の解任決議案の採決をする本会議が開かれた。約1時間あまりで終了。会期延長の可否を決める本会議は午後8時50分と決まった。3時間強の「空白」が生まれた。

 この間、こちらも時間を持て余した。外に出た。蒸している。でも、金曜の夜。「ビール1杯でも飲みたいな~」。そう思わせるのに、十分なシチュエーションだ。でもさすがに仕事がまだ残っているからなあ…。フツーにそう思った。

 後で話を聞くと、野党は本会議を開く時間として、午後10時を申し入れたのだそうだ。「徹夜国会」といわれながら、あまりにも早く決着してしまえばメンツが立たないと聞いた。それでは遅すぎるからと、午後9時ごろに開くことで与野党が折り合った。

 与野党の事情をくんだ上の開始時間。それが酒を飲んだ飲まないの発端だった。最初は会期延長を認めたくない野党側が、時間稼ぎの言い掛かりをつけたのかとも思ったが、本会議が終わって出入り口に出向くと、カメラのライトに照らされて、まだほんのり顔が赤い議員もいた。

 本会議場はサラリーマン的にいえば、緊張感漂う会議室だ。開かれた会議で酒に酔っていたら、周りは何と言うだろう。しかられるだろうし、あきれられるだろう。何もおとがめなしで終わるとは思わない。

 週が明け、この問題は酒気帯びの議員の否定アピール合戦になると思っていた。でも結局、飲酒厳禁の申し合わせで、あっけなく幕を閉じそうだ。

 「週末だし会合はある」「乾杯くらいはいい」「顔に出るまで飲んだのがまずかった」。議員たちからは、言い訳が多い。ばれなきゃ何をやってもいいとでも言うのだろうか。

June 24, 2005 11:55 AM

2005年06月23日

横浜の輝き支える男:盧載鎭

 どのジャンルにも、表には出ない、いわゆる「陰の功労者」が必ずいる。今回は、サッカーを約10年間取材した中で、私一押しの「縁の下の力持ち」を紹介したい。

 2年連続のJ優勝を支えた横浜の中村勝則取締役(48)である。

 1979年から日産自動車サッカー部のマネジャーを7年間務めた。86年から日産本社の営業部で働き、J開幕前の92年に日産プロサッカー準備室の一員としてサッカーの世界へ戻った。J元年の93年にはJリーグ運営委員会など7つの委員会にも所属。99年から強化本部長、03年には取締役になった。

 横浜のNO・2のポストに就いたが、地味なことにも労を惜しまない。左伴社長の補佐・参謀役が主な仕事だが、一方では選手家族のケアや外国人選手の世話なども率先してこなす。引退した選手の面倒も見る。

 99年末、ミスターマリノス・井原正巳にクビ宣告をしたのが、当時強化本部長の中村氏だった。日産時代から10年間在籍した功労者で1億円プレーヤーのスター選手に0円提示した。恨まれて当然。しかし3年後、井原が引退試合の相談をしたのは中村氏だった。他にもラモス瑠偉や北沢豪の引退試合も手伝った。当時「なんで他のチームの選手まで面倒を見るのか」と聞いたら「日本リーグ時代から苦労した仲間なんだ。手伝うのが当然でしょう」と返ってきた。

 J創立とともにサッカーの知名度が高まり、有名選手の後援会発足がブームになった時期がある。中村氏は井原、川口能活、小村徳男、鈴木正治らの後援会の規約作りにもアイデアを出し、会合にも出席するなど、バックアップした。

 また好きでもないハンバーガーセットを頼んで、それに付いている景品を選手の子供にあげたり、休みを返上してまで外国人選手の家族のために、子供の幼稚園や学校を探したりもした。「家族が日本の生活に慣れないと、選手のパフォーマンスにも影響するから」の信念があったからだ。

 今年5月には、昨季で横浜をクビになった韓国代表MF柳想鉄が日本にひざの治療に来たとの情報をキャッチすると、東京へ車を飛ばした。一緒に食事して悩みの相談にも乗った。柳は「僕をクビにした人だけど、日本にいる間、絶えず家族の面倒を見てくれたから。その恩は忘れない」と話した。

 心配りはスタッフにまで及ぶ。「記念日手帳」を作成し、現役や引退した選手、スタッフや部下の家族全員の誕生日、結婚記念日、身内の命日など365日中、250日以上がメモされている。部下の子供の誕生日には横浜市内の自宅に招待し、誕生パーティーも開く。

 中村氏の功績は、表彰に値しないものなのかもしれない。だが、こういう人がいる限り、横浜はこれからもJの中で輝きを放ち続けるだろう。

June 23, 2005 12:49 PM

2005年06月22日

悠々自適は考え次第:松田秀彦

 「そんなに急ぐことはないだろう。オレなんか、どこに行っても歩く。2、3キロは平気だから」。テレビを見ていたら、俳優の菅原文太(71)が、長靴を履いて全国を旅していた。海岸の再生のため、コンクリートの護岸を取り壊し、かつての磯を取り戻した青森県・下北半島の漁師町を訪ねていた。海岸を歩く姿を見ていたら、以前の取材で、普段の生活ぶりについて、そんなことを話していたなと思い出した。

 7年前、東京・麻布のマンションを手放し、今は飛騨の山里に住んでいる。車もない。仕事の際にも、新幹線を乗り継いで5時間かけて上京する。都内に着いても、目的地が近ければ車に乗らず徒歩で移動する。映画撮影の地方ロケでも、スタッフが宿泊先に迎えの車を用意しても「先に行ってくれ」と言って、現場まで歩いていく。「ちょっと早めに出発すれば、大抵きちんと間に合う。それに景色を見ながら歩いていくのは、何より気持ちがいいからな」。

 テレビで訪ねていた漁師町は、かつて近海でのイカ漁が盛んで、いつしか遠洋まで漁に出るようになった。大型船が必要となった。そのため海岸を整備した。皮肉なことにその後、イカが獲れないことが多くなった。安定収入を失った。町民の生活が苦しくなった。利便性を追求するあまり、身の丈を超えた行為が、町の疲弊を生み出した。町民は一念発起して磯を再生させた。海草や魚が集まるようになりそれらを獲ることで、細々とした形ではあるが、生活手段にもなった。一見、時代に逆行するような漁師町の試みを目の当たりにして、感銘を受けていた。

 便利にすることで、失うものがある。脱線事故を起こしたJR福知山線が運転を再開したが、事故の遠因として、安全整備を怠ったまま、ひたすら利便性を追求したことが挙げられている。並走する私鉄に対抗して、過密ダイヤを設定し、ライバルよりも早く到着する快速電車を次々と走らせた。会社勤めの人で、移動時間をなるべく短縮したいと願う人は多い。ギリギリまで寝ていたい、満員電車に乗っている時間を極力縮めたい…。私も通勤で、JRに乗る。ところがラッシュ時をのぞけば、1本逃すと10分以上待たされる。それも乗換駅までわずか1駅移動するために。都内の地下鉄などが、数分刻みで乗車できることもあって、そのギャップにイライラすることもある。そうした利用客に応えるダイヤを設定することを責めることはできないが、その代償として今回の事故が引き起こされたとしたならば、あまりに大きすぎる犠牲だ。

 悠々自適の文太流の現在のライフスタイルを、会社勤めの人間に単純に当てはめることはできない。「歩けばいいだろう」という考えもうらやましく聞こえる。それでも、不便を嫌がらないと心掛けることぐらいはできそうだ。

 いつも最寄り駅でJRに乗り、次の駅で私鉄に乗り換えるが、自宅を早めに出て、乗換駅まで歩いてみた。電車なら3分間。歩くと20分近くかかった。イライラとは無縁の、気持ちよい1日の始まりだった。

June 22, 2005 10:51 AM

2005年06月21日

未知の国での英会話:鹿野芳博

 バーレーンってどこ? 

 何語で話すの? 

 先日、サッカーW杯アジア最終予選取材でバーレーンに行った。中東に行くのは4カ国目(UAE、オマーン、イラン)だが、全く未知な国だった。

 バーレーンはサウジアラビアに隣接する島国で、公用語はアラビア語だが、英語もかなり通じた。

 といっても、私は英語が得意なわけではない。3年前から「駅前留学」しているのだが…。

 英会話スクールに入会したきっかけは単純だった。95年、野茂英雄がドジャースに入団し、私も初めて米国に取材に行った。それからほぼ毎年、大リーグを取材するようになったが、英会話は上達しなかった。

 時は流れて02年、松井秀喜がヤンキースに入団し、ニューヨークのホテルでふと思った。

 「このままでは一生、英語を話せないまま、自分の人生は終わるんだろうな」。

 そんなとき「教育訓練給付制度」というものを知った。これは働く人の能力開発を支援し、雇用の安定と再就職の促進を目的とするもので、要は、国が社会人の習い事に、ある程度お金を払ってくれるというもの。

 説明だけでも聞いてみようと、軽い気持ちで最寄り駅の英会話スクールに入った。すると、年間の授業料は約20万円(100レッスン)で、成績に関係なく8割以上出席すれば、8割の約16万円が返ってくるという(当時の規定)。つまり、年間4万円で英会話を習うことができるのだ。

 入会前に筆記と英会話のテストを受けると「簡単な単語の組み合わせでしか会話できない」というレベルと診断された。あとは入会してひたすら通うだけだ。先生は外国人、生徒は最大3人までという売り文句通りで、次第に仲間もでき意外と楽しかった。

 結局、1年間で91レッスン通い、無事、16万円を手にすることができた。英会話も多少は上達したのか、レベルが2つ上がり「簡単な日常会話は何とかなる」になった。

 話は戻る。バーレーンで1人の少年と出会った。名前はアリ・ハマディ君(9)。バーレーンの公開練習を取材していると「僕は日本の選手は鈴木とアレックスを知っている」と話しかけてきた。流ちょうな英語だった。

 アリ君はプライベートスクール(私立校)で4歳から英語を習ったという。公立校は日本と同じように9歳から英語を習うそうだが、バーレーン人は日本人よりはるかに英会話はうまく感じた。

 しばらく、アリ君と英会話を楽しんだが、次第についていけなくなった。分からない質問に、あいまいな笑顔で答えることも多くなってしまった。バーレーンでの異文化コミュニケーションはこうして、また過ぎていった。

 英会話スクールに通うのも3年目を迎える。今度こそ、もう1度気持ちを新たに、駅前留学を頑張ってみるか。

June 21, 2005 11:54 AM

2005年06月20日

野球規則【注】に注意:飯島智則

 ロッテのバレンタイン監督が、ルール上の問題で審判に抗議したとき、両手に野球規則を持っていた。一方は日本のもので、もう一方は米国製だった。非常に意味が深いシーンに見えた。

 よく「野球とベースボールは違う」などと言われるが、これは見た者の感想であって、ルールは同じ…はずである。日本の公認野球規則(非売品)は、大リーグでも使う米国のオフィシャルルールを訳したもの。本来、バレンタイン監督が戸惑うはずはない。ところが、なかなか難しい問題を秘めている。野球規則の冒頭の一文を比較してみよう。

 1・01 Baseball is a game between two teams of nine players each, under direction of a manager, played on an enclosed field in accordance with these rules, under jurisdiction of one or more umpires.

 1・01 野球は、囲いのある競技場で、監督が指揮する九人のプレヤーから成る二つのチームの間で、一人ないし数人の審判員のもとに、本規則に従って行われる競技である。

 一見、そのまま日本語訳されているようだが「jurisdiction」がない。意味は「司法権、裁判権、支配、管轄」といったところ。日本語の「審判員のもとに」は、もっと意味を強くしていいと思う。「審判員が下す判定のもとに」。つまり、ビデオ判定など前提にしていない競技だと分かる。例えば技術的にレーダーなど機械によるストライク判定が可能であっても、使うべきではない。審判の技術向上は別問題として残るが、誤審を含め、人間の目によるジャッジが大前提にある。そこが日本語版では伝わってこない。

 また、日本の野球規則を読んでいくと【原注】【注】という2種類の注意書きを目にする。【原注】は英語版にも入っているもので、【注】は日本版にしか入っていないものを指す。なぜ、日本独自の【注】が必要なのか。

 野球規則の中には「文中【注】とあるのは、編者が必要と認めた説明または適用上の解釈をいう」と書いてある。よく分からないので丸山規則委員に聞くと「少年野球でも使うわけですから、できるだけ分かりやすく説明しています」と言う。

 ただし「説明だけでなく米国とは違う独自の解釈になっている部分もある」と付け加えた。例えば日本は7・08(g)【注二】で「打席外での打撃行為が行われた場合、三塁走者をアウトとし打者は打撃を続けられる」という趣旨が書かれている。スクイズの時に外されたボールに飛びついたケースといえる。しかし米国で6・06(a)を適用して打者の反則行為とし「打者アウト、走者は帰塁」にするという。この相違点は規則委員会でも検討されたことがあるが、継続審議となっている。このように【注】の存在により、同じプレーでも日米間の判定に差が出る。

 来季から2段モーションの禁止を決めた際、実行委員会では「国際化に対応するため」と理由を説明した。「国際ルール」や「国際球」という言葉を聞く機会が多くなったが、どちらも何を指しているのか明確ではない。「国際ルール」が米国のオフィシャルルールを指すならば、2段モーションだけをクローズアップするのはおかしい。問題点は、もっと根本にある。

June 20, 2005 11:49 AM

2005年06月19日

頑張れ!!盲動馬育成:高木一成

 埼玉県の名栗ミニホース牧場に、今年4頭の子馬が誕生した。一番最近は6月3日に生まれたキヨシ君。他の3頭も元気に育っている。馬といっても、いつも取材している中央競馬のサラブレッドではなく、アメリカンミニチュアホースの話だけど。競走馬は見上げるほど大きいが、彼らはせいぜい腰までの高さしかない。体高は大人でも70~80センチ。まずほえることはないし、攻撃性も皆無。そばに行くとなでてほしそうに寄ってくるのが、本当にかわいい。この中に将来、「盲導馬」として活躍する馬がいるかもしれない。

 「盲導馬? 盲導犬じゃないの?」と思う方も多いかも。米国では、数は多くないがミニチュアホースが「ガイドホース」として視覚障害者の手助けをしている実例もある。だが、日本では盲導馬はまだまだ知られていない。というか、むしろ1、2年前よりPRの機会が減っている感すらある。自分が気付いてないだけかもしれないが、少し前に駅前で見ることのあった盲導馬、介護馬のキャンペーンは最近はめっきり見なくなった。03年2月に衆院議員会館前でPRが行われたときはニュースにもなったが、覚えてない人も多いだろう。

 盲導馬を普及しようとしたが、うまくいかず手を引いた団体もあるようだ。そんな中、盲導馬調教師として頑張っているのが、冒頭の牧場にいる両角典子さん(45)。いくつかのきっかけがあり3年ほど前からミニチュアホースに盲導馬の訓練を施し始めた。最初は馬に犬と同じようなことはできないと思っていたが「人間に関心があるし、本当に物覚えがいい」と印象が変わったという。

 とはいえ、スタートは全くの手探り。盲導犬協会の人にアドバイスを受けたりしながら試行錯誤が続いている。現状は「待て、来いの指示に従ったり、安全と分かるまで障害物の前で止まります。ただ、まだ自分から人を引っ張っていくまでではない」。法律面で認められていないことなども含め、まだまだ実用段階までは遠い。「もっと馬に詳しい人が調教して、盲導犬のノウハウがある人が組織をつくってくれれば。JRAあたりが研究部門をつくってくれればいいんですけど」。両角さんは孤軍奮闘の難しさを語る。

 日本盲導犬協会などによれば、盲導犬を必要としている人が約7800人に対して、盲導犬の実動数は約950匹と不足している。自分のマンションで飼えるわけないことを考えても、無責任に、盲導馬を普及しましょうなどという気はない。ただ、混雑の激しい首都圏はともかく、人通りの少ない郊外で対応できるぐらいのレベルに育てば、盲導馬が視覚障害者の助けとなっていく可能性は秘めている。

 日本人の飽きやすい性質なのか、動物ものの話題ってすぐに忘れられてしまいやすい。ただ盲導馬育成はもし成功すれば、社会的に貢献できるもの。ぜひ温かく見守ってほしい。将来的にナグリ(名栗)キャップっていう盲導馬が誕生すれば、本家オグリキャップ以上の社会現象になるかも…。

June 19, 2005 12:15 PM

2005年06月18日

新日vs前田ありえる:横田和幸

 プロレス会場で取材していれば、ハプニングに遭遇することは多い。

 数年前のゼロワンでは試合中に突然、観客がリングに入ってきた。アレクサンダー大塚に似た大男。若手がつまみ出そうとするが男は徹底抗戦した。戦慄(せんりつ)の番外戦だった。

 ノアでは関係者と客が激しく口論をしているのを目撃した。だが、騒動に気付いた丸藤正道が仲裁に入ると、客は「アンタのファンやったんや」と逆に笑顔で去っていった。

 プロレスとは宝箱。何が起きるか、飛び出すか分からない。

 ゾクッとする出来事が最近もあった。新日本の永田裕志(37)と格闘王・前田日明氏(46)のガチンコ対決がぼっ発した。元新日本の前田氏が専門誌で、後輩にあたる永田のプロレスを「おちゃらけ」と表現したのが発端で、激しい中傷合戦に発展した。この種の対立は通常だと演出が多いのだが、今回は違った。

 5月14日の新日本東京ドーム大会は、さらに危険な状況になった。1月末で新日本を退団した柴田勝頼らが、無断で会場に押しかけてきた。前田軍の先兵として、永田に挑戦状をたたきつけるためだった。特に柴田は、新日本に「戦いがない」という理由で退団していた。新日本側の怒りは半端ではない。選手会長の飯塚高史が防波堤となり、リングに近寄らせなかった。

 「あの時は選手会長として、1人のレスラーとして『出て行ってくれ』と言いに行った。リングに入ってくれば、袋だたき? そう、新日本を批判して出ていったのに、その人間があの場に来るのはおかしいでしょ」。だから柴田らはリングサイドで観戦するだけだった。

 プロレスでは他団体との対戦は、最低限の信頼関係がないと成立しない。新日本の幹部は「前田側と対戦するなど考えられない。ウチが助ける筋合いもない」と、交戦の可能性を完全否定する。では前田軍に挑発される永田はどう思っているのか。

 「すでに引退している前田日明と口論しても、思想の戦いでしかない。だから前田という名前を背負うレスラーであれば戦ってもいい。今秋? 夏までにやってもいいよ」。

 永田は新Tシャツを近日中に発売するという。背中には「クチバシの黄色いハナたれ小僧」の文字がプリントされている。これは、前田氏が永田を雑誌上で批判した言葉ではないか!? 「オレは何でも商売にするんでね」。当事者の永田が前田軍との対戦に前向きになっている。

 結論から言えば、新日本内に、前田軍との開戦を積極的に支持する人間はいない。しかし、この世界は「絶対」という言葉が存在しないのも事実。昨秋は犬猿の仲、ハッスル軍の参戦を許可した経緯がある。果たして、長州力の顔面を蹴って新日本を追放された、あの怖い前田日明(軍)との対戦はあるのか。新日本内部にうごめく「拒絶感」は理解しつつ、内心は1%の可能性に期待している。

June 18, 2005 12:16 PM

2005年06月17日

地方の強み手触り感:上野耕太郎

 私が住む北海道には圧倒的な人気を誇るイベントがある。最終日となった12日、そのイベントを2つの地元テレビ局が生中継した。北海道が誇る日本ハム戦、NHKの大河ドラマ「義経」、そしてゴルフの藍ちゃんにも視聴率で圧勝した。その怪物イベントとは今年で14回目を迎えた「YOSAKOIソーラン祭り」だ。

 地元のテレビ局TVh(テレビ北海道)はゴールデンの午後8時から9時48分までで札幌地区平均26・3%、瞬間最高39・2%。STV(札幌テレビ放送)はなんと12日に6時間ぶっ続け生中継でプロ野球、ゴルフとかぶった午後4時台の平均が22%(占拠率47・5%)。ちなみに8日の開幕日はサッカーW杯北朝鮮戦とぶつかったが、観客動員に影響はなかった。

 知ってます? 今や「さっぽろ雪まつり」に対抗するほどの人気があるんです。北大生が始めたこのイベントは、手に鳴子を持って、ソーラン節のフレーズの入った曲に合わせてチーム単位で演舞するもの。今年は5日間開催され、計334チーム、約4万3000人の踊り子が参加。観客動員数が今や200万人規模となった札幌の風物詩に酔い続けた日々だった。

 祭りは92年にスタート。初年度は10チーム1000人の参加者、20万人の観客だった。今では地元の大学の講義の1つにもなった。浅井学園大(江別市)は、踊り手として出場した学生に、単位を与える制度を今年から始めた。119人が履修。祭りに出場してリポートを提出すれば、2単位が認定されるそうだ。

 魅力にとりつかれ夢中になる人が続出している。踊りに専念するために仕事を辞める人、参加者同士で結婚する人、趣味の域を越え、生きがいにする人。参加した50代の女性に聞くと「自分がスポットライトを浴びている感じなんです」と言う。やめられない止まらない。恐るべしイベントなのだ。

 この人気、ある意味で時代を先取りしたんじゃないかと思う。「双方向性」「地方の独自性」の2つだ。見て楽しむも良し、参加するのも良しというのはインターネット時代を先取りしたものだ。ネットのホームページを作成する楽しさ。「自分の思いや趣味、し好を見て欲しい」という意識が根底にあると思う。それに加えてこのイベントはライブ感があり、人から見られるという快感もある。そういうものは強い。

 さらに地方の独自性だ。朝日新聞の調べでは一昨年まで北海道で圧倒的だった巨人の人気を日本ハムが上回ったという。全国区ブランドから、身近な対象への興味。Jリーグは理念として地域密着型のスポーツ振興を打ち出した。球界の盟主、巨人の視聴率低迷ではないが、全国的なもので継続的に興味が集中するということが難しい時代に入ったのかもしれない。情報が豊富な今だからこそ、手触りを感じることのできる機会に飢えてくる。

 自分に置き換えてみる。夢中になれるものって何だろう。う~ん、必要なのかどうかも、正直分からない。ただ、踊っている人たちの表情を見ると、うらやましくなったのは確かだけれど。

June 17, 2005 11:20 AM

2005年06月16日

独語でも「アッソウ」:永井孝昌

 チーッス。とはいきなりですが、なれなれしくしてるわけではありません。バンコクを後にして、現在はそよ風にタンポポの綿が舞う美しい街、ドイツはハノーバーに来ております。

 海外に行けばその国々のあいさつくらいは覚えるもので、中でも好きなフレーズがこの、チーッス。正確には「Tschuβ(チュス)=じゃあね」という意味のドイツ語ですが、この言葉を使うたびに何だかドイツ人との距離が近づく気がします。世界各国いろんな言語があれど、発する人間の構造はみな同じ。「やっぱり、あいさつなんかは発音しやすい言葉になるのかなぁ」なんて思いながら駅でホテルでチーッスと連発していると、ドイツでは日本語の「あっ、そう」を「Ach so(アッ ソウ)」と同音同意で発音する、と教えてもらいました。今回は前回のバンコク編に引き続き、見た、聞いたハノーバー編を。

 ▽ハノーバーは人口約52万人の北西部の都市。W杯開催を誘致できたのは、シュレーダー首相がハノーバー出身だからだとか▽街の中心部にあるのが人造のマシュ湖。近くにはヌーディスト村がある。日本代表がW杯本大会でここを合宿地にしたら、全裸バーベキューの誘惑が心配▽とはいえヌーディスト村は国内にも多数点在していて、FKK(フライ・クワパー・カルチャー=自由な体の文化、の意)の名で地図にも載ってる▽そんなドイツだから、サウナも全裸で混浴が主流▽と、なんだか裸ネタが続いたのでもう1つ。市庁舎近くの回転寿司「KABUKI SOUL」。この店、元国内筋肉コンテスト王者というドイツ人オーナーの彼女が、店を繁盛させるためにとクリスマスシーズンに自ら全裸となって女体盛りを敢行し、一躍有名となった「SUSHI ISLAND」の2号店。中国人オーナーに変わった今は、なぜか回転テーブルを「チョコレート寿司バニラソースがけ」が回っている▽筋肉、といえば、ちょっと無理があるが現カリフォルニア州知事のアーノルド・シュワルツネッガー氏が通った接骨院が市内にあるらしい▽ついでに寿司、とくれば現地在住日本人の話も。ハノーバー在住の日本人約20人からなる「健康サンダル」という組織。16日のコンフェデ杯メキシコ戦はスタンドに陣取り、健康サンダル、と胸に染め抜かれたそろいのTシャツに必勝ハチマキ姿で日本代表を応援するんだそう。

 そんなドイツは、今がホワイトアスパラの季節。この食材はレストランで食べられる「解禁期間」が決められていて、今年は今月18日まで。誰も彼もが食べるから、利尿作用とあいまって期間中はトイレまでアスパラのにおいがするのだとか。手摘みするための季節アルバイトもある、と聞いて、来年のホワイトアスパラはW杯は見たいが金がない、という世界中のファンが摘むのかもしれないな、なんて考えてしまいました。ああ、記者のさだめ。今夜は、この話のウラを取りに解禁期間終了直前のホワイトアスパラを取材に行かなくては。

June 16, 2005 12:42 PM

2005年06月15日

目が離せないロッテ西岡:栗原弘明

 担当しているロッテの勢いが止まらない。交流戦でも対戦チームの担当記者が、必ず口にする言葉は「ロッテは本当に強い」。強いチームには、快進撃の象徴となる選手が出てくるものだ。ロッテの場合、それは西岡剛内野手だろう。大阪桐蔭高校から入団3年目で弱冠20歳。ドラフト1巡目での指名だったから期待通りの働きだが、予想よりも早く定位置を獲得しつつあると言っていい。

 西岡のスピード感あふれるプレーは見ていて気持ちが良くなる。12日の中日戦では左翼線と右翼線へ二塁打2本、左中間へ三塁打1本とナゴヤドームで躍動した。思い切り良くベースを蹴って、あっと言う間に到達。見ている側をスカッとさせてくれる。機動力野球を標ぼうする中日落合監督にも俊足を見せつけた。2日の広島戦で左足を痛めていたが「もう大丈夫です。左中間へ強い打球が飛べば、調子がいい証拠」と勢いが全身にみなぎっている、という感じである。

 練習嫌いと言いながらも、試合後も必ずバットを振り込んでいく。その量は間違いなくチームトップクラスだ。「練習は好きじゃないけれど、やらないと上にはいけないから」。口数は少ないが、この若さで職人の雰囲気が漂う。昨年は63試合の出場にとどまったが、オフに「来年は何とか盗塁王を狙いたい」とタイトル獲得を目標に掲げていた。その言葉が、現実的なものとなる数字を残している。昨季途中に左打ちから右打ちにも挑戦、スイッチ打者への転向も飛躍の要因となった。

 ふと、98年オフの日本ハム小笠原道大内野手(31)のことを思い出した。鴨川秋季キャンプのこと。同チームの担当になりたてで、小笠原にあいさつしようと全体練習終了後に室内打撃場の前で待っていた。だが、いつまで待っても練習が終わらない。チーム全員が引き上げても、納得するまでバットを振っていたのだ。捕手から一塁へ転向し、何とか打力を生かそうともがいていた時期でもあった。「いつまで練習するんだろう。名刺も渡せない」と、その練習量に舌を巻いたものだ。

 翌年オープン戦からレギュラーに抜てきされると大活躍を重ねた。結果を出さなければいけない、という重圧もどこ吹く風。失敗を恐れぬフルスイングは、見ていても気持ち良かった。「最強の2番打者」としてブレークした。口数は多くはないが、一本気な性格は、どことなく「侍」の雰囲気さえ漂わせていた。

 タイプは違えど、同じにおいを西岡にも感じた。あの時期、小笠原が大きくステップアップしたように、今季は西岡にとって大事なシーズンになりそうだ。野球選手には、はたから見ていてもはっきりと感じられるような「転機」が存在する。小笠原が「フルスイング」なら西岡は「スピード」が武器だ。小笠原がそうだったように、西岡も間違いなく将来のプロ野球を代表する選手になる、それを感じさせる「今」だ。

 打球が野手の間を抜けたら、西岡の足をドキドキしながら見て欲しい。まばたきをしないで。

June 15, 2005 11:04 AM

2005年06月14日

政治家も見た目大事:中山知子

 「スポーツ新聞も最近、政治のことを詳しく伝えるようになったね」。国会で取材をしていると、そう話しかけられる。自民党が分裂したり、非自民・非共産の連立内閣ができたり、大きな流れが始まった90年代初めから、スポーツ新聞の政治記事は少しずつ増えてきた。でも、1日2回、番記者との取材に応じ、メディアに登場する度合いの高い小泉純一郎首相が登場してから、確かにぐんと増えた。

 小泉首相の登場後、新聞や雑誌、テレビが総じて、政治家のビジュアルな面に注目するようになったし、政治家も読者や、視聴者の目を気にするようになってきたと思う。カッコ悪いよりカッコ良く、話題がないよりあったほうが気分もいいだろう。「政治家も見られてなんぼ」。国のリーダーがつくり出したこの流れは、そうそう簡単に逆流するとは思えない。

 先日、早大で行われた安倍晋三氏(50)の講演を取材する機会があった。聴衆は10~20代の学生。今や、選挙結果の鍵を握るといわれる無党派層の中心で、この年代に支持されるかされないかは重大だ。安倍氏は、国会では見せたことがないラルフ・ローレンのシャツ姿。「安倍さんは総理になれるか」という質問に「○」のプラカードが多く「ホッとした」と思わず本音をこぼしていた。国会での安倍氏とはひと味違う柔らかさ。「見られてなんぼ」を意識しているからだろうし、学生からも「それが狙いなんでしょうしぃ」と、ツッコまれていた。

 安倍氏は、北朝鮮や中国に対して言いたいことを言うタカ派だが、政治家としての「人に見られる自分」を意識しているとも思う。「剛」と「柔」を使い分けている。

 まだ幹事長だった昨年の参院選前にインタビューした時は、年金未納問題で、自民党だけが党として未納議員を公表していなかった。安倍氏は「それは個人の問題」と言い張り、有権者に誤解されないか尋ねても「私は間違っていない」と強硬だった。「獲得議席が改選議席を下回れば、当然責任を取って辞める」と、表情も硬かった。

 その後写真撮影をしていると、幹事長室に招き入れてくれた。カメラマンが、安倍氏に「『ハッスル』をご存知ですか? ポーズを取ってもらえませんか」と聞いた。プロレスラー小川直也が手と一緒に腰を振る、例のポーズだ。

 スポーツ新聞は野球面から読むという安倍氏も、プロレス通ではなく、知らなかった。まさか応じてもらえるとは思わなかったが、カメラマンのポーズをまねて「ハッスル、ハッスル」。場は一気になごみ、写真は翌日の紙面を飾った。

 後日、選挙の遊説でも小川と一緒にハッスルポーズをして回った。北朝鮮強硬派とのあまりの「落差」か、マスコミも飛びついた。時代のはやりに乗るタイミングを図ったのだろう。

 自民党のベテラン議員からは「これからのリーダーは、大衆に迎合するばかりではだめだ」という厳しい声も聞こえてくる。でも、うまくバランスを取れるのが一番いいのじゃないかと思う。見た目なんて関係ないほど、実力のある政治家が出てきたら、また話は別だが。

June 14, 2005 11:31 AM

2005年06月13日

本大会で感動したい:盧載鎭

 何か物足りない。

 ジーコジャパンは8日、バンコクで北朝鮮に勝って3大会連続のW杯出場を決めた。世界一番乗りのおまけまで付けた。日本に続いてイラン、韓国、サウジアラビアと、アジアの強豪国も続々と本大会出場を決めた。

 これでいいのか。もうW杯出場は悲願の夢ではなくなってしまったのか。W杯がこんな身近な大会になっていいのか。8年前のジョホールバルのような歓喜をサポーターは感じているのか。

 正直、僕は感じなかった。日本代表を応援する気持ちは、他の人と変わらないはず。でも何か、納得できない。W杯進出が決まってからの代表メンバーの喜び方も、8年前とはずいぶんと違う。

 日本は、世代交代がうまく進んでいない。4年後は、今回のようにはうまくは決まらないかもしれない。しかし、今回のメンバーは史上最強と言っても過言ではないと僕は思う。中田英寿、中村俊輔、小野伸二。10年、20年に1人の逸材が中盤に3人もいる。それぞれが世界で貴重な経験も積んでいる。

 アジアの大会に満足できないのは、すでに我々の判断基準が世界に向いているからだろう。中田英は「今の日本にW杯で勝てる力はない」と言ったが、僕はそうは思わない。優勝は難しいかもしれないが、上位に食い込む力は持っていると思う。

 サッカーは実力のあるチームが勝つ可能性が高い競技だが、実力差ほどスコアが開かないことが多い。無意味だが「あの場面で決まっていれば…」と思う試合も多い。

 いい準備をして運を味方に付ければ、日本の快進撃は夢ではない。

 8年前にW杯予選を経験したGK川口能活は言う。「フランスの時は予選を突破するのに精いっぱいだった。でも今は、8年間の経験とみんなの努力があるから、W杯で勝てる地盤はできたと思う」。

 世界との戦いの前にはどうしても弱点を気にしてしまう。GK川口とDF宮本は空中戦に弱い。DF田中はストッパーが本職ではない。ボランチ福西は簡単なミスをする時がある。中田英はすでに全盛期が過ぎている。中村はフィジカルと守備が弱い。小野はケガがち。FW陣はそろって決定力不足。両サイドからも正確なクロスが上がらない…。

 しかし日本は、それを補って余りある絶対的な武器がある。団結力だ。サクラやアジサイのように、束になればさらに美しい、今の日本代表にはその力がある。「1対1の対決で負ければ、1対2、1対3の場面をつくればいい」とMF中村は言う。11人が連動できれば、世界トップレベルの相手でも完敗することはまずない。

 W杯まであと1年。これからが本当の勝負だ。予選で味わえなかった感動を、本大会で感じたい。そう思う人は僕1人ではないはずだ。

June 13, 2005 11:27 AM

2005年06月12日

得意技「封印」し挑戦:松田秀彦

 記者として仕事を重ねていると、しだいに親しい取材相手が増えてくる。ざっくばらんに話をする中で、貴重な情報を得ることもある。だから、ふと自由な時間ができると、そうした相手を訪ねることが多くなった。信頼関係もあるから、居心地はいいし、気楽に話せるから話題も豊富になる。そんな会話をきっかけにして得た情報が記事になることも結構ある。だからますます足を運ぶようになる。自分にとっては取材の“得意技”のひとつだ。

 だが先日、時代劇映画「花よりもなほ」の撮影現場を訪ねた時、そういう自分の状況が「ちょっとまずいかも」と思った。

 この映画の脚本と演出を手掛ける是枝裕和監督(43)は、昨年のカンヌ映画祭で、柳楽優弥(15)が主演男優賞を獲得した「誰も知らない」を筆頭に、社会性あるテーマを、ドキュメンタリータッチの作風で仕上げ、高い評価を得てきた。基本的に脚本を俳優に渡さず、撮影現場では、そのシーンの状況だけを説明し、セリフを含めて即興のやり取りを要求する。その結果「演技」には見えない、自然な雰囲気を引き出すことに成功している。映画監督になる以前は、テレビの制作会社で、主にドキュメンタリー番組を手掛けてきた。そうした下地もあって、得意のタッチで勝負し続けてきた。監督作は、常に国際映画祭で上映され、特に、俳優たちの大仰な演技と、派手さが売り物のハリウッド作品に飽き始めた欧州の観客から絶大な支持を得ている。「誰も知らない」はカンヌ効果もあって、日本国内で興行的な成功も収めた。従来よりも観客層が広がり、監督の名前とともに是枝流スタイルの認知度も高くなった。

 ところが、是枝監督は、その“鉱脈”を今回はあっさりと捨てた。新作「花よりもなほ」は、初めての本格娯楽作品。テロリズムの虚しさをさりげなく訴える社会性を保ってはいるが、登場人物たちの落語を思わせるやりとりなど、これまでにないほどエンターテインメント色が強い。撮影現場で細かい変更はあるものの、脚本も事前に書き上げ、出演者にも渡している。是枝監督は「伝え方の方法が違うだけで、自分の中でそれほど違うことをやっている意識はない」と周囲に話しているが、築き上げたスタイルとの決別は、勇気ある決断が必要だったはずだ。

 映画製作は、まだまだリスクが高いビジネスだ。今でこそ日本映画も、ベストセラーや、テレビドラマの映画化などによってヒット作も生まれているが、オリジナルの作品で勝負することは、リスクが高いのが現状だ。

 是枝監督は、得意技を“封印”して、チャレンジすることを選んだ。現場では時に笑みさえ浮かべ、淡々と撮影を進めていたが、その胸の内に強い決意を感じた。映画監督は、得意のスタイルを持っている人が圧倒的に多い。そこにファンも生まれる。居心地もいいはずだ。1つの道を突き進み、極めていく生き方も魅力的だが、あえて慣れないところに飛び込む是枝監督の果敢な姿勢に、刺激を受けた。

June 12, 2005 11:58 AM

2005年06月11日

タイでもニセ警官!?:鹿野芳博

 サッカーW杯アジア最終予選の日本代表の取材でタイに入った。ある日、練習の合間の午後、時間があったので同僚とバンコクの街に出てみた。

 ホテルから歩いて約15分、スーパーで買い物をして外に出ると蒸し暑い。気温は35度もある。歩いて帰るのもしんどい。そうだ、タイ名物の「トゥクトゥク」と呼ばれるオートバイ・タクシー(座席付き3輪車)に乗ろう。

 この乗り物は料金メーターがなく、運転手と事前交渉が必要。旅行ガイドブックには、目安として、徒歩10分の距離は20バーツ(約54円)と書いてあった。

 早速、値段を聞いてみると「100バーツ(約270円)」という。冗談じゃない。だいたい日本人は海外でだまされやすいものだ。20バーツでどうかと反撃すると、あっさり「60バーツ(約162円)」と返された。安いからいいか、と思ったが、こちらにも意地がある。粘って40バーツ(約108円)で交渉は成立した。

 ワクワクしながらバイクの後部座席に乗った、そのときだった。突然、警察官らしき制服を着た中年男性が現れ、タイなまりの英語で「降りろ」とまくし立てる。何が起こったか全く分からなかった。

 「トゥクトゥク」は危険だから乗るなと、忠告でもしてくれているのかと思った。それにしても、様子がおかしかった。むしろ、私たちが怒られているようだ。しばらく無視を決め込んだが「とにかく降りろ」としつこかった。

 そうだ、こいつはニセ警官だ。

 海外ではニセ警官が頻出するというし、間違いないと、思った。人間追い込まれると、自分の都合のいいように思い込みたいらしい。しかし、近くにいた数人の運転手らは「彼は警察官だよ」と口をそろえて言う。どうやら本物のようだった。仕方なく車から降りると、歩いてすぐの小さな派出所に連れて行かれた。

 理由は「君たち2人はタバコを道路に投げ捨てた。罰金を2000バーツ(約5400円)ずつ支払え」ということだった。「トゥクトゥク」に乗る際、それまで吸っていたタバコを、道路にポイ捨てしたというのだ。

 うかつだった。ガイドブックにそんなことが書いてあったような気がしたが、もう手遅れ。「ごめんなさい。バンコクは初めてで知らなかったんです」。謝るしかなかった。しかし「シンガポールと同じだ」と警官は繰り返すばかり。「もう2度とタバコは吸いません」。そう言ってみたが、許してもらえなかった。

 結局、罰金は半額になり、私たちは1000バーツ(約2700円)ずつ支払った。両替したばかりの紙幣があっという間に消えていき、ホテルに歩いて帰った。

 日本代表がW杯出場を決めた記念すべき地・バンコク。こんな番外編の記憶に残る場所にもなった。

June 11, 2005 01:00 PM

2005年06月10日

真剣勝負か不参加か:飯島智則

 取材相手とスケジュール調整をしていたら「3日と8日は外して」と言われた。理由を聞く必要はない。サッカーW杯の最終予選に日本が登場する日にあたる。仕方がない。深夜1時半にキックオフの3日は、早々に取材を切り上げて帰途に就いた。電車の中で「今日負けたらヤバイよなあ」と大声で話す学生の集団がいた。彼らが負けを心配しているのは巨人ではあるまい。

 注目しているのはサッカーファンばかりではないだろう。一種のお祭りであり、国中で一体感が生まれる。私もJリーグを見る機会は少ないが、日本戦は必ず見る。しかも雑用は済ませてしまい、何もしなくていい状態で集中して見る。深夜のバーレーン戦では、うかつにもウトウトした時に小笠原のゴールが決まった。間の悪い自分に腹が立って腹が立って…。

 このような国中に及ぼす一体感は野球にはない。かつて巨人長嶋監督はリーグ優勝が決まる試合を「国民的行事」と称したが、今や「国民的…」は完全にサッカーに奪われていると言っていい。

 だから野球も国際化を、という声がある。11月のアジアシリーズ、来年3月のワールド・ベースボール・クラシック(WBC)。しかし、国際試合なら何でもサッカーのように盛り上がるわけではない。「さあ、国際試合ですよ」と興奮を強要されても、むしろ気持ちは冷めていく。そう、最大のキーワードは真剣勝負。

 アジアシリーズについては監督会議や選手会総会で「真剣勝負で臨む」と確認している。アジア地区の野球振興という意味もある。大いにリーダーシップを取っていくべきだろう。期待を寄せ、真剣…の部分は厳しい目で見たい。

 問題はWBC。今のところ日本は米国主導の開催方法や利益分配を不服として出場を決めかね、条件改善に向けて米国側と交渉を重ねている。ある程度ビジネス問題がクリアできれば出るだろう。では、そのとき日本代表はどんなチーム構成になるのか。首脳陣の判断によるベストチームか。それともアテネ五輪のように各球団2人という枠をつくるのか。

 このまま出場することになると、来春までに現場から大会への不平や、球団間の不公平感を訴える声が続出するだろう。「この時期に主力を奪われてはキャンプができない」「リリーフ投手を出す球団は不利」など。現状で表には出ていないが、すでに、こうした声は渦巻いている。こんな声を聞きながら、見ている側が盛り上がるはずがない。米国側との交渉だけでなく、日本としてのスタンスを強固なほど明確にする必要がある。出るならば、公式戦に影響が出ても勝つべく全球団が全精力を注ぐ。不平不満は許さない。

 野球は試合数が多い。大リーグは162試合、日本はセ・リーグが146試合、パは136試合とプレーオフ。サッカーJ1の34試合(主催17試合)と比べても分かるように、これは他の競技では考えられない数であり、絶対的な特長といえる。約半年のシーズン中、毎日のように試合がある。当然ながら、観客はリピーターが必要で、サッカーよりも地域に根付かなければ成り立たない。中途半端な国際試合であれば、本拠地での公式戦に重きを置くべきだ。真剣勝負か、不参加か。選択肢は二つしかない。

June 10, 2005 12:13 PM

2005年06月09日

馬の命運握る装蹄師:高木一成

 シドニー五輪のころ、靴職人の三村仁司さんの記事を読んだことがある。マラソンの高橋尚子ら多くの一流スポーツ選手の靴を手掛けた人だ。例えば高橋尚子が左右の足の長さが違って、大きさもワンサイズ違ったように、本当に高いレベルでは個人個人に合わせた靴作りが重要になってくる。靴の消耗具合で選手の体調まで分かると書いてあったが、これはまさに競馬でも当てはまる。

 「装蹄(てい)師」。一般の人はあまり耳にしないかもしれないが、競馬の世界ではなくてはならない存在。馬は4本の脚それぞれに1つの蹄(ひづめ)がついていて、400~500キロある体重を支え、衝撃を緩和したりしている。「蹄なければ馬なし」という言葉があるぐらい大事な部分。1カ月で8~9ミリ伸びるが、脚への負担の大きい競走馬の場合は摩耗の方が早く、保護してやる必要がある。人間の靴にあたるのが蹄鉄。それを扱うのが装蹄師だ。

 足裏に熱せられた鉄を押し付けられ、釘(くぎ)をガンガンと打ち込まれる。人間だったらすごい拷問だが、馬の話なのでご安心を。馬の蹄には神経がないため、全く痛みを感じることはない。ただ、人間でも新しい靴のサイズが合わなかったりするとすぐ靴擦れを起こすし、それをかばうように歩いていると足だけでなく、腰、肩、首など体中に影響が及ぶこともある。

 三村さんではないが、装蹄師も熟練すると歩き方とかで馬の状態がズバリ分かるという。古い蹄鉄を外して、新しい蹄鉄をつける前に、伸びた蹄を削る作業があるが、わずか「ハガキ1枚」の削り方の違いでバランス、脚への負担などが大きく変わる。まさに職人の仕事といえる。

 馬の命を預かっているといっても大げさではなく、そのプレッシャーは相当なものだろう。ダービーの前に、無敗の2冠馬に輝いたディープインパクトの装蹄をしている西内荘氏(48)に取材をする機会があった。担当した馬の通算G1勝利が40勝を超え、最優秀装蹄師賞も4度受賞している名人。カリスマ装蹄師と呼ぶ人もいるぐらい。自信たっぷりの話し方が印象的だったが、インパクト話になると「今までで一番プレッシャーを感じている。無事に行かせなきゃみんな納得しないでしょ。責任感、緊張感があるね」と表情が引き締まった。数多く走る馬を担当してきた分、途中の故障で涙を流したケースも多い。「自分の担当でなければ、もっと長く活躍していたかも、と思うこともある」。トップでいる分の悩みも多い。

 実はダービーの日のインパクトは新しい試みがなされていた。後脚の蹄鉄は釘を1本も使わず、ショックアブソーバーの液を流し込み、接着剤のようにして張り付ける手法を取った。西内氏が2年前にアメリカで吸収してきた技術で「日本では僕しかできない」と言う。インパクトは他馬に比べて蹄が薄い馬。何度も釘を打たなくてすむメリットは大きい。より速くとより安全に、矛盾する2つの課題をクリアするために、裏方の職人の力は大きいとあらためて感じた。

June 9, 2005 12:35 PM

2005年06月08日

故障、もう1つの戦い:横田和幸

 スポーツ記者の宿命といえばそれまでだが、選手が負傷、故障する場面に立ち会うほど、この仕事でつらいものはない。

 あの絶叫は脳裏から離れない。96年2月のアトランタ五輪アジア最終予選直前のマレーシア合宿。当時絶対的エースの小倉隆史(名古屋)が、紅白戦で右ひざ後十字じん帯を断裂した。空中戦からの着地に失敗し、ゴキッと音がした。「痛い、痛いっ」という叫びは尋常ではない。

 その夜は宿泊先のホテルで応急処置が施され、1本20㏄の注射で、ひざから6回も血が抜かれた。前園らが励ましに訪れたが、泣きじゃくっていた。本人が一番状況を分かっていたのだろう。

 選手生命を脅かす深刻な負傷で、小倉の五輪は終わった。救いだったのは、残った仲間が28年ぶりの五輪出場権を獲得したこと。本人も7カ月後に復帰し、現在もJ2甲府で現役を続けている事実だ。ブラジルを撃破した「マイアミの奇跡」は、選手登録されなかった男の悔し涙からも誕生したと思う。

 3大会連続の本大会出場をかけたW杯ドイツ大会のアジア最終予選。3日、首都マナマで行われたバーレーン戦でアウエーの逆境を乗り越え、日本代表が王手をかけた。喜びで沸き返る日本に翌4日、小野伸二(フェイエノールト)が1人で帰国した。試合直前に右足甲(小指付け根付近の第5中足骨)を疲労骨折し、当日はスタンドで観戦。故障個所の精密検査と手術を受けるためだった。

 中足骨はサッカー選手の職業病と呼ばれる。事前に本人や周囲が危険信号を察知でき、ボルトを埋め込む補強手術ができれば、骨折までには至らない場合が多いという。アトランタ五輪日本代表担当医だった柳田博美ドクター(G大阪)から先日、貴重な意見を聞くことができた。

 「疲労骨折とは、部位の使い過ぎとバランスの悪さ、ストレスのかかる体形が生むもの。急な切り込みから、センタリングを上げるといったプレースタイルが起因する場合がある。私的な印象だが、走行距離が長いサイドの選手に多い。センターバックではあまり聞きませんからね。小野君も無念だったと思います」。

 中盤の万能選手として小野は、オランダで活躍してきた。正確なパスやクロスは、足首を激しく動かすがゆえに、足の甲への影響も少なくはない。長年の疲労の蓄積が、代償として大一番の前に出てしまった。救いは、バーレーン戦で決勝点を決めた小笠原満男(鹿島)の「伸二のためにも勝ちたかった」という言葉。サバイバル競争が存在するのと同時に、いつの時代も、仲間を思いやる気持ちが感動を与えてくれる。

 サッカー選手は使用するピッチ、スパイク、ボールが違うだけで故障の原因になるという。恥骨炎やヘルニアも関連性が指摘されている。それほど過酷な競技だからこそ、世界最強を決めるW杯は盛り上がる。ドイツへと突き進む日本代表に、小野ら故障者が早く復帰できることを願っている。

June 8, 2005 12:42 PM

2005年06月07日

ゲームに感じる本気:上野耕太郎

 ソニー・コンピュータエンタテインメントは先月中旬、次世代機「プレイステーション3」を発表した。発売は来春を予定しているそうだ。処理速度も今までとは比べ物にならないという。

 よく、子供に「ゲームなんかしないで外で遊べ」というセリフを聞く。それはその通り、やっぱり外で遊ぶのは基本だよね。でもね、すごいよ、ゲームは。「ゲームなんか」とは言ってはいけない。

 そう書いている私は35歳。大声でいうのも気が引けるが「遅れてきたゲーマー」だ。大学を卒業するころからテレビゲームにはまった。はっきり言って、今回のコラムは私の同年代の人に向けて書いている。どう思います、ゲームって?

 子供のころ、お金持ちの友達の家に行くとテニスゲームとかあった。そのあとにインベーダーとか平安京エイリアンとかが流行し、任天堂からはゲームウオッチが発売されたりした。コロコロコミックには「ゲームセンターあらし」が連載されていた。

 でも、当時のゲームって平面だった。今、見ると、何が楽しくてやっていたのか分からないくらい精度は低い。私が小学生だったころから四半世紀が過ぎた。僕の中で一番、進歩したのはゲームだって思っている。だって、信じられないでしょ。平面だったものが今は映画のようなクオリティーの高さだ。ゲームの世界は一体、どうなるんだろう、どこまで行くんだと思っちゃいます。

 遊びでしょ。ゲームって。でもね、作っている人たちには命懸けだそうだ。大手ゲームソフト会社の知人に聞いた。ゲーム制作者は締め切り間際になると徹夜が続き、会社に寝泊まりしながら食事もとらずに奮闘する。「遊び」を死に物狂いで提供しているのだ。そういった人たちにとってはそのPS3の登場はうれしいという。制作者側は「これまで以上に自分の表現ができるようになる」と喜んでいるという。

 「ウイニングイレブン」という爆発的に売れたソフトの制作者は当時のゲームに憤りを感じていたという。十数年前のサッカーゲームは単純に大量得点になってしまっていた。「サッカーはきん差で決まる。リアリティーを持たせたい」と細部にこだわっていったそうだ。自分へのこだわりは当然のことながら仕事量を増やす結果となる。ただ、制作者たちはそれを楽しんでいる。

 なんて話しを聞いていると「ゲームやっちゃだめ」「この番組を見ちゃだめ」とか簡単に言ってはいないだろうか。子供のころ、最高に面白かったのは「8時だよ全員集合」だった。個人的な意見だけれど、楽しかったもの。ドリフってやっぱり、大人が本気で作っているすごみを今になって感じる。人を楽しませることって、想像以上に難しい。夫婦間でもそうだし、親子関係でもそう。しかも、相手に気遣いを感じさせないで。今、本気のこだわりを感じるもの。私はそれをゲームに感じる。

June 7, 2005 11:56 AM

2005年06月06日

狙われている日本人:永井孝昌

 大志を抱いて上京して、生まれて初めて生で見た有名人が新宿でスレ違ったデーブ・スペクター。という星のもとに生まれたオレは、以来、外国人とスレ違うたびに「あぁ、オレのタレント童貞を奪ったのはデーブ…」というあの時の失望感を思い出す。

 そんなわけでトラウマの発動たるやすさまじい海外出張の時には、大量の小説を持ち込んで黙々と読む。今回も約1カ月間、海外出張することになり、平積みしてあった本をあれやこれやと買ってきた。しかし。出張中でもこのコラムは書かねばならぬ。ということでこの1カ月はいまだ消えない記憶のセラピーも兼ねて街へ出て、小耳にはさんだ海外ネタを紹介したい。現在はバンコクにいるので、まずはタイで見た、聞いた話を。

 ▽クルンテープ剣友会というところで多忙の合間を縫って剣道に励んでいる方から聞いた話。マンション内のジムで日本人同士が剣道をしていたら、管理人が「今すぐここから出て行って!」と大激怒して2人を追い出した。タイでは霊魂は脳天の部分にある、という信仰があり、タイ人の頭を触るのはご法度。たたくなんてもってのほか。相手の頭をたたき合う光景は、たとえスポーツといえど我慢ならなかったらしい▽足の裏は不浄とされる。バンコク入りする時の飛行機の中で、足を通路に投げ出して寝ていた客にタイ人女性の客室乗務員がぶつかったら「チェッ」と舌打ち。あらら、と思ったが、調べてみたらタイ語で「痛い!」の意味▽観光客には今、「病院ツアー」が人気。日本で人間ドックに入る料金に少し足せば旅行ができ、しかもタイの病院で人間ドックも受けられる。中には高級ホテルより豪華な病室もあるそうで、病院内ではビールも売っているとか▽日本では「一姫二太郎」といわれるが、タイでは「一太郎二姫」らしい▽最後はある日本人の話(マネ厳禁)。夜、1人でタクシーに乗り込んで運転手に「どこかおいしいレストランを紹介して」と聞いたら、おやすいご用、と連れていかれたのはまるで客のいないレストラン。誘ってもないのに「ボクも一緒に店に入るよ」とついてきて、店員に目配せする姿にヤバい雰囲気を感じつつも話を聞けば、延々「女を紹介するよ。マイヘンライ(大丈夫)」と強引に誘う。断れば、今度は真顔で「オレは昔ムエタイをやっていた」「最近まで軍にいた」とハッタリのオンパレード。どうしたものかと思案して、まずは相手をじっと見つめながら家族がいることを確認。次いで「ちょっと耳を貸してくれ」と言った後、耳もとで「オレは女よりお前がほしい」と手に手を添えてささやいたら運転手、「タクシー呼ぼうか」だって。この人は無事だったけど、1歩間違えば事件の被害者。

 在タイ日本大使館で聞いた話では、タイでは明らかに日本人を狙ったイカサマとばくや麻薬事件、睡眠薬強盗が横行中という。教訓。1人のバカげた好奇心と無意味な勇気が、次の事件を生む。勘違いした解放感が次の被害者を生む。日本人は、狙われている。

June 6, 2005 11:07 AM

2005年06月05日

選手も歓迎「交流戦」:栗原弘明

 プロ野球の交流戦も折り返し点を越え、意外な結果や、今までは実現しなかった勝負を見ることができて興味深い。個人的に楽しみにしていた「対決」も実現した。5月26日の広島-日本ハム戦。広島の赤ゴジラ、嶋重宣外野手(28)と日本ハムのエース、金村暁投手(29)がプロ11年目で初めて対戦した。

 嶋が東北、金村が仙台育英でともに投手として騒がれた高校時代を東北支社(現総局)で見ていた私にとっては気になるライバル対決だった。

 ローテーションの関係では実現しない可能性もあっただけに、2人は縁が深かったということにもなる。しかも勝敗がきっちり出た。4度、対戦機会があって嶋が遊安、四球、中安、右本で3打数3安打1本塁打と打ちまくった。試合は日本ハムが勝って金村が6勝目と「痛み分け」の形となった。

 周囲は交流戦ならではの対決と騒ぐが、本人はどう思っているのだろうか。嶋に話を聞く機会があったので、尋ねてみると「金村とはやってみたかったですからね。交流戦があって、本当に良かったと思いますよ」と歓迎していた。11年前の金村を「とにかくスライダーがいいと印象があった」と振り返った。そして初対戦を終えて「プロでも変わらず、いい投手だと思った。状態はあまり良くなかったようだったけれど、低めにボールを集めてくる。勝っている投手は違う」と語った。

 注目もされたが「自分自身、より集中力も高まった。やっぱり打ちたかったですからね。結果も出てうれしかった」と漏らした。2人とも高校時代は、みちのくの超高校級選手としてドラフトの目玉となったが、さらにプロでも結果を出すというのは並大抵のことではない。嶋の口ぶりは、金村との対戦によって原点に返ることができたかのようだった。

 次に私が待ち望んでいるのが、西武松坂大輔投手(24)と横浜村田修一内野手(24)の対決。村田は高校時代は投手で、東福岡のエースとして甲子園で横浜の松坂と投げ合った。3年時のセンバツ2回戦では出雲北陵相手に無四球完封勝利。だが3回戦で横浜の松坂に完封負けを喫した。投手としての限界を感じた村田は、日大進学後に「上には上がいるし、打撃も好き」と野手転向を決意した。

 アマチュアを担当していた時に、東都を代表するスラッガーとなったが「松坂を見て投手じゃダメだと思った」とポツリと口にしたのを覚えている。昔も今も、フルスイングは見ごたえがある。投手松坂VS打者村田。野手になったきっかけを作った松坂を相手に、どういうスイングを見せるのか。高校時代のリベンジと、自らの成長した姿を見せることができるのか。ローテーションの問題があるが、実現するかどうか。

 さて、嶋VS金村は14日からの3連戦で第2ラウンドがあるかも知れない。「次? もちろん打ちますよ。調子も上がっているし」と嶋は自信満々だった。やっぱりライバルっていいもんだな、つくづく思った。

June 5, 2005 12:12 PM

2005年06月04日

また低かった投票率:中山知子

 選挙の取材をしていて、いつも思うのが「また投票率が低かった」ということだ。国政選挙で40%、地方選挙では、30%を割り込みそうな数字が出ることもある。

 先日行われた埼玉県川口市の市議補欠選挙も、そうだった。この選挙には、元ソウル五輪女子マラソン代表、宮原美佐子さん(42)を含む4人が立候補していた。宮原さんの事務所に取材に行くと、4畳半ほどの小さなスペースで、スタッフや支援者が集まり顔をつき合わせ、なにやらひそひそ。1本しかない電話の前にはベテランのスタッフが陣取っていた。テレビもラジオもないしんとした事務所で、さまざまな数字が飛び交い始めた。宮原さんがどれくらい票を取ったか探る票読み作業だった。

 選挙管理委員会が発表した定時ごとの投票率が書かれた紙が配られると、あちこちで失望の声が起きた。投票率があまりにも低かったからだ。川口市の有権者は約38万7000人。投票率は、20%台からじわじわ増える程度。30%でも約11万4000人にしかならない。結局、投票率は31・66%。投票した有権者は12万人あまり。約7割の有権者が投票を棄権してしまっていた。

 3割の有権者の票を4人の候補で奪い合う大接戦。結局宮原さんが4万6800票をとって初当選したが、低い投票率に、事務所では勝利の喜びもそこそこに複雑な空気が流れていた。

 ある人が声をあげた。「両親が投票する姿を見ていない子供は、このままでは将来、ますます投票に行かなくなる」。別の人は「不在者投票を有権者に出向かせるのではなく、役所が出向くのはどうだろう。例えば、投票を呼びかける広報カーに投票箱を積んで、住宅街を回ってみてはどうかな」。別の人は「投票は、今は権利だけれど、義務にするように、将来、法律を変えられないものかな」思い思いのアイデアが飛び交い、真剣な議論が続いた。

 「投票した人に、何か特典を与えるしかないんじゃないか」という意見まであった。でもそこまでしたら、投票の自主制が損なわれる。そんなことはわかっていても「物でつる」くらいのことをしないと選挙へ行く行動じたいが始まらないくらいの末期的症状かもしれない。

 後日、選挙のPRのために、物(グッズ)を配って広報活動をした自治体があると聞いた。今年4月知事選が行われた秋田県だ。選挙管理委員会に聞くと、郷土の名物「なまはげ」をマスコットにした耳かきを6000本作り、投票率が低い20代~30代が集まるイベントで無料配布した。すごい人気で、品切れになり、問い合わせがくるほどだったそうだ。コストは100万円。「候補者の言うことに、耳を傾けてもらおうと、耳かきにしました」。ギャグでも何でも、受け入れてもらいたいという涙ぐましい努力だ。

 さぞや、投票率にも効果があっただろう。結果は、過去最低だったそうだ。

 有権者を投票に行かせることが、こんなに難しいとは。このままでは、そのうち日本では「投票」そのものが成り立たなくなってしまうのではないかと思ってしまう。

June 4, 2005 12:00 PM

2005年06月03日

サインプレーに注目:盧載鎭

 3大会連続W杯出場へ、いよいよ3日(日本時間4日未明)バーレーン戦を迎える。昨年、W杯1次予選を戦う最中、「1次さえ突破すれば、最終予選は少しは余裕を持って臨める。グループ2位までW杯出場できるのだから」と、選手たちは口をそろえていた。

 最終予選が始まったが、思ったほど楽な展開には持ち込めていない。日本は、アジアのサッカーをリードする最強の一角には間違いないが、実力通りにいかないのがサッカーである。個々が優れた技術を持っていても、融合できなければ、結果には結び付かない。

 ジーコジャパンは、6月の最終予選2連戦直前の調整試合・キリン杯で2敗を喫した。確かに、キリン杯も立派なタイトルには違いない。しかし、そのタイトルのため最も大事な最終予選に影響が出るようでは、それこそ問題なのである。

 連敗してアウエーの地に乗り込んだことで、心配を募らせる人も少なくない。しかし、心配ご無用。ジーコ監督は、日本が最も得意とするセットプレーを隠した。直接狙える位置ではキッカーの質で得点が決まるが、CKや両サイドからのFKはキッカーと合わせる選手との感覚を一致させることが大事なのである。

 02年10月の就任以来、ジーコ監督は重要な試合前には必ずセットプレー時のサインプレーを指示している。ある選手は「W杯予選とか、アジア杯の重要な試合では指示があったけれど、キリン杯ではなかった」と明かす。

 サインは試合ごとに微妙に変える。左手がダミーで右手を上げればファーサイド。手の甲や手のひらを見せることでニアサイド。ボールをセットする時にすね当てを右手で触ればショートコーナー。左手で触ればダミーなど、いろいろなバリエーションがある。時間帯や前後半で変えることも多い。

 3月25日、アウエーのイラン戦に1-2で負けた後、選手たちはいろんな反省の言葉を口にした。キリン杯で連敗した直後は「気持ちで負けた」。「1対1で勝たないと」など、周囲から問題点を指摘された。

 だが、みんなが心配するほど、日本代表のメンタルは弱くない。スポンサー絡みなどで強行日程を強いられ、思うように体が動かず力をセーブすることはある。しかし、W杯出場に直結する試合で手抜きをする選手はいない。応援するサポーター以上に、W杯に行きたがっているのは彼ら自身なのだから。

 当然、バーレーンも必勝の構えで臨んでくるはず。精神面で互角なら、自分の形のあるチームが有利なのは明白だ。しかも1度対戦した相手である。相手はセットプレーの守備で、ニアサイドに速いスピードで放り込むボールの対応には強く、ファーサイドで折り返すボールには弱い。3月の対戦で、キッカー中村とターゲット中沢が確認したものである。

 ジーコ監督は、どんなサインプレーを用意するのか。勝利の美酒を用意し、サインを見つけていくのも、楽しみの1つだ。

June 3, 2005 12:01 PM

2005年06月02日

人が人を思うに感動:松田秀彦

 「人が人を思う」。そんな当たり前のことに素直に感動した。

 芸能面の新連載「夢追い群像」で高倉健さん(74)と親しい方々に話を聞く機会を得た。健さんは、数多くいる俳優の中でも、取材機会の極端に少ない人だ。プライベートについても「そういう趣味はありませんから」と、自分から話すことはない。著書や過去のインタビュー記事を読んで実像をたぐりよせることもできるが、肉声にかなうものはない。健さんの俳優生活とともに歩んできた映画監督の降旗康男さん(70)と、健さんを父親のように尊敬し、慕う俳優の中井貴一さん(43)に取材をお願いした。健さんの肉声を2人を通して聞きたかった。「健さんの映画に対する情熱や近しい方が感じる生きざまを読者に紹介したい」。取材意図を理解していただき「健さんのためなら」と快く応じてくれた。自分を語りたがらない健さんに代わって、いろいろな話をするのはつらい立場でもあるはず。応じていただき、ありがたかった。

 ストイックなイメージをそのまま証明するエピソードも数多く聞いた。撮影現場でスタッフが懸命に働いている時、決してイスに腰掛けない。厳冬の地のロケでもスタッフが動いている時は、たき火や暖房器具のそばにいかない。「スタッフが頑張っているのに自分だけ楽をすることなどできない」。そう言っている健さんの姿が目に浮かんでくる。

 逆に印象的だったのは「気さくな健さん」だった。カラオケも楽しめば、ダジャレや冗談も言う。若い時は朝寝坊だった、などと聞くと、失礼ながら親近感を覚えた。すると、降旗監督はこう続けた。「そういう健さんも、本当に魅力的。あえて僕らが話すのは失礼かも知れないが、そういう魅力を引き出せなかった責任を感じています」。

 責任を感じる。その一言に、健さんに対する降旗監督の思いが伝わってきた。

 健さんに、いつまでも「寡黙」「不器用」「男の中の男」というイメージを保つことを期待しているファンは多い。それが高倉健だからと。健さんも、降旗監督も、その期待に十二分に応え続け、今も楽しませ続けている。そこにみじんの後悔もないはずと思い込んでいた。だからこそ「責任を感じます」と寂しそうに言った降旗監督の表情が忘れられない。

 降旗監督は、間違いなく日本映画界が生んだ希代のトップスターを支え続けてきた。健さんファンにとって、たまらない充足感を与え続けてきた。「日本の男の生き方」「昭和の男の生き方」。そうした象徴を多くの人の心に刻み込んできた。そうした誇りと自負もあるはずだ。それでも「責任を感じる」と言えるのはきっと、ファンに対してというよりはむしろ、健さんが、自分からそうした幅広い魅力を打ち出すことができないと知っていながら、導くことができなかった自分を責めているのだろう。人は、ほれ込んだら、そこまで人を思うことができる。

June 2, 2005 12:42 PM

2005年06月01日

防犯対策あなたは?:鹿野芳博

 あるスポーツ新聞カメラマンAさんの本当にあった話を紹介したい。

 Aさんはプロ野球の出張取材を終え、空港に向かった。チェックインを済ませ、搭乗を待っていると、大事なことに気が付いた。

(自宅のカギをホテルに忘れた…)。

 都内のマンションで1人暮らしの彼は(このまま東京に帰っても部屋に入れない)。

 運悪くフライトは最終便だった。ホテルに戻っていると、その日のうちに飛行機に乗ることができない。悩んだ揚げ句、あることを思い付いた。

(そうだ。カギ開け業者に電話してみよう)。

 番号案内に電話し、都内のあるカギ開け業者を探した。電話すると「カギが開くかどうかは実際に見ないと分からない」と言われた。料金は8000円から1万2000円くらい。開かなくとも、出張代の5000円を支払うそうだ。

(こうなったらお金の問題じゃない)。

 東京行きの飛行機に乗った。午後10時すぎ、羽田空港に到着し、電話した。自宅の住所を伝え、マンションのロビーで待った。

(本当に来てくれるのだろうか)。

 外は土砂降りの雨だった。しばらく待つと、カッパ姿でバイクに乗ったカギ開け業者のBさんが到着した。ずぶぬれで、片手に工具を持っていた。物静かで暗い感じの青年だった。

(大丈夫かな)。

 カギ穴を見たBさんが、小さな声で説明を始めた。「このカギは非常に難しいです。カギ穴からは攻められないですね」。Aさんのマンションはピッキング対策用のカギを使用していた。「特殊なので料金は2万1000円になります。どうしますか?」。

(話が違う)でも、ここまできたら断るわけにはいかなかった。

(何とか開けてくれ)。

 Bさんは折れ曲がった50センチほどの針金を取り出した。「ドアの内側のカギは閉まっているとき横を向いていますか?」。Aさんは「確か横です」と答えた。

(どうして?)

 Bさんはドアノブを思い切り手前に引き、ドアと壁にできたわずかなすき間から針金を進入させた。続いて、針金の先端を内側のカギに合わせるようにして、下から上へ素早く2、3回引き上げた。「ガチャッ」。いとも簡単に開いた。横を向いたカギを針金で縦に回したのだった。開始からわずか2分のことだった。

(やった。これで部屋に入れる)。

 高い料金を払って無事、部屋に入ったAさんだったが、急に恐怖に襲われたという。

 (これだったら泥棒が簡単に入れるってことじゃないか)。一種の「サムターン回し」という方法だった。

 現在、Aさんのマンションでは組合を通じて、内側のカギへのピッキング対策を講じている。Aさんの払った高い料金は、多くの人の防犯に生きたということか。と、ここまで書いて、出張の多い僕も心配になった。ひとごとではない。

June 1, 2005 12:00 PM